謎のメッセージ
修一さんが起動させた発電機からのパワーを受けて、管制制御室の機材に明かりが灯り始めた。
大規模な施設ではないので比較的こぢんまりとはしているが、わたしが知る物もいくつかあり、起動した観測機器から次々と古臭いインスペクタ画面が宙に広げられていく。我々の時代では当たり前になった網膜に展開される最新式と違って、空中に広がる画面は手で弾いて広げなければいけない不便さがある。しかも指先で触れるのにフィードバックが何も掛からないので実体感が薄く、浮遊するコントローラの触感が伝わってこないのがとても操作しにくい。
――とは言え、よくこんな僻地にこれだけの立派な施設を作ったものだ。700年も技術が劣っているとはいえ、たいしたもんです。
「姫さま。これでござる」
ガウロパが指さす中央の大画面には、宇宙船の現在位置を示す数値がリストアップされていた。
「まだ、たったの165光年ですわ」
私の口から溜め息混じりの声が漏れ、イウも同調する。
「残り435光年……。この速度だとあと660年も掛かるぜ。到着はたしか2977年だったよな……長いな。あれ? そりゃそうとちゃんとベテルギウスにたどり着いたんだっけ?」
わたしは力無く頭を振った。
「その年代ならすでに人類は凍結しています。たとえ無事に到着していたとしても、誰も知ることはないでしょう。実際わたしも知りませんでした」
「無駄折損でござったか……」
インスペクタ画面をフリックしながらリストをスクロールさせていたガウロパの極低音の声が身に染みてくる。
「にしても……地球を出て900年。誰に知られることもなくこの宇宙船は巨星を周回するんじゃ。スケールの大きなストーリーでござるな。姫さま」
時代のブレた言葉遣いに眉をひそめるものの、言葉は自然とこぼれてくる。
「でも……さすがにビートルジュースプロジェクトまでは把握していませんでしたが、上手い手を考えたものです」
「過去を観測するのにこんな大掛かりな資材をなげうって……」
イウは重みのある吐息をしてから、再び感慨にひたる。
「しかも今じゃそれを知る人類はいなくなったわけだ。何とも虚しい話じゃないか。ま、それに気付いていたあのコピーねえちゃんの両親は大したもんだな」
「ということは、我々だけがそれを目の当たりするのでござるか? こんな回りくどいことをしなくても我々なら過去へ飛べるのに……」
「そうです。このプロジェクトに参加していた科学者もまさかこんな未来が待っていたとは誰も思わなかったでしょうね」
「だろうな……」
オリオン計画の結末を知る我々の周りに、何とも言い難い冷えた空気が漂っていた。
「きゅーっ」
それを緩和させるような可愛らしい声とともに、ツインレンズの入ったランさんのヘッドユニットがわたしの肩に当てられた。
「なんです? ランさん」
ジェスチャーじみた仕草で首を前後に振ると、ランさんはこっちへ来いと、わたしを後ろから押してきた。
「どうしたんです? わたしはオリオン計画の結末を良子さんには教えていませんよ」
半身を振り返えらせて告げていたら、
「なっにー? 日高さぁん? オリオン計画がどうしたのぉ?」
地獄耳ですか? あなた。
どこから現れたのか、わたしの背を押すランさんの後ろに良子さんがちゃっかりくっ付いていた。
「どこ行くの?」
「知りませんよ。ランさんに聞いてください」
ランさんは、わたしと良子さんのあいだからさっと離れると、素早い動きでひとつの装置の前へ移動して、ここだと言わんばかりに赤い輝線でインスペクタ画面を示した。
「これ、なんです?」
良子さんは、女のわたしから見ても羨ましくなるような白く滑々した手で大きな装置に触れた。
