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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第7章 戦いのあと、王都への道

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第91話 搾る門

 廃水路を抜けた時、朝の光はもう町の外壁を薄く照らしていた。

 明るくなったのに、気分は軽くならない。

 背後の暗がりで聞いた一言が、まだ頭の奥に残っていた。

 ――次に搾られるのは、荷じゃない。人だ。

「セイ」

 ガランさんの声で意識を戻す。

「考えるのは歩きながらでいい。まずは支部だ」

「はい」

 肩を射抜かれた貴族は、青い顔のまま息を荒くしていた。

 右肩をかばうたびに、体の軸が左へ流れる。

 放っておけば、そのまま足元から崩れそうだった。

 俺は男の右側に付き、脇を支える位置を少しだけ上へずらした。

 傷口を押さえすぎると苦しい。

 だが浅すぎると、今度は足が前に出ない。

 男が右足を出す。

 遅れて左足が引きずられる。

 その遅れに合わせて、俺も歩幅を半歩だけ削る。

 無理に引けば傷が開く。

 遅れすぎれば流れから浮く。

 必要なのは速さじゃない。

 崩れない歩幅だ。

「水は」

 前を向いたまま、バルドさんが言った。

「支部まで保ちます」

 俺は男の喉の動きと顔色を見て答える。

「ここで止まる方が危険です」

「なら、そのまま行くぞ」

 町は、王都へ向かう街道の喉元みたいな場所だった。

 壁は高すぎない。

 門も大げさじゃない。

 けれど、荷車の数が違う。

 農作物を積んだ荷車、布を積んだ商人馬車、鍛冶場向けの鉄材、旅の家族連れまで混ざっていて、朝から道が詰まりかけている。

 人が多い場所は、それだけで厄介だ。

 何かあっても、流れに紛れる。

「口は最小限だ」

 門の手前で、ガランさんが低く言った。

「証人の話は支部の中でまとめる」

「分かりました」

「コルト、上は」

「見える範囲に張りつきはねえ。だが、門の横が妙だ」

「何がだ」

「荷より、人を見てる」

 俺も視線を向けた。

 門の脇に、木の卓が三つ並んでいる。

 後ろに役人風の男が四人。

 書板も印箱も秤も揃っていて、見た目だけなら普通の検分台だった。

 でも、流れが妙だった。

 立派な荷札のついた大きな商会の馬車は、書類を見せて少し言葉を交わすだけで、すぐ通っていく。

 逆に止められているのは、古い幌の荷車ばかりだった。

 痩せた馬を引いた小商いの車。

 積み荷の少ない行商人。

 家族連れの行商の荷車。

 証文を出せと言われ、荷を開けろと言われ、日付が薄いだの、印が読みにくいだの、理由だけが増えていく。

 そこで、嫌なものがはっきりした。

 森の危険なら分かる。

 足場の崩れも、濁りの偏りも、魔物の踏み込みも、近づけば形がある。

 でも、これは違った。

 帳面と判だけで、逆らいにくい相手から順に削っていく。

 剣も牙も見えないのに、人が搾られていく危険だった。

「待ってくれ、これ以上取られたら、売っても手元に残らねえ!」

 列の前で、年配の商人が声を上げた。

「規定通りだ」

 役人は面倒そうに返す。

「昨日の村では通ったんだぞ!」

「ここはここだ」

 怒鳴ってはいない。

 だから余計に質が悪い。

 役人は静かな顔のまま証文の端をつまみ、荷袋の口へ手を伸ばす。

 横にいた娘が思わず一歩出た。

「やめてください! それ、仕入れ分まで入ってるんです!」

「口を挟むな」

「でも――」

「でもじゃない」

 静かな声で押されると、周りは止めに入りづらい。

 揉め事に見えないからだ。

 ただの手続きみたいな顔をして、人を追い詰めていく。

