62―相対する―7
二話同時更新しております。
こちらへ先にいらした方はお手数ですがひとつ前の話からお読みください。
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62
シャガがトントンと眼帯を触り、早く外すようにと促してくる。
もったいぶった言い方にちょっと反発心を覚えない訳でもありませんが外せばわかると言うことで、アンタムさんから『秘匿だけどウイスタリア家の子供たちなら特別に』と教わった方法を行使するためにシャガの眼帯に触れて魔力を通す。
無事に鍵を解くことができカチリと留めていた部分が外れる音がすると、シャガが眼帯を取り「預かっていてくれ」と私の手に置いた。
閉じていたシャガの左目がゆっくりと開かれていくとその瞳の色は右目の紅色とは違い漆黒――瞳孔の部分に紋様が浮かび上がる、邪妖眼と呼ばれるものだった。
邪妖眼とは常に視えている状態の眼のこと。
発見例が少ないため不確定ですが、〈妖精ノ瞳〉と同等かそれ以上の視えるらしい。目を開いているだけで魔力を消費するため、魔力の総量が少ない人は命を落としてしまうことが多いそうです。
発生理由は未だに分かっていない。
紅と黒の瞳に思わず魅入ってしまっていると私の視線に気が付いたシャガはスッと逸らしてしまった。
「コレが俺の奥の手。疲れるからあまり使いたくねぇけど」
「本当に外してしまって良かったのですか? さっきは魔力の流れが視えたって言っていましたよね」
「あー、確かに視えなくはないんだが……あの眼帯をしたままじゃ視ようとしてもハッキリとは視えないんでな」
しかも最初に黒ローブと対峙した時に怒りに任せて無理矢理眼帯をしたまま目を開けてしまったから違和感バリバリだったそう。
確かに目の前に布があったら不快ですし傷がつきそうで嫌ですね。
目が傷ついてしまっていないか気になってシャガの目を見ようとすると、邪妖眼の左目を手で隠し紅い右目でじろりと睨む。
「……この眼は気持ち悪いだろ? 使う時紋様浮かんでくるし、まして黒なんてさ。あまり見てくれるな」
「そうですか? それより眼帯で瞳が傷ついていないか見せてもらえませんか?」
確かに前世の日本でも黒目と言えど茶色がかっている方が多い。こんな純粋な黒い瞳はハッキリ言って初めて。
でも黒っぽい瞳は前世で見慣れているものだし嫌悪感は全くない。
それよりもむしろ親しみを覚える。
「イヤ、大丈夫だ。痛くも痒くもない」
「そうですか。それなら良かった」
「あ、ああ」
「でも違和感あったら言って下さいね。邪妖眼は残念ながら癒せませんが、傷なら癒すことは出来ますから」
「……この瞳が……怖く、ないのか?」
「怖い? それよりも宝石みたいで……黒曜石みたいにキラキラしていて綺麗」
魔を祓う力を秘めていると謂われる石のように。
ポツリとこぼした声に答えると弾かれたように私を見たシャガは目を丸くした後に泣き笑いのような顔になった。
「っ! ……本当にアンタは、変わったお嬢だな」
「いい加減、お嬢と呼ばないでほしいのだけれど」
「じゃあ『姫』か?」
「それは却下で」
「くくっ。ま、気が向いたらな」
そう言って私の頭をポンポンと叩き、「じゃ、行ってくるから大人しくしておけよ」と釘を刺して走りだそうとしたので慌てて腕を掴んで止めた。
驚いた顔のシャガはすぐに真面目な表情になり自身の左目を指差す。
「どうした、お嬢? コレ、時間ないんだが」
「これを持っていって。役に立つから」
急いで取り出しシャガに押し付けるように渡したものは、スイバからもらった魔力回復薬。
常に魔力を必要とするならばこれは絶対に役に立つはず。
渡された品物を見たシャガは一瞬にして回復力と価値を理解したらしく、ポカンと小瓶を見つめる。
何か言いたそうに口を開いたけれどすぐに引き締め「有難く」と言い、もう一度私の頭をポンと叩いてから走って行った。
アイビーとハイショウに何か指示をしたらしく、アイビーはシャガを援護するように魔物へ攻撃を続けハイショウがこちらにきて私を守るように傍へ控える。
「さっきはありがとう、ハイショウ。助かりました」
「おう。なんとか抑えきれて良かったよ。あのまま話し込まれていたら不味かったけどなー」
「その節は申し訳ないです」
「ま、いいさ」
苦笑いだったハイショウがふと真面目な顔つきになって「ありがとな」と小声で零した。
何についてか分からず続きを促すように見上げると、私とは視線を合わさずに警戒のためか前を向いたままで話し出す。
「アイツ……シャガのことさ。あんなに嬉しそうな笑顔は子供ん時ぶりだ」
「そう、なの?」
「ああ」
きっぱりと断言するハイショウの口元に笑みが浮かぶ。
