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56 事案発生

 トロワ姫への講義が休みになった日の翌朝未明のことだった。


 王城の一室で眠りについていたソラは、部屋の入口のドアが激しく叩かれる音で目を覚ました。


 ――こんな夜中になんだろう。


 ソラはぼんやりした頭で、入口のドアに近づき、ドアの外にいる人物に声を掛ける。


「どうしましたか?」


「夜分にすみません。護衛騎士のガードです。トロワ姫が行方不明になったので、王城内を捜索しています。こちらに来てませんか」


 ソラは、慌ててドアを開けた。

 ガードは、憔悴した表情をしており、事態が深刻であることが伺われる。


「いえ、こちらにはいらっしゃっておりません」


 ソラの回答を聞き、ガードはがっくりとうなだれた。


「そうですか。ご協力、感謝します」


 ガードは、お辞儀をして、通路に消えた。

 残されたソラは、ドアを閉めて、寝室に戻る。


 ――トロワ姫、どうしちゃったんだろう。この前、トロワ姫の悪評を流していた家庭教師が行方不明になったし、もしかしたら誘拐されたのかもしれないな。


 ソラは、すっかり目が覚めてしまい、あれこれ思案する。


 そのとき、ジンから念話が入る。

 いつもと違い、ザーという大きなノイズが入り、よく聞き取れない。


「坊やか、……、緊急事態……」


「師匠、声が途切れてます。ゆっくりと話してもらえますか」


 ジンは、一語ずつ区切ってソラに伝える。しばらくして、ソラはなんとか状況を把握する。


「つまり、王都近辺に魔導波が通らないエリアが発生しており、それがゆっくりと北に移動しているということですね。師匠の見立てでは、魔導波を阻害する魔導具のせいだろうと。王城に一台置かれていたのを誰かが持ちだした可能性が高いということですね」


「そう……じゃ。やれやれ、なんとか会話できるようになったの。王城で何か変わったことはなかったか」


 ソラは、さきほどのガードの訪問を思い出す。


「トロワ姫が行方不明です」


 ジンの声色が変わる。


「ちょっと待っておれ」


 しばらくして、ジンから念話が入る。


「王に念話で連絡して裏を取った。近衛騎士団が今、王城近辺を捜索しておる。タイミング的に、魔導波阻害は、トロワ姫を誘拐した連中の仕業じゃろう。騎士団長のナイツが坊やの部屋に行くそうじゃ」


 ジンの説明が終わるやいなや、ドアがノックされた。


「騎士団長のナイツです」


 ソラは、ドアを開け、ナイツを部屋に招き入れる。


「ジン師匠との念話で、状況は伺っています」


 ソラが伝えると、ナイツは切迫した顔をして依頼する。


「私も念話に加えてもらえないか」

「これでどうじゃ」

「ありがとうございます」


 ジンとソラの念話にナイツも加わり、三人で会議が始まった。


 ナイツが口火を切る。


「誘拐犯が魔導波を阻害しているらしいと伺いました。もし、そうなら、魔法が一切、使えないので、誘拐犯を追跡したり捕らえることが難しくなると見込まれます。ジン殿のお知恵を拝借したく存じます」


 ジンは、誘拐犯の場所を特定する方法を説明する。

 

「今、王都周辺で魔導波の通信障害が発生しておる。通信障害の状況から逆算することで、誘拐犯がいる魔導波阻害エリアを特定することが可能じゃ。ただし、王都から遠くなると通信網が疎になるので、阻害エリアを特定できるのはここ一時間くらいじゃの」


 ナイツは、一瞬、明るい表情をしたが、すぐに顔色を曇らせた。


「仮に誘拐犯に追いつけたとしても、その周辺で魔導波が阻害されているのであれば、魔法は使えず、体内のMPバランスも崩されるので、専用の魔導具がなければ歩くことさえ難しいです。どうやって誘拐犯を捕まえたらいいのか」


 ジンは、ナイツに尋ねる。


「阻害魔導具を王城に納めたとき、万が一のことを考えて、阻害魔導具を破壊できる魔導銃も添付したはずじゃが、知らないかの?」


 ナイツは、しばらく思案してからジンに答える。


「そう言えば、私の部屋にそんな名前の銃が保管されています」


 状況がよく分からないソラは、ジンに尋ねる。


「魔導銃で阻害魔導具を破壊すれば、誘拐犯は捕まえられるのですか?」


「破壊できればな。連中は魔導具を最大出力で動作させておるようじゃ。阻害エリアが、半径100メートルもある。この魔導銃には遠隔狙撃の機能は付いていないので、阻害エリアに入らずに、魔導弾を的に当てるのは難しいじゃろうな」