「セイ」

 ガランさんが俺を見ずに言った。

「見る場所を間違えるな」

「……はい」

 分かってる。

 今の最優先は、この男を支部へ運ぶことだ。

 ここで門前の揉め事に全部首を突っ込めば、一緒にいる証人まで人目を集める。

 存在を隠したい証人を不特定多数に見られるのはまずい。

 誰か一人にでも覚えられれば、それだけで後から奪う線に変わる。

 それでも、腹の底は重かった。

「先に支部へ運ぶ」

 ガランさんが短く決める。

「バルド、前。セイ、そのまま支えろ。テオは記録。コルトは門前と上だけ見ろ」

「了解」

「はい」

 テオさんはもう小さな記録板を出していた。

 役人の人数、止められている荷車の特徴、やり取りの内容。

 目の前で斬れないなら、まず残すべきは感情じゃなく記録だ。

 それは正しい。

 正しいから、なおさら遅く感じる。

「……あいつら」

 肩を支えていた貴族が、小さく言った。

「門の連中も、同じ側だ」

「今は喋るな」

 俺はすぐに遮った。

「支部に入ってからです」

「だ、だが」

「今ここで口を滑らせる方が危険だ」

 少し強めに言うと、男は息を呑んで黙った。

 門を抜ける間も、役人たちの視線は列を撫でるように動いていた。

 誰が逆らわないか。

 誰なら押せるか。

 誰から先に削れるか。

 そういう目だった。

 町の中へ入ると、通りはよく整っていた。

 宿屋も、道具屋も、馬屋もある。

 人通りも多い。

 けれど、顔つきが妙に静かだった。

 忙しい町の顔じゃない。

 余計なことを言わないようにしている町の顔だ。

 支部は表通りから一本入った石造りの建物だった。

 大きくはないが、ギルドの札が掛かっているだけで、少しだけ息がしやすくなる。

「奥を借りる。負傷者あり」

 ガランさんが受付へ言う。

 若い職員は、男の血の滲んだ肩を見て顔色を変えた。

「す、すぐに!」

 奥の小部屋へ通され、ほどなくして年配の祈り手が呼ばれた。

 男の肩を見たその人は、眉を寄せる。

「押さえて。抜くよ」

「はい」

 俺は男の後ろに回り、左肩を椅子の背へ固定した。

 暴れられると裂ける。

 傷は肩の前寄り。

 深いが、まだ命の線は切れていない。

「息を吸って」

 祈り手が言う。

「三つ数える前に抜く」

「ま、待っ――」

「一つ」

「え」

「二つ」

 そこで抜いた。

 男の喉から詰まった悲鳴が出る。

 血が一瞬だけ噴き、すぐに白い光が重なった。

 強い奇跡じゃない。

 けれど、傷口を閉じて熱を押さえるには十分だった。

「命は保つよ」

 祈り手は淡々と言った。

「でも今日は動かすんじゃない。熱も出る」

「承知しました」

 ガランさんが頭を下げた。

 治療が始まると同時に、ガランさんは支部の奥にいた中年の男へ向き直った。

「門前の止め方、最近ずっとか」

 男は一瞬だけ黙った。

「……表向きは、王都方面の取締り強化です」

「表向きは、か」

「はい。名目はいくらでも作れます。検分、確認、追加の手数。小さい商いほど止められる」

「苦情は上がってるな」

「上がっています。ただ、証拠が弱い。相手は判を持っているし、町兵も簡単には逆らいません」

 ガランさんは頷いた。

「中心にいる役人は」

「王都側から来た検分役です。ここ一月で急に幅を利かせ始めました」

「分かった。テオ」

「もう書いてる」

「照会を回す。町支部経由で正式にだ」

「了解」

 紙を通す。

 手順を踏む。

 必要なのは分かる。

 でも、門前では今この瞬間にも同じことが続いているはずだった。

『もどかしいですか』

 頭の中で、リラが静かに言った。

『はい』

『ただし、ここで順番を飛ばすと、証言も記録も力を失います』

『分かってます』

『分かっていてなお嫌だと感じるのは、正常です』

