56―相対する―1
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未だに睨み合うふたりに声をかけるとキョトンとした顔で見返されましたが、ミモザは私とイセンの目線が辺りを警戒しているのに気が付き、先程まで頬を膨らませていたことが嘘のように真面目な表情に変化した。
切り替えの早さに流石だと心の中で感嘆しながら入り組んでいる細い路地へ向かうと言えば、好奇心を抑えきれないといった顔でいつもの定位置とばかりに私の隣に立つ。
そんなミモザに苦笑いを返しつつ、疑問符が大量に浮かんでいるであろうニコティ様はイセンに任せて移動を開始する。
「移動開始だね~。ニコ、置いていっちゃうよ~」
「え? ミモザ? フィーはなにを? 一体……」
「ま、説明するからちゃちゃっと移動な」
「イセン!? ちょ、まっ、ぐぇ……」
イセンは手慣れた様子でニコティ様の襟首を掴んで引っ張っていますけど……ちょっと苦しそうなのでせめて引っ張る箇所を変えた方が良いと思いますよ?
細い路地に入りイセンを先頭に彼の案内で進みながら手早くミモザとニコティ様へ説明。
ちょっとミスをしてしまって、いつの間にかミモザの護衛さん達との間に――二、三人ずつグループになっているようで今のところの合計数は27名ほど――こちらを窺う人たちに囲まれていること。
護衛さんたちと挟み撃ちにするには先程のお遊びで分けてしまったので心もとない。そこでこのまま気が付いていないふりをして――赤の他人を巻き込むリスク減らすためとイセンが気になることがあると言うので――人気のない場所まで移動して対処または逃げ切る。
本当はミモザとニコティ様をどこか安全な場所に連れて行ってから対処なりしたほうが良いとは思うのですが、一番近くにあるのがバニアナさんのアトリエ。近すぎて着くまでに相手を撒くのが難しい。
希望としては路地を利用して相手を撒くか少し数を減らしてからアトリエに避難したいところですが、もうすぐアイビーと合流できそうなので撒くことより反撃という対処のほうになりそうですけどね。
一時避難場所がバニアナさんのアトリエなのは、彼女が元魔法技師ということで魔法具の宝庫&デザインのアイデアを守るための侵入者対策の守りが強固なこと。たぶん魔法院の防御レベルに近いくらいじゃないかな。だからあの場所なら安心できる。
後でバニアナさんから多少の要求はされるでしょうがそこは涙を飲みましょう。
無茶な要求じゃないことを祈ります。
そういったことを――歩いたり走ったりと緩急をつけながらなので少々手早くとは言い難いものでしたが――アトリエの裏事情は省いて一通り説明し終えた。
話している最中は流していたけれど、ふと気になったことがありイセンに聞いてみた。
「それで、イセンは何が気にかかっているの? 相手の狙い? 知っている相手なの?」
「まー、知っているというかなんと言うか……。いつもと違うから確信できないんだよなー。だから狙いって言うか行動理由がわからなくて困ってる」
「……理由?」
「ま、なんにせよ捕まえて聞いてみればわかるってことで」
辺りを警戒しながらも明るく答えるイセン。
相手が何者か予想がついているようなのですが、はぐらかすというか……まるで相手がそうであって欲しくないような感じがしてイセンにしては珍しいなと言い方だなと思う。
諸々の答えはやはり相手と接触しないといけないようですね。
どうやら逃げるより迎え撃つって方向に決まり、かな。
それにしてもこんな複雑な路地を迷いなく進むなんてイセンは凄いね、と言ったら「地獄の特訓だったさ、ははは……」と渇いた笑いと共に返ってきた。
私もいざという時のために街を把握しようと路地や裏道を通ってみたりしてはいますが複雑な上、つい魔法で上から見てしまうので覚えきれません。
彼曰く、騎士団の訓練の一環で目をつぶっても走れるようにしろと言われているらしいです。さすが脳き……じゃなくてスパルタですねぇ。
覚えるコツでもあるのかなと聞こうとしたタイミングで少し行った先にこちらを窺うような怪しい動きをする人が三人引っかかった。それをイセンへ告げれば「了解!」と楽しげな声で言い、後ろ手で私たちに止まるように指示をして彼は走りだす。
イセンはスピードを上げたまま曲がり角へ行き、その勢いのまま右側の路地へ飛び込んだ。
彼らにしてみればイセンが急に現れたように見えたようで、驚いたような声とドタドタッと争うような音が聞こえた。
私も手伝いたいところですが非戦闘員のミモザとニコティ様を守る役目があるので待機です。
要請があればすぐに動けるようにはしていますけど、ここは騎士団有望株のイセンのお手並み拝見といきましょう。魔力も温存しておきたいですし……。
と、考えていた1分も経たないうちに「おーい」とその路地からひょっこり出てきて手招きをするイセンが現れた。
……は、早い!
