57―相対する―2
57
音もなく着地する、ふわりと舞う見慣れた服。
現れた声の内のひとり、アイビーは私の前に立つといつもの微笑みを浮かべ優雅にお辞儀をする。
「遅くなりまして申し訳ございません」
「そんなに遅くはなっていないから大丈夫よ。でも、なにかあったの?」
「いえ、少々片づけをしてから参りましたもので」
「……片づけ?」
「はい。さっさっとまとめて一括りにきゅっと。他の邪魔は入りません」
にこやかに――袋をキュッと縛るような動作付きで――さらっと報告をしてくれますが、それって大変なことではないでしょうか。
アイビーの言う『片づけ』とはこの状況から言って私たちを囲んでいたブラックウルフの残りの人たちのことでしょう。二十人程度はいたと思うのですが。ちょっと精度を上げて確認――あ、本当にひとまとめにされている。その人たちを囲むようにいる人たちは……ミモザの護衛さんたちだ。下っ端みたいなことをさせている気が……え? 快く引き受けてくれたの? アイビーの言うことは聞くように言っておいたってミモザ? いつの間に??
「ほんと、先輩は人使い荒いんですから」
「あら、お嬢様のために&ストレス発散って嬉々として動いたのは誰かしら? ……若様に言ってもよろしいのよ?」
「うぇええ……それは止めてくださいよ。俺死にたくない……」
「どうして貴方がここにいるの?」
「あ、お嬢様。いやですね、若様に頼まれたものを買ってたら先輩に見つかって、頂戴良いって連れて来られましたー」
あははーと笑うのは、アイビーの後ろ側から現れた、降りてきたもうひとり。
想像すらしていなかった人物――兄様の従者のスイバ。
彼は兄様自らが選んだ従者なので実力は折り紙付き。
明るい性格でちょっとお調子者な面もありますが、兄様が朝起こすのを頼むくらい信頼しているのは彼の実力優しい人柄だと思います。
アイビーとは同い年なのですが、彼曰く「一生、色々な意味で勝てない」とのことで先輩なんだそうです。
「あ、そうだ! ここでお嬢様にお会いできたのも何かの縁ってことで。申し訳ありませんが忘れそうなので伝言を伝えてもよろしいですか?」
「私に? それは構わないけれど……どなたから?」
「若様からです」
「兄様?」
どうして私に直接ではなくスイバから伝言?
〈通信接続〉じゃダメな内容なの?
いえ、以前もたまにこういうことはあるのですが……。
これからは兄様が私を避けることになるのだからこれが通常になるのでしょうね。
慣れなくちゃいけない。
でも、……どうしてだろう。なぜか胸が苦しい。
思わず耳を――兄様からもらった魔法具を触りながらスイバの言葉を待つ。
「えー、今日の仕事がかなり面倒だそうで明後日くらいまで帰って来られないそうです。なので約束していた例のものは延期にして欲しいそうです」
「……そう。ありがとう」
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
「え? ええ、大丈夫、よ」
「もしかして仕込み完了準備万端でした?」
「いいえ、まだ何を作ろうかなって段階だから……」
「そうですか。残念。いえ、準備完了してたのなら勿体ないのでご相伴にあずかれるかな~と思いまして」
「仮に準備が終わっていても貴方にはありません」
「えぇー、それはないですよ、先輩!」
私が沈んだ声を出してしまったのが、どうやらスイバはお弁当の約束がなくなって悲しんでいると思ったのでしょうね。
アイビーとスイバのやり取りにくすっと笑うとスイバはホッとしたような表情になったのが分かった。
やっぱり彼は優しい。
私を優しい目で見たアイビーはその笑みを崩さないまま「さて」と言い、ブラックウルフの一員へ視線を移す。
移す際に冷たく変化した瞳は、もし温度を感じることができるとした氷点下でしょう。
「さて。考えはまとまりましたか? そちらには時間がないのでしょう。さっさと詳しい事情を話しなさい」
「はぁ? なに言って……」
「捕まえたあなたのお仲間たちからは興奮しているようでお話しできなかったのです。貴方は多少冷静のようですから早く何があったのかとあなた方を脅した人物を教えなさい」
「ホント、早く言ったほうが身のためですよー。先輩、本気なんで」
「だからなんの……」
「私のお嬢様を狙うなんて許せません! 私がやりますのでさあ早く!!」
混乱するブラックウルフの一員へ迫るアイビーは、うふふと笑顔でいるのに目は据わっていて――これは、この表情の時のアイビーはもの凄く怒っている。
お願いだからスイバも煽らないで!
