58―相対する―3
58
ブラックウルフのホームは先程いた場所から思ったよりも近くにあった。
けれどそこに着くまでは右に行ったり左に行ったり果ては人様の家の上を通ったりと複雑で、再び訪れることはないでしょうけど二度と行きたくないと思った。
ハイショウが話をつけてくるから待てと言うのでアイビーと二人、入り口近くの木陰になっている壁際に寄る。
アイビーはすぐに動けるようにという体勢だけれど、私は少し緊張感を持ちながらも壁に寄りかかり力を抜く。
ふと目に入った色々な形の――中には一部壊れているのもあるけれど――鉢植えに咲く、これまた色とりどりの花たち。そよそよと優しい風に吹かれる花の間から見える手書きのプレート。歪みながらも一生懸命書いたと思われる文字に愛情を持って育てられているのが目に浮かぶようで癒される。
それと同時に小さい子供を巻き込んだ黒ローブの人物に憤りを感じる。
冷静にならなければと深呼吸をして、この待ち時間にしておくことをピックアップして……っと、そういえばアイビーに持って来てもらったのにバタバタしていて受け取るのを忘れていた。
スイバから譲り受けたものはなるべくなら使わないでおきたいから自分のを使ってちゃちゃっと回復させておこう。
「アイビー。持って来てもらった魔力回復薬もらえる?」
「はい、こちらに」
「ありがとう……あれ? アイビー?」
「……」
回復薬を落とさないようにと恭しく差し出したアイビーですが、私が受け取ろうと手を伸ばすとサッと包み直してじっと見つめてくる。
彼女の行動に困惑しかできず見つめ返しても、何も言わず動かない。
「アイビー、それを渡して」
「……なぜ、なのですか?」
「なぜって、先に回復させておきたいのだけれど」
何が起こるか分からないからと言えば理解してくれると思ったのに、アイビーは納得しかねないといった表情で小瓶を更に両手で包み込み抱えてしまう。
「アイビー?」
「どうしてこれが必要になるのでしょうか。リーア様の魔力が回復薬に頼ることになるくらい減っているなんて……何があったのですか? 一体、いつ、どんなことをすればそこまで消費してしまわれたのですか?」
「それは……」
そう言ったものの、あの時のことをどうやって言えば良いのか。アイビーなら嘘ではないと信じてくれると思うけれど……言葉が出てこない。
見つめ合ったまま動けない私たちに「おーい」と言う声がかかる。
アイビーから視線を外して入口の方を見ればハイショウが小さな男の子を抱きかかえて手を振っていた。
「話しつけてきた……ってどうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません。行きましょう」
ハイショウに不思議そうに見られたが頭を振って問題ないと答え、入口へ向かう。
アイビーを通り過ぎた際に小声で「後で話します」と伝えると渋々といった表情でしたが今度はちゃんと小瓶を手渡してくれた。
渡された小瓶をしまいハイショウの側へ行くと男の子と目が合った。
こんにちは、と挨拶すると小さな声で「こ、こんに、ちわ」と言って反対側を向きハイショウへぎゅっとしがみつく。
怖がらせてしまったかとしょんぼりした気分になっていると笑いを押し殺した声のハイショウから「照れてるんだ」と教えられた。
その後男の子から抱き付く力を強められたようで苦しがっていましたが、恥ずかしいことをばらしちゃダメですね。自業自得というものでしょう。
男の子はフゥロという名前でボスの弟。もうすぐ四歳になるとのこと。
今回眠ってしまった子供の中の一人に彼の姉がいるそうで、黒ローブの人物が現れた時はちょうど買い出しから帰ってきた人を迎えに行っていて助かったようですが、彼の姉が倒れた光景を見てしまったそうです。
そのショックで泣き疲れて寝ていたのですが、ちょうど目を覚ました時にハイショウを見つけてしがみついたまま離れてくれないので連れてきたとのこと。
そう話をするハイショウは口では困ったと言いながらもフゥロくんを見る目はとても優しい。
懐いているんだなと思いながら、話を聞いていると視線を感じるのでそっと盗み見れば、フゥロくんがサラサラの黒髪から覗く夕焼け色のような瞳でこちらをジッと見ていた。
私が見ていることに気付くとすぐに視線を逸らせてしまう。
それが何度か続く。
ハイショウが言ったような『照れている』とは少し違う気がする。何か言いたそうに感じるのは気の所為だろうか。
