47 御子神④
この街で一ヶ月程前に起きていた銀行強盗。
犯行は、あのリンネとコートを着た男ジンによるものだ。
以前、登城先輩が言っていた、泥棒さんが原因で家族会議をした話にも、この二人は関わっていた。
美術館が襲われたことがそれに当る。
そして、盗まれた品が余程重要な物なのか、美術館を管理していた登城家では、かなり深刻な問題として扱われているようだった。
盗まれたのは、古文書なのだそうだが……。リンネ、いやコートの男ことジンの目的がそれだったらしい。
”アテラレ”でもある二人の犯罪者を、御子神家は追っている。
リンネと対峙してよくわかった。御子神家が担うべき役割”アテラレ”探しを、登城家や柳家に肩代わりさせていた意味が。他の”アテラレ”を探す余裕がないのだ。
あのリンネが、相手なのだから。
複数の能力を使い、荒れ狂うリンネは脅威だ。加えて厄介なのが、『あてられ狩り』なんだろう。
御子神家はリンネ達だけを追うのではなく、この街で暮らす、あてられた人達を守らなくてはならない。
獅童さんの話を聞いて、俺はそう思った。
「スバルさん、紅茶のお代わりは宜しいですか?」
「あ、じゃあはい。頂きます」
「では、少しだけお待ち下さいね」
「ユイちゃん、私も手伝う」
登城先輩、その後に桜子が席を立つ。
ポットに紅茶は入っていなかったのか……なんだか申し訳ないな。
「以上。私から話せる事は話したつもりだけれど、スバルくんから、何か質問はないのかい? 何でもいいよ。ユイのスリーサイズでも教えようか」
「知っているんですかっ先輩の――」
言いかけて言葉を飲んだ。知りたい、とても知りたい。しかし、黙りと座る京華ちゃんが、ぎろりと俺を見たので諦めるしかない。
けど、そう言えば京華ちゃん、さっきからずっと黙りだよな。
睨む眼光の鋭さは相変わらずだが、普段の印象とのギャップで、どことなく、しおらしく感じるのだけれど……やっぱり怒ってるのかな触ったこと。ほんと、災難だよな……。
「その、質問はないと言いますか、それは聞きたかったと言いますか……。でも、アレです。あのなんて言うか、獅童さんはどうして俺にそこまでいろいろなこと教えてくれるんスか?」
いろいろなこととは、無論”あてられ”のことである。だから、疑問があった。
俺は、獅童さんから――その隣に座る京華ちゃんをちらりと見やった。
「スバルくんは巻き込まれた。いいや巻き込んでしまったと言わないといけないね。だから、君には知る権利があると、私は思うんだ。そして、に感謝しているからこそ、それに見合う敬意を払いわなくてはいけないよね」
「感謝? ですか」
「そうだよ、スバルくん。御子神獅童の名において改めて礼を言うね。鏡眼を守ってくれた事、感謝しているよ」
ああ、そのことか。結果的に奪われずに済んだんだよな鏡眼。でも、
「あのそれなんスけど、京華ちゃんの機転のお陰でと言いますか……俺は何もしてないっスから、ハハ……」
「あらら、謙遜されると困っちゃうな~。私は自分の言葉を、何処へ向けていいのかわからなくなるよ。あはは」
獅童さんの言葉の行き先はどこでもいいと思うが、まあ、言われて嬉しくはないことはないし……素直に照れてしまうな。
「それから――」
ぽりぽりと頬を掻いている俺に、獅童さんが言葉を続けた。
彼は、掛けていたお洒落眼鏡を手に取る。
「京華の兄、京弥として言わせておくれ。スバルくん、妹を守ってくれてありがとう」
獅童さんのありがとうの声が、ふわっと俺の心を包み込んだ。
すると、じんわり熱くなってくる。その熱は、とてもとても、悪くないものだった。
ぐふんぐふんと、照れ隠しの咳払いをして、話す。
「それで、話に出てきた鏡眼なんですけれど。どうしたらいいんですかね? 一応……必要になるかなって思って、これは拾っていたんですけど……」