 慰めじゃない。

 整理だった。

 その時、表が急にざわついた。

 怒鳴り声じゃない。

 人が円を作る前の、息を呑むざわめきだ。

「コルト」

「見てくる」

 窓際に寄ったコルトさんが外を見て、顔をしかめた。

「さっきの商人親子だ。門の少し内側でまた止められてる」

「数は」

「役人三、兵二。野次馬が増え始めた」

「……行くぞ」

 ガランさんが短く言う。

「バルド、セイ。来い。テオはここで記録と証人を見ろ」

「任せろ」

「はい」

 外へ出ると、通りの空気が固まっていた。

 年配の商人が荷車の前で両手を広げている。

 娘はその横に立ち、兵に半歩だけ押し戻されていた。

「未納分がある」

 役人の一人が冷たく言う。

「だから荷は預かる」

「未納なんかじゃない! 今朝払った!」

「通行分はな」

「じゃあ何だ!」

「追加の確認分だ」

 名目はいくらでも作れる。

 作った名目で、今ここで商人の荷と金が削られている。

「払えないなら、荷を置いていけ」

 別の役人が言った。

「麦袋二つだ」

「それを置いたら商いにならねえ!」

「なら戻れ」

 娘が唇を噛んだ。

「そんなの、通す気がないだけじゃないですか」

「口を慎め」

 兵の手が娘の肩へ伸びかけた、その時だった。

「……ラグナ」

 隣で、ガランさんが低く呟いた。

 人混みの向こうから、一人の男が歩いてくる。

 派手な外套でも、目立つ武具でもない。

 けれど、立つ位置がはっきりしていた。

 商人親子と役人の間へ、迷いなく入る。

 右足を正面へ突っ込みすぎず、半歩だけ斜めに落とす。

 重心は前に乗せきらない。

 押し返せるし、退ける。

 喧嘩の位置じゃない。

 止めるための位置だ。

「そこまでだ」

 男は低く言った。

「その荷に何を足した」

「部外者は引っ込め」

「名目を聞いてる」

「公務だ」

「便利な言葉だな」

 男は笑わない。

 でも、声の端だけが冷たかった。

「兵。お前らも聞いてたな」

 視線だけで横の兵を見る。

「今のやり方が、胸張って通せるもんなのか」

「……」

「黙るなら黙るでいい。人前で黙ったことも、ちゃんと見られてる」

 兵は動けない。

 役人の一人が前へ出ようとした瞬間、男は一歩だけ踏み替えた。

 大きくじゃない。

 右足を相手の利き腕側の外へ半歩。

 それだけで、相手の前へ出る線が詰まる。

 肩も腕も使っていないのに、役人の足が止まった。

「喚く前に考えろ」

 男が低く言う。

「誰の顔が潰れるか」

 剣は抜かない。

 殴りもしない。

 なのに空気だけで相手を止めた。

 この人は強い。

 それだけじゃない。

 人を守る時の立ち位置を知っている。

「……よお」

 男がようやくガランさんを見た。

「先に来てるとは思わなかった」

「こっちの台詞だ」

 ガランさんが返す。

「まだ、そういう場所に首を突っ込んでるのか」

「見えてるとこはな」

 役人たちが警戒混じりに二人を見る。

 ガランさんが一歩前へ出た。

「その荷止め、続けるなら支部も立ち会う」

「ギルドが徴税に口を出すのか」

「越えた線には出す」

 静かな声だった。

 でも、そこで通りの空気が少し変わった。

 ラグナと呼ばれた男は、商人親子を振り返らずに言う。

「親父さん、荷から手を離すな」

「……あ、あんた」

「礼はいい。まだ離すな」

 年配商人は反射みたいに頷いた。

 役人の一人が舌打ちする。

「今日は引く。だが、次は――」

「次も同じなら、次も記録されるだけだ」

 ガランさんが言う。

「テオ、見てるか」

「見ています。今のやり取りも残しました」

 支部の入口から、テオさんの声が返ってくる。

「今のやり取りも残した」

 役人たちの顔が固くなる。

 この場で全部を叩き潰すわけじゃない。

