終章・歌聖、外ヶ浜の風情を詠むの事
冬の荒波立つ陸奥の海岸を一人の老人が歩いて行く。かつて「京極中納言」と呼ばれ、その才能を世に轟かせた歌聖、藤原定家は、今はもう既に公職からは退き、明静入道と名を変えて仏門に入り、一人全国行脚の旅を続けていた。
栄耀栄華を極めた平家は遥か遠き昔に滅亡し、平家を倒し武家の政権を打ち立てた征夷大将軍源頼朝公も既に亡く、その妻であり尼将軍と呼ばれ影の権勢を誇った安養院政子も先年卒去し、執権の権威は早くも陰りを見せ始め、西国では蒙古・高句麗と呼ばれた大陸の外敵が我が国の領土を脅かし始めているという。
かつて勅撰歌人としてその歌才を本朝の隅々にまで響かせた定家であったが、宮中における煌びやかでみやびな光景も、その中で繰り広げられていた血みどろの権力闘争の歴史も、今の彼にはもはや遠き無常の塵芥の一片でしか無かった。
老体を押して全国を流れ流れて、定家こと明静上人はここ陸奥の遥か果てまで辿り着いた。「外ヶ浜」と呼ばれたこの海岸線一帯はその名の通り「世界の果て」である。その先にあるのは「鬼界ヶ島」と呼ばれる異界しかない。そこに住まう者が如何なる者か知れないが、それもこの老人にとっては無常の世の一欠片にしか映らなかった。
定家はこの地の記憶に想いを馳せる。遠き昔、この土地に住む豪族たちは莫大な金銀財宝の力でもって中央の意に従わず暴虐の限りを尽くしたという。そんな彼らを今から百五十年の昔、河内源氏の棟梁である鎮守府将軍源頼義公・その子八幡太郎義家公が二代に渡って征討し、その地盤を継いだ奥州藤原氏三代もまた有り余る黄金の力でもって栄華を極めたという。
定家は、このような地の果てで、地方の一豪族にすぎなかった彼らがなぜ中央を脅かすほどの財力を溜め込むことができたのかそれが不思議でならなかった。よほど豊かな金脈を保有していたのか、それともこの世ならざる魔導の力でもって金銀財宝でも生み出したか……定家はそんなやくたいもない事を思い浮かべて自ら笑い飛ばした。
とはいえこの寒風である、いかな俗世を捨てた身とてもこの寒さは堪える。定家はひとまず風をしのぐために間近にあった破れ寺に身を寄せた。
中に入ると、寺かと思っていたその建物は神社のようであった。かつて、坂上田村麻呂公が東征の際にこの地に寄宿したとか、九郎判官義経公がここから「鬼界ヶ島」へ渡って落ち延びたなどと言ったもっともらしい社伝が書かれた書板が申し訳程度に掲げられているが、手入れをする者もいないのか荒れ放題の境内はそこかしこに穴が空き、落ちかけた屋根から今にも瓦が雪崩を起こしそうに風に煽られてカタカタと音を立てている。
その本堂の奥、おそらく御神体が祀ってあったであろう最奥に、何か小さな坐像らしきものがポツンと置かれているのを定家は見た。その鉄らしき金属で鋳造された仏像は、さて仏像にしてはまたおかしな姿勢をしているものよ、と定家が思うほどには見慣れぬ造形をしていた。長い間風雨にさらされたせいか、赤錆の浮いた全身からは元がどのようなお姿であったのかも見分けがつかぬほどであったが、老人はこの赤錆が一瞬血糊の跡のように見え、思わず視線を逸らしてしまった。改めてよく見てみればやはりただの赤錆であったが、定家はどことなく近寄り難い何かを感じ、それ以上その坐像に近づく事も目を合わせることもしなかった。
振り向いて本堂を背にした瞬間、後ろから
(モット、モット……)
と誰かが囁くような声が聞こえた気もしたが、定家は振り向くことなく社を後にした。
寒風はまだ収まらず、海鳥たちも風に煽られてくぐもった鳴き声を悲しげに歌わせている。定家は海風に逆らって飛ぶつがいの鳥に声をかける。人も無く、鬼も無く、ただこの地には定家とその二羽の鳥だけが存在している。
「鳥よ、鳥よ。親はいるのか、子はいるか。早よ、早よ帰りませい、親の元へ、子の元へ。鳥よ、鳥よ……」
健気に風に逆らって飛ぶ鳥たちに定家はなおも話し続けた。やがてその音も消え、鳥たちも消え、ついには身も凍らせる寒風も姿を消した。
「ふふ、何もない、何もないのう……」
定家は何を悟ったか、穏やかな顔を上げて曇天に射した一条の光を目で追った後、そばに立っていた老松の幹におもむろに筆を立てて何かを書き記し、そのまま歌聖は去って行った。再び寒風が老松を揺らす。その幹には定家のしたためた歌が一首残されているだけだった。
みちのくの 外ヶ浜なる 呼子鳥 鳴くなる声は うとうやすかた
歌聖の去った海岸には、彼が刻んだ足跡だけが残されていた。
鬼狩り紅蓮隊〜七星天翔〜 完




