プロローグ
「おい!なんだ!あの魔物の軍勢は!」
見上げる、人々が空を。
無数に降り注ぐそれは、地表に降ると人々を襲い始める。
悲鳴と血飛沫が混ざり合う、鉄の匂いが脳髄にこびりつく。
先程までの幸せが嘘みたいだ。
なぜ、こんな事。
答えは分かりきっている。きっと……あの人だ。
記憶が、遠い昔の記憶が蘇る……そして確信する。
狙いは私なのだろう。
「出て来なさい、アリナ!」
声がする、出来ればもう聴きたくはなかった。
空に浮かんでいる、魔物の降り注ぐ雨の中心部に彼女はいた。
「勝負は昔に終わったはず。私はもう貴方に縛られる存在ではない」
「よくも抜け抜けと…!何千年私が復讐を待ちわびたか!」
そんなの、知るか。そう思った。
勝手な都合で、全てを壊して。
それで負けて、逆上する──
貴方はまるで子供だ。
貴方に私の大切な物を破壊する権利など、無い。
「…ふん!そう言えるのも今の内!観念しなさい!」
ボッ…と、彼女の周りに火が灯る。それは青白い光で…まさか
まさか──
「やめろ!私の民をこれ以上殺す気か!」
「当然。だぁってぇ…復讐ですもの、この世界だって元を辿れば私のでしょう?」
「ふざけるな!…勝手に、勝手に貴方の世界にするな!貴方の我儘で、どれだけの人々が!どれだけの命が!どれだけの星が!滅びたと思ってるんだ……」
「知らなーい、だって数えてないんですもの。アリナ……貴方は今まで自分の壊した玩具を一々数えているのかしら?」
その時、私の何かがプツン、と音を立て切れる。
憎しみに、恨みに、怒りに、苦しみに。あらゆる負の感情が私を取り囲んだ。
「この──」
耐えきれず襲いかかった。
しかしその次に私が見た光景は……青白い炎が私を…──
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むかーしむかし あるところに ゆうしゃさまがいました
ゆうしゃさまは とてもつよく どんなまものも たおしてしまいます
しかしあるひ たくさんのまものが ひとびとを おそいました
ひとびとは かみさまに いのりました
しかし こえはとどきません
ひとびとは ぜつぼうしました
ゆうしゃさまに いのっても いみはありません
しかし ゆうしゃさまは いきていました
ひとびとの しらないところで──
「うん…これで今日の読み聞かせはおしまいだよ!」
「えー。このお話なんかつまらないし…可愛くないですわ」
「可愛くないって…。でもつまんないよね。まあいいや、おやすみ柊!電気消すから!」
「はい!お兄様もおやすみなさい!」
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「おいーっす!おにぃ!」
静かな朝に似つかわしくない大声と、ドタバタと階段から降りてくる音が聞こえてきた。うるさいと思った事はないが、毎朝よくやるものだと思う。
「あ、おはよう柊……今日も相変わらず元気がいいようで何より」
「元気が私の取り柄だからね」
そうして無邪気な笑顔でVサインを僕に見せつける。
「はいはい、朝食できてるから食べてくださいね。」
「おお!美味しそうだねー」
僕、中村秋(18)と妹の中村柊(18)どちらも貧弱な男女の双子である。それ以外は普通の兄妹。
今は親と別に離れて二人で暮らしている、親は常に出張で忙しい、たまに帰ってくる程度で基本的に二人暮らしだ。
一応どちらも高校生で一緒の高校に通っている。今日は休日なのであまり関係のない話であるが。
「あ、おにぃ。昨日wamazomから荷物きたはずなんだけど貰ってないんだよー、ポストに不在連絡票がないか見てくれる?」
もぐもぐと目玉焼きを頬張りながら柊は喋った。
「喋りながら、また行儀悪い……最近よく来るけど何かのグッズでも頼んだんですかね?無駄遣いはいけないとあれほど──」
柊の部屋にはアニメなどのグッズがいっぱい、所謂オタクというやつである。──まあ僕もそうじゃないとは言い切れないのだが。