「あの宣言で、いつかはあの忌避していた力を使うだろうとは思っていんだが……こんなにすぐ迷いなく使うとは。それにアイツに昔の頃の笑顔が戻るとは思わなかった。……なあ、アイツが眼帯を取った時、何があったんだ?」
「特に何もないけれど……綺麗な瞳だなって言ったことくらいかしら」
「そうか。嬢ちゃんがあの瞳を受け入れてくれたから、アイツにあんな笑顔が戻ったのか」
「それだけで?」
「それだけで、だ。オレは……初めて見たときに一瞬退いちまったんだよ、情けないことにな。平気だって自信満々に言ったくせに」
「ハイショウ……」
苦しそうな顔で言葉を零したハイショウでしたが、らしくないと頭をガシガシと掻くと笑った。
「あー、今のは忘れてくれ。弟分が独り立ちかと感傷的になっちまった。オレらしくないな」
「素敵なお兄さんだと思いますよ」
「そうかねぇ……。それじゃあお礼にオレも奥の手見せるとするか」
「奥の手?」
「ま、アイツみたいなスペシャル能力じゃねぇけどな。結構使えるぜ? さてと、……避けろよ、二人ともっ!――『干渉・隆起』」
少し照れくさそうに笑ったハイショウは一転真面目な顔でシャガとアイビーへ声を投げ、氷の地面に手をつき何かのキーワードを紡いだ。
初めて聞く言葉。
何を、と質問の言葉を口に出す前にペキぺキという音と共に氷の地面が波打ち、まるで霜柱ができるように氷の針が幾本も出現――トレントタイプの魔物の動きを閉じ込めた。
凄い。
自身の魔法を変化させることはあっても、他人の、しかも事象が確定しているものを変化させるなんて!
こんな魔法あるの!? 気になる! ……だけどハイショウは奥の手と言っていたから聞くのは躊躇われる。でも知りたい! ぐぬぬ……なんて脳内でアタフタしている間に魔物は終焉を迎えていた。
ハイショウの声で跳躍していたアイビーがダメ押しとばかりにナイフを雨の様に降り注ぎ――どこにそれだけ隠し持っていたの!?――氷とナイフを嫌がるように身をよじった魔物にシャガが右端の枝を剣で下から切り上げ、本体から離れたところを続いて横に一閃。
キィン――という魔物の核が壊れた音がし、ぎちっと動きが止まった魔物は次の瞬間にはサラサラと粒子になり大気に溶けていった。
後に残ったのは巨大な霜柱のみ。
タイミングよく〈幻惑ノ檻〉の効果が切れ、あたりに柔らかい日の光が注ぐ。
後に残った巨大な霜柱がその光を受けてキラキラと輝き、破壊されて無残な状態のブラックウルフのアジトが……うわぁ、どうしよう。被害が拡大してる!
「リーア様? ご気分が悪いのですか?」
「あ、アイビー。大丈夫よ。……ただ、先程の被害が更に広まってしまったなぁ、と」
「……仕方のないことだと思います」
仕方ないとは言っても自身もやり過ぎたと思っているようで、アイビーはそっと視線を外す。
ハイショウたちはここを破棄すると言っていたけれど、片付けはしないといけないでしょうし。私の給料で足り……ないと思う。
う~ん、お父様に相談するには今日の話をしないといけないけれど……とりあえず今は保留! 色々なこと保留しすぎているような気もするけど今は考えるの無理!
魔力は少ないけれどさっきの件もあるので〈詳細検索〉と〈妖精ノ瞳〉で辺りを探ってみる。
特に異常はない。
しばらく警戒してみたけれど、何も現れる様子もない。
「終わった、のよね」
「多分な。おーい、シャガ! そっちはどうだ?」
ポツリと零すと、ハイショウが少し離れたところで警戒しているシャガへと声を投げかける。
魔力回復薬を飲んでいたらしいシャガはハイショウの言葉でもう一度当たりをぐるっと見回した後、左目を押さえながらこちらへ跳躍してきた。
「何も残滓は視えないぜ。あー、つっかれたぁ……ってハイショウ! アレ、声かけるにしても、もうちょっと早く言えよ」
「ん? お前ならあのくらい避けられるだろう。それとも危なかったのか?」
「え? あ、危なくなんてなかったさ、俺は、な。えっと、ほら、俺じゃなかったら危なかったかもしれないだろう?」
「ふっ、そうか。以後気をつけるさ。……とは言ってもお前との共闘は先のことになるだろうがな」
「……そうだったな。腕、鈍らせんなよ」
「お前こそ」
軽く拳を交わしながらじゃれ合う二人の姿にアイビーと目を合わせ微笑み合う。
背景は途轍もない状態になっていますが、ほのぼのな雰囲気にやっと終わったと実感出来て安堵の息を吐く。
ここの惨状はお父様やメリア様たちに相談することになるでしょう。
今日のところはこれからミモザたちと合流して寮に帰り、メリア様とカサブランカ様に報告とお父様に連絡しなければ。
……やること多いなぁ。でもやらないと!