ミモザとニコティ様とともにイセンの待つ路地へ行くと倒れて気を失っている――どうやったのか彼ら自身の上着と思える服で手を後ろに縛られている――三人の男性の姿とブイサインで出迎えるイセン。
そんなイセンの側に一番に駆け寄ったのはニコティ様で、二人でぱんっと手を叩き合う。
「お疲れさま」
「らくしょーだぜ」
「さすがボクの護衛だね」
「もっと褒めてもいいぞー」
主従兼友人という関係性は私とアイビーにはないもので……ちょっと羨ましいな。
なんて考えていたら、ミモザがぽんっと手を打って「そうだったわ! イセンってちゃんとニコの護衛なのね~」と感心した様に言う。
それを聞いたニコティ様がミモザをジト目で見ながら「どういう意味さ」と口を尖らし、イセンは苦笑い。
「ん~と、仮にもニコは公爵子息なわけで~」
「仮じゃなくて本物だけど!?」
「まあいいじゃない「良くない!!」はいはい、そ~ですね~。で、学園内はともかく外でもひとりで対応できる人物なのだと思って」
「まあね。だってイセンは凄いんだよ! だからイセンが選ばれた。……彼が望んでいなくても」
「えっと、ニコ? あの……」
「……」
「こらこらこら、なーにを暗くなってるんだよ」
最初は勢いよく笑顔だったニコティ様が急に苦しそうな声を出して俯いてしまい、ミモザは慌て私もどう声をかけて良いか分からず言葉が出ない。
そんな暗くなってしまった雰囲気を吹き飛ばすかのようにイセンは笑顔で私たちの頭を順々にぽかりと軽く叩き、最後にニコティ様の頭をぐりぐりと撫で始めた。
「うー」
「あ、」
「痛っ、ちょっ、何するの、イセン!」
「ニコがまた変なこと考えてるからさー」
「でも……」
「でももへったくれもない。前にも言ったけど、まあ、最初はなんでオレがーと思ったけどすぐに主がニコで良かったなってなったって言っただろ?」
「そうだけど……」
「オレ、口悪いし堅苦しいの苦手だしさ。でも、それでもイイって、それより友達になろう! ってニコは言ってくれたのオレ嬉しかったんだぜ。何があってもオレはこいつの隣にいたいなってさ」
「イセン……ボクは……」
「だからさ、俺のこと認めてくれるんだったら金輪際変なこと考えるなよ。オレたち親友時々主従なんだろ?」
「うん、ごめんイセン。…そうだね、ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「おうさ!」
思わぬところでニコティ様とイセンの過去を知ってしまった。
ちらっとミモザを見ればこの事は知らなかったのか軽く目を見開いていた。
私が小さな声で「大丈夫?」と声をかけると目が合ったミモザはちょっとバツの悪そうな、でもホッとした表情になり「だいじょ~ぶ」といつもどおりに笑う。
「で、感動的なとこ悪いんだけどそろそろ本題に入って良いかしら?」
「ミモザ、台無し! って元はといえばミモザが……」
「はいはい小言は後で聞きまーす。それでイセン、どうなの? やっぱり当たり?」
「え、ちょ、ミモザ? 無視なの!?」
「やっぱりってことはミモザ様も気付いてました? そうですよ、やっぱりこいつらは“ブラックウルフ”でした」
「イセンーお前までー! ってブラックウルフ!?」
「ふうん、そうなのね」
『ブラックウルフ』という言葉で驚いた表情のニコティ様と考え込んだミモザ。
ため息をつき、のびている彼らに視線を移したイセンは困ったような表情で「違って欲しかったんだけどなー」と呟いてチラリと私を見た後、ニコティ様と話し始めた。
私も正直言ってかなり驚いた。
ブラックウルフといえば、今、巷を騒がしている『義賊』とも呼ばれている集団だったはず。
黒地に灰色で狼の刺繍がしてあるバンダナを各自が着けているのがトレードマーク。
のびている彼らを注意して見れば確かに黒いバンダナを身に付けてはいるけれど……隠すように付けていて判別が難しい。
彼らの特徴としては不正を隠している貴族の財産と証拠を盗み、金品は食料や物資に換え貧しい人々へ配り不正の証拠は魔法院や騎士団へ投げ入れる。そのため盗みという犯罪を起こしていても、人々には人気がありある意味犯罪解決の糸口の一つにもなっているため魔法院も騎士団もなかなか彼らを捕まえることが出来ない。
できればスカウトしたいと兄様は言っていたけれど貴族を毛嫌いしているので会うことも難しいみたいです。
でもこの名前、なにか他に意味があった気がするのだけれど。
なんだったかしら?