最近は魔法少女とやらにハマっているらしい、この歳でかとは思うが……まあ趣味は千差万別、別に悪くは思っていない。
「うー!無駄遣いじゃないもん!未来への投資だし!」
「はぁ、そういうことにしておきますね」
食器を洗い終える。今日も完璧、一つの汚れも無い皿だ。っと、柊に頼まれたことしないと。
ポストに向かう。中を見ると見覚えのある緑色の封筒が入っていた。
不在連絡票は…ないようだ。
「柊、不在票の代わりに手紙が入ってましたよ」
「うーん?あれ、もうそんな時期かあ。うん、じゃあ読もうよ」
僕は、緑の手紙の封を多少乱雑に開けて、中にある手紙を取り出した。
手紙は二枚、どちらも文章が書かれている、僕はそれを声に出して読んだ。
「読み上げますね」
「おっけー!」
『お前たち、今日から18歳だっけか、いや19だな?まあいい、多分手紙が届いているのは誕生日だろう。そうだな。毎月送っているこの手紙だが、多分これで最後になるだろう。誕生日だというのに側にいてやれなくてすまない、また出張中だ。帰るのは多分三日後になる、今回はあまり書くことがないので手紙はこれで終わりだ。じゃあな。』
──以上だ。
「いつ見ても字が汚いね」
読む度に何とも癖の強い字だと思わされる。たまに平仮名も間違えるし、漢字なんてしょっちゅう。
実は日本人ではないと言われてもあっさり信じれるレベルには酷い。
そしてその手紙の主は僕達の母親だ。
シングルマザーをしており海外で頑張っている。なので掃除洗濯料理の家事は僕の役割だ、柊はいつも遊びに行ったりゴロゴロしてる。
「まあ母さんいつもこんな感じですしね」
「うん…そしていつもの宛名なしだねー。わかるからいいんだけど…」
「というか今日誕生日だけど18歳なんですよね、思いっきり間違ってますよ」
子供の年齢間違えるのは……アウトな気がするが、まぁあの人なら仕方ないかなと心の中で勝手に納得をする。
「あっはは…子供の年間違えるなんて中々だよねー、やっぱりお母さんって感じ。でも最後の手紙ってどういうことだろう」
「うーん…もう出張する必要がなくなったんですかね?最近お金が結構溜まったって言ってますし」
「うん…そうだね。まあ元気そうで何よりだよー」
「そうですね、三日後は料理を豪勢にしましょう」
「わーい!」
何を考えていたのか、僕は何気なく、ふと紙の裏を見る。
「なんでしょうこれ、落書きですかね?」
「ん?なになに?」
そこに描かれていたのは綺麗な円、その円は何重にも重なっており他にも複雑な模様や見た事のない文字のような物も描かれている。一体なんだろう?
「これってなんか魔法陣みたいだねー」
確かに言われてみればそう見えてくる。
「母さんって厨二病だったっけ?」
「もしかしたらそうかも!…しかし精巧に描かれてるよねぇ」
と、柊はその小さな魔法陣のような触れる。
そのすぐ後の事だった…手紙が突然光を放つ、赤い光を…
「「えっ」」
それに続くように突然目の前が闇に包まれ、三半規管を強く刺激する。ぐるぐると、まるでここではない別の何処かに向かっているような、そんな気がした。体の自由が奪われ、僕たちはただ意識を残したまま、何処かを彷徨った。
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それからどれくらい経っただろう?それはまるでたった数秒の出来事のようにも感じられたし、何日も、果てには何年も経ってしまったような感覚さえする。
突然、目蓋を通して目に光を感じた。その光はまるで木々の間やカーテンの間から漏れるような淡い光であったが、闇を長い間感じていたような僕たちにとっては、眩しいと十分に言える量だった。
ゆっくりと目を開ける。少しづつ光に目を慣らして。
少し経って、光に慣れた目は真っ先に周囲の状況を確認しようと、せわしなく上下左右と動き続けた。そして僕は信じられないよう状況を目の当たりにして言葉にする。
「柊、これって僕たちは夢でも見ているのでしょうか」
「……ここって!?」
「「森!?」」
家のリビングにいたはずの僕たちは、見知らぬ森の中に迷い込んでいた。