ハイショウに案内され通路を進むと中庭のような場所に出た。その途端、中庭にいる二十人程の人々から視線が突き刺さる。
一瞬怯みそうになるけれど、平静を装って進むとパラパラと声が聞こえはじめてきた。
内容は、私が信用できるのか、なぜここに連れてきたのかという不安や不満。
それはそうでしょう。
私が同じ立場だったら同じことを考える。
仕方のないことだけれど邪魔さえしなければ良い。と、そんなことを考えていると前を行くハイショウが立ち止まり舌打ちをして声を上げる。
「てめぇら、納得したんじゃねぇのかよ。言いたいことがあるんならさっさと言え!」
「だ、だって、そいつを連れて行けばいいんじゃねぇのか?」
「そうだ! こっちの方が人数が多いんだ、女二人ならみんなでやれば……ひっ!」
「……だからさっき言っただろうに。口を出すなって」
尻餅をつき怯えた表情の男性の足元には見たことのある投擲用ナイフが靴ギリギリに刺さっていた。
頭が痛そうなハイショウは盛大にため息をついた後、こちらを振り返り「すまん」と言って固まった。
ああ、これはと横を見ればうっすらと笑みを浮かべたアイビーは怒りを隠そうともせず今にも飛び出していきそうな状態。
これは困った。一刻も早く解術しに行きたいのに。
アイビーはどうにか抑えるからそっちはなんとかして欲しいと願いを込めてハイショウを見返すと神妙な顔で頭を縦に振りフゥロくんを降ろすとじろりとブラックウルフの人たちを見回して……なんだろう、嫌な予感がする。
ちょっと待って、と声をかける前にハイショウがニヤリと笑い「てめぇら、良く見てみろよ」と私を、というより頭を指差した?
あ、なんか既視感があるような……。
「はあ? 何言って……」
「よぉーく見てみろよ。髪の毛、何色だ?」
「髪って紫だろう。あの変なのからそう言われ……紫、だよな?」
「そうだ、紫だ。菫色とも言うんだが……」
「あ……。も、もしかして!? いや、まさか」
「噂の『姫』か!」
突き刺さっていた視線が驚愕に彩られ、先ほどとは反対の視線に変化した。
ずーんと落ち込む人やキラキラとした瞳で見てくる人もいる。
うわああーん、さっきと同じパターン! これ一番ダメージを受けるの私なんですけど。
アイビーに助けを求めて――ってなんでドヤ顔なの!?
私に味方はいないのか……。
うぅ、お家に帰りたい気分です。
どうにか心を落ち着かせて、眠ったまま目覚めない五人がいる部屋へ入り診させてもらう。
アイビーにはハイショウの話以外になにか情報がないかを聞いてもらっている。
一人ずつ〈診察〉を順々にかけて何か異変がないか調べていき、全員調べ終わった結果は毒や麻痺など他の状態異常はなかった。
良かったと言うべきなのに腑に落ちないというか……何かが引っかかる。
でもこのまま考えていても水分も取れない彼らには良いことはないと『眠り』の状態異常を解除するために魔力を練り上げ……ようとしたらちょんちょんとローブを引っ張られると同時に「あの、……あのね、おひめさま」という可愛らしい声が聞こえた。
『おひめさま』という言葉にダメージを負いつつローブの裾の方を振り返ると、そこに居たのはハイショウにくっ付いていた筈のフゥロくん。
どうしたのかとフゥロくんと視線を合わせるようにしゃがみどうしたのか聞くと、少しの間もじもじししていたけれど何か彼自身の中で決まったのか真っ直ぐに私を見る。
その時彼の夕焼け色のような瞳の色が濃くなり吸い込まれる感覚が押し寄せるが、一瞬のことでまたもとの柔らかい色に戻った。
「おひめさま、ねぇねの、おめめ、あけてくれるの?」
「そうね。これから魔法であなたのお姉さんや他の寝ている人を起こそうと思っているわ」
「ほんと! じゃあじゃあ、くろいもやもや、なくなる?」
「くろい、もやもや?」
「うん。ねぇねと、みんながね、ねちゃったの。くろいもやもや、はいってっちゃったの」
「えっ!? えーと、それはハイショウとかみんなは知っているのかな?」
「んーん。にぃに、おでかけしちゃった。ショウにぃもおーちゃんもばぁばも、みてないって。でも、でもね、ぼくみたの。うそじゃないよ? だってにぃにもねぇねもいっつもウソはだめっていってるもん」
「そっか。そうなのね」
「おひめさま。くろいもやもや、とってくれる?」
「……ええ、そうね。ちょっと確認をしてみるね」