俺は話しながら、ポケットから小さな石器を取り出す。
「鏡眼の事だが……。その百捌の石器があれば、池上殿が私に”移し”を行うことは出来る。出来るのだが……私の都合で池上殿に鏡眼を”移し”た上、このような事を頼めるとは思っていないので、駄目なら、そう云ってもらっても構わない……」
やたら歯切れが悪い、物言いの京華ちゃんである。
「数日でも良いので、このまま鏡眼を預かってはもらえぬだろうか。またあの女が、私を襲って来る可能性があるやもしれぬ。……悔しいが、今の私では絶対に鏡眼を守れるとは云えぬのだ。現に私は……奪われそうになかったのだから」
「京華ちゃん、その……」
なんて声を掛けていいのか……言葉が出てこない。
短い付き合いだが、俺は彼女の気高さをよく知っている。そんな京華ちゃんが、鏡眼の安全性を鑑みて、自分の手にない方が最良と判断したのだ。
「池上殿、本当にすまない」
京華ちゃんは、続く言葉を言いあぐねていた俺に頭を下げそう言うと、席を立ち部屋を後にした。
「スバルくん、妹のわがままを許してあげてね」
獅童さんがすかさず、京華ちゃんのフォローをしてくるが、
「いえ、俺はわがままなんて思ってないスよ。京華ちゃんの気持ち……なんとなくわかるような気がしますし」
「そう言ってくれるのなら、私としてはありがたいよ。後、そうだな~、シスコンの兄からもう一つフォローさせてもらえるかな。鏡眼を今すぐ京華に移し戻すのは、スバルくんにとっても、あまり良くないと思うのだよ」
「はい? 俺にとってですか?」
考えてみるも、わからない。
京華ちゃんにしてみれば、リンネに奪われる心配がないメリットはあるだろうが、俺にとって鏡眼があろうとなからろうと、損や得などはないはず。
「スバルくん、君の怪我は意外と重症だったりするんだよ。あはは、今更言うのもなんだけれどね。けれど、こうして動き回ったり、普通に話を出来ているのは、実は鏡眼のお陰なんだよね~」
「ええと……どういうことでしょうか」
「鏡眼の制約は、痛覚を鈍らせる。もし今スバルくんが鏡眼を京華に返したりしたら、痛みでのた打ち回っているかもしれないよ」
「あっ……」
言われてみてば、痛みをあまり感じてないような気がする。
普通喧嘩の後だと、殴られた所が物凄く痛みを発するものだが……今はそれがない。
「本当なら、スバルくんも病院へ直行と行きたいところなんだけれど、君は今鏡眼を持っているし、普通の病院だと恐らく入院になってしまうだろうからね。申し訳ないが、何かと都合が悪いんだよ。だから明日、私と一緒に行きつけの病院へ行こうね」
「ハハ……病院に行きつけとかあるんですね」
なんか直感だった。獅童さんの言う”行きつけ”に、別の意味がありそうな気がして口にした。
「そこのお医者さんは特別でね。怪我の治りがとても早いよ」
「もしかして、そのお医者さんって”あてられ”だったりしますか」
ほぼそうだろうな、との思いで尋ねる。
「あはは、正解」
俺は獅童さんの答えに、呆れるでもなく、驚くでもなく……。
この街は、”あてられ”で溢れかえっているのではないだろうか、との感想だけがそこにあった。
そして、笑う獅童さんは『お大事に』とだけ言葉を残し部屋を去る。
部屋にぽつんと一人きりになった俺は、気付けた。
「ああ、なるほど、そういうことか……」
獅童さんは妹のフォローと言って、さっきの話をしてくれた。
つまり京華ちゃんは、俺が痛みで苦しまないようにと、鏡眼を預けたままにしているのだ……。
わかりづらい、ほんとわかりずらい、京華ちゃんの優しさに――俺は、触れていたのである。
気付けて良かった。心の底からそう思う。だから、
「ありがとう。獅童さん……そして、京華ちゃん」
誰もいない部屋で、ひっそりお礼を呟いた。