 ただ、今踏み越えた分だけは止める。

 それがガランさんのやり方だった。

 しばらくの睨み合いのあと、役人たちはようやく手を引いた。

 兵もそれ以上は手を出さない。

 野次馬たちも、そこでやっと息をついた。

 娘が父親の袖を掴んだまま、震える声で言った。

「……ありがとうございます」

「俺じゃない」

 ラグナは短く返す。

「礼はいい。娘さん連れて先に離れろ」

 その言い方はぶっきらぼうで、でも突き放してはいなかった。

「セイ」

 ガランさんが俺を見る。

「紹介しておく。こいつはラグナ。昔の前衛仲間だ」

「……セイです」

「ラグナだ」

 男は軽く顎を引いた。

「さっきの支え方、雑じゃねえな」

「……どうも」

 何を返すのが正解か分からなくて、結局それしか出なかった。

 ラグナは笑わなかった。

 ただ、わずかに目だけ細めた。

「ガラン」

 ラグナが視線を戻す。

「今は何してる」

「エルディアのギルドマスターだ」

「そうか」

「お前は」

「軍も騎士も卒業した。今は好きにやってる」

 それだけだった。

 詳しく言わない。

 ガランさんも、そこで掘らない。

 バルドさんがわずかに眉を動かす。

 テオさんも何か考えるように、黙ってラグナを見ていた。

「その荷は通せ」

 ラグナが役人へ言う。

「今ここで止めた理由、胸張って説明できないならなおさらだ」

「……」

「できるのか」

「……通せ」

 役人が吐き捨てるように言う。

 年配商人がへたり込みかけたのを、娘が慌てて支えた。

「急げ」

 ラグナが短く言う。

「今日はもう真っ直ぐ宿へ入れ。寄り道するな」

「は、はい!」

 商人親子は何度も頭を下げながら荷車を引いて去っていった。

 ラグナは商人親子が通りの向こうへ消えるのを見届けると、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

「お前らも、王都へ向かうんだろ」

「ああ。王都への報告で動いてる」

 ガランさんが答える。

「なら気をつけろ。王都が近いほど、綺麗な顔で食う奴が増える」

「……水路の連中と繋がってる口ぶりだな」

「口ぶりだけにしとく」

 そこで会話は切れた。

 ラグナは自分から先を喋らない。

 けれど、知らないわけでもない顔をしている。

 全部を言わないのに、線の外から見ている人間の重さだけは残る。

 ガランさんが一歩だけ近づく。

「また会うか」

「会いたくなくても、こういう町だと会うだろ」

「そうか」

「そっちも、昔より堅くなったな」

「お前が柔らかく見える日が来たら考える」

「違いねえ」

 ほんの少しだけ、二人の間に昔の空気が戻る。

 でも長くは続かない。

 ラグナは踵を返した。

「じゃあな、ガラン」

「ああ」

 そのまま通りの向こうへ消えていく。

 派手じゃない。

 なのに、通った後だけ空気が変わっていた。

 去り際、ラグナは一度だけ役人たちを見た。

 その目は妙に冷たかった。

 怒鳴るでもなく、脅すでもない。

 それでも、もう一度同じことをやれば今度は見逃さないと、そういう目だった。

 俺はその背中を見ながら思う。

 この人は、守るためなら制度の外へも踏み出す。

 しかも、それを迷わずやれる。

 ガランさんと似た線を持っているのに、踏み込み方が違う。

 それが、妙に頭に残った。

「……戻るぞ」

 ガランさんが言った。

「はい」

 支部へ戻る道すがら、通りの人たちの顔は少しだけ変わっていた。

 明るくなったわけじゃない。

 でも、さっきよりは息をしている顔が増えている。

 一つ止まっただけで、町全部は変わらない。

 それでも、一つ止まると次に見えるものがある。

「顔に出てるぞ」

 歩きながら、ガランさんが言った。

「分かってても遅い、って顔だ」

「……はい」