少し涙目になったフゥロくんに「ちゃんと言えて偉いね」と言って頭を撫でると落ち着いてくれたのか、はにかむような笑顔を見せてくれた。
ほっと息をはき、考えるのはフゥロくんにだけ見えた『黒い靄』。
黒い靄? そんな魔法はあったかしら。
ゲームとかなら闇属性が黒は定番だけど、そんなに安直じゃ、ない……いや、まさか。
もし、もしもフゥロくんの言っていた『くろいもやもやも』があの魔法特有の『黒い靄』ならば……。
予想が外れて欲しいと願いながらもどこか冷静な部分が『黒い靄』だった場合の対処方法を考えている。
〈妖精ノ瞳〉で、……いや、それでは『命令』は読み取れないだろう。ユクサには頭痛がするなら控えろと言われているけれど緊急事態だもの。〈真実ノ瞳〉を一瞬だけ展開しようと決めた。
出来るだけ情報を限定したいので、フゥロくんには離れてもらうために「私と一緒に来たお姉さんを呼んできてくれるかな」と頼むと、私がお願いを言うと思わなかったようでパチパチと瞬きした後「うん」と力強く頷いて走って行った。
アイビーがこちらへ来る前に終わらせないと。
さっき受け取った方の魔力回復薬を飲み、ユクサの空間で練習した感覚を思い起こす。失敗しないように発動条件を限定に限定を重ねて針に糸を通すように魔力を紡ぎ、圧縮したものを一気に解き放つように発動させる。
――〈真実ノ瞳〉。発動時間は瞬きする時間。範囲はこの五人。
発動・終了。
「っつ、ぅあぁ……!」
瞬きする時間、0.1秒から0.15秒の間に流れ込む、限定していてもなお頭に注ぎ込まれる膨大な記憶、想い、感情。ギリギリと頭が痛む。
全速力で走った後のような跳ねまわる心臓を押さえつけるように胸に手を当て、乱れた呼吸を整えながら今視えたものから必要なものを取り出していく。
突然現れた黒いローブの人物。
嗤う。
魔法、発動、降り注ぐ光
一拍後に放たれた二重の軌跡。
浮かび上がる、呪いの言葉。
倒れる五人に沁み込んでいくような黒い靄と朱い鏃。
なんてことを……私には理解できない。これは冗談じゃ済まされないっ!!
目の前が真っ赤で、ちりちりと身体の中の魔力が燃えているように熱い。
これを、この魔力で、敵を……。
―――パシンっ!
「リーア様っ! いけません!!」
頬の痛みとアイビーの切羽詰まった声で、怒りのあまり不安定になってしまっている魔力に気付き、慌てて抑える。
ここで暴走させたら目も当てられない。
「……ありがとう、アイビー。助かりました」
「いえ。咄嗟のこととはいえ叩いてしまい申し訳ありません。リーア様はいったい何を……」
「止めてくれてありがとう。彼らにかけられた魔法を解析していたのだけれど、あまりにもひどい魔法だったので……」
「そうでしたか。ですが……いえ、この件は後にしましょう。それで彼らは、」
治せそうですか? と目で質問するアイビーに頷き、『とても集中力が必要な魔法だから終わるまで絶対に誰も近づけさせないで』とハイショウたちへも伝言を頼む。
私の言葉にアイビーは何かを堪えたように口を引き結び了承したと深く頭を下げた後、ハイショウたちの方へ足早に進んでいった。後ろを向いた時に一瞬泣きそうな顔に見えたのは気の所為だろうか。
向こうは彼女に任せておけば大丈夫。
後は私が……と解術のための魔力を練ろうとしたのを慌てて止め〈緊急呼出〉で言葉を――解術のために上級魔法の使用許可を取りたい――治療魔法師長のカサブランカ様と直属の上司であるメリア様に届ける。
すぐにお二人から詳細を尋ねられたので〈真実ノ瞳〉を使ったことは隠しつつ「ある、今は使われていない闇属性の魔法が使われた形跡があり解術したい」と説明すると少し間があったものの『後で必ず詳細を報告しに来ること』許可がもらえた。これで不正使用にはならない。
ついでに申し訳ないと思いつつ、ミモザたちの保護をお願いするとなぜかカサブランカ様から「任せて~。ニコティったらちゃんとできたのかしら? うふふ~」と楽しげな声が届いた。
なにができたのかなと気にはなるけれど今は横に置いておこう。
ともかく魔法の使用許可を快諾してもらえた。
頭が痛いなんて言っていられない。
パンと頬を軽く叩き気合を入れ、患者たちに向き直り先程より時間をかけて緻密に魔力を練って魔法を構築していく。
失敗は出来ない、否、するものか。
黒ローブの人物がかけた魔法は、〈洗脳〉――『黒い靄』――と〈暴狂戦士〉――『朱い鏃』――。
