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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第7章 戦いのあと、王都への道

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第93話 見える城壁、消えない線

 夜明け前、俺たちは支部の裏口から出た。

 表通りを使わなかったのは、急ぎたいからじゃない。

 見られたくないからだ。

 白み始めた空の下で、荷馬車が二台だけ待っていた。

 一台は普通の荷。

 もう一台は、見た目だけ普通の荷だ。

「確認するぞ」

 ガランさんが低く言った。

「帳簿の原本は俺が持つ。数字の控えはテオ。道中で説明が要る時は、先に数字だけ出す。帳簿は必要になるまで見せねえ」

「証人は私が診ます」

 リアンさんが荷馬車の中を見ながら言った。

「熱のある病人扱いなら、不自然ではありません」

「無理はさせるな」

「させません」

 荷馬車の奥では、北の廃水路で拾った生き証人が毛布にくるまっていた。

 顔色はまだ悪い。

 でも、昨夜より目に力がある。

「お、俺は……」

「喋るのは必要な時だけでいい」

 ガランさんが先に止めた。

「お前は今、証言する人間じゃない。王都へ届くまで生きてる人間だ。順番を間違えるな」

 その言い方は冷たいんじゃない。

 守るための言い方だった。

 テオさんは、布包みを三つに分けていた。

 一つは本物の控え。

 一つは途中で見せてもいい数字だけを抜いた紙。

 もう一つは、どうでもいい荷の記録に見える偽装用だ。

「ここまでやるんですか」

 俺が聞くと、テオさんは顔も上げずに答えた。

「ここまでやって、やっと半分です。王都が近いほど、襲う側も焦る」

「言い方が嫌だな」

 ミナさんが肩をすくめる。

「でも、正しいんだよねえ」

 コルトさんはもう先へ出ていた。

 街道の曲がり角と人の流れを見ている。

 バルドさんは荷馬車の横に立って、盾を荷台に立てかけたまま周囲を見回していた。

 誰が何をする人か。

 動き出す前から、もう分かる。

「行くぞ」

 ガランさんが言った。

 馬車が軋んで動く。

 俺たちは、王都へ向かった。

 朝日が上がるにつれて、街道の空気は変わっていった。

 土の道は広くなる。

 轍は深くなる。

 行き交う人の数も、急に増えた。

 商隊。

 教会の紋入りの馬車。

 学院の色をつけた荷車。

 王都軍の巡回騎馬。

 旅人だけじゃない。

 役目を持った人間が、同じ道を同じ顔で通っていく。

 遠くに、白いものが見えた。

 最初は雲みたいだった。

 でも、見間違えるはずがない。

 王都の外郭だ。

『セイ』

(どうした)

『ここから先は、政治と宗教の場です』

(……そうだな)