「これこれ。ビートルジュースから放たれたサテライトが送ってくるデータの受信バッファよ」
「100光年先から送られて来るデータがここに溜まるのか」
興味のありそうな視線で見上げていたイウは、何かに気づいたようだ。意外とこの男、なんでも詳しい。
「先生。この波形……。電磁波センサーのデータじゃないぞ。このカタチだと音声データだな」
ひとつのディスプレイを指さした。
良子さんはイウの横顔へ視線を滑らせるものの、半笑いで答える。
「そんなことないって。100光年先の無人のサテライトって宇宙の真っ只中よ。観測するのは電磁波しかないわ」
とは言うものの、指されたディスプレイを一瞥した良子さんは片眉をもたげる。
「ほんとだ。たしかに音声データだわ。サテライト内から送られて来るよ。なに? こんなのあり得ない」
「どういう意味でござる?」
ガウロパもスキンヘッドをかしげて画面を覗き込んだ。途端、わたしの視界がその巨体で完全に塞がれた。
「ちょっとガウロパ、邪魔です。どきなさい」
苦笑いを浮かべながら、彼がひょいとわたしを肩に担ぎ上げる。目の真ん前にその波形が来た。
「たしかにこれは音声データの波形ですね。ということは、サテライトに乗る誰かが話し掛けて来る……」と言いかけて、良子さんと同時にわたしも首を振った。そして二人同時に、
「「有り得ない」」と口にして見つめ合い、うふふ、と微笑んだ。
だって絶対にあり得ないことだから――ほんと冗談にしかならない話だ。
「どういことだろうな」
首をかしげるイウの前で、ランさんの輝線がフロントコンソールの数個の操作クリップを示している。
「なるほどね」
と何かに気付いたのは良子さんで。
「なんです?」
「聞いてみろって。その波形を元の音声に戻してみろって言ってるのよ」
「そりゃそうだな。賢いなこのバギーは」
と言ったイウをわたしと良子さんとで睨む。
「「ちゃんと名前で呼んであげなさい!」」
「な、なんだよ。おっかないな二人揃って」
う~ん。なんか今日は良子さんと息が合うな。
とにかく、ランさんが軽く見られると無性に腹が立つのです。
「いい? 最初の部分から元の音声に変換するわね」
うなずくわたしの首の動きを合図にして良子さんが操作する。
するとスピーカーからとアナログっぽいノイズが出始めた。
「こんなノイズの音、久しぶりに聞くぜ」
「しっ。静かに……。人の声が混ざっています」
耳を凝らして全神経を聴覚に集中させると、ノイズに混じって確かに人の話し声のような音が聞こえる。
ガウロパの肩から飛び降りたわたしは音声の出どころに耳を近づけて聴くが、今一つはっきりしなかった。
「もっと明瞭にできませんの?」
と、問うたわたしの脳裏に、突然あの甘い囁きが飛び込んできた。
(日高さん聞こえる? あなたのコミュニケーターだけに変調波を送り込んでいます。聞こえたら、みんなに気づかれないように、合図を送ってちょうだい)
ら……ランさん。
忽然と渡ってきた思考波に驚愕したわたしは、ガウロパの後ろに回りこんでいたランさんへ視線を向けた。『彼女』が赤い輝線を振ってきたので、それに向かって片眉を小さく持ち上げて合図を送った。そして何食わぬ顔をして、もう一度インスペクタ画面を覗き込む真似だけをした。でも意識は全然違うところを彷徨った。
(この音声データは何ですの? ランさん)
わたしは自分の思考内で尋ねる。この思考はコミュニケーターを通って、ランさん、いえ、未来の亜空間クローラーに届いているはず。
(現時点ではまったく不明です。でもワタシに搭載されたフィルターを通せば、もっと明瞭にできます。しかしそれを過去の人に知らせるわけにはいかないのは、あなたもパスファインダーなんだからわかるでしょ。何か方法はない?)