それにアイビー? 「やります」って作業するってことだよね? 「殺ります」じゃないよね?
違うよね、アイビー? その変わらない笑顔はどっちの意味? 違うと言ってー!
「何、と言われましたが私は先程から申しておりますわ。話せ、と。……本当に話してくださいません? ブラックウルフの参謀、ハイショウさん?」
「なっ」
「あら、名前を呼んだことがそんなに驚くことですか?」
くすくすと笑うアイビーにハイショウと呼ばれた男性は目を丸くして「どうやって……」と呟いた。
「情報収集は別にあなた方の専売特許ではないと言うことです。
――ハイショウ。二十二歳。ブラックウルフの立ち上げメンバーのひとり。ボスの片腕で金銭面を担っている。割引交渉はお手の物。活動時は参謀のくせに遊撃部隊を率いる。子供たちには人気者だが先週またも振られたため恋人はいない。ちなみに現在十連敗中。こんなところでしょうか。時間がなくてあまり調べられませんでしたが……いかがです?」
「ぐっ……」
「お分かりいただけたようで。……と、まあ時間をかければあなた方を脅しお嬢様を狙った人物は探すことは可能でしょう。ですがそのような手間をかけずに情報源が目の前にいるのですもの。利用しない手はないでしょう?」
「てめぇ……」
「まあ嫌だと拒否するのであればそこのお仲間にでも聞いてみますけれど……実力行使で」
「ちょ、ちょっと待って!」
「っ、お嬢様?」
アイビーが私のために怒ってくれるのは少し嬉しいけれど、彼女にそんなことを言わせてしまうのが悲しい。
慌てて駆け寄りアイビーへ落ち着いて欲しいと願いを込めてぎゅっと抱き付く。
驚きの声を上げたアイビーですが、私の意図に気付いてくれたようで一度深呼吸をし「申し訳ありません。もう大丈夫です」と柔らかい声で告げた。
いつものアイビーに戻ってくれた。良かった。
アイビーから身体を離し、ハイショウさんのほうへ近づいて彼の前で膝をつくと訝し気な顔でまじまじと見つめ返された。
「お願いです。話していただけませんか?」
「な、なんで、だ。……あんたは、自分が狙われたのに。どうして」
「人質、時間制限。私のせいでそうなったのなら見過ごせるわけがない」
「……あんたは、一体」
「あ、すみません。名乗っていませんでしたね。私は、「お嬢様ストップ」どうしたの?」
名前の一音を出す前にスイバに制止させられたので彼の方を向くと、「ちょっと確認させてください」と私に帽子を取るように言う。
不思議に思いながらもスイバの指示通りに帽子を取ればすかさずアイビーがその帽子を受け取りきつめに留めてあったピンなどを外し動きに支障がないようにまとめてくれた。おおー、開放感。
これで良いかとスイバに聞けば「ありがとうございます! 少しそのままでお願いしますねー」とイイ笑顔で答えハイショウに目線を合わせるとウキウキとした様子で話しかける。
……なんだろう。なにか嫌な予感がする。
「なあ、あんたたちってさ、情報には強いんだろ?」
「は?」
「すげーよなー、色々なこと知ってるんだろ?」
「……何が言いたい」
「貴族のことも色々知ってるんだよなー」
「てめぇ、何を――」
「ではここで我がお嬢様をご覧ください。探していた綺麗な紫色の御髪にございます」
「……それがどうした」
「この紫色というのは珍しいとはいえこの国や隣国には少なからずいらっしゃいます。常識ですよね~」
「ま、まあな……」
「あ、そうそう! 紫色と言っても色々な呼び名があるんですよー。たとえば……菫色、とか?」
「それが、なんだって……まさか! ちょ、まっ……うわ、まじかよっ!? じゃあ『魔法院の姫』か!?」
「わっはっはー、マジだぞー」
「いやーーー! 『姫』は止めてぇー」
ハイショウはスイバの言葉で目を白黒させ、私をまじまじと見たかと思ったら上を向いたり下を向いたり。
終いにはぐったりと項垂れてスイバに「まあまあ、気を落とすなよ」と肩を叩かれている
わーん、泣きたいのは私の方よ!