 昨夜も聞いた言葉だった。

 でも、朝の光の中で聞くと重さが違う。

 森の危険は、まだ読みやすい。

 濁りは濁りで分かる。

 足場は沈む前に気づける。

 牙がどこへ伸びるかも、線で見える。

 でも、人の都合は見えない。

 笑って近づいてくるやつが、どこで消す気なのかまでは、線になってくれない。

「難しい顔してるね」

 ミナさんが俺の横に並んだ。

「王都が嫌いになった?」

「まだ入ってないのに、嫌いとは言いづらいです」

「じゃあ」

「危険が読みにくいです」

「ああ。それは分かる」

 ミナさんは前を見たまま、小さく笑った。

「森は『危ない』って顔をしてくれるからね。町は、ちゃんとした顔のまま削ってくる」

 言い方が軽いのに、妙に刺さった。

 昼前、ガランさんが一度だけ馬車を止めた。

 街道の脇に、低い石垣と枯れ草の斜面がある場所だった。

 休憩に見える。

 でも、本当の目的は違う。

「ここで最後に詰める」

 ガランさんが言った。

「王都の手前で、持ち方をもう一度揃えるぞ」

 荷台の影に集まる。

 人目はある。

 だからこそ、長話はできない。

「生き証人はこのままリアンが受け持つ」

「はい」

「表で声を出すのは俺と必要最小限だけだ。テオ、数字は」

「見せていい版がこちらです」

 テオさんが紙を一枚だけ出した。

「王都寄りの役人名や、繋がりを確定できていない部分は伏せています」

「いい」

「帳簿の原本は最後です。最初に出すと、相手は帳簿ごと消せばいいと考える」

「証人も同じだな」

 バルドさんが低く言った。

「顔を見せた瞬間、狙いが一つに絞られる」

「だから、人の多い場所を避ける」

 コルトさんが戻ってきて言った。

「前の分かれ道、右は露店が多い。左は遠回りだけど、視線は減る」

「左だ」

 ガランさんが即答する。

 迷いがない。

 それだけで、息が少し楽になった。

「セイ」

 ガランさんが俺を見る。

「お前はどう見る」

「狭いところは避けたいです」

 俺は街道の先を見た。

「人の流れが詰まる場所は、止められた時点で危険が上がる。あと、斜面の下側も嫌です。荷馬車の足が取られると、証人を動かせなくなる」

「分かった。そこは切る」

 切る。

 その言葉が、今はありがたかった。

 再び動き出してから一刻ほど。

 街道は緩い下りになって、右手に乾いた用水路が見え始めた。

 左は低い林。

 街道は王都へ近づくほど、人も荷も増えていた。

 商隊の荷車、巡回の騎馬、急ぎ足の旅人。

 流れそのものは途切れていない。

 なのに、その先だけが少し引っかかった。

 道の端に、壊れた荷車が寄せてある。

 困った旅人に見える形だった。

 荷袋を抱えた男が一人。

 もう一人は、外れた車輪を押さえている。

 けれど、そこで足が止まった。

「止まらないでください」

 俺は声を落とした。

「そのまま。でも少しだけ、荷馬車を寄せすぎないで」

 男の片方は、車輪を押さえているくせに、足の向きが道の外へ開いていた。

 逃げる足じゃない。

 飛び込む足だ。

 もう片方は、困った旅人の顔をしている。

 でも、視線だけが荷馬車の奥を探っていた。

 嫌な線が一本だけ見えた。

 短い。

 でも、証人の喉まで届く長さだ。

「コルトさん」

「見えてる」

「右です」

「任せろ」

 荷馬車が横を通る、その瞬間だった。

「今だ!」

 荷袋を抱えた男が、袋ごとこちらへ投げた。

 中身は荷物じゃない。

 砂だ。

 視界潰し。

 同時に、車輪を押さえていた男が短剣を抜いて荷台へ踏み込む。

 俺は右足を半歩だけ前に出した。

 相手の視線を、自分へ寄せるためだ。

 男の肩が前へ落ちる。

 踏み込みが来る。

 左足を外へ半歩逃がす。

 つま先から薄くマナを流した。

 相手の踏み込み先の土だけを、ほんの少し柔らかくする。

 男の前足が沈んだ。

 膝が落ちる。

 短剣の軌道が、俺の肩ではなく脇を滑った。

「そこだ!」

 バルドさんの盾が横から叩き込まれた。

 鈍い音。

 男の体が地面へ転がる。

 もう一人は荷台の奥へ回ろうとした。

 でも、その前に矢が飛ぶ。

 コルトさんの矢が、男の袖を石垣に縫い止めた。

「動くな」

 短い声だった。

 でも十分だ。

 男が腕を引く。

 抜けない。

 そこで、ミナさんが低く唱えた。

 地面すれすれに熱が走って、男の足元の草だけがぱちぱちと焦げる。

「次は袖じゃ済まないよ」

 笑ってるのに、目が笑ってない。

 ああ、この人が後ろにいると本当に助かる。

 荷馬車の中では、リアンさんがもう証人をかばっていた。

 毛布ごと体を押さえ、頭を伏せさせている。

「大丈夫です。顔を上げないで」

 その声で、荷台の震えが少しだけ収まった。

 テオさんはすぐに道の脇へ回っていた。

 風を細く流して、砂をこちらへ戻さない。

 ついでに、周囲の音を拾っている。

「追加二名」

 テオさんが言った。

「林の奥。でも、出てきません。様子見です」

「出てくる前に見せろ」

 ガランさんの声が飛ぶ。

 俺は石垣の上へ一歩だけ上がった。

 林の境目を見る。

 枝の影。

 呼吸。

 迷っている気配。

「聞こえてるだろ」

 ガランさんが前へ出た。

「ここで続けるなら、王都軍の巡回が来る前に終わらねえぞ。拾える首も、拾えなくなる」

 返事はなかった。

 でも、気配が一つぶん遠ざかった。

 もう一つも、少し遅れて消える。

 切られた。

 そう判断したんだろう。

 地面に転がった男を、バルドさんがうつ伏せに押さえる。

 コルトさんは矢を抜かない。

 逃がさないためだ。

「誰の差し金だ」

 ガランさんが聞く。

 男は笑った。

 鼻で笑うみたいな、乾いた笑いだった。

「遅いんだよ」

「何がだ」

「持っていく順番を考えたつもりか」

 男は口の端を歪めた。

「王都に入れば同じだ。あっちの方が、もっと綺麗に消える」

 ぞくりとした。

 脅しじゃない。

 知っている言い方だった。

「綺麗に、ね」

 ミナさんが吐き捨てる。

「汚いやり方するやつほど、そういう言葉好きだよね」

「黙れ」

「そっちがね。でも安心して。こっちには、まだ話を通せる先があるのよ」

 ガランさんは男の胸元を確かめ、短く息を吐いた。

「末端だな」

「でも、十分です」

 テオさんが言う。

「この言い方は、“王都の中に受け口がある”前提で動いている」

「分かってた話だ」

「分かっていたのと、口に出されるのは別です」

 テオさんは淡々としていた。

 でも、その声は少し硬かった。

 俺は白い城壁を見た。

 朝より、ずっと大きい。

 近づいている。

 確実に。

 なのに、入るほど安全になる感じはしない。

 むしろ逆だ。

 森の危険は、牙や爪や濁りだ。

 見えれば避けられる。

 見えれば引ける。

 でも、王都の危険はきっと違う。

 門をくぐっても、剣を抜いたままじゃ来ない。

「縛って、支部経由で回す」

 ガランさんが言った。

「ここで時間は食わねえ。王都の手前で止まるぞ」

「はい」

 俺は答えた。

 答えながら、自分でも分かっていた。

 街道の危険は、まだ前座だ。

 白い城壁は、もうはっきり見えている。

 見えるのに。

 その向こうの危険だけが、まだ輪郭を持たない。

 それが一番、嫌だった。



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