7 数覚スキル
ジンは、ソラの顔を見ながらゆっくりと口を開く。
「出発点からいこうかの。数とは物の性質じゃ。これはよいかの?」
「物の個数とか量のことですね。2人の人間とか、3リットルの水とか」
ソラは即答した。ジンは満足そうに、うなずいた。
「3くらいまでなら物の正確な個数は一目で分かる。これは人間だけでなく、動物や魔物にも備わった能力じゃ。数覚と呼ばれている」
ジンの話の途中で、ソラは突然、真っ青になり、苦しそうな声を上げる。
ジンは目をつぶり、腕輪に触れた。
「今、坊やに鎮静を掛けた。しばらくじっとしておれ」
ソラは体調が戻っていくのを実感する。数分で話ができるまで回復した。
「お騒がせしました。師匠の話で、魔獣に両親が殺されたときのことを急に思い出しました。5歳のボクを逃がすため、父と母は魔獣を引き付けてくれました。あのときの魔獣は、小さい1匹の獲物と大きい2匹の獲物を見比べて、舌なめずりしたのかと思うと悔しくて」
ジンは、沈痛な表情で言う。
「つらいことを思い出させたのう。時間は掛かると思うが、乗り越えられるよう協力するぞ。記憶を消すこともできるが、人格やスキルが劣化する副作用があるでの」
「ありがとうございます。もう大丈夫ですので、説明を続けていただけますか」
ソラが立ち直ったのを見て、ジンは話を再開する。
「加えて、人間は、数を数えたり表現することができる」
「分かります。物の個数をいち、にい、さんって順番に数えていけば、たくさんあっても正確な個数を求めることができます。それを123といった数字で表現することで、他の人に簡単に伝えられます」
ソラの淀みない返答を聞き、ジンは笑顔を浮かべる。
「さらに、人間は足し算、引き算、掛け算、割り算を使って、物の個数を計算で求めることができる」
「これも分かります。割り算は孤児院の図書室で借りた本に書いてありました」
ジンは嬉しそうにうなずいた。
「ここまでは、この星ノマス生まれでも誰でも習得することができる。問題はここからじゃ」
――ここからって何だろう?
ソラの疑問に答えるかのように、ジンは続ける。
「最初に言ったように、数はあくまでも物の性質であって、物ではない。しかし、まるで実在しているように感じないかの?」
ジンの問いかけで、ソラはほっぺたを打たれたような衝撃を受けた。言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。
「例えば、9円の紙を3枚買うと言われると、9掛ける3と、30引く3が勝手に浮かびます。数が独り歩きして、繋がったり離れたりします。妄想だって笑われるかと思って、誰にも言ったことはなかったのですが」
ソラの回答に、ジンは破顔一笑した。
「そうそう。数が住む別の世界、とりあえず理想世界と呼ぶが、それを感じ取れる能力、それが数覚スキルじゃ。このスキル持ちは、現実世界と理想世界という二つの世界が重なり合っているように感じる」
――物を見た時に、数がくっついているように見えるあの感覚のことか。
自分の体験を思い出して納得しているソラに、ジンは言う。
「ワシがいた日本では、数覚スキルなしで学べる範囲の勉強を算数、数覚スキルが必要な範囲を数学と呼んでいた。ノマス生まれの人間は算数はできるが、数学ができるようにならなくてな。その原因を調べたところ、数覚スキル持ちが全くいないことが判明したのじゃ」
「日本には、数覚スキル持ちはいたのですか?」
ソラの質問に、ジンは答える。
「日本にはスキルを鑑定する方法がなかったから、ノマスへの転移者で調べた結果になるが、数覚スキル持ちは3割。日本以外の地球の他の国からの転移者でも同じ割合じゃった。戦闘系のスキル持ちが1割ということを考えると、ありふれたスキルということになるのお」
「ノマスで生まれると、なぜ数覚スキルを身につけられないか不思議ですね」
ソラの感想に対して、ジンはその通り、と肯定した。
ソラは思いついた疑問をジンに尋ねる。
「ノマス生まれの人に数学を教えると、どうなるのですか?」
ジンは苦々しい表情を浮かべた。
「テストでは正解できる。数学を出来の悪いクイズとして捉え、問題とその答えをルールとして丸暗記するようになる。数学って暗記科目ですよね、と言われたときの衝撃は忘れられないのお。どこまでできるようになるかは、その人の暗記能力次第じゃな」
「テストに正解できればいいのではないですか?」
ソラが続けて質問すると、ジンは心底いやそうに口を開く。
「そんなクイズが解けても仕方なかろう。ワシらは世の中をより良くするために、数学を基にした様々な技術を開発している。簡単に言えば、理想世界をうまく使って、現実世界の課題を解決する仕事じゃな。だから、理想世界を感じ取れない人材は役に立たないのじゃよ」
「なんか苦労されたように聞こえます」
ソラが感想を述べると、ジンはしばらく思案してから話し始めた。
「40年くらい前かのお。ワシが開発した魔導具の作り方を王国の人間に伝えてほしいと、当時の国王に頼まれたことがあったのじゃ」
一息置いて、ジンは続ける。
「それで必要な数学を一生懸命教えたが、どうしても魔導具が作れるレベルにはならなくてのう。手間は掛かるわ、国王に詫びを入れるわ、とひどい目にあった。このときの苦労が、スキルを鑑定できる魔導具や、本人に合ったジョブを告げる神託器を作る動機となったのじゃ」
ジンの話を聞き、ソラは驚いたように言う。
「鑑定の魔導具と神託の儀で使われる神託器、両方とも師匠の発明だったのですか?」
「ああ、30年前だったかのお。ノマス生まれの人間は早熟でな。スキルは15歳までに発現することが分かったのじゃ。だから15歳の誕生月に、神託の儀という名前で本人に向いたジョブを知らせるようにした」
――孤児院の院長が師匠のことを局長と呼んだ理由はこれか!
王国の民にとって、神託の儀は人生の一大イベント。権威ある儀式である。それを執り行う神殿の関係者というだけで、上流貴族でさえ一目置く。
ソラは想像が正しいかどうか確かめようと、こわごわ尋ねる。
「もしかして師匠は神殿の情報局長だったのですか?」
「ああ、さすがに70歳になったので、先月辞めたがのお。今はただのジンじゃ。かしこまらなくてもよいぞ」
ソラは、とんでもない人の養子になったものだと改めて実感した。
「数覚スキルの説明から脱線したのお。ここで一旦、休憩にして風呂と食事にしようかの」
ジンがそう言った直後に、キイが応接間に入ってきた。
「ソラ様、お風呂はこちらになります」
キイに促され、ソラはソファから立ち上がった。
「一人用の風呂だが、使い方は孤児院の大風呂と同じだから分かるだろう。着替えも置いてある」
「ありがとうございます。先に使わせていただきます」
ジンに挨拶し、ソラはキイとともに応接間を出て風呂場に向かった。




