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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
彼の者、かく語りき。~と~
112/114

~ 壬夜兎ノ伝② ~


 今は昔――。


 いずれの帝が治め給ふ国にか、物の怪におぼつかなし者ありけり。仰せ承りまかりて知らぬ国参りたり。見合ふそのさま、世の常ならず。


 ジンが読み解こうとする『壬夜兎ノ伝』は現代から千年前、壬夜兎と呼ばれる鬼の物語が記されてある。

 当時の日本は今の形を成しておらず、君主たる朝廷の元、国が治められていた。

 しかしながら、朝廷の統治が及ばない土地や与り知らぬ土地も多く、豪族と民が争う村や野盗に怯える村など、秩序乱れる世であった。


 物語は冒頭、鬼が討れる頃より幾ばくばかりの時を遡る。

 稲が育たぬ為消え去りゆく村も珍しくない中、その土地は人が営む程の豊かさがあった。

 だかそれ故に、実る財を求めて野盗が襲う。

 村には悪しき者の手にかかり、父母を亡くした二人の早乙女が暮らしていた。

 姉は塞ぎこむ妹を家屋に残し、薪を集めに野山へ入る。

 然うして野山で、全身を獣の毛が覆うが山の獣とは異なる怪しき獣、紅い眼をした人にあらざるものと相まみえた。

 腰を抜かし集めた枯れ木を落とす娘に、紅い眼の獣は人の言葉を用いて助けを求めた。

 見れば体毛は血で濡れ、裂けた口からは苦しむ息が漏れている。

 恐ろしくただ怯えるだけの娘に、紅い眼の獣は言う。

 その心の奥底にある憎悪を喰わせろと。

 紅い眼の獣の命が尽きかけていた矢先、その鼻は力の糧と為り得る憎悪の匂いを嗅ぎつけた。

 紅い眼の獣は娘の心の隙を窺う。故にその裂けた口は甘き香りを吐く。

 人の子よ。喰う代わりに我の力を授けよう。憎き者を屠ること叶えし力ぞ。

 娘の心が揺らぎ、紅い眼の獣は吠えた。




 娘の足元には、村を襲った野盗の首が転がる。

 人に近し姿であっても、瞳は紅く纏う着物からは白き獣毛が覆う肌を出す。

 紅い眼の獣に喰われ、娘は紅い眼の獣の本性を知る。

 獣は鬼と呼ばれる物の怪であり、娘に憑き現世に在り続ける事で傷付く身を癒した。鬼は常に娘の怨嗟を欲した。鬼の道へ堕ちるよう囁き娘を苦しめた。


 いずれ人の道を歩く事が叶わなくなる。


 己が行く末を悟る娘は拠たる妹へ、真に鬼となりし兆しあらばこの命を絶って欲しいと願い出た。

 娘の妹は望まぬ悲しき日の訪れを想い涙するも、愛する姉の切なる願いへ頷いた。

 娘は鬼の妹が村で暮らして行けるようにと、人外の力を使い幾度となく悪しき者達から村を守った。村人は皆、恐れつつも娘に感謝した。

 暫くして、姉妹が暮らす村に異形の獣達が現れるようになり村人を襲った。獣達は娘の中の鬼が呼び寄せた。

 遠からず村人の憎悪の矛先が鬼の娘に向けられた。村人の多くは鬼の娘が元凶だと見做したのである。

 満月が朧げに浮かぶ晩であった。鬼の娘の家屋に火が放たれた。




 時が経ち、鬼の娘の村が消え去りし地に、いつしか壬夜兎と呼ばれ恐れられる異形の者が在った。

 近隣の豪族が豊穣な地を手中に収めんとし、壬夜兎へ兵を差し向けるものの尽く骸となり土へ還った。

 斯くして彼の地にあった脅威は、悪鬼の知らせとして都まで届くに至る。

 時の帝が壬夜兎討伐を命じ都から千の猛者が派遣されたが、壬夜兎は天を割る雷鳴と地を揺るがす咆吼にてこれを退けた。

 かつて、壬夜兎が鬼の国と為した地へ美しい女が現れた。女の出立ちは都に住まう官人、陰陽師のそれであった。

 壬夜兎は女の顔に懐かしさを覚えた。仄かに残る記憶を辿れば愛した妹を思い出した。

 陰陽師の女は壬夜兎へ、果たすべき約束の訪れを伝えた――――。






「んで結局、壬夜兎は陰陽師になった妹に封じられてよ。そん時、妹は名前を別けたんだ。昔から名前てえのは力があるって言うからな。この妹の血筋が今の三家……かっ、えらく静かだと思ったら、寝てんのか」


 リンネの右半身にある腕と足が、革張りソファから力なく垂れ下がっている。

 ジンはビール瓶ケースの椅子から腰を上げ、木箱から薄手の毛布を取り出しリンネに掛けた。

 伸びをして固まる筋肉をほぐして。若草色のコートを弄り煙草を一服。


「しっかし、あの爺さんが放置してんのも頷けるってもんだわ。大したもんでもなかったな」


 粗方『壬夜兎ノ伝』を読み解いて、ジンが得たものは少なかった。裏を返せば壬夜兎の眷属にとっても、それ程重要な文献ではないと言う事だろう。

 ”あてられ”に執着するジンは、その力の起源である壬夜兎を探る事で自分が望む結末へのいとぐちにと思っていた。

 ”あてられ”が壬夜兎の力とするならば、その力を自在に使えたのは壬夜兎に他ならない。

 成果を振るわずして、脱線した感想が残るばかりに終わる。


「俺りゃお前に、壬夜兎の血が混ざってんじゃねえのか。とか絵空事しか湧かなかったな。まあ……だからどうなんだって話だわな」


 ジンが話しかける先ですうすう寝息を立てるリンネは、本来なら人の身に一つしか宿せない”あれられ”を制限なく保有出来るばかりか、他の宿主から奪う事も出来る体質を持つ。

 これはかなり特異なものであり、登城家当主、登城宗司がならず者のジン達を囲う理由として大きい。


「大体よお、壬夜兎の妹がきっちり仕留めときゃ良かっただけの話だろ。三家もそっちがマシだったろうしよお、学のねえ俺がこうも頭を痛めちまう必要もねえしよお、あいつもあんな事にな……」


 ジンは口をつぐむ。

 先に寝入ったリンネに愚痴をこぼすうち、御し難い感情が波のように押し寄せて――。

 彼の心に満ちてゆく想いは複雑であった。

 指先にある煙草がじりじりと燃えていた。静けさに焦げる音。

 吸い殻が弾き飛ばされ宙を舞うと、ビール瓶ケースの椅子が軋んだ。


「リンネ。お前が先に寝ちまいやがるからさ……」


 ジンは目をつむり長い吐息を一つだけ漏らすと、何処からともなく七面鳥のラベルが貼られたボトルを取り出した。琥珀色の中身を喉の奥へと流し込む。

 ”あてられ”が無ければ、あいつは今も生きていた。

 ”あてられ”が在ったから、あいつは心の底から笑えた。

 かっと喉が、胸が、熱くなる。

 酒はジンの思い出にある優しさと辛さを曖昧にした。そして最後には、決意だけを残す。

 ジンは”あてられ”の存在を消し去りたかった。

 その先に報いがある訳ではない。

 だが、ジンは己へ課した。けじめだった。ただそれだけだった。

 今宵も、空っぽの酒瓶が冷たい床に転がる。




               【ジンとリンネはかく語りけり】


長い物語にお付き合いして頂き、誠にありがとうございました。m(_ _)m

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