19 銀行口座
ソラが商業ギルドで働きだしてから、一週間が終わろうとしていた。
受付にいたソラは、ギルドマスターのチョウから魔導具で呼び出される。
ソラは二階のチョウの部屋を訪問する。
「チョウさん、お呼びですか?」
「ああ、ソラは銀行口座を持っとらへんやろ? これから口座を作りに行こか」
ソラは、承知しました、と答えると、チョウと一緒に銀行に向かった。
歩きながら、チョウはソラに話しかける。
「受付、評判ええで。テルから聞いたが、面倒くさいお客も満足させたみたいやな」
「ありがとうございます」
「この調子で、来週からもよろしゅう頼むで」
「分かりました」
チョウに仕事ぶりを認められ、ソラはよし、と内心でつぶやいた。
銀行は、道路を一本渡った隣のブロックにあった。
石でできた多数の柱と優美な装飾を備えた豪華な建物である。重厚なドアを押して中に入る。
ピリッとした雰囲気が充満している。
――ふざけたりすると捕まりそうだな。
ソラは、緊張しながらチョウの後を歩き、カウンターに向かった。
チョウはおっとりした声で、受付の女性に話しかける。
「この子の口座を作りたいんやけど」
「ではこちらの魔導具に必要事項をご記入ください」
チョウは、慣れた手つきで、ソラの名前や年齢を書き、最後に親権者として自分の名前を記入する。
「これでええんか?」
チョウが受付の女性に応答すると、女性はソラに向かって話しかける。
「じゃあ、お嬢ちゃん、この玉に手を乗せてくれる?」
「すみません、こんな格好ですが、男です」
ソラの外見に戸惑っている女性を気にしないことにして、ソラは手を玉の上に置いた。
立ち直った女性が玉について説明する。
「この玉は、お客様固有の魔導波を検知してマネーカードに書き込む魔導具です。マネーカードによる出金、振込はお客様しかできませんので、ご注意ください」
女性は、そう言って、ソラにマネーカードを渡す。白色をベースとして、青い銀行ロゴと、ソラの名前が入った薄い板である。
――わーい、初めての自分のカードだ。
ソラは自分のカードを手にして、一歩、大人になったような気がした。
この一週間、ギルドのビジターカードを借りて、道向かいの売店で昼ご飯を買っていたが、なんとなく肩身が狭かった。
ソラがウキウキしてカードをポケットにしまおうと思ったところで、チョウに呼び止められる。
「振込登録するから、ちょっとそのカードを貸してくれへんか?」
ソラは、はい、と答えると、カードをチョウに渡した。
チョウは、ATMコーナに行くと、自分のマネーカードとソラのマネーカードを機械に入れ、画面の案内に従って操作した。
「よっしゃ。カードを返すで。今日は給料日やから、一週間分の給料を入れといたわ」
「え、給料をいただけるのですか?」
ソラが驚いたように尋ねると、チョウは当たり前やろ、と返した。
「その機械にカードを入れて、残高確認のボタンを押すと口座残高が見れる」
ソラは、チョウの説明に従い、カードを入れて操作する。
口座残高:140000円
「はい、14万円あるのを確認しました。まだ一週間しか働いていないのに、こんなに頂けるとは思いませんでした」
ソラが嬉しそうにチョウに伝えると、チョウは振込金額に関して補足する。
「ワイが振り込んだのは20万円や。うち今週の給料は昼飯代を引いた4万円で、残り16万円は来月の給料の前払いや。いくら寮住まいでも、この後、次の給料日まで一か月暮らすんやから、そのくらいはいるやろ」
チョウの説明を聞き、ソラは当然持つであろう疑問を口にする。
「振込金額と口座残高が違うのはなぜですか?」
「王国では資産を移転すると3割の税金が掛かるねん。税金はもらう側が出すんや。普通の勤め人は、その場で引き落とす源泉徴収になる。商売する場合、利益に3割の税金が掛かるさかい、事前に申請して後払いの確定申告を選ぶ」
――税金ってそうやって払うんだ。孤児院で帳簿付けを手伝っていたけど、知らなかった。孤児院は税金が免除なのかな。でも、後払いの確定申告の方が得になるんじゃ?
ソラは、チョウの説明で思い浮かんだことを尋ねる。
「後払いの確定申告を選べば、支払いまでの期間、3割のお金を使って儲けられるんじゃないですか?」
「商売の届け出、帳簿管理、税金計算がじゃまくさいから、そこまでやる平民の勤め人はおらん。貴族が会社を作って確定申告するのは、まあ普通やな。小売店や農家、冒険者などは、たいてい所属するギルドに確定申告を頼むで。うちも、契約している小売店の確定申告を代行するサービスを用意しとる」
ソラの質問に対して、チョウは確定申告の状況を説明する。
「もっとも、最近は、帳簿管理と税金計算をやってくれる魔導帳票ツールがあるから、確定申告もずいぶん敷居が低なったわ。ツールのレンタルもやっとるで」
――そういえば、魔導帳票ツールも師匠の発明だったな。税金の払い方に関する課題は、師匠がすでに解決しちゃった感じだな。ボクもそのうち会社を作って節税するぞ。
ソラは、師匠に課題を取られていたことを残念に思いながらも、節税の方法を思いついたことに気を良くした。
「用事も終わったし。ほな戻りまひょか」
チョウの掛け声で、ソラは我に返る。
ソラとチョウは銀行を出て、商業ギルドに向かう。
「明日と明後日は休日やから、商業ギルドは休みや。その金で買い物でもしたらええやん」
チョウのなにげない提案を聞き、ソラは驚いた。
「え、一週間で休みを二日間もいただけるのですか?」
「どんなひどいところで働いてたんや」
ソラの質問はチョウをあきれさせた。
――そうか。こういった会社と比べると孤児院ってブラックな職場なんだ。そりゃ、まだ神託の儀を受けていない、何ができるか分からない子供に、いい労働環境が与えられるはずはないよね。ボクが商業ギルドで働けるのは師匠のコネだし。
ソラは商業ギルドのホワイトぶりに感心しつつ、チョウに無難な答えを返す。
「変な質問をしてすみませんでした。二日間休めるので嬉しいです」
チョウは、それ以上は深追いせずに、さよか、と返した。
「そうや。休日の過ごし方で一つだけ気いつけとかな。ジンノ村を囲む外周道路から外に出たらあかん」
チョウの助言に、ソラはどうしてですか、と尋ねる。
「外周道路の外には、学校、農場、牧場、工場、森林などがあるんやけど、関係者以外立ち入り禁止になっとる。ロボが巡回してて見つかると捕まる。王都への道路を通ってジン様の敷地から出るのは自由やけど、護衛がいないと魔物や盗賊に襲われるで」
チョウの解説に、ソラは、分かりました、気をつけます、と答えた。こっそり師匠の家を探そうなんて、とんでもなかった。
話をしているうちに、二人は商業ギルドに到着した。