 ジンは、そう言った後、しばらく黙っていたが、何かひらめいたような口調で話し始める。


「そう言えば、坊やには物との距離が見ただけで分かるという特技があったな。暗視ゴーグルごしでも分かるのなら、なんとかなるかもしれんのお」


「はい、師匠。ボクはカウンタータイプなので、物の個数を当てるのが一番得意ですが、見るだけで物との距離もそれなりには分かります」


 二人の会話を聞いていたナイツが口を挟む。


「魔導銃と暗視ゴーグルを持ってきますので、検証してみてはどうですか」

「そうしようかの」

「では早速、取ってまいります」


 ナイツは、そう言うと、ドアを開けて出て行った。


 しばらくして、ナイツは魔導銃と暗視ゴーグルを持って戻ってきた。


「これが暗視ゴーグルです」


 ナイツに手渡され、ソラは不慣れな手つきでそれを装着する。


 ナイツは、では照明の魔導具を切ります、とソラに告げた。

 ソラは、暗闇の中で暗視ゴーグルを起動し、室内を見渡す。


 ――窓に立った時、ドアまでの距離は7.3メートル。窓から見える向かいの建物までの距離は25メートル。昼間に見た時と同じ距離だから多分、正しいだろう。暗視ゴーグルを付けていても大丈夫そうだ。


 ソラは暗視ゴーグルを外して、二人に答える。


「距離の把握は問題ありません」


 ジンは、嬉しそうな声色で告げる。


「それなら、坊やが阻害エリア外から魔導銃を打つ方法が使えるのお。魔導弾には指定された位置まで自律的に飛行する機能があるから、狙撃のスキルはなくても大丈夫じゃ」


 ナイツは、照明の魔導具を入れると、二人に話しかける。


「誘拐犯を捕らえる方法が見つかったこと嬉しく思います。早速、出かけましょうか。念話は繋げたままでいいですか?」


「ああ、ただ、阻害エリアに近づくと会話は難しくなるじゃろう。それまでに手順を坊やに伝えておこうかの」


「よろしくお願いします」


 ソラは、急いで寝間着から外出用の服に着替えた。

 ナイツの案内で、通路を通り、王城の外に出る。


「ボクたち二人だけでやるのですか?」


 ソラが心配そうに尋ねると、ナイツはかぶりを振った。


「誘拐犯に悟られないように、私たち二人が先行するが、後ろから近衛騎士団員五名がついてくる。安心してほしい」


 ジンから念話で指示が入る。


「王都の北側の門から出て、北に向かう道路を直進せい。阻害エリアは1キロ先、時速3キロで移動中じゃ」


「分かりました」


 まだ日の出まで時間があり、王都の外は真っ暗である。二人は、暗視ゴーグルを装着する。


「遠くまで、はっきり見えますね」


 ソラが感想を述べると、ナイツは口に指を当て、声を抑えるように指示をした。


 ソラとナイツは早歩きで北に向かう。30分もしないうちに、誘拐犯たちの後ろ姿が遠くに見えてきた。


 誘拐犯は休憩中らしく、立ち止っている。


 ジンから、ノイズまじりの念話が入る。


「この先、阻害エリアに近づくと念話は使えなくなるじゃろうから、坊やに魔導銃の使い方を説明しておく」


 ジンの説明は以下の通りであった。


・魔導波を阻害する阻害魔導具は一辺が40センチの正方形の板であり、誘拐犯の一人が背負って運んでいると思われる


・板には表面と裏面があり、表面にはFront、裏面にはBackという文字が描かれている


・魔導弾が板の表面に垂直に当たると、もっとも破壊力が高くなる


・板の四つの頂点を探し、その位置を思い浮かべれば、魔導銃が思念から頂点の座標値を読み取り、魔導弾が板に垂直に当たるように予定軌道を設定する


・表面の四つの頂点は、Fの文字の左下から反時計回りに一番、二番、三番、四番の番号が付いている


 ジンの説明が終わると、ソラは確認の質問をする。


「結局、ボクは阻害魔導具の四つの頂点を番号付きで思い浮かべながら、魔導銃の引き金を引くだけでいいのですね」


「ああ。ちなみに阻害魔導具の頂点を表すのに使う正規直交座標系は、坊やが立っているところが原点、真北を向いている道路が第二軸、道路の右側の東方向が第一軸、鉛直上方向が第三軸、長さの単位はメートルじゃ」


 ソラは、分かりました、と応じ、ナイツに目線で合図を送った。


 二人はそろりそろりと進み、誘拐犯たちに近づく。


 誘拐犯は三人組で、一人が先頭、次の一人が子供を背負い、最後尾の一人が阻害魔導具を背負っている。


 背負われている子供は、トロワ姫で間違いなかった。

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