良子さんが躍起になってコンソールをあれこれ操作する姿をぼやけた視線で見つめながら、わたしは答える。
(気にすることはありません。この人は科学者ですが、コンピュータシステムについてはそれほど得意としてませんよ)
ところがランさんから意外な返答があった。
(良子さんは関係ありません。そこの大きな人と、偽眼帯の人に気づかれると時間規則に反します)
「にせっ?!」
つい大声を上げてしまった。
「偽じゃないわ。本物の音声データだって」
良子さんが、む、と睨んできた。
操作で四苦八苦する良子さんの頭越しに大きな声を掛けたのだから、そりゃ、ビックリして反応するのは当然だ。
「ご、ごめんなさい。良子さんに言ったのではありません」
と言ってしまってから、しまった、とわたしは口をつぐんだ。この人すごく勘がいいのだ。
「じゃあ誰に言ったの?」
案の定、良子さんは不審げに私の顔を覗き込み、すぐに口先を尖らせた。
「あ、分かった。未来組どうしで、またあのへんなテレパシー装置で、なんか相談し合ってんでしょ。私をのけ者にしてぇぇ」
妙にいじらしく言い放つ良子さんにイウが、
「いや、オレたちは何も通信しあっちゃいねえぜ」
ガウロパも真剣な眼差しでうなずく。
「ん。ならいいけど」
えらくあっさりと、彼女は元の作業に戻った。
ガウロパがわたしに、困惑した顔を向けてきたので、
「気にしなくていいです。なんで声が出たのか、わたしもビックリしてるんです」
チラリとランさんを見ると、赤いレーザーポインタの輝線をあらぬ方向へ飛ばしているものの、レンズの入ったヘッドの正面はキッチリわたしを睨んでいた。
続いて――、
(日高さんって、意外と慌て者なのね)
亜空間クローラーにそんなことを言われたのは、数多いリーパーの中でも私ぐらいのものだろう。
(だってあなた……。イウの眼帯って……あれって偽物なんですか?)
(知らなかったの?)
(ええ……)
(じゃあゴメン。忘れて……)
(なっ!)
何かしらこの無力感。誰かさんと会話しているのと、まったく同じものを受け取ったのは気のせいかしら。
わたしが、パタパタとコンソールのボタン類を叩きまくる良子さんの後ろ姿を眺めたのは、言うまでもない。
(あんな男の眼帯なんて興味ございません。どうせ悪だくみがバレて、それから逃れるための変装なんでしょ。さぁ、もう忘れましたから。さっきの話しに戻しましよう。ガウロパやイウにバレなければいいのでしょ。それなら簡単です。光速回線ケーブルをつないで、あなたが良子さんのアシストをするように見せ掛けて、データを取り込むんです。あとはフーリエ変換でも何でもして明瞭にしたら元に戻すのですよ。どうですか? それならすごく自然でしょ?)
(いいアイデアね。じゃケーブルをつないでくれる?)