グッと手を握り締めると何かの感触。
あ、シャガの眼帯を持ったままだった。早く付け直して負担を軽減させないと。
「シャガ、眼帯を」
そう言おうとした言葉は声にはならず、急に発生した息苦しいまでの圧力に膝をつく。
みんなは無事かと見回せば、同じように膝をついてはいますが私よりは余裕があるようで上のほうを睨んでいる。
何が、と思う間もなく私の足元からジワリと闇がにじみ出てきて私の身体を動かしていく。
シャガの眼帯が手から滑り降りていく感覚はあるのに、それを止めることができない。
指を動かすことも逆らうことは許されず、立たされ顔を上げさせられた。
『魔力をもらったお礼を忘れていてね』
ひび割れた声と共に視線に飛び込んできたのは黒い靄をまとった黒いローブの姿。
驚きに目を見開くと、黒ローブの人物はクスリと嗤い私の方へ手を伸ばしてきた。
「リーア様っ」
「くそっ、何なんだいったい!」
アイビーとハイショウの焦った声が聞こえる。
「なんでだ!? なんでオマエは視えないんだっ!?」
シャガの声が驚愕に満ちている。
邪妖眼で視えない?
どういうこと?
『当たり前だろう。ソレに我は視えない。……ちと五月蠅いな』
「っ!」
「くっ」
「くそっ」
みんなの苦しそうな声がする。
なんで私の身体は動かないのっ!
『それから、我の力を増幅してくれてありがとう』
クスクスと嗤いながら伸ばしていた手を止め、手のひらを上にすると靄が集まり黒い針のようになった。
目にした瞬間、ぞわりと氷の様に冷たいものが背中を駆け上がる。
コレは、嫌だ。
頭が、身体が、本能的に忌避するが黒い靄に絡めとられた身体は動かない。
逃げられない。
―――来ないで、触れないで、嫌っ!
得も言われぬ嫌悪感に悲鳴を上げたくとも声帯も凍り付いたように動かない。
『お礼だよ? それに下準備は大切だものね。……痛くはないから安心して良いよ?』
目の前に着た黒ローブはヒヤリとした手で私の頬を撫で、耳にかかっていた髪のひと房を掬い上げ自分のほうへと引き寄せる。
何かを確かめるように私の菫色の髪を撫でた後、はらはらと落とすように手を放すと黒針を私へ近づけてくる。
―――もう、……だめ、なの?
「誰が触れていと言った?」
「私の大切な娘に触れるな、この下郎」
あともう少しで黒針に触れられてしまう。と、いうところで声がした。
ピタッと手が止まった黒ローブは距離を取るように後方へと飛び、今まであったプレッシャーは嘘のように消え私はふわりと温かい腕に包まれるように抱えられた。
あったかい。
でも、寒い。
いつもの声とは違う、私が知っている怒りの声よりも冷たく鋭利な声。
その声の持ち主は私を後ろにいた人物に預けるとコツコツと靴音を鳴らし前に歩いていく。
「ジオ、ラス、にいさま……?」
私と同じ菫色の髪を邪魔にならないように後ろで一つに結び、魔法師のローブを纏い華奢な剣を携えた後ろ姿。
ローブが少し汚れているけれど、あの後ろ姿は朝と同じ格好の兄様。
いつも冷静な兄様が苛立ちを隠さず私の前に立っている。
「許さない」
私が大切な家族の声を間違うはずないのに、一瞬別人かと思うくらい聞いたことのない声色に思わずフルリと身体が震えてしまう。
「ジオ、抑えろ。……まだまだ未熟だな」
「っ、……」
兄様へ厳しい声を出しながらも、私をあやすように頭を撫でる手は暖かい。「間に合って良かった」という安堵の声に震えが氷解していく。
「おとう、さま」
「そうだよ、可愛い娘。来るのが遅くなってしまってすまないね」
私を安心させるように視線を合わせて微笑みをくれるお父様――オペディルム・ウイスタリア伯爵。
でもどうして?
