大団円・鬼狩り紅蓮隊、都に帰るの事(その二)
「んが……」
ようやく金平が昼寝から目を覚ました。だらしなく開いた大口のよだれを拭くと、大あくびを一つかます。
「ぐはー、良く寝た。ん?お前今誰かと話してなかったか?