番外編 南の魔女ルコラのその後
南の魔女ルコラの弟子視点の話です
ルコラ様は第三王子が十七歳の誕生日を迎えると変わってしまわれました。それまでは、第三王子の抜けた髪の毛や、切られた爪を収集して喜んでいただけでしたが(世間的にはそれだけでも異常と思うかもしれません)、我が夫にしたいと切に願うようになってしまいました。魔力を持つ者は魔力を持つ者に惹かれていってしまうということでしょう。
ルコラ様はヴィルデール王国の南の魔女という特権階級の一つに就任されていました。魔法を使って国の要所を守ることが任務であり、役目さえこなしていればそれ以外は自由でした。第三王子に異常までの恋することがなければ順調に役目を全うできたでしょう。
第三王子を我がものにするべく、拉致して結婚を迫ったのです。もちろん答えはノー。怒り狂ったルコラ様は第三王子に呪いをかけてしまいました。なぜかわからないですがホットドッグの姿に変身するという呪いでした。
結局、第三王子がルコラ様の罪を暴き、牢屋に幽閉してめでたしとなり今に至ります。
牢屋にはルコラ様と共犯した罪で弟子である僕も幽閉されることになりました。牢屋は隣同士。ルコラ様と離れる訳にはいかないですしね。
ルコラ様の第三王子に対する執着心は陰を潜めたようでした。憑き物が落ちたようです。まあ、ホットドッグを献上する場面で第三王子と少女の信頼関係を見せつけられたら、失恋したのと同じでしょう。
「ルコラ様、ルコラ様」
「……なんだ」
監視の目に隠れて青年はルコラに話しかける。
「牢屋生活も三ヶ月。そろそろ脱獄しませんか」
「だつごく……って脱獄!?」
ルコラは魔力を奪う装置を付けられていて、睡魔に襲われていたが「脱獄」という言葉に目を覚ました。
「脱獄っていっても、この魔力を奪う装置があって体力が落ちているところだ。お前もそうだろう、レイ」
弟子である青年は自分の名前を呼んでくれたのが嬉しいのを隠しきれず口の端を上げた。レイにも魔力を奪う装置が取り付けられていた。
「この、ルコラ様お手製のお守りに、毎日少しずつ魔力を貯めていたのです。お守りから魔力を自身に戻せば体力は元どおりとなります」
お守りの材料は魔法石で、魔力を保存することができた。しかし、魔力を奪う装置と魔法石に魔力を分けるのは器用な者でしかできない芸当だろう。
「……そんなもの持ってきていたのだな」
「当然です。丸腰で捕まる訳にはいきませんでしたから」
だがルコラは難色を示した。
「脱獄した場合、王国から追われる人生になるぞ。私は構わないが、お前はそれでもいいのか」
「ルコラ様とならどこへでも」
レイはしっかりと頷いた。
ご飯を運んできた監視をレイは魔法で気絶させて、自身は監視に変身し、気絶させた監視は青年の背格好に変身させる。魔力を奪う装置があったので安心していたのだろう、とくに抵抗する間もなく倒せた。監視から奪った鍵でルコラの牢も開ける。ルコラが自由になると、ルコラは固い布団を自分の姿に似せて置いた。ルコラも監視に変身すると、牢屋から離れた。
「集合がかかってるぞ、こっちに来い」
監視の一人に見つかって、ルコラとレイは広場に集められる。リーダー格の男が人数を数え始める。
「人数が一人増えたようだな」
「昨日から新しく入った者です」
レイが扮する監視は、すかさずルコラが扮する監視を見て言う。
「そうか。王国の安全を守る部隊として頑張っていくんだぞ」
リーダーの男はとくに疑問を持つことなく通り過ぎる。
朝礼が終わると監視は持ち場へ散っていくが、一人の監視は疑問を口にした。
「新人が追加されるって話あったかなぁ?」
「なんだと?」
リーダー格の男は聞き取って、視線を走らせる。牢屋を巡回していた監視から叫び声が上がる。
「リーダー! 南の魔女ルコラとその弟子が牢屋にいません! 弟子の牢には気絶した監視がいます!」
「もしやあの監視は……。さっきの新人を探せ!」
リーダーの男の嫌な予想が当たってしまったようだ。新人に扮して脱獄してしまったのだ。
道端で泣いている幼子がいた。昼間からずっと泣いていて、日も落ちかけている。
放っておくことができず、ルコラは幼子の女の子に話しかけた。
「どうしたんだい? ずっと泣いているではないか」
「……お母さんが、重い病気にかかってしまったの。わたし、お母さんがいないと……」
鼻をすすりながら女の子は言う。
隣にいたレイは止めようとするが、ルコラは首を振る。
「そうかい。だったらいいものをあげよう。お母さんの病気が良くなるためのお守りだ」
ルコラの手には紐に通された魔法石があった。女の子は小さな両手で受け取る。
「きれい……」
「強くお母さんが良くなるように願うのだ。そしたらきっと良くなる」
「ありがとう」
女の子はルコラを見上げて固まった。運が悪く変身を解いていた。ルコラの顔の左側が火傷跡になっていた。そこで、町中の壁に貼ってあるお尋ね者の顔と一緒であることがわかったのかもしれない。
女の子が別の意味で泣き出す前に、ルコラは「私に会ったことを他の人に言ってはいけないよ」と言って、その場を去った。
「貴重な魔法石を女の子にあげてしまうなんて」
女の子の前を逃げるように去った後、レイは不平を口にした。レイが牢屋で隠し持っていた魔法石は五つ。一つは脱出のときに使い、一つは闇市で高値で売った。当面の生活費には困らないが、限りがあるので少しでも手元に置いておきたかった。
「ほんの出来心で人助けをしてみたくなったのさ」
ルコラの言葉にレイは困ったような顔をして「しょうがないですね」と言った。
「ルコラ様の優しさを知っているのは僕だけで十分です」
「なんだ?」
「第三王子に取られなくてよかったと言っているのです」
「な!」
ルコラが顔を赤くしたのを見て、レイは内心期待どおりいったと喜んだ。