魔法師副団長であるお父様は防御の要と言われていて前線には滅多に出ない筈なのに。
疑問が顔に出ていたようで、お父様は少し拗ねたような顔で「あたりまえだろう?」と言い笑う。
「こんな可愛くて頑張り屋の娘がピンチの時に駆けつけない薄情なお父様だと思ったかい?」
そんなことはないと頭を横に振れば、先程より強く頭を撫でられる。
その合間にポツリと零された「今度こそ守りたいんだ」という言葉に涙が出そうになる。
「お父様……」
「リーアには聞きたいことが色々あるけれどそれは後で話そう。さて、援軍も来たようだし……黒ローブくん、おとなしく掴まってくれないかい」
『……』
お父様がにこりと笑って言うと黒ローブはローブを翻し消えてしまう。
けれど―――。
「逃がすとでも?」
温度を失ったかのような声にのせて兄様が淡い光を纏った愛用の剣を一閃。
パリンと薄い氷が割れるような音がしたかと思ったら光の環が次々と現れ黒ローブの身体を拘束する。
これは、この魔法は光属性の上位魔法〈聖光鎖環〉!?
いったい誰が? という疑問はすぐ後に聞こえた声で解決した。
「フィー!」
「メリア様!」
「遅くなってごめんなさいね」
心配そうな顔でこちらへと飛んできて私を覗き込むのはメリア様。
どうしてメリア様が?
今日は兄様たちの遠征のサポートをしていて外には出られない筈なのに?
パチパチと瞬きをしていると、なぜか私の頬をふにふにと触りながら「後処理は師匠の役目よ」とウィンク付きで言う。
後は任せなさいと微笑むメリア様にまたしても涙が出そうになる。
けれど次にかけられた言葉ですぐに引っ込んだ。
「無事か、ウイスタリア」
「ヘリオトロープ先生!? え? どうして??」
「メリアに捕まった」
「え? え??」
「ってのは冗談。カワイイ教え子のピンチだから呼ばれ……って親子そろって、睨まないでくださいよ」
「……」
「後で話そうか、ジューム」
「イエ、ご遠慮申し上げます」
「まったく貴方って人はこの状況でよく言えるわね……。皆さま、するべきことをお忘れではありませんよね?」
「忘れる訳がありませんよ」
「ああ。すまないね、アルメリア嬢」
「わかってるって。それじゃあ……追加で行くぞ、メリア! ジオ!」
「「「〈聖光鎖環〉」」」
ヘリオトロープ先生とメリア様、そして兄様の三人が重なる声に光の輪が何重にも浮かび上がり次々に黒ローブを拘束していく。
けれど黒ローブの人物には焦る様子もなく逆に楽しそうに笑みを深める。
『オヤオヤ、勢揃いかい? 愉しめそうだねぇ。でも、今日のところは大人しく退散することにしようか』
―――必要なものは手に入れたからね。
そう言い、光の環の拘束をパキンと壊すとこちらへ闇で作った刃のようなものを飛ばしてきた。
お父様が瞬時に〈魔防護壁〉を張り何か魔法を放っていたようですが、手ごたえはなかったらしく深々とため息をついていた。
「捕まえそこなった。……そっちは?」
「ジュームの方もダメだったのね。こちらも逃げられてしまいました。申し訳ありません、伯爵」
「一撃は入れられた、とは思うのだがね。あまり当たった気がしない。……ジオはどうだ?」
お父様の声に一人離れた場所にいる兄様はふるふると頭を横に振り、苛立たし気に剣を鞘に納めていた。
あの黒ローブにはとうとう逃げられてしまった。
本当に一体誰なのだろう。
目的とは?
考えることは沢山あるのに。
聞きたいことも話したいこともたくさんあるのに。
一応ながら終わったという安堵感とお父様に抱きかかえられているという安心感で疲れが睡魔を運んでくる。
ミモザたちどうしているかな?
アイビーたちに怪我はない?
兄様。
帰れないって言っていたのに兄様はどうしてここに?
ああ、シャガの眼帯も戻さないと。
でも、どうしても眠い。
お父様たちの声が遠い。
少しだけ寝てもいい?
ついには抗えない眠気に負けて瞳を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございます。
申し訳ありませんが、次回更新にお時間を頂きます。
なるべく早く更新できるようにしたいと思います。
またお付き合いいただければ幸いです。
拍手もありがとうございます!
元気を頂いていますm(_ _)m




