1話 第一歩
周りには一面の木、草、それ以外は何もない。
地面は湿り気を帯びており、僕は服が汚れないように急いで立ち上がる。
「あの、ここって」
最初に言葉を交わしたのは僕からだった、目の前にいるのは僕の妹の柊だ。
柊は、ポカーンと口を開けたままぼーっとしている。
突然の出来事に理解が追いついていないようだった、それは僕も同様だ。
「柊?」
もう一度呼びかけると、柊ははっと意識を取り戻し此方を見た。
「おにぃ!すごいよ!」
「えっ?」
柊の突然発したすごいという言葉は一体どういう意味であろうか。
確かにいきなりこんな所に来て、すごくはないとは言えないが柊の言うそれはもっと別のものに感じた。
柊に「すごいって何が?」と問う。
次に柊が言う言葉は、僕の考えからすればあり得ないものだった。
「ねぇ!すごいよ!これって異世界転生ってやつじゃない!?」
「へ?」
一体何を言っているのだろうこの妹は。
異世界転生って、ラノベや小説の世界じゃあるまいし、というかそもそも言うなら異世界転移だし。
何より本当にそうだとして喜ぶ理由が僕にはわからなかった。
「いや、異世界転移ですし、というか!何よりそんな非現実的なことありえないでしょう!」
という言葉に対し、柊は熱弁した。
「いや、だって私達のここに来たきっかけを考えてみようよ!魔法陣に触って、今ここにいるんだよ!こりゃもう異世界転せ……転移だって!それしかないよ!決まりだよ!」
「え、そりゃまあ確かに──」
そうだ、そもそもの事の発端だ。
僕達は母さんから送られてきた手紙に書いてあった魔法陣のようなものに触れた直後、意識がなくなりいつの間にかここに飛ばされていた。
そもそもの状況がありえない、という感じではあるが確かにそれは事実ではないのかと思えてしまう。
でもどうしよう、本当だとしてどうすれば良いんだ?
いきなり森の中に飛ばされて、この状況からどうすれば──
「柊、とりあえずの話は後です!今はこの森を抜けましょう!」
「え?……そうだね!」
危機感のない態度で柊は答える。
きっと向こうからすると緊急事態でもなんでもなく、楽しい冒険が待ってる──とか異世界でハーレム──とか馬鹿馬鹿しいことを考えているのだろう。
表情に出やすいから尚更わかりやすい。
僕は柊の手を引いて、一緒に森の外へと歩き出した。
どこが外に繋がっているかなど分かりはしないが、歩かないよりは断然マシである。
漠々とした森の中を警戒しながら進む。
獣がいるかもしれない、異世界だとは信じたくはないが僕の直感が「ここは知る世界ではない」と言うかのように僕に語りかけてくる。
その時、突然のことであった──
「ヨォ!こんなところで何してやがる!」
「ひぃっ!?」
「化け物!?」
突然、僕たちの目の前に現れた大男……。
二メートル以上ありガッチリした体格で、なぜか頭が──豚のような姿。
初めて見るような生き物に対し、僕は情けない叫び声を上げ、柊は何故か興奮している。
その手に持った槍のような物が僕の目には非常に惨憺な物に映ったらしい。
急いで逃げようとするが、足がすくんでピクリとも動かない。
まるで金縛りをされているかのように……
「ねぇ!モンスターだよ!」
「何言ってるんですか、柊!逃げないと──」
そのような状況の中、なぜか柊は余裕の表情、流石にないだろう。
そして、その大男はゆっくりと僕らに近づき……こう言った。
「ガッハッハ!なんだ?オークを見るのは初めてか!驚かせてすまねぇな!」
「……え?」
その恐ろしい表情、姿、雰囲気とは裏腹に、そのオークという者の声は非常に明るく、そして朗らか。
とても危険に値するようなものでは無かった。
僕は全身の力が抜けたかのように座り込む。
柊は、そのオークを輝きの眼差しで眺めていた。
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その後、話を聞いたところによると、そのオークは「ヨルス」という名前。
そしてこの森を見回っていた番人だという。
この森は、霧が発生することが多々あるらしく、僕達のような迷い子がよく見つかるらしい。
「オーク……ヨルスさんって、魔物ですよね?」
「なんだ?魔物だが、どうかしたか」
「初めて見たよー!すごくかっこいい!」
「おう!あんがとな!ははは!」
さらに詳しく聞いたところ、この世界では魔物は人間と共存しているという。
一体どういうわけかわからないがそういうものらしい。
僕達は、そのヨルスさんの案内で森を出ることになった。
この森は、付近では迷宮の森と呼ばれており、迷ってしまったが最後、帰れなくなってしまうという伝承が根付いているそうだ。
実際そんなことはないとヨルスさんは笑いながら言った。
何はともあれ、ヨルスさんに出会っていなければ、僕たちはあのまま迷ったままだったろう、この出会いには感謝しないと。
数時間くらい歩いた頃、僕達は森の外へと出ることができた。
あたりはまだ明るく、時刻は昼過ぎという感じだろうか。
「もう迷うんじゃないぞ?元気でやれよ!」
「オークさんありがとー!」
すると、ヨルスさんはごそごそと懐を漁り、僕達に小袋を渡してきた。
ジャラジャラという音がして、確かな重みを感じる。
「えっと、これは!?」
「無一文だろ?金をやるから、しっかり帰るんだぞ!」
なんと、これはお金なのか。
まさかこんな事までしてくれるなんて、神様かこの人は。
僕は深々と礼をして、ヨルスさんに感謝を伝える、柊の頭も下げる。
「もう本当に、何から何までありがとうございます!案内してくれただけではなくこんなものまで頂いてしまって……!ほら、柊も!」
「ありがとー!オークのおじさん!」
「おじさん、じゃないけどな!ははっ!まあ礼には及ばない、俺の仕事だからな!元気にしろよ兄妹!」
なんと優しい方だろう、ヨルスさんは直ぐに、見回りに戻ると言い残し、僕たちの目の前から風のように去っていった。
彼の体温にあてられたまだ少し暖かい小袋を僕は握りしめ、森の背後に広がるだだっ広い草原を柊と共に眺める。
「うわーっ!すっごいよ!広いよ!異世界って感じがする!」
「そうですか?──でも、確かに広い。綺麗な景色ですね」
前方に広がる、景色。
草は緑の絨毯のように生い茂り、風に靡かれてはゆらゆらとまるで生き物であるかのように揺れている。
清々しいほどに晴れ渡る、広大な空、白で塗った水彩画のような雲が草原に陰を作る。キラキラと輝く太陽は僕達の肌を焦がしていく。
奥の方に意識を向ける、大きな街が見えた。
グレーの壁に囲まれ、中の様子は見えない。
「おにぃ!街だよ!行こうよ!」
「ええ、分かりました」
なぜこんな世界に飛ばされたのかは分からない。
帰る手段も皆目見当がつかない。
母さんもきっとすごく心配してるだろうけど……今の僕には解決法が思いつかなかった。
それならば進むしかないだろう、能天気な柊に任せるのはたまには悪くはない。
そうして、僕たち歩み始めた。
その第一歩を踏み締めて。