(ほ……褒められた……)
AIから賛辞を受けたらどう答えたらいいのかしら。
意味不明の戸惑いを感じつつ、わたしは奥の装置に差し込まれたままになっていたケーブルを引き抜き、ランさんとコンソールのインターフェースパネルとを接続して良子さんに説明する。
「ランさんがアシストしてくれるそうですわ」
と伝えたところ、良子さんはうれしそうにパネルから離れると額の汗を拭いつつわたしに訴えた。
「助かったわ。どうも私って機械操作って苦手なのね」
「それだけできれば、じゅうぶんだろ?」
と言ったイウへ、満面の笑顔で返す良子さんだった。でもすぐにわたしへ視線を移動させて、疑問を浮かべた面持ちで訊いてきた。
「日高さんとランちゃんって、最近仲がいいわね。どうしたの?」
生唾を飲み込みながら、わたしはとにかく誤魔化した。
「頭脳明晰なところに気が合いましてね」
良子さんは、すんと鼻を鳴らすだけだった。
な……なによ。
『ガガガ……羅蛾……蛾矢バリバリ……ねぇ……キコエル?』
ランさんのおかげで音声が格段と聞きやすくなった。データは間違いなく人の声だ。
「きゅ?」
ランさんは小さく首をひねるものの、再度修正作業に入る。
『……デz……ま莞爾……で……是堵sdl……』
ほとんどノイズとしか認識できなかった音声が突然鮮明になった。
『あーあー……。ワレワレは、うちゅー人だ………。ねぇねぇ。お姉ちゃん、もう録音していいよ。――え? もうしてたの?』
とてっ。
柏木さんがこけた。
わたしだって一緒に倒れそうになった。イウが鼻にシワを寄せてしかめ面をするし、ガウロパのスキンヘッドがこちらに捻じられ、小さな目玉で二度ほど瞬いた。
そう、この声はあの人だ。ちょっとふくよかでいて、平安時代の紫式部と友人だと宣言した我々と同じリーパー。あの女性だ。
「サリアさんよ」
つぶやく良子さんの前で音声データは続く。
『あんたバカ? そんなギャグやってる場合じゃないでしょ』
マリアさんの声までも……。
『だって麻衣ちゃんたちならウケるかと思ってさ』
マリアさんはちょっと怒った口調で言い返す。
『あんたね。この録音チップをコガネムシ号に仕込むのにアタシがどんだけ苦労したと思ってるの!』
『コガネムシじゃないって、カブトムシ。ビートルジュースよ』
『なにさ! 平安京の女に言われたかないわ。それよりこれはプロジェクトチームの男を虜にしたアタシのこの美貌があっての成果でしょ』
サリアさんは、むっとした声に変わり、
『分かってるわよ。色仕掛けはお姉ちゃんの専売特許だかんね。だいたい私だって源氏物語の編集作業が入って忙しいのに、こんなへんな時代に呼び出されてぇ。昨日ぜんぜん寝てないんだからね。なんせあの時代、物語って全部手書きなんだから。あぁぁ、せめてパソコン欲しいなー』
『あんたほんとにバカね。平安時代にパソコンがあったらえらいことになるでしょ』
途中で良子さんが、なが~い溜め息を吐いた。
「――ねぇランちゃん。この姉妹喧嘩が100光年彼方から送られて来てるの?」
怪訝に尋ねる良子さんの胸中が荒んでいくのを感じて、気の毒にさえ思えた。
ランさんも数秒固まるものの、きゅーと鳴いて首を前後に振る。
「はあ……」
再び良子さんの溜め息が落ちた。
『ほら、はやく本題を言いなさい。誰か入って来たらヤバイでしょ』
何んだかあまりよくない方法で、このメッセージを録音しているようだ。
『う、うん。わかったよ、お姉ちゃん』
少々の間が空いてから、
『……ん。あー。えっと……あんた達、鹿児島へ行ったらだめよ!』
『バカね。もっと詳しく言わなきゃだめよ。サリア!』
名前まで出しちゃって……。
頭痛を憶える気分だ。イウも精根尽き果てたような表情を浮かべ、近くの座席に腰掛けると肩を落として遠くを見つめた。
彼の心情を察するが、過去からの一方的な通信だ。こちらからでは忠告もできない。気の毒だが姉妹からのメッセージを強制的に聴くしかない。
『そぉか。片方向通信だから、内容を省略したら伝わんないわね』