う~ん……と考え込んでいたらミモザに「大丈夫~?」と心配されてしまい、考え事をしていたと苦笑いを返してわざとにならないように気を付けて視線をブラックウルフの人たちへ向ける。
ミモザには心配されてばっかりだから気を引き締しめないといけませんね。
彼らがブラックウルフとして、どうして私たちがターゲットになるのでしょうか?
実家が不正をしているとは思えないし、思いたくない。
それに彼らはその本人が不正をしていなければ、女子供は狙わないはずではなかったでしょうか。
誰かと間違われた、という理由だと良いのですが……。
「――目的が……って。おぉっと、そろそろ教えてくれませんかね。オニーサンっ?」
「ぐっ」
「イセン!?」
連絡を取り終わりニコティ様と話をしていたイセンが急に一番手前にいるブラックウルフの一人を動けないように押さえつけて「逃げるなよ」と笑みを浮かべた。
「放せっ」
「嫌だよ、せっかく捕まえたのに。聞きたいこと、色々あるしさー」
「話すことなどないっ」
「一体どういう風の吹き回しなんだ? 女子供は狙わないってのはウソだったか? ……敵対してるとはいえそこは認めてたんだけどな。ん? それともお前らはブラックウルフの偽者か。そうか、なら仕方ない」
「偽者なんかじゃねぇ!」
大げさにため息をつきながら肩をすくめるイセンに男性は怒りを露わにし、それを見たイセンは一瞬ニヤリとした笑みを浮かべたあと真面目な表情を作った。
「そうだよな。お前たちは誇りを持っているはずだ。じゃあそれを捻じ曲げてでもなんで――アイツを狙った?」
そう言ってイセンが視線を向け、みんなの視線が向かった先は――私?
「へ? 私なの?」
「なんで!? 絶対に違う!」
「そんなの間違だ! 彼女が狙われるようなことをしているはずがない」
まさか自分がターゲットだとは思わずポカンとする私を置いてミモザとニコティ様が反論する。
ミモザは私をぎゅうぎゅうと抱きしめ(ちょっと苦しいかなー)、ニコティ様は庇うかのように前に立って怒ってくれた。
それを見たイセンは目を丸くした後、苦笑いになって「落ち着けって、オレだって怒ってるんだからさー。……さっさと言え?」と押さえている男性に更に力を加えたようでその人物からは「ぐっ……」と苦しそうな声が漏れた。
「お前たちの動きがなんか変でさ。何回か仕掛けて来ようとした時も主に後ろの方だったし。決定的なのは……一度みんなと離れた時があっただろ? その時、他のヤツラに指示だしてたんだよ。……『紫色の髪のヤツだけを狙え』ってさ」
「んなこと、」
「言ってない、聞こえる訳ないって? 残念だったな、オレは騎士団員だからこういうときは〈妖精ノ囁キ〉を使ってるんだ。どういう魔法か……ってその顔は知ってるな。だからお前の言った言葉は聞こえてたんだよ」
〈妖精ノ囁キ〉は〈詳細検索〉とは違い聴覚だけを強化するためあまり人気はない。でも使いようによっては仲間内の連携が楽になったり風属性単体のものだから使用魔力は少ないので騎士団では風属性が使えるものには必須項目なのだそう。
これ以上逃げることは許さないというように睨みつけるイセンに男性はグッと言葉に詰まったよう口を噤み、イセンを睨み返す。
何か話をしてくれるかと期待したけれど男性は口を閉ざしたまま沈黙が続く。
彼らの理由とは何なのか。
その答えは―――
「どうやら仲間を人質に脅されたようです」
「しかも時間制限があるらしいそうですよー」
「っ!」
―――上から降ってきた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
拍手もしていただいてありがとうございます。
元気を頂いています!