「その感覚は持て。だが順番は捨てるな」

「でも、今ここで削られてました」

「だから記録を残し、証人を落とさず、越えた分だけ止める」

「全部は止められません」

「今日はな」

 そこで少しだけ、ガランさんの声が低くなった。

「守るってのは、助けたいもの全部に同時に手を伸ばすことじゃない。落とせないものから順に守ることだ」

 正しい。

 正しいから痛い。

 門前の親子も助けたい。

 証人も落とせない。

 帳簿の線も切れない。

 全部本当だ。

 でも、手は二本しかない。

 その二本をどこへ出すかが、今の俺の役目なんだと思い知らされる。

 支部へ戻ると、テオさんが顔を上げた。

「どうだった」

「越権を一つ止めた」

 ガランさんが答える。

「それと、昔の知り合いがいた」

「……そうですか」

 テオさんは短く返した。

 それだけだった。

 けれど、記録板へ目を落とす前に、ほんの一瞬だけ考えるような間があった。

 何か引っかかったのかもしれない。

 でも、この場では何も言わない。

 治療を受けた貴族は、青い顔のまま椅子に沈んでいた。

 熱は少し上がっているが、命は繋がっている。

「今夜はここで止める」

 ガランさんが言う。

「こいつは動かせん」

「分かりました」

 そのあと、表の騒ぎが少し引いた頃になって、ようやくテオさんが口を開いた。

「……ガランさん」

「何だ」

「さっきの人の名前、ラグナと言いましたよね」

「ああ」

「まだ確信はありませんが、聞いたことがあります」

 部屋の空気が、そこで少しだけ止まる。

 バルドさんが腕を組んだまま目を向ける。

 コルトさんも壁にもたれていた姿勢を少し直した。

「どこでだ」

 ガランさんが聞く。

「家の話です。王都寄りの貴族家だと、たまに名前だけ出ることがある」

 テオさんは慎重に言葉を選んだ。

「辺境出身で武勲を立てた平民騎士。けれど、命令違反の疑いで消えた、って」

「噂話だな」

「はい。だから、まだ断言はしません。ただ……」

「ただ?」

「思っていたより、ずっと普通の人に見えました」

 そこでバルドさんが低く言う。

「普通の人、か」

「ええ」

 テオさんは頷く。

「もっと、いかにも問題人物みたいな話し方をする人かと思っていました」

 俺は、その言い方に少しだけ納得した。

 たしかにそうだった。

 目立つ名乗りもない。

 自分の正しさを大声で振り回す感じもない。

 ただ、目の前で踏まれている側を見た時だけ、立つ場所がきっぱりしていた。

「……噂と本人は違う、かもしれませんね」

 テオさんが最後にそう言って、また記録板へ目を落とす。

 それで会話は広がらなかった。

 広げない方がいい話だと、みんな分かっていたからだ。

 窓の外では、町のざわめきが少しずつ夕方へ寄っていく。

 王都までは、もう遠くない。

 なのに近づくほど、見えにくいものが増えていく。

『セイ』

 リラが静かに呼ぶ。

『はい』

『ここから先は、森の危険より、人の配置の方が読みづらくなります』

『……ですね』

『政治と宗教と金が、同じ場所へ寄っていくからです』

 その言葉に、窓の外を見る。

 建物の隙間の向こう、遠くの空の下に、白いものがかすかに見えた。

 最初は雲かと思った。

 でも違う。

 壁だ。

 王都の外郭だった。

 まだ小さい。

 なのに、町の空気の重さはあれだけで説明がつく気がした。

 森の危険は見える。

 濁りも魔物も、近づけば形がある。

 でも王都の危険は、もっと見えにくい。

 見えにくいくせに、人を静かに削る。

 俺はその白い壁を見ながら、胸の奥に残る重さをそのまま受け止めた。

 王都は、でかいだけの町じゃなかった。


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