25 鉱山事故
それは、ソラが受付のカウンター席に座って、一息ついた瞬間であった。
ギルドマスターのチョウが二階から階段を駆け下りてきた。ここまで切羽詰まっているチョウは初めてである。
何があったんだろう、とソラがぼんやり考えていたら、チョウはソラの前で急停止した。
「ソラ、緊急事態や。ワイの部屋に来てもらえんか?」
ソラは、はい、と返事をすると、一緒に二階のチョウの部屋に向かった。
ソラが部屋に入ると、チョウは商談中の札をドアの外にぶら下げて、ドアを閉めた。
「それで、どうされたんですか?」
ソラが尋ねると、チョウはソファに座り、呼吸を整えてから口を開く。
「仕入れ先の鉱山の一つでえらいことになった。復旧に半年はかかりそうや。それまで鉱石の足らん分、どうにかせなあかん。念話でジン様に相談したら、ソラに聞けや、と言うてはったから、来てもろたわけや」
――うわ~、師匠、丸投げですか?
ソラは、内心で文句を言いかけたが、課題をもらったと前向きに考え、にこやかに応じる。
「呼ばれた理由は理解しました。まずは、詳細をお聞かせください」
チョウは、ゆっくりと話し始めた。
「どこから話したらええかな。魔導具にはミスリルという金属がいるんやけど、めっちゃ高いんや。王国では昔は取れへんかったが、30年前にジン様が国中調べて、ノース公爵領で鉱山を見つけたんだわ。いろいろあって、鉱山は公爵様のもんになったけど、ジン様は褒美として流通と購入の優先権をもろた」
チョウが一息ついたところで、ソラは不明な点について尋ねる。
「流通と購入の優先権て具体的には何ですか?」
「鉱石を買い取り、好きにさばいていいということや。せやから、うちの資本で鉱石から高純度のミスリルを取り出す製錬工場まで建ててん」
ソラは、それはすごい権利ですね、と相槌を打った。
「ミスリル鉱山は全部で五か所しか見つかっておらへん。いまさっき、その一つで落盤事故が起こったんや。他の四か所の鉱山で足らん分を埋めなあかん。できるだけ安く済ませたいやけど、どうしたらええねん」
「商業ギルドが決められることは何ですか?」
ソラの質問にチョウは思案顔で答える。
「まず、四か所の鉱山の採掘量やな。限度はあるが、追加の金を払うことで採掘量を増やせるで。採掘した鉱石を三つある製錬工場のどれに運ぶかも好きに決められるわ。ただし運搬コストは掛かるで。製錬工場も、限度はあるが製錬する鉱石量を増やせるんや」
続けて、ソラはコストについて尋ねる。
「安く済ませたいと言われたコストの内訳はなんですか?」
「製錬工場以降の流通はそのままやから、追加の採掘コスト、運搬コスト、製錬コストの合計やな」
ソラは、コスト計算に必要な情報の提供をチョウに依頼した。チョウの説明によると、具体的な値は以下の通りである。
ミスリルの必要量:20 キログラム/月
<鉱山に関する情報>
鉱山名:A、B、C、D
含有率:8、9、10、12 グラム/トン
採掘コスト:24、26、28、32 百万円/トン
採掘上限:800、700、600、500 トン/月
<工場に関する情報>
工場名:F、G、H
Aからの運搬コスト:0.6、0.7、0.8 百万円/トン
Bからの運搬コスト:0.7、0.6、0.8
Cからの運搬コスト:0.8、0.7、0.7
Dからの運搬コスト:0.9、0.8、0.7
Aの製錬コスト:4、4、4 百万円/トン
Bの製錬コスト:3、3、3
Cの製錬コスト:3、3、3
Dの製錬コスト:2、2、2
製錬上限:800、700、700 トン/月
チョウの説明を聞き終え、ソラは考える。
――数理計画法がそのまま使える。でも、手計算ではしんどいな。師匠から教わった魔導帳票ツールの出番だ。
「チョウさん、魔導帳票ツールをお持ちではありませんか?」
ソラの問いかけに、チョウは元気に、あるで、と答え、ソラに板状の魔導具を手渡した。
ソラは魔導帳票ツールを起動し、自由書式を選択して、チョウの説明をそのまま打ち込んでいく。
数分後、所定の内容を打ち込み終わったソラは、チョウに向かって解説する。
「この画面は、自由書式と言って、自分で新しい帳票を作れるものです。ここにさきほど伺った要件を書き込みました。このボタンを押すと、一番安く済む選択肢が表示されます」
ボタンを押すと、以下の内容が画面に表示された。
F G H 含有量
A 212.5 0 0 1.7
B 400 300 0 6.3
C 0 400 200 6
D 0 0 500 6
小計 612.5 700 700 20
総コスト 採掘コスト 運搬コスト 製錬コスト
632 561 14 58 億円/月
「表示されている表の見方を説明します。例えば、鉱山Aから工場Fに月に212.5トン運搬することを表しています。総コストは小数点以下を四捨五入して月あたり632億円となります」
それまで黙ってソラの話を聞いていたチョウは、目を見開いて叫んだ。
「めっちゃええやん! ジン様かと思ったわ。先月のコストは月600億円やから、5%程度の増加で済むいうことやな。よかったわ」
「お役に立てたようで嬉しいです」
満面の笑みを浮かべているチョウを見ながら、ソラは帳票の使い方を言い添える。
「各鉱山の採掘コストに関してですが、まだ増産していないので、今のところ見込みだと思います。実際に増産して正確な採掘コストが分かったら、この帳票の採掘コストの欄の数値を変更して、さっきのボタンを押してください。一番安く済む選択肢が再計算されます」
チョウは感心したように、それは便利やな、と応じた。
ソラは、魔導帳票ツールをチョウに返した。
「この帳票はミスリル増産という名前で保存していますので、ツールを起動して名前を入れていただければ表示されます」
ソラは、そう言って、ソファから立ち上がった。
チョウも立ち上がり、ソラに向かって感謝の言葉を述べる。
「ほんま助かったわ」
「何か分からないことがありましたら、聞いてください。それでは失礼します」
ソラはお辞儀をして、チョウの部屋を出て受付に戻る。
部屋に残されたチョウは、呆然とした表情で、7歳と思ってなめとったが、ジン様が任せるはずやわ、とつぶやいた。
受付のカウンター席に座ったソラに、テルがおそるおそる尋ねる。
「チョウさんが、あんなに慌てるのを初めて見たけど、何だったの?」
「魔導具の素材関連のトラブルでしたが、何とかなりそうです」
ソラの返答を聞き、テルはうらやましそうな表情を浮かべ、魔導具関連か、いいわね、とつぶやいた。
――今日は、二つも大きな課題を解決できて楽しかった。
ソラは、満足感を覚えながら、その日の業務に取り組んだ。