勝手に出歩くあの呼称に涙目になりながらアイビーのほうを見上げて助けを求めると、苦笑いで私を立たせながら座り込んでいるスイバを見下ろして「あなたが一番性質が悪いわ」とため息まじりに言った。
「まあ俺もムカついてたんで。で、これで話してくれますよね?」
「あ、ああ。話しても話さなくてもオレ達は終わったも同然だからな。ちゃんと話すさ……紫紺の悪魔の関係者にはかかわらないようにしてたんだがな」
「シコンのアクマ? この世界に悪魔なんているの?」
「あ、お嬢様は気にしないでください。寧ろ聞かなかったことにして忘れてください。記憶から抹消してください切実に! ばれたら俺は天に召されます!」
「え、ええ? わかったわ」
焦った様子のスイバの様子に念を押されて思わず「はい!」と勢いよく返事をする。
……けど気になるからあとで調べておこうかしら、なんて考えていたら「調べないでくださいよ?」と半目のスイバにさらに念を押されてしまったのでコクコクと頷く。うむむ、勘が鋭いなぁ。
でもこれで話が進むかな。不本意だけど!
「では教えてもらえますか、ハイショウさん。何があったのか」
「ハイショウでいい。ただオレは敬語なんて慣れてないから怒るなよ?」
「話しやすいようにしてくださって大丈夫ですよ」
そんなことで怒りませんというように微笑んで言ったらなぜか顔を横に向けられてしまった。
変なことは言っていないのにと首をかしげるとスイバとミモザになぜか「一撃(です)ね!」と言われる始末。
さっきから、もう一体なんなの!?
ハイショウは何かもごもごと言っていたけれど微笑むアイビーに促されると、引きつった表情で話してくれた。
話してくれた内容は……。たしかに彼ら、ブラックウルフの人たちは死人こそ出してはいないが悪事を働いている。だからといってそんな方法をとるのは違うと思う。
まして魔法を使ってそんなことをするなんて、魔法師としても許せない。
昼前、急に彼らのホームに黒いローブを着てフードを目深に被った人物が現れ、お金の入った袋を投げ一方的に要求を突き付けてきた。
その内容とは『紫髪で紺色のローブを羽織った人物を街外れの資材置き場へ夕方までに連れてこい』『一緒にいる亜麻色の髪の男性は絶対に傷つけてはならない』というもの。
しかし彼らのボスは『得体の知れない奴の言うことなんざ聞きたくない』と突っぱねた。
その言葉を聞いた黒ローブの人物は大げさなため息をついた後に『ならばこれではどうかな』と何か言葉を紡いだ瞬間、数名の仲間――幼い子供が三人と青年と年輩の女性の計五人――が急に倒れ眠りについてしまった。今確認しても眠ったままで呼吸以外は一切出来ない状態らしい。
(治療魔法師に診せたくとも彼ら自身も自分たちが犯罪を犯していないとは思っておらず、加えて魔法師は貴族が多いために診せに行っていない)
憤るブラックウルフの人たちへ黒ローブの人物は楽しげな声で『連れて来なかったり、時間を過ぎればずっと眠りについたまま』『こちらの望み通りの働きをすれば報酬を上乗せしてあげる』と言い放ち、影に沈むように消えて行きボスは「そっちは任せた」とホームを飛び出していったそうだ。
ブラックウルフのボスさんって仲間想いとは思うけど無茶する人ですね。
〈影移動〉で移動した人物を追いかけるなんて無謀としか思えない。常に〈妖精ノ瞳〉を展開して魔力の流れが視えていれば可能でしょうけれど、流石にそれは現実的ではないもの。
色々と考えることが巡るけれど、ひとまず詳細を話してくれたことに感謝するとハイショウはなぜか付きモノが落ちたような表情になり、一つ息を吐くと頭をガシガシとかいた。
「話してみて……ほんと、碌な考えもせず出てきたなって思うよ。あいつは、ボスは頭に血が上って任せるとか言って飛び出していっちまうし。オレはとりあえず収拾できる部分だけしてとにかく仲間を助けるためには捕まえないといけないって出てきたが……今考えると作戦なんか考えなかったし、かなり焦ってたんだな。あー、くそっ!」
「焦ってるのがダダ漏れだったから、さっきは上手くオレひとりでもあっさりと不意打ち食らってくれたもんな。でも悔しいけど今の冷静なアンタとはやり合いたくない」
「そーかい、そりゃどーも。お褒めいただきありがとさん」
「あーなんかムカつくっ! おっさんのくせにっ」
「おっさんだとぉ! オレは二十歳だ!!」
「えっ、ウソだろ!? どうみても三十……」
「こらまてこのクソガキ! って動けねぇ!! いい加減コレ取れよっ」
「やだねー。へへっ、いい気味だぜ」
口喧嘩を始めてしまったイセンとハイショウのやり取りにクスッと笑いながらも頭にあるのは彼らを脅してきた人物のこと。
話を聞くだけでもその人物はかなりの高レベルの魔法を使うみたい。
突然現れたというのは〈影移動〉でしょう。闇属性としては初歩レベルのものだけれど扱いの難しい魔法。
それから実際に見ていないから確定は出来ないけれど眠らされたのは〈睡眠ノ霧〉と焦りや不安を増長させていたのだとしたら〈恐怖陽炎〉。これらも合成魔法だから難易度は高い。
ただ気になるのは、〈睡眠ノ霧〉にかかった人数が少なく、しかも隣にいたのに片方は眠り、片方はかからなかったという人がいること。かからなかった人が魔法抵抗値の高い人というだけなら問題はないのだけれど……そうではなく〈睡眠ノ霧〉を人一人分の範囲に狭めるくらい精密にそして複数に展開する、と制御しているのであれば怖い相手だ。
人物像はさておき。
黒ローブの人物がブラックウルフの人たちのところに行ったのが昼前くらい、ということは私たちがバニアナさんのところへ行って男装した時間帯あたり。
仮に朝から私が狙われていたとして、着替えることになったのは予定外のこと。
私が男装――この紺色のローブを羽織るのは今日が初めて――しているのを確認してからブラックウルフの人たちのところへ行ったか、または黒ローブにも仲間がいるか。
でももし黒ローブに仲間がいるのならわざわざブラックウルフの人たちを脅してまで動かすのはどうしてだろう。高レベルの魔法の使い手なら回りくどいことせず直接手を下した方が早いと思うのに。
うう、考えれば考えるほど分からなくなってきた。頭パンクしそう。
とにかくただの〈睡眠ノ霧〉かどうかを確認して解術しないと。水も飲めないなんて生死に関わる。
行かないと。
そう考えて、アイビーへ声をかけようと視線を巡らせるとパチッとミモザと目が合った。
……なんてこと。私は一人行く気満々で守るべき対象のミモザたちのことを頭の中から消していたなんて。
それでも現状を知ってしまったら私は助けに行きたい。
でもミモザたちを連れて行く余裕はない。正直厳しい。
なんて私は自分勝手でひどいのだろう。
できれば傷つけずに諦めてもらえるように……と言葉を探すけれど思いつかない。そんな都合のいい言葉なんてない。
もう少し一緒にいたいなんて考えた罰なのかな。
嫌われるしか道はないと覚悟を決め、目を閉じて深呼吸。
目を開けて……にっこりと笑ったミモザが「行ってらっしゃい」と、私にとって都合の良い言葉が聞こえた。一瞬、何を言われたか分からなくてポカンと口を開けて見返してしまう。
そんな私を見たミモザはくすくす笑った後にちょっと怒ったように、でも笑顔で言う。
「も~ダメだよ~。迷うなんてフィーちゃんらしくないよ?」
「でも、」
「でも、じゃないの。行くのよ、フリージア・ウイスタリア。貴女の信念を貫きなさい。親友の私が邪魔をするわけがないでしょう? ちゃんと私、大人しく待っていられるよ。……ニコはどうか分からないけどね~」
「ちょっと待てミモザ、人聞きの悪い。ボクだってフィーの邪魔はしないさ」
「行きたそうにうずうずしてたくせに~」
「し、て、な、い! それはミモザの方だろう?」
「まあそれはともかく」
「ちょ、ミモザ!」
「私が言いたいのはね」
「またこのパターン!?」
「諦めろ、ニコ」
いじけるニコティ様をイセンが宥めるのをアイビーはにこやかに、スイバとハイショウは気の毒そうに見ている。……ええっと、ニコティ様がんばれ?
「本当はね、ニコの言う通り一緒に行きたい。でも足手まといになることもわかるの」
「ミモザ……」
「ううん。今の私は何も出来ない。フィーちゃんのお荷物になるのは絶対、嫌。私は私が出来ることをして待ってる。……だから、ちゃんと帰ってきてね!」
「……ありがとう」
「うん! それでどこにいけばいい? 寮に帰ったほうがいいのかな~」
「時間をかけて学園に帰るよりバニアナさんのアトリエに行って欲しい。そこが近くて安全だから」
「確かにそうね。じゃあそこに行くわ。やることできたし~、私も頑張る~♪」
「やること?」
「え? あ、なんでもないよ~。うふふ~」
最後は何か慌てたよう言葉を濁したけれどにっこりと笑って、『次は活躍して目にもの言わせるわ!』と宣言し不敵に微笑む。
ミモザに笑顔に釣られるように笑みを浮かべると、ミモザはそれで良いというように一つ頷く。
そしてゲンナリしているニコティ様とイセンを引っ張って話をしているアイビーとハイショウのほうへ向かって行った。
頼もしいなぁとミモザたちの後ろ姿を見ていると「良いお方ですね」とスイバが話しかけていた。
「ええ、私の親友は素敵でしょう? 惚れちゃだめよ」
「しませんって。それくらい弁えてますって。それに……」
「それに?」
「イエイエなんでもありませ~ん」
お道化たように言いながら視線を逸らし頬をかくスイバ。その目線の先にいる人物を、私は知っている。
幼い頃に「好きって言わないの?」と子供の無邪気さで聞いた時の答えは「いつか越せたら」だったけれど今はどうなのかしら。彼の告白する未来には近くにいないと思うから上手くいくように願っているね。
スイバが急に「あ!」声を上げて服のポケットを探り始めた。
ぽんぽんと色々なところを叩いてようやく見つかったのか、安堵の息を吐きながら何かを取りだし「どうぞ」と私にハンカチーフに包まれたものを差し出した。
首をかしげても差し出した格好のまま何も言わずニコニコと笑っているので、戸惑いながらも受け取りそっと包みを開けると中に入っていたのは魔力回復薬の小瓶。
……なのだけれど、これは先日のスイバの誕生日に欲しいとリクエストされて贈ったものではないかしら。彼へのコメント――いつも兄様を朝起こすのお疲れ様です!――も書いてある。
……どうして?
目を瞬かせながらスイバを見れば彼は悪戯が成功したとばかりに微笑んでいた。
「先日お嬢様からいただいたばっかりですので新鮮? ですよー」
「それは、そうかもしれないけれど……でも、あなたが欲しかったものではないの?」
「欲しかったものですよ、本当に。この品質のものはなかなか手に入らないものですからねー。なにかあったときのために欲しかったんです。と、言うわけで今がその時ってヤツだと思うので使ってください、お嬢様」
キョトンと見上げるとスイバはにこにこと笑いながら「いやー、ダメもとで最上級品ねだっておいて良かったなー。俺、エライ!」なんて言っていつの間にか来ていたアイビーに叩かれていた。
大げさに痛がってまた叩かれて。その二人のやりとりにふっと力が抜けた気がする。
ああ、いい意味で緊張感がなくなった、のかも。……また助けられちゃった。
「ふふ、色々とありがとう。お言葉に甘えて使わせてもらうわね。後で倍にして返しますから」
「ええー、いいですよ倍なんて。あ、じゃあ、それじゃなくてお嬢様のお菓子、希望してもいいですか?」
「私のお菓子? そんなものでいいの?」
「それがいいんです。若様ってば絶ー対にくれないんですよ。一個もじゃなくて一欠けらもくれないんですよ!!」
「そ、そうなのね……」
兄様の思わぬ食い意地に驚きつつもスイバに了承すると「タルトでお願いします!」と言う声に続いて「私も食べたい~」といつの間にかこちらに戻ってきていたミモザに抱きつかれ、そしてこちらをなにか期待のこもった目で見つめてくるニコティ様とイセンに――なぜか『かすり傷一つ無く帰ってこなかったらお菓子を作る』という約束をさせられた。
かすり傷一つダメなんて……なんだろう、この無理ゲー感。
でも、行くなとも一緒に行くとも言わず私の好きなようにさせてくれるのだもの。精一杯がんばろう。
でもやっぱり『かすり傷一つ』は無理な気がしませんか? 変更を希望します!
ちなみに、アイビーは要らないのと聞いたら「出来たての味見がありますから」と答えてみんなからズルイと言われていました。
みんなお菓子好きなんだなぁ~。
和やかな気分は終わりにして、今度こそミモザに行ってきますと告げてアイビーとハイショウの案内でブラックウルフのホームへ向かう。
同時にミモザもたちもバニアナさんのところへと向かって行った。
イセンに伸された残りのブラックウルフの人たちはハイショウが話をしてこちらの言うことに従ってくれることになったので、ミモザの護衛さんに託すそうです。
ハイショウが話の中で「今日でブラックウルフは消えるだろう」と零した時にミモザが「悪いようにしないわよ~。うふふふふ~」と言っていたのが聞こえたのですが、その笑顔にとても不安が押し寄せるのは気の所為でしょうか。
お読みいただきありがとうございます。




