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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
最終章 那由他
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最終話

 自分たちが銀杏の森という異質な空間で邪悪なモノと死闘を繰り広げていた時、現世うつしよがどうなっていたのかを真琴まことが知ったのは翌日のニュースだった。


 天気予報になかった突然の嵐、落雷と暴風雨は市内を混乱に陥れるのに十分な威力だった。落雷による火災が数件発生し、竜巻のような暴風で、屋根瓦や看板が吹き飛ぶ被害も多数、負傷者も出た。


 翌日は昨夜の異常気象が嘘のように晴れ渡った。


 人間にはわからなかったが、瘴気による被害も出ていた。

 ニュースでは暴風雨の混乱に紛れて強盗事件が発生したと伝えたが、瘴気に当てられ正気を失くした人間の仕業だったとは誰も知らない。


 謎の死をとげた犠牲者も数十人にのぼった。かすみ白哉びゃくやは自らの毒液で瘴気を中和したが、失敗もあったようだ。

 しかし、瘴気と一緒に漏れ出した妖怪も多かったようで、霞と白哉が一掃しなければ、被害者はもっと出ていただろう。





 無事に戻った流風るかを見て、かすみは嬉しそうだったが、気を失っている間にすべてが終わったと聞いた流風は超不機嫌だった。今後も妖怪ハンターを続けていくつもりなので、自分の手で強敵を倒したかったのだ。


「結局、邪悪なモノの正体って、元は人間だったのよね」

「そうだ、人間こそ、最も邪悪な生き物なのだ」

 霞は偉そうに腕組みしながら悟り顔をした。


「しかし、それを浄化したのも人間、清らかな心を持っているのも人間なのだ、よくわからん生き物だ」

 と、不敵な笑みを浮かべた。

「だから面白い」





 赤狼せきろうの指輪を手に入れた結音ゆのは、乃武のぶと共に意気揚々と狼族の本家へ向かった。

「なんか思ってたより簡単だったわね、日本の危機とか、大袈裟だったんじゃない? あの程度の妖怪なら」

 結音の言葉を遮って紫凰しおが反論した。

「自惚れるんじゃない、弱体化していたんだよ、悠輪ゆうりんが結界の中で1200年かけて邪気を浄化してたから、あの程度だったんだよ、そうでなかったら、お前が赤狼に勝てる訳ないだろ」