ようやく重要なことに気付いたようだ。
『でも長けりゃいいってものでもないからね。無駄は省くのよ。わかった?』
無駄以外、何も伝わってこない。
『……でもさ、こんなまわりくどい方法しかなかったの? お姉ちゃん』
マイクがゴトッと音を上げる。たぶん机の上に置いたのだろう。
『あの人たち時空震に接近しすぎていて、アタシたちでは近寄れないもの』
ちょっとしんみりとなって、
『最初はタイムカプセルで、とか考えたけどさ。埋めた場所を知らせる方法がないでしょ。電報打つにしても、向こうは暗黒時代だし……』
『……………………』
長い間が空いて。
『じゃ訊くけど、アンタさ、他に何か思いつくの?』
『そうね。何かを知らせる手段っても、平安時代は手紙しかないからなぁ……。隣の町まで半日もかかるのよ』
『はぁ。ゴメン。訊いたアタシがバカだったワ。そんな通信手段、のろしでも上げたほうが効果があるわね』
脱力感を前面に押し出したマリアさんの声にサリアさんが答える。
『何か燃やしてみる? お姉ちゃん』
『アンタねぇー』
マリアさんの顔色が鮮明に見えそうな通信内容だ。100光年彼方から送られてきたとは思えないほどに明瞭だが、あまりにもくだらない。
『ちょっとどいて。アタシに代わってよ!』
痺れを切らしたマリアさんが声を荒げた。
『あぁー。えー。えっとぉ……未来は時空震の影響で1600万以上の時流に分かれたんだって。それから政府は霧島に検問所を設けて、アストライアーを無理やり停止させようとしてるわよ。柏木さん聞いてる?』
「聞いてるわよ」
釣られて返事をする良子さん。
『聞いてるに決まってるでしょ、お姉ちゃん。あのひとたちはまだあれから5日ぐらいしか経ってないのよ。ちょと代わって。やっぱりアタシがちゃんと伝えるから』
また隣からサリアさん。
『このあいだ。つっても1002年の睦月(1月)のことなんだけど。6万5千564時流のリーパーの流れもんをとっ捕まえたの。それで白状させたら。2318年の葉月(8月)、鹿児島に512時流の連中がカロンを横取りする気で集まってるって。それにアタシたちには意味不明の人類も混ざってるって話よ』
とマリアさんが言い、サリアさんが繋げる。
『なんとかオイドって言ってたわ』
『そんなこと言ってた?』
「ねぇ。ランちゃん。まだデータ続くの?」
柏木さんが尋ねるのも無理はない。
「こんなことを伝えるために、巨額な費用を掛けたオリオン計画を私物化したのかしら。あの二人は……」
二の句を継げないでいる良子さん。さらにポツリと続ける。
「ある意味。怖いもの知らずね」
あなたとよく似てますこと。
わたしは肩をすくめて苦笑いをプレゼントし、少々飽きてきた良子さんの前で二人からのメッセージはまだ続く。
『あそうだ。もう一つ特命があったんだ。これを伝えなきゃ』
『そうよー。時間局からの特命って言われて従ったけど、あれっていったい何だったのよ』
何か重要なことを伝えようとする気配は理解できるのだが……。
『あたしに言ったって知らないわよ。でも16坑道の4区3号に置いて来たらミリアに恩赦が出るって言うしさ。やらざるを得ないでしょ』
『室町時代のあたしまで駆り出されてさ。十二単で行ったのよ。熱いわ苦しいわ暗いわで、たいへんだったのに』
『そんなの着てくるからいけないのよ。それよりさっさとメッセージを伝えなさいよ。メモはアンタが持ってるんでしょ?」
『持ってないよ』
『あんたに渡したでしょ』
『う~ん……』
しばらく無音になり。
『忘れちゃった』
『失くしたの?』
『わかんない』
『ば……ばか……。あんたってほんとバカだね……』
マリアさんは呆れたのでしょうが、こちらはとっくに呆れかえっている。
『どうすんのさー。麻衣ちゃんたちに何を伝えたらいいのか分からないじゃない』
『だいたいでいいんじゃない? やることはやったんだしさ』
再び無言が続き。
『……そうよね。あたしたちだって意味不明なんだもの』
