ビートルジュースプロジェクト
『ゲートシステムが侵入許可を出しました。いつでも入れますよ』
やけに明るいランちゃんの声が機内を渡った。まるで遊園地へ向かう日の朝みたいな声さ。
「いいわよ。入ってくれる」
それに応える柏木さんの声も明るい。ま、こちらは毎度のことなので特別なことはない。
開いたゲートから、建物まで延びるアスファルトの坂道が白いカーペットのように見えた。その上をゴトゴトと登りにくそうにアストライヤーが進んで行く。
「舗装路には無限軌道は向かないでござるな」
「だな。悪路には無敵だけど、こればっかりは仕方が無いな」
「まことじゃ」
犯罪者とそれを捕らえる側が交わしたとは思えない泰平な会話を聞きながら、建物の直前でアストライヤーが停車。走行モーターが完全停止するのを待って柏木さんが立ち上がった。
「さて……と。麻衣と麻由は出発の準備をしてくれる? 他の人は耐熱スーツに着替えて外に出る用意をして」
「っしゃー!」
双子の姉妹は元気いっぱい。我先に後部デッキへ走る姿からは一昨日の死にそうな気配が微塵も感じられない。
「麻由そっち引っ張って」
「うん。そっとね」
開け放たれた食堂のドア越しに二人の様子が見える。以前から俺も気になっていたが、後部格納庫の隅に置かれた銀シートの塊を引っ張り出そうとしている。
「どれ。俺も手伝ってやるか……」
「修一くん。ちょっと待って」
何が出てくるのか気になるので、格納庫へと歩みだそうとした俺の足を引き留めたのは柏木さんで。
「悪いんだけどさ、操縦席へ行ってランちゃんのメインユニット持ってきてくれる?」
「マジで!?」
どくんと鼓動が刎ねた。
ちゅうことは、麻衣と麻由が後部格納庫で今まさに外そうと奮闘するあの銀シートは……。
加えて。
ランちゃんのメインユニットをアストライヤーから抜くということは……。
小躍りしそうになる体を抑えつつ操縦席へ飛んで行くと、俺は床に付いた取っ手を引っ張って天板を開けた。そして中に鎮座する銀白色の金属ケース、ランちゃんのメインユニットを確認した。なんだか久しぶりだ。興奮した気分で天井に声を掛ける。
「ランちゃん、このまま抜いていいのか?」
『活線抜挿可能よ。でも久しぶりね、修一』
もう説明の必要はないよな。あの銀シートに包まれた物体は三輪バギーなのだ。
アストライアーから抜き去ったメインユニットを抱きしめ、俺は後部デッキで待つ麻衣たちの前へ飛んで行くと、急いで所定位置に差し込んだ。
すぐに小さな起動音が上がり、やがて甲高くなる。動き出すまで待ちきれない。ひどく高揚するのがはっきり感じ取れた。
「きゅーっ」
蛇腹状になった首をモーター音とともに持ち上げると、ランちゃんは2個のレンズが入った楕円形の頭を俺の手の甲にこすり付けてきた。その可愛い仕草に思わずしゃがみこんで優しく抱き寄せて頬っぺたを近づける。
「ランちゃん!」
懐かしい光景に感激して涙が噴き出しそうになったが、麻衣と麻由がそばで見守っていることに気付いて、俺は瞬きを繰り返して誤魔化した。
しばらく会えなかった家族同然のペットと再会を果たした、そんな感激に浸るが、目の前にあるのは小型の三輪式のモーターバギーさ。それに向かって叫ぶ。
「久しぶりだな、ランちゃん」
ニヤニヤしながら麻衣が問う。
「どう? いまでもランちゃんを機械って言える?」
まるで俺を試すような言い方をするので、強く言い返した。
「誰だ、そんな鬼みたいなことを言う血も涙もないヤツは!」
「――アホ」
麻衣と麻由から受ける冷ややかな視線を苦笑いで受け流し、俺は素直に謝辞。
「あの頃はただの運搬用のバギーだと思ってたしさ………つまりなんだ……ゴメン」
真剣に頭を下げざるを得ない。当時と今ではランちゃんに対する態度がまるで正反対さ。今なら自分の身内ではないかと思えるほどだ。
思うほど広くない荷台を背後にくっ付けた三輪バギー。
巨大ななりをしたアストライアーをを制御して、熊本からここ宮崎の青井岳まで俺たちを運んでくれたのだが、やっぱりランちゃんと言えば三輪バギーだな。この姿が最も似合う。ガーデンの中でいろいろ怖い目にあった俺たちを影でサポートしてくれ、ちょこまかと動き回るバギーがランちゃんらしいのだ。
「今日はランさんもご一緒するんですね」とミウ。
その声はやはり俺と同じで楽しげで明るい。
「ミウもようやくランちゃんのすごさを認識したみたいやね」
「言葉では言い表せませんわ。この人はわたしの……」
途中で言いかけたセリフを飲み込んだミウの真正面へ、ランちゃんはザザザと長い首を伸ばしてレンズの入った頭をミウへ向けた。
何か言いたげにじっと赤いレーザーポインタの輝線を銀の前髪に当てられたミウは、慌てて言い繕った。
「あ……いや失礼。何でもありません。ではランさん、今回もお手伝いお願いします」
ミウがランちゃんに頭を下げるなど、前代未聞の光景を目撃して俺は嬉しさを隠しきれなかった。
やはりミウも変わったんだ。俺もそうだが、ランちゃんと関わった者は必ず大きく影響を受ける。こんな小さな金属に収められたメインユニット。無機質な物体なのに彼女――そう女性と見ていいのさ。ランちゃんの挙動はなぜか心の奥に深く沁み込んでくるんだ。
ランちゃんは頭を前後に振ってミウに返事を済ますと、久しぶりの躍動感を楽しむかのようにゴムタイヤを派手に鳴らして後部デッキの中を走り回った。
「小回りが利くから楽しいのよね」
柏木さんは慈愛に満ちた微笑みをそれへと注ぐと、ふありと白衣を翻えして後ろの連中へ尋ねる。
「興味の無い人は残ってくれてていいわよ。でもガウさんだけは必要なの。いいでしょ? 日高さん」
まるで便利な道具扱いだが、当の本人は何も感じてないようで、少し赤らめたスキンヘッドをテラテラさせて、ミウの返事を待つ姿は従順な大型犬のよう。
「わたしもビートルジュースプロジェクトには興味があります。あなたも早く準備なさい」
ミウは片眉を吊り上げてガウロパを睨んだ。
「ははっ! では失礼して。さあ行くぞ、イウ。急ぐんじゃ!」
まるで巨岩が転がるようにして階下のタラップのある昇降口へ消えた。
「なんでいつもあのバカとペアで動かなきゃならねえんだ」
「それがついているあいだは我慢するのですね」
と、ミウが指差す先はイウの足首。犯罪者の逃走を阻止する器具。単刀直入言えばガウロパから50メートル以上距離が空くと爆発する物騒な物さ。
イウはチラリと自分の足下を一瞥すると、負け惜しみ色の強い言葉を吐いた。
「へっ! オレもプロジェクトに興味があるから行くんだ。こいつに縛られてるからじゃねえぜ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
柏木さんに気に入らたスキンヘッドのオヤジはとんでもなく張り切っており、太めの木の枝を削って槍を作ると二酸化炭素の詰まった空へ掲げて胸を張った。
「出立じゃ――っ!」
その姿を力の抜けた気分で見上げる。
ショットガンを握った麻衣と麻由が控えているのに、見るからに原始的な武器で誰を守ろうとするのか。だいたいお前はミウの護衛が本職じゃなかったのかよ。と言ってやりたい。
そのミウは観測所の建物に向かって背筋を伸ばしていた。
「あー。アスファルトの上って歩きやすいものですわね」
心からこぼれ出た感想だろう。俺も同感さ。糸状菌のカーペットもジャングルの茂みも人間の歩くところじゃない、と強く思った。
ガウロパは自分で引き裂いた耐熱スーツの足下から冷気を無駄に漏らし、しかも裸足。それでも平気で歩き回り、その後ろでイウは感慨深く振り返る。
「こんなとこを登って来たのか……」
一本の荒れた砂利道がジャングルの海岸からここまで登っており、その頂上を切り開いた広場にアストライアーが停車。そこから約百メートルを白いアスファルトで繋ぐその向こう、誰も住まなくなった日本列島の南の端っこだ。警備する必要がないので、周りに塀の一つもないが、そこには天体観測所らしいドーム型の建物を屋上に設置したビルがあった。
いつの間にか俺たちはガウロパを先頭に一列になっていた。べつに整列する理由はないのだが、ケミカルガーデンやジャングルでのクセがこういう場面で出るのか、自然と縦一列に並んでしまう。
その行列を崩したのがランちゃんだ。いつものようにあっちへぴゅーっと飛んで行ったかと思うと、今度はぜんぜん関係のない場所へ移動して、しばらく遠くを眺めたり、振り返ったり。その行動を呆れて見るというのも甲楼園浜のケミカルガーデン以来だ。
「なんか長い夢を見てたみたいだ」
遠くに思いを馳せるのは仕方がない。甲楼園浜のケミカルガーデンでミウを保護し、その後にガウロパたちと出会って、気付くと九州の南の果てだ。
ブラックビーストの群れに囲まれて死ぬほどの恐怖を味わったり、ミューティノイドの夏眠場所を発見したり、二度も襲われたグランドワームの巨大なボディ。そして忘れもしないハチ毒に倒れた麻衣の青白い顔……。
「きゅーっ」
ここにたどり着くまでの出来事を回願する俺の前を三輪バギーがパワフルに駆け抜けて行った。悪路走行用の太いタイヤを勢いよく回転させて、先頭を行くガウロパを追い越してその前に出た。そして金属製の大きな扉の前で止まると、180度ターンをして俺たちが近づくのをまさに首を長くして待っていた。
「それじゃぁ。開けてくれる」
柏木さんの声に反応したランちゃんは、その場で器用にタイヤを転がして旋回。前を向くと一階と二階のあいだにある乳白色の球体に赤いレーザーの輝線を当てて、ぶるっと振るわせた。同時に金属の乾いた音がして扉が半開きになった。
「しかし……」と俺は想起する。
麻衣たちの両親はいくつの研究所を所持するのだろう。大阪変異体研究所しかり、麻衣たちが住居にしている屋敷も元は研究所だし、山向こうにもあった。それからここは天体観測所まで兼ねた施設だし、ここまで俺たちを運んできたアストライヤーだって元はご両親の持ち物だ。
「お前んちって大金持ちだな?」
「ウチらが貧乏なのはあんた知ってるやろ?」
心の底から出た疑問を麻衣は平然と否定。
「ほんとはどこかにがっぽり隠してんじゃないの?」
訝しげに漏らした俺へと、麻由が厳しい目つきで答えた。
「あたしたちはお金持ちじゃないよ。お父さんは研究成果の報酬をすべて、みんなが使う施設につぎ込んでるのよ」
「そっよ。私たちのお給料も教授の持つパテントや、メーカーから貰う特許使用料でまかなってるの」
口を挟んできた柏木さんの言葉も現実味を帯びていた。
「すっげぇな。お金じゃないんだ」
「当たり前じゃない。私たちは研究者なのよ」
だよな……。
柏木さんの毅然と漏らした言葉は超納得だった。普通なら絶対に断念するであろうあの亀裂をアストライアーで越えてきたり、この建物だって両親の研究にかける情熱が伝わって来そうだ。
「やっぱ変異体の研究に夢を託してたんだろうな」
建物を仰ぎ見る俺の口から自然とそんな言葉が漏れた。
ところが柏木さんは意外なことを言う。
「研究はもちろんだけど。教授は麻衣と麻由の成長をもっとも大切に見守ってきたのよ」
「それはランさんをそばに置いたことで察しがつきます。きっと何か重要なことがあったのです」
意味ありげなことを言いだしたミウの真横にランちゃんが素早く寄り添うと、後部の荷台にミウを無理やり乗せて列の先頭へ連れ去った。
「な、なんやの?」
「なんか変なこと言ったのかな?」
悲鳴をあげて連れ去られたミウを、麻衣と麻由は驚きにまみれる目で眺めたが、俺は深く息を飲んだ。
ミウの発言は微妙な意味合いが込められていたのだ。でもそのことに気付かないのはこの双子だけ。反対に変な汗が背筋を滴らせたのは俺だけではないはずだ。ミウの指摘はみんなの心中をえぐった。そう、ご両親がランちゃんをそばに置いたり、執拗にサバイバル術を身につけさせた理由はなんだったのか……。
まあ、いずれ結論が出る日が来る。
外気温が50℃を越えようかとしてるのに、無人の天体観測所の内部はヒンヤリとしており、暗闇と静寂に包まれた広いロビーに足音だけが不気味に響いていた。
