48 獅童①
『で、明日はいつぐらいに帰って来るんですか~』
「わかんねーよ。別にいいだろいつ帰ろうが」
『そんな言い方しなくてもいいじゃんっ。お兄ちゃん、こっちはご飯の用意とかあるんだよっ』
作るのはお袋だろ……。
「はいはい、わかったわかったよ。ごめんごめん。とにかく、今日は向島ん家に泊まるって、お袋に伝えといてくれよ。じゃあ宜しく」
『ちょっと、お兄ちゃ――』
シズクに一方的なお願いをして、スマートフォンの通話を切る。
明日の病院のこともあるのだが、この包帯ぐるぐるで家に帰る訳にもいかず、取り敢えず今日は、柳邸で一泊することにした。
窓からは、淡い月明かりがこぼれている。
部屋にはちゃんと備え付けの蛍光灯があるのだが、気分的なものかな……今は月明かりと、ベッドを照らすスタンドライトで十分だった。
今居るここは桜子の部屋とよく似た作りで、客室として使っていたのか、テレビは無いけれども、俺が腰掛けているベット、それにソファや小さなテーブルなど、幾つかの家具は設置されていた。
寝る分には不自由しなさそうどころか、快適である。
「さてさて……」
さあ、寝ようっってことではない。
百捌の石器を、手の平でころころ転がす。
もしもの時、と言うことでこれも預かったままなのだが……正直使い道はないと思う。
そもそも、もしもの時が訪れた時点で、アウトのような気がするんだけれどな……。
と、悩むべきはこればかりではなく。
俺はベットの上に並べた、胃薬の袋を眺める。その数三つ。
「これどうっすかな……飲んだ方がいいのかね」
問いかけてみても誰か答えてくれるはずもない。
今、胃の調子はわるくないけれど、せっかく貰ったんだし、飲むべきなんだろうな。
「なら、何か飲み物でも持ってこようか」
――!?
ベットから飛び退くというより、転がり落ち退いた。
そこにある人影へ、二つほど物申したい。
一つは、耳元で囁いたこと。もう一つは、
「獅童さん、なんでそこに居るんですか!?」
「なんでと言われたら、そうだね~夜這いかな」
「……」
「いやいや冗談だよ。真に受けないでね。後、スバルくんが聞きたかったのは”どうやって”そこに居るんですか? ではないかい」
「はい、仰る通りです」
「あはは。びっくりしたよね。うんうん。私はここの壁を抜けて来たんだよ。勿論、獅子王の力を使って、そーっと壁を操作して隙間を作り、そーっと忍び込んだんだ」
やおら楽しそうな獅童さんである。
獅子王の力もぶっ飛んでいるが、それがこの人の手にあること自体に、疑いを持ちたくなった。
獅童さんはベッドに並べていた胃薬を手に取ると、
「しかし、スバルくんはモテモテだね」
俺に見せつけながら、やんわり笑みを浮かべている。
皮肉って訳でもないだろうが、モテモテって訳でもないんスけれどね……。
胃薬は、桜子、京華ちゃん、そして、登城先輩から貰った物だ。
なんでも”あてられ”ると、物凄い吐き気に襲われるらしい――実際、俺もそうだったので、俺の胃袋を気遣ってくれたのか、各々胃薬をくれた。
「みんな優しいスからね、ハハ」
無難と言えば無難。当たり障りのないような返しをして、苦笑い。
と、それよりも獅童さんが俺を脅かすためだけに、この部屋に来たのかが疑問である。
「その獅童さんは、何か目的があって俺の所へ来たんスか……いや、来たんスよね」
「そうだね、半分正解、半分大正解だよ」
会話を交わす度に俺の獅童さんへ印象が、適当な人物へと向かっていく。
「スバルくんがね……まだ私に聞きたい事があったんじゃないのかな、そう思ってね」
「……あっ……と」
俺は前言の獅童さんの印象を、適当だけれど鋭いに訂正して、口ごもる。
聞きたいことはある。でもそれは、聞き辛いことでもあった。
だから俺は……半分だけ正直に答えた。
「そのリンネが言ってたんスけれど、『マンダラ』ってなんだろうなーって気になってたと言いますか、別に関係ないかなとか思って……ハハ」
別に悪いことを聞いているつもりはないのだけれど、なんだか気まずいし、変に笑ってしまう。
あの時、リンネが俺と京華ちゃんに言っていた台詞が……俺の中で、つっかえていた。
あんな奴の言うことなんか、気にすることはない、そんなことはわかっているけれど。
「……なるほど。子猫ちゃんはそこまで知っているんだね……。困ったな~、いやスバルくんに話すことで困っている訳じゃないよ、あはは、『曼陀羅』は”無いもの”だから、どうしようかな~ってね」
「無いもの……リンネの嘘ってことですよね」
「ううん、嘘って訳ではないのかな。私の知る限り『曼陀羅』は百九番目の”あてられ”として在るからね。けれど、”あてられ”って百八の数しかないんだよね」
俺の中で、リンネの言葉は嘘にしたかった……。が、獅童さんは期待した言葉を返してくれないばかりか、ややこしいことを言う。
「ええと……なぞなぞですか?」
「あはは、在るはずのない数の向こうに在るって話だから、本当になぞなぞだよね。はっきりしない”あてられ”、在って無いもの。それが『曼陀羅』かな」
「ハハ……なんとなく、了解です」
さっぱりだけどね。
「実際に『曼陀羅』が在れば、我々も救われるのだけど……」
そう話す獅童さんに、俺は引っかかってしまい、興味を示してしまった。
そのことに、遅れて後悔する。
後悔の意味するところは、俺自身にもわからない。だが、何かが警鐘を鳴らした。
「私は駄目だね。姑息だよ。わかっている事なのにスバルくんを試そうとしてしまった。いや違う……か。私が弱いからなんだろうね……」
俺に話しているのだろうか? と首を傾げたくなるような獅童さん。その雰囲気がどことなく……。
「その獅童さんすみません。俺、バカだから獅童さんの話……、ハハ、わかんないス」
そわそわしだした心が、俺をおどけてみせた。
「君が謝る事はないさ。謝るべきは私だよ。……スバルくん、リンネは言ってなかったかい……我々が人殺しだと」
いつもの包み込むような声だった。
獅童さんの口は、いつもの感じでなんなくそれを口にしていた。
月明かりはゆっくり流れ、揺らめいている。
聞きたくもない言葉だったが、耳は俺へ、確実に伝えた――人殺しだとの言葉を。
獅童さんの顔を見るも、眼鏡は光のカーテンを作り出していた。