伝える側が把握していないモノを100光年先から伝えることの意味があるのだろうか。
『でもパスファインダー様の知り合いって言ってたし……』
『とにかくね。16坑道の4区3号に行ったら真ん丸い石の下を掘ってよ。何だか知らないけどあんたたちにとって大事な物なんだって。それが何かって訊かないでよ。私たちだって首かしげてきたんだからね』
何を言いたいのかさっぱりつかめない。それいしてもこのメッセージは一方通行だと言うことをこの人たちは理解しているのだろうか。
『じゃあね。麻衣ちゃん麻由ちゃん。それから柏木さん頑張ってね』
『ぴーザー……がッ、ガー…………』
「相変わらず雑な……」
わたしは頭を抱え、良子さんは疑問符をこちらへとぶつける。
「あの二人に何を頼んだの?」
「知りませんわよ。パスファインダーはわたし一人ではありませんし、だいたい時空震が間近になった今や過去に飛べてもこの時代には戻ってこれません」
今度こそ本気で頭が痛くなってきた。250年という悠久の年月と100光年の隔たり。とんでもなく遠大な距離を伝わってきた貴重な記録が――なんとグローバルでいて、なんとくだらない使われ方をされたのだろう。
けっきょく伝わったのは霧島で政府が検問をして待ち構えているということだけ。
『gsぢ……あっ。そうだ肝心なことを伝えるの忘れてた……768時流の未来に川村教授夫妻が……陀時裡……飛ば腑yれてe……罵詈婆裡……俄牙牙……zV……%##……d………g……』
「なに? 教授がどうしたの?」
確かに『川村教授夫妻』と聞こえた。『768時流の未来』が関与したことを示唆する気配を残してデータは途絶えた。
「ランちゃん今のところもう一度、流して」
『……768時流の未来に川無r教δ費リ妻が……陀時裡……』
「ん?」
さっきよりもデータが劣化していた。今度は『川村教授』と聞こえるか聞こえないか、ギリギリの明瞭さだ。
「気のせいかな……」
良子さんには聞き取れなかったようだが、コミュニケーターがインプラントされたわたしは、現代組より聴力が優れている。
コミュニケーター。そうか。直感で分かった。
わたしは思考波を放出させる。
(ランさん。今のデータ劣化はあなたの仕業ですね)
数秒の沈黙の後、渋々感満載でわたしの脳裏に返事が来た。
(川村教授夫妻については、時間規則により情報規制が敷かれています)
胸に突き刺さる答えだった。
(どういう意味? 麻衣さんたちのご両親は生きてるの?)
(……………………)
(ちょ、ちょっとランさん、答えなさい!)
亜空間クローラーは何も答えず、自ら光速回線ケーブルを引き抜いて受信装置からボディを離すと、ぐるっと旋回して良子さんの後ろに回った。
それはまるでわたしから逃れようとするかのような行動だった。
(逃げる気ですかランさん! 答えなさい)
(日高さんはワタシよりも下層のリーパーです。あなたの命令に従う義務はありません。亜空間クローラーはあなたよりも高次の存在です。間違ったアルゴリズムは排除されるべきです)
(わたしが間違っていると言いたいの?)
何度尋ねてもランさんはそれっきりコミュニケーターには反応してくれなかった。これはある意味優秀なリーパーであるかもしれない。人の情に流されて漏らしてはいけない未来の情報を吐露するおろかなリーパーよりもずっと優れている。
どちらにしてもこの先、ごく近い将来、何かが起きる。それだけは確実だ。その時がくればきっと何もかも解けるはず。それを待つことにして、とりあえずわたしは良子さんの行動に従うべきと判断して、彼女の様子を窺うことにした。
良子さんは、さっきからランさんと睨みあったまま、じっと思考を巡らせていた。
腕を組み、長い指を顎に当てて考え込んでおり、やがて――。
「霧島経由で桜島へ行くのは中止ね。別ルートにするわ。それと512時流のオヤジはあなたに任せるからね」
上半身をわたしに捻らせて、そう言った。
「オヤジって…………」