〈洗脳〉は闇属性の上位で対魔物・魔獣用としての魔法。人に対しての使用は禁術に区分されるため使用者は魔法師上級でも限られる。
私も闇属性が強くなってから制御のための一環として学んだけれど……この魔法は対魔物用でも使いたくない。いっそのこと魔法自体を禁術にして封印してしまえばいいとも思っている。けれど魔物に有効な魔法の一つであるために難しいらしい。
〈暴狂戦士〉も同じく闇属性上位。思考能力の低下の代わりに攻撃力を上げ目の前の敵を殲滅する。言葉としてはそういうものだと捉えられているけれど、前世の知識がある私には脳のリミッターを意図的に外し見境なく攻撃すると言うことではないかと思う。
なんにせよ、今は使い勝手の悪さから使われることは全くと言っていいほどない、忘れられた魔法の一つ。
この二つの魔法を解術するのは〈魔法解除〉で事足りる。
だが、どうにもこの二つの魔法が絡み合っているようでひと息には解けず命令の最後から解いていく必要があり普段より時間と魔力を消費する。
五人並んでいる患者の真ん中の子供の近くに立ち、全員にパスを繋げ魔法の対象者であること指定。準備が完了しいつでも発動できる状態になったのでアイビーへ合図をするために後ろを向くと全員が頷いてくれた。
全員が協力的なことに思わず目を瞠ると、フゥロくんがぴょんぴょんと跳ねながら手を振ってくれた。
可愛らしい応援にこの魔法に対して尖っていた心がぽわぽわと温かくなる。
……そうだね。こういう気持ちで治療魔法を使わないといけない。思い出させてくれてありがとう、フゥロくん、みなさん。
まだまだ私は未熟者だ。でも精一杯するからと軽く頭を下げ身体を戻して魔法を発動させる。
〈魔法解除〉で現れた黒い靄と朱い鏃。
絡み合うそれらを一つずつ、五人分同時に終わりから解いていく。
絶対にやり遂げる!
「これ、で、最後っ! あとは……」
最後の黒い靄の命令文を消し去り、〈妖精ノ瞳〉で魔法の残滓を、念のため〈診察〉で体調が変わりないかを診て無事に全て終了したのを確認した。
「はぁぁ……。終わ、ったぁ……」
魔力の消費にいつも以上の集中力を使った疲労、そして終わったことの安堵感で思わず床に座り込む。
本当に複雑で嫌な魔法だった。
解いた順を逆から組み返して簡潔にまとめると――
〈洗脳〉により設定時間の経過後、睡眠より覚醒
〈暴狂戦士〉発動
〈洗脳〉全てを殲滅せよ
というもの。
要するに『同士討ちせよ』という命令だった。しかも残虐な方法で、と。二度と思い出したくもない。
どうしてそこまでできるのか。
黒いローブの人物は今まで私が出会った人物の中で一番理解できない、否、理解したくない人物かもしれない。
後味の悪さと疲労は一時押し込めて、アイビーたちに終わったこと告げようと出口の方を見て……思わず固まった。
先程はたくさんの人々がいた中庭には数名だけしかいない。
一人は、男性かしら? 倒れていて、その人の上に座って楽しそうに跳ねているフゥロくんと見守るように傍に立つアイビー。その隣でハイショウが頭を抱えている。
何が……とよくよく見れば中庭のあちこちに机が倒れていたり、鉢植え代わりの壺らしきものが割れていたりしている。あとキラリと光るものが地面などに刺さっている。アレって見間違えじゃなければアイビーの投擲ナイフのような気が……。
そういえば解術の最中に一度外がざわついた様だと感じたのは気の所為じゃなかったのね。
何があったのかを聞くのと無事に終了したことを伝えるために立ちあがると「ん~」と言う声が聞こえた。
ベッドの方を向くと真ん中に寝ていた女の子が身体を起こして伸びをしていた。
パチッと目が合うと可愛らしい声で「だぁれ?」と聞かれて……どう答えるのが良いのだろうか迷う。
助けを求めて入口の方へ視線を向けると女の子も入り口を見たようで「あ、フゥったらお兄ちゃんと遊んでる! ずるぅい! ハルシャも~」と言いベッドから飛び出していった。
小さい子の行動の早さに呆気に取られていると他の四人も覚醒しはじめたようで次々と上体を起こして身体を解し始めたり喉が渇いたと水を求めて動きだした。
お前は誰だ? というような訝し気な視線を感じたので説明はハイショウに任せようと話しかけられる前にいそいそとアイビーたちのところへ向かった。
お読みいただき、ありがとうございます。




