おない年の親子
一夜明けた。
ミウがぶっ放した摩訶不思議な、いや。意味不明の説明のおかげで寝不足ではあったが、
「なあ、あのナマズどないなったんやろな?」
「せっかく絞めたのにもったいないよね」
こちらは打って変わって元気を取り戻した麻衣と麻由だ。腕を組んで見守る俺の前で二人は屈託のない話をしていた。
「せやな。もったいないよな」
「そうよね。今から引き上げに行こうよ」
なんてことを言いだすから俺は口を挟む。
「おい。無茶言うな。おまえらは昨日死にそうだったんだぞ」
「でも、今日は元気や」
呆れたバカだな。
「だめだ。今日は俺が見張ってるからどこにも出さん」
「女子の寝室入って来てエラそうに。なに様やねん、あんた」
「何を言われようともここから出すなって柏木さんの命令なんだ」
「じゃあ、あたしだけで行って来るよ」とは麻由。血色の良い桜色に染めた頬が艶々しており、昨日の青白い顔がウソのようだ。
「スニッチカメラ飛ばしたらエエねん。ここからモニターできるし。指示も出せるやんか」
「だめだ!」
今にも飛び出そうとする麻由を引き留めた。
「お前も今日はおとなしくするの。ナマズはガウロパたちが取りに行ってる」
「ナマズを捌くのはあたしのほうが上手いよ」
「だめだって。それに麻衣とお前は一心同体だと分かったんだ」
「そりゃそうや。双子は生まれた時から一緒や。一心同体ちゅうても言い過ぎとちゃうよな」
「だよねー。あたしたちテレパシーできんのよ」
「そ……そうじゃなくて…………」
「なによ?」
二人は怪訝に俺を探ろうとした。マジいぞ、俺さま……たぶん顔に出てんだ。
「だから…………」
「だから?」
「だから……同罪だ」
「なによ、それ?」
「ウチらを犯罪者扱いすんのか? あんたとウチらの関係は隊長と下っ端やで。下っ端がなんでそんなにエラそうなん?」
「何を言ってもダメ。蜂毒のアレルギーは遅れて再発症することもあるってランちゃんが言ってたんだ」
「ぶぅー」
二人はそろって可愛らしい口を尖らせるが、ランちゃんの命令にはなぜか素直な二人だ。
「しゃあないな。麻由、武器の整備でもしよか」
「じっとできない奴らだな。もう少し寝てろよ。昨日の今日なんだぜ」
麻衣はおかしな物でも見るような好奇な視線で俺の顔をじっと見つめ、
「なんであんた今日は保護者目線なん?」
「ほんとね。なんだかお父さんみたい」
麻由にそう言われた途端、喉が引きつりそうになった。
昨日ミウが放った言葉が脳内を駆け巡って冷や汗が噴出。麻由と麻衣の関係が親子だと言う、とんでもない仮説だ。
「あれ? 動揺しとるで。昨日何かあったんか?」
この二人に悟られると説明のしようがない。とにかくすっとぼけるしかない。
「ば……バカなこと言うな! 昨日はお前ら二人が死にかけたんだ。それ以上のことがあってたまるか」
実際は過去と未来が繋がるというとてつもない現象が起きたのだが……。
麻衣の訝る気配は消えず、
「なんやおかしいな。年上や思ってエラそぶってるんか? あんた」
「威張ってなんかいないって。さあ、いいからちょっと寝ろよ」
「寝ろ寝ろってうっさいな。さっき起きて朝ごはんもらったとこや」
と言いのけた麻衣へ、
「あー分かったよ」
麻由は悪戯っぽい視線を俺に当てつつ、口元を麻衣に近づけた。
「あたしたちを寝かしつけて、女子の寝室を物色しようって魂胆ね」
「ば、バカなことを……」
「……ああ。なるほどな。そういうことか」
「な……何が言いたい?」
「この……スケベ」
完璧にこの二人は俺を弄んで楽しんでいる。でもちっとも腹が立たない。これでこそ二人が元に戻った証さ。俺は心の底から晴れ渡る気分に浸り笑顔が消せない。
「なんやこいつ? スケベって言われて笑ろてるデ。きしょくワル」
麻衣は少し驚いて見せ、麻由は首をかしげる。
「じゃあさ。初めて入った感想でも言ってみせてよ」
「そうだな……。意外とキレイにしてんだな」
麻衣と麻由は同時にくすっと笑い。
「ほんとはね……」
「なんだよ?」
「ほんとはもっと散らかってるの。でも修一が来るからって、ミウが掃除させたのよ」
「掃除させた? 誰に?」
「柏木さんに」
答える麻由に麻衣が半笑いで続ける。
「いつもなら修一の立つとこが無いぐらいに散らかってんねん。下着なんか脱ぎっぱなしや。ベッドの下覗いてみ、パンツの一枚ぐらい落ちてるんちゃうか?」
悲しい条件反射だった。俺は無意識に覗き込もうとした。
「「きゃはははははは」」
二人は腹を抱えて笑い、ベッドから垂らした両足をバタバタ振った。
「やめろ、埃が立つ」
「アホやこいつ。まんまとウチらの作戦に引っ掛かっとるで。やっぱりこいつ根っからのスケベなんや」
こいつこいつとうるさいな。
「くぅぅっ!」
悔しいぃぃ! 悔しいが言い返す言葉が浮かばない。
「そういうふうに言われたら、誰だって覗くだろ!」
腹立たしくて地団駄を踏んでいたら、入り口の扉が開いてミウがひょっこりと顔を出した。
「あら? なんだか楽しそうですわね」
「楽しくなんかあるかよ! からかわれてるんだぜ」
と、言い返す俺の前で双子がサッとかしこまり、ベッドの上で正座になって二人揃って頭を下げた。
「「ミウ。昨日はありがとう。だいたいのことは柏木さんに聞いたんやけど。あんたのおかげで薬が手に入ったんやってね。ほんまおおきに」」
二人は長い言葉を一字一句間違わずハモらせ、ミウは柔和な微笑みを浮かべて扉の縁をまたぐと、二歩ほど近づいて手の平を見せた。
「お礼は必要ありません。わたしは時間の流れに従ったまでです」
「でも、ようあのハゲ茶瓶、銃器屋のくせに薬を手に入れよったね」
「「え?」」
俺とミウが同時に見つめ合った。柏木さんはどういう説明をしたんだろ?
「たぶんあれよ。あのオジさん美人に弱いから、ほいほい薬局に走ったのよ」
麻由はいつもの口調で朗らかにそう言いってケラケラと笑い。麻衣も変わらない調子で賛同する。
「そうやろな。あのハゲオヤジの好みは外人さんやゆうとったからな。ミウがお気に入りなんやできっと」
どうやら柏木さんは二人に真実を告げなかったようだ。
それで正解だと思う。柏木さんが過去の自分と入れ替わって服部さんに命じて薬を調達したなど、誰も信じるはずがない。
「修一さん……」
ミウは俺の脇を突っつき、食堂に来いと目で合図を送ってきた。
「わたしは、ちょっとやりかけのことがありますので、では皆さん、もう少しお休みください。さっ、修一さん。レディの寝室に長居するなんて不謹慎ですわよ」
ミウは麻衣たちに軽く瞬きで会釈をすると、扉の外へと俺の袖を引っ張った。
「じゃ。お前らおとなしく寝てるんだぞ」
無理だとは思うが。
ミウに操られるように部屋から出ると、麻衣の捨て台詞みたいな声が聞こえた。
「銃器屋のハゲ親父も、修一とおんなじスケベやからな」
「うん。スケベ、スケベ」
背後から囃し立てる麻由の楽しげな声を耳にしながら、ミウの後を追って上階の食堂へと移動した。
「銃器屋とか、わたしと顔見知りとかって、どういうことですか?」
「お前がまだ意識がはっきりいないころに銃器屋へ寄ったことがあるんだ。覚えてるか?」
「ごめんなさい。記憶が曖昧で霧の中にいるようです」
ミウは銀髪のロングヘアーを振り、俺は慌てて謝罪する。
「わりぃ。お前が謝ることはないさ。ま、そこの親父さんのことを言ってるんだ。たぶん過去に戻って銃器屋の親父から薬を買った、とか柏木さんは説明したんだと思う」
「そうですか……」
ミウは腕を組んでうなずいた。
「時間項のややこしい話しをしても、双子にはさほど重要なことではないかも知れません。逆に根掘り葉掘り尋ねられても、いろいろ厄介な問題がありますし」
「たぶんな。俺だって頭が痛いさ。屋敷で電話をしてた柏木さんがこの時間の柏木さんだったなんて、未来と過去が入り乱れてんだぜ。意味不明だよな」
実は俺が憂鬱になる点はそこではない。ミウの仮説を聞いてあのイウが否定しないどころか肯定したことで、麻衣と麻由を見る目が変わってしまったのだ。
将来。いつだかは知らないが、麻衣と一緒になる伴侶が存在する。それが原因となり、その結果が麻由だ。未来組の言葉で言えばこれらが時間項になるらしい。
麻衣の将来を垣間見てしまった罪悪感と麻由の気配から麻衣の相手を探ろうとする自分の不甲斐の無さ。あいつらの前に立つとモロにそれが顔に出てしまう。さっきだってそれを必死で隠していたんだ。それを二人は悟ったのか執拗に俺をからかってきた。
(いったい、俺はどうしたらいいんだ……)
「修一さん。何かお飲み物でもお作りしましょうか?」
黙りこんだ俺の心情を察してか、ミウが語りかけてきた。
「悪いけど何んか頼む」
と返事して頭を上げる。そこへ甘い声音が落ちた。
『食料補充部隊が戻ります』
ランちゃんの物の言い方にさっと光が射した。
柏木さんを部隊長として、ガウロパとイウが歩兵となった不均一な割に妙に収まった三人の姿を思い浮かべる俺の頭の中に、いろいろと複雑な関係が他にもあることに気付かされた。イウがミウの兄貴だということを隠していること。未来組の置かれた不安定な立場。生死ではない存在そのものを揺るがす時空震が目の前に迫っていること。
急激に自分の思い悩む状況がちっぽけなものに見えた。
「ミウ。飲み物は帰って来た連中と一緒に飲もう。大勢のほうが楽しいだろ?」
何だか晴れ晴れした気分になった俺は、テーブルの上に置いてあったヘッドクーラーを鷲掴みすると、ミウと肩を並べて階下へ移動した。
アストライアーの乗降口からタラップを降りて外に出る。
飽和状態の湿度。50℃に迫る気温を抱えた大気が肌にまとわりつく目前には、太陽の光りを通さないぶ厚い雲が垂れ込むジャングルが広がっていた。
「相も変わらず外は地獄だな」
熱気による立ち眩みと、呼吸困難を併発しそうなカビ臭い空気がもたらす不快感が、ヘッドクーラーから放出された冷気でようやく払拭される頃、茂みの中から柏木さんがブッシュナイフを振り回して出てきた。
意外な姿を見て、少し驚いた風にミウが訊いた。
「良子さんも、その野蛮な武器を使えるんですの?」
ナイフを鞘に挿し込む動きが意外と様になっていた柏木さんは、俺たちに向かって楽しげに応える。
「当たり前じゃない。私も昔は調査隊に加わってたのよ。銃だって撃てるわ」
「それは失礼……」
ミウは口元をもにょもにゅさせて尋ね直す。
「連中は役に立ちましたか?」
その言葉には不安感が微塵も無かった。
そりゃそうだ。なにしろ護衛に回ったのはガウロパなのだ。野生の熊を素手で締め上げたバケモノなんだから。しかも時間警察の隊員なので銃も扱えるとミウに言われて、麻衣のショットガンを持たせている。
「なんだー?」
ジャングルの奥が大きくゆさゆさと揺れてこちらに何かが近づいてくる。猛獣かも知れないと思い体を強張らせるが、
「まさか。ガウさんよ」
目尻に笑みを溜めて、柏木さんはおかしな物の言いをする。
「あの人……猛獣以上よ。ワタシびっくりしちゃった」
よく意味が解らない説明だったが、ほどなくして茂みが大きく引き裂かれて、銃を肩に担いだイウが出てきた。その後ろから丸太みたいな肉塊を担いだガウロパが現れた。
「うわあ。なんだよそれ!」
俺は灰褐色でぬめりのある物体に目を見開き、ミウは悲鳴を上げる。
「きゃぁぁぁぁぁ」
遠くの山麓にまで届くような甲高い絶叫を残して、逆立てた銀髪をなびかせながらアストライアーのタラップを駆け上がった。
逃げまどうミウの姿を横目で睨みつつ、イウがジャングルの奥を指差して言う。
「昨日のナマズに、大ウナギが喰らいついてたんだ」
柏木さんも潤んだ目で首肯。
「そうなの。それがさ、ちょうど吊っていたナマズをくわえて水中に引き摺り込むところだったの。そしたらガウさんが……」
「銃を撃ったんすか?」
正当な理由なんだからべつに問題はない、と思う俺の前で柏木さんはゆるゆると首を振る。
「銃じゃなくて」
生唾を飲む俺の前でイウが力の抜けた返事をする。
「コイツ、電柱ほどもあるウナギの首を素手で締め上げたんだぜ。その時のウナギの顔が気の毒でさー」
隣で柏木さんも半笑いで肩をすくめる。
「す……素手っすか?」
こくりと、柏木さんは白皙の顎をうなずかせて言い足した。
「ビーストといい勝負するかもね……」
ガウロパはしゃあしゃあと語る。
「ブッシュナイフも預かっておったので、血抜きと絞めも済ましておいたでござるぞ。ついでに輪切りにして、ホレこのとおり」
ぐいっ、と電柱みたいなウナギの輪切りを自慢げに持ち上げて見せた。
肩には大ナマズのどこだか解らない部位と、輪切りにされた1メートルほどの円柱が数本、重みでたゆんで肩に載せられていた。
「全部を持ち帰れなかったので、もうひとっ走り行ってこようかと思うとる次第じゃ」
ガウロパの言葉が聞こえたのだろう。タラップの上から見下ろしていたミウの大声が轟いた。
「だめぇぇぇっ! そんな気持ち悪いものダメ! 持ってこないで!」
「でも、これで当分新鮮な魚料理ができるのよ」
と、のたまう柏木さんに、
「わ、わたしは! ぜぇ――ったいに、食べませんからぁぁぁぁぁぁ」
宮崎のジャングルにミウの叫びが響き渡った。
「こりゃぁ、グロテスクだもんな」
俺は苦笑いと共に、ガウロパの前で後部デッキを指差した。
「あそこの格納庫から入れ込めばすぐ横が冷凍庫だろ。そうすりゃミウの目にも入らないし、いいんじゃないか」
「おぉ。かたじけない。そうするか」
真ん中でぶつ切りにした電柱クラスの大ウナギを軽々と抱えて担ぎ上げると、ガウロパはアストライアーの後部へとドシドシと歩み、イウはそれを見つめて苦々しい表情を見せる。
「あのバカ、軽トラ並みの運搬能力してんだぜ。まじバケモンだな、ありゃ」
唖然として見つめる俺へ、そう言い残してイウも後を追った。
「あの人がいたら、私たちどこに行っても生きていけるわ。私が保証する」
柏木さんは褒めたのかどうだかわからない宣言をすると、俺の肩をポンと叩いて残りの言葉で締めくくった。
「ものすごく疲れるけどね」
いやいや、お互い様ですよ、と俺は腹の中で赤い舌を出した。
次回予告【青井岳天体観測所】
誰も住んでいない南九州にも天文台があります。しかもそこは川村教授の持ち物だと。となると貧乏だと豪語する麻衣と麻由のお父さんです。さてそこで何が待ち受けているのでしょうか。