「真っ暗やな」
「壊れてるのかな」
不安げな眼差しで死んだように静まり返る機器類を見渡す双子の姉妹へ、柏木さんは半笑いで言う。
「電気が止まってるから動かないだけよ。今から再起動させるから、あなたたちは修一くんと一緒に電源室へ行って発電機を動かしてきてちょうだい」
機械操作で頼られるのは嬉しいことなのだが、
「俺、電源室ってどこか知りませんよ。それと起動できるかどうか……」
「心配ないわよ。宝来峡の研究所と同じタイプだから修一くんでもできるわ」
「原子力発電のヤツっすか?」
「そ。もうちょい大型だけど操作は同じ……ランちゃん三人を案内してくれる」
三輪バギーは心安く首肯すると俺たちの前へ進み出た。
「それと麻衣と麻由はご両親の研究室を覗いてきたらいいわ。すぐそばに教授のプレートが嵌められた部屋があるから。鍵はこれっ!」
白衣のポケットからぽいっと投げられた金属製のキーを麻衣が片手で受け取り、麻由がランちゃんに訊く。
「じゃあ。発電室案内してくれる?」
この流れるような無駄のない連携は双子ならではだろうな。
三輪バギーはひとうなずきしてすぐにツルツルの床の上をゴムタイヤの軋む音も軽やかに進んで行く。両開きの扉をボディーで押し開けて通路へ出て右に折れた。
天井近くまで積み上げられた複雑そうな装置の間を俺たちは物珍しげにキョロつきながら進む。一つとして見たことのある機械は無い。それがしんと静止する姿は少々不気味でもある。
扉を開けて首を突き出すと、ランちゃんは奥の曲がり角で止まってこちらに体を向けて待っていた。
そんな動きを数度繰り返して、電源室と書かれたプレートの掛かる部屋の前に着いた。
金属製の扉には鍵はかかっておらず、押し開ける俺の背後で麻衣は待ちきれない様子で伝えてきた。
「ウチらはお父さんとお母さんの部屋に行ってるから」
「おう。いいぜ。こっちは任せとけばいい」
それから少しの間を空けて麻衣が付け足した。
「そっちが済んだら、修一もおいで」
「えっ、いいの?」
雷に打たれたような気分と言えば大げさかもしれないが、少しならずもビビった。麻衣と麻由の大切な物が詰まった部屋に誘われたのだ。
麻衣は躊躇の無い様子で言いのける。
「ええよ。入っておいでよ。遠慮なんかいらんし」
「修一に遠慮されたらあたしたちもあんたの家に行きづらいもん」
屈託のない声をくれたのは麻由さ。
「じゃあ。後でな……」
心安く広げてくれた二人の気持ちに感謝を添えて、俺は手を挙げて発電室に入った。
すぐに、
『修一くん。発電室入った?』
耐熱スーツに付属の無線機から柏木さんの声がしたのでそれに応える。
「入りました。目の前に5台の原子力発電機が並んでます」
『どう? 起動のし方わかる?』
解るも解らないも。起動の順序が説明されたプラスチックのプレートが壁に張り付けられているし、蓬莱峡で俺が修理をしたタイプの大型版なだけで、なにも操作に息詰まる理由はない。
「心配ありません。以前と同じヤツです。これって高出力タイプですね。それが5機。すごくないですか?」
無線機からは明るい声が、
『まあね。一般家庭なら追加燃料無しで百年は使える代物よ』
と告げてから、
『でもここの機材をフル稼働したらブレーカーが落ちんのよ』
信じられないことを言って俺を驚かせてから、
『じゃあ。起動してちょうだい』
そんな大出力の発電機をフル活動させないといけない装置っていったいどんなものなだろう。俺は想像を超えた機材に驚きと期待を混ぜた高揚する気分で、5台ある原子力発電機の出力レバーを順に最大目盛りへ回していく。徐々にインジケーターのレベルが上昇。低い唸り音が甲高くなっていった。
しばらく様子を窺うが異常は認められず、運転が順調に始まったことを無線で柏木さんに知らせた後、俺は川村教授の研究室の扉を叩いた。
ある意味こちらのほうが俺にとっては最重要課題なのだ。ここにはいないにしろ、麻衣と麻由のご両親がいた部屋へお誘いを受けているのだからな。