「なんでアンタがいるのよ」

「久しぶりに青狼せいろうの顔が見たくなったんだよ」

「口に気をつけろよ結音、失礼だぞ、紫凰様は青狼様の旧友であらせられるのだぞ」

 乃武にたしなめられて、結音は頬を膨らませた。


 指輪が二つ揃ったことで、人狼になった冴冬さとを人間に戻せるかも知れないと望みを抱いて未空みくも同行した。





「良かったわねあらたくん、これでやっと普通の生活が送れるわね」

 すみれは喜びの涙に美しい顔をクチャクチャにした。

 羅刹姫らせつひめが死んで沢本家の呪いが解けたことを祝し、七瀬家では盛大な宴会が催された。

 酒豪の菫と掬真きくまに煽られて、新もグテングテンに酔いつぶれながら、それは三日三晩続いた。


 真琴は早々に姿を消したが、逃げ遅れた理煌りおは、邪悪なモノとの戦いで精魂尽き果てていたにも関わらず、飲酒も出来ないのに付き合わされて散々な目に遭った。





 正門と本堂が壊滅状態になり、重賢じゅうけんはさぞ落ち込んでいるだろうと思ったが、

「儂にも挨拶なしやったなぁ」

 那由他なゆたが去ってしまったことのほうにショックを受け、年甲斐もなく大粒の涙と鼻水で老いた顔をクチャクチャにした。


「あんまりやわ! お別れの言葉も無しに行ってしまうなんて!」

 気を失っている間に悠輪と共に行ってしまったと知った華埜子かのこも、ハンカチを絞れるほど涙を流した。

 被害がなかった庫裡、那由他を交えておしゃべりに花を咲かせた場所、しかし彼女がここへ来ることはもう二度とないのだ。


 号泣する重賢と華埜子を横目に、こんな顔を見たら別れが辛くなる、涙を振り切って行くのはあまりに切なく苦しいから、なにも言わずに去ったのだろうと真琴は思った。


 涙と鼻水にまみれている華埜子と重賢をよそに、とおるは不服そうにぼやいた。

「俺たちは邪悪なモノを倒したヒーローやろ、なのに誰からも、存在さえ知られへんなんて、なんか悔しいなぁ」

「倒したんは悠輪ゆうりんやろ」

 真琴は冷ややかな目を向けた。

「……確かに、けど俺かて頑張ったし」

「ほな、みんなに言いふらしたら? ま、頭おかしなったって思われるだけやけど」





 一週間後、しずくの葬儀が執り行われた。

 政財界にも広い交流がある旧家綾小路家最長老の葬儀は盛大だった。


 妖怪に殺害されたハンターは数多い、遺体もなく葬儀もない、浩平こうへい周平しゅうへいの兄弟、天寧あまね環花わかもそうだった。雫の遺体はどう誤魔化したのだろう? 瑞羽みずはは複雑な思いで葬儀に参列した。


 焼失した本堂と門は、綾小路家の援助を受けて再建されることになった。



   *   *   *



 星が輝きを増すさくの夜。

 闇の中、枝葉を揺らす音だけが響いていた。


 こんな時間に人が立ち入ることのない山奥、2つの影が木々の間を高速で移動していた。どちらも人間とは思えない身のこなしで、木々の間を駆け抜け、枝から枝へと飛び移って行く。


「あの夜もこんな朔の夜だったな」

 並びかけた珠蓮じゅれんが流風に声をかけた。

「なにしに来たの?」

「一人で行くつもりだったのか?」


「綾小路のハンターが行方不明になってるのよ」

「あの女の餌食になったのか」

「恐らく……」

「あいつは危険すぎる」

 珠蓮は流風の手を掴んだ。


 バランスを崩しかけて流風はやむなく地上に降りた。

「邪魔しないで!」

「返り討ちに遭うだけだぞ」


「そうや、あたしを氷詰めにするような奴やで、まあ、油断してたしやけどな」

 降りた先には真琴がいた。

「俺だって、地面には這いつくばされたんだぜ」

 雁首揃えた真琴と珠蓮を見て、流風は大きな溜息を一つついた。

「あなたたち、呼びもしないのに」


 流風の言葉に、真琴はビクッとした。

 こんな時いつも、呼びもしないのに現れるのは那由他だった。横を向くといつも那由他の顔が間近にあり、「近い!」って怒っていたシーンが甦った。


 淋しそうに目を伏せた真琴を見て、珠蓮が真横に来た。

「なんのつもり?」

「別に」

 白々しく目を逸らした珠蓮に、真琴は笑みをこぼした。


「鬼臭いんやけど」

 那由他はいい匂いだった。頬が触れそうになるくらい間近に来ると、風に靡いた銀色の巻き毛が鼻先をくすぐった。今もその感触が残っている。でも二度とそれを感じることは出来ないと思うと目頭が熱くなった。


「まだ慣れないな」

「そうやな」

 真琴はこぼれそうな涙を堪えて夜空を仰いだ。

 真っ暗な空に、星たちが銀色の光を放っている。


 真琴の心情を察して、しばらく黙っていた流風だったが、

「行くわよ」

「今度こそ仕留めるで」

「おう」


 三つの影が再び枝に飛び移った。

 カサカサと枝葉が擦れ合う音を残しながら、影は闇に溶けて消えた。


   最終章 那由他 おしまい


最後までお読みいただきありがとうございました。

書き足りていない部分もありますが、とりあえず完結です。でもキャラクターたちは健在ですので、いつか掘り下げた物語を投稿できるかも知れません。その時はまたよろしくお願いします。

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