第十九話 街
三日目。
基本的な移動が全て徒歩である俺達は無事に何者にも見つからずに街へと辿り着いた。
規模は大きな街に比べてやはり小さく、しかし生活の基盤として確り機能する事は出来る程。建築方式も殆ど同一であり、基本的な街並みに変化らしい変化は見受けられなかった。
街の外に向かってトラックが行き交い、そこに住む者達の服装も貧相な物は目立たない。勿論一人も居ない訳では無いが、それでも貧富の差は比較的小さい方だろう。
俺の住んでいた街から此処に到着するまでの間は本当に僅かだ。にも関わらず人が多く居る場所が酷く懐かしく思え、不覚にも涙腺にきてしまった。
涙を流す前に袖で拭き取るも、真横に居る彩には気付かれてしまったのか微笑まれる。羞恥心が湧き起こるが、咳払いを一つして気を取り直した。
「やっぱり目立つな」
「そうですね。この子達は特徴的ですから」
互いに視線は下に。
これだけ多くの人を見るのは初めてなのだ。ワシズもシミズも好奇心を抑えきれずに周囲に視線を彷徨わせている。
そんな彼女達に無数の視線が向くのも当然。何せ人間にしては明らかに美に傾き過ぎている。ロリコンでない者ですらロリコンに落とせる力を持っていると個人的に思っているからこそ、こうなるのは解り切っている事だ。
ただ、そこに彩本人が含まれていない筈も無く。本人はまだあまり自覚していないだろうが、彩にも無数の目が向けられているのも確かだ。
割合的に中高生が多いのは、やはり異性的な感情が働いているからなのか。
ナンパ師ならば声を掛けずにはいられないと内心理解してしまうからこそ、そんな彩の様子に更なる自覚を促す目的でお前も注目の的だぞとだけ送った。
途端にえ、と言葉を向ける彼女を無視して子供組を引き連れながら店を探す。何があるか不明なままなので先ず最初に探すのはショッピングモールだ。
「あ、あの、離れるのはよろしくないかと……」
「ん、そうだな。全員近くに居るようにしろよ」
教えて、漸く彼女は周りの目が自分にも向けられていると認識したようだ。
恥ずかしそうに話した言葉に俺も納得し、まるで本当の家族のような距離で互いに周囲を気にする形を取った。
その際に彩からは頻繁に接触が多くなったものだが、一々気にするのは男として情けないので照れるのは内心に留めておく。
問題なのは俺に向かう嫉妬の眼差しだ。俺自身が一番年上だとは言え、まだ二十代であるのは事実。
綺麗所が三人傍に居る状態は男として羨ましいだろうし、そんな奴を嫉妬するのは自然だ。極めて若い者達から俺より遥かに年上の男などなど、睨まれてしまうのは致し方ないことではあった。
彼等の思う事は俺だって納得出来ることだ。デウスは広告塔の役割を果たす事もあるので綺麗であったり可愛いかったりするのだから、そんな美人達が一人の男の傍に居るのは苛立ちもするだろう。
言ってしまえばハーレムだ。俺を含めたデウスの誰もがその認識をしていないが、周囲が勝手にそう判断するのも甘んじて飲み込むべきなのである。
努めて無視を決め込み、俺達は街中を歩く。規模が大きくない為に何があるかは案内板が簡単に教えてくれ、それに従って進むだけであっさり辿り着いた。
五階建てのその施設は、他のどの施設よりも巨大だ。コンビニのように二十四時間の稼働はしていないものの、それでも品揃えは此方の方が圧倒的に多いだろう。
「おっきい……」
「うん。ジャンプして一番上に届くかな……」
子供組の感想は非常に微笑ましいものだ。和やかな気分を感じてしまい、思わず口角も緩んでしまう。
外観は他の街でもそうだったが、大きな施設は金に余裕があるのか比較的綺麗だ。勿論五年前であればクレームの十や二十は吐かれる程度の清潔さであるものの、それでも今の価値観で言えば十分である。
ほんの少し顔をショッピングモールから逸らせば、隣の家々には土がこびり付いていた。他に目を向ければ壊れたガラスそのままに営業をしている店も存在するし、誰もそれについて疑問を抱かない。
どれだけ平和に向かって領地の拡大が進んだとしても、今だ民衆の平均所得は平和だった頃には届いていない証拠だ。俺だって住んでいた場所はワンルームであの場所の家賃は四万という有り得なさだった。
未だ世の中は節約の時代だ。だから多少の損壊には目を瞑るし、本当に必要な箇所だけは清掃する。
そんな事を思いつつ、俺達は必要な物を相談しつつ中に入っていく。所持金は正直安心出来る範囲にはまったく届いていないが、かといってそれで何かを妥協はしたくない。
幸いにして食品は良い具合に集まっている。なので見るだけ見て、本当に必要そうな物以外は無視しても構わない。
必要なのはデウス組だ。特に子供達の髪は何とかしなければなるまい。
切るにせよ縛るにせよ、俺はどちらもそれを持ってはいないのである。優先順位を低めに設定していたからこそ起きた結果だ。
「百均が生きてればなぁ、大分出費も抑えられたんだが」
「百均、ですか?」
「大体の商品が約百円で買える店のことだ。まぁ、一部は百円以上だったけどな。それでも安かったのは確かだ」
「成程……」
並ぶ飲み物は三百クラスで約五百円。冷凍食品は千円に届きそうな値段に溜息も吐きたくなる。
今までは抑えればそれで良かったが、これからはそうはいかない。買えるうちに買っておかなければ道中で餓死の可能性も捨てきれない。
食料問題は完全に俺だけなので基本的に他の者達はあまり興味を示す様子は無いが、俺も俺でそこまで食料について拘りがある訳でもないので選ぶ必要性は皆無だ。
安くて長期間の保存が効いて、かつ多少は美味しければそれでいい。この時点で我儘も我儘なのは自覚しているし、なので俺は缶詰の棚を見ていた。
肉や刺身の部類は軒並み高価で賞味期限も短い。買ったところで腐らせるだけだからと缶詰を眺めるも、やはりこれは欲しいと思える物は置いていなかった。
「ま、解ってた事だ。次に行こう」
階段を上がり、洋服売り場へ。
服を買う対象は子供組だ。一つだけしか服が無いのは流石に不味いと判断して、最低でも一つずつは購入する予定だ。加えて髪を縛るゴムか切るハサミも買わねばならないが、ハサミに関しては完全に専門技術である。
俺にヘアスタイリストではないのでやるとしたらゴム一択だろう。かといってそのまま伸び続けるのならば切らねばならないが。
「そこら辺はどうなんだ?」
「基本的に自然に伸びる事は無いですね。そのような事が起きたデウスは今まで見ていませんし、私も生まれた時からこのままですよ」
「となるとゴム一択か?……いやでも、この長さだとなぁ」
「少々長過ぎますし、ゴムで縛ったとしてもまだ大分長いかと。多少は切らないと戦闘にも支障が出ますよ」
彼女の言葉は全て事実だ。とくれば、ハサミも買っておこう。
ゴムに関しては彩の感性で選んでくれないかと尋ねてみるも、彼女自身この手の店が初めてな所為でどれが常識的かは解らないらしい。かといって子供達に選ばせようにも彼女達自身今の姿に違和感を抱いていない。
結局全部俺が選ばなければならないのかと慣れぬ事に精神を消費しつつ、無難に白と黒のシンプルなゴムを選択した。
お値段にして約千円。完全に五年前ならぼったくりの範囲だ。
その上で服も買う。基本は同じ物になってしまうのは俺のセンスの無さ故の回避策だ。今ばかりは彼女達が今時の女性の精神をしていなくて良かったと思いながら、デザインの近い服を購入。
レジで表示された値段については思い出したくもない。
あまりに俺の顔面が蒼白だったのか彩に酷く心配された程だ。必要経費とはいえ、一回の買い物で万単位の消耗は俺の精神に非常に大きなダメージを与えた。
食費が少しでも安くなったのは本当に感謝である。これで食費も含めたら涙ものだ。
気分の悪さを感じながら他に買う物を買い、さっさと下に降りる。子供達には事前に試着室で服を着替えてもらい、脱いだ衣服は購入した時の袋に纏めて入れた。
そうそう何度も街に行けるとも限らないし、やれる事はやっておくべきだ。
コインランドリーがこのショッピングモールに設置されていたのは有難い事である。彩の服ごと纏めて洗濯に投げ込み、俺達は束の間の休憩へと近くの椅子に座り込む。
「あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。まだ二万無くなった程度さ。これから節約していけば十分取り返せる」
主に俺の方を削れば万単位の金の消費は避けられる。可能な限り彼女達に辛い経験をさせない為にも男である俺が可能な限り肩代わりするのだ。
そう思う俺を他所に、彩は暗い表情を急に浮かべ始める。俺の服の袖を掴む様は先程も見たが、顔の暗さと相俟ってさっきよりも深刻度は増していた。
「あまり無理はしないでください。私達は厳しい環境でも戦えるように生まれた兵器です。服の汚れなんて何てこともありませんし、必要ならば軍から物品を強奪することだって……」
彼女の言葉からは此方に対する多大な心配の念がある。ワシズとシミズも彩の様子から少なくともただ事ではない気配を感じたのだろう。何処か固い顔をしながら彼女を見つめ、場合によっては何かをしでかしそうだった。
何を馬鹿な事を考えているのだろうか。そもそも俺から巻き込まれに行ったようなものなのに、彼女が心配するのはお門違いというものだ。
確かに彼女は俺に対して過剰と言える程構うものだが、それは命の危険に直結するから構っているのだ。
これは明確に生命の危機には繋がらない。勿論長期化すればその限りではないものの、二万を取り戻す為にする我慢なんて精々一月も要らない程度である。
だから心配する必要なんて何処にも無いのだと言おうとして――――
「失礼。少しよろしいですかな?」
――――あまりに唐突に、俺達に向かって声を掛ける者が来た。
よろしければ評価お願いします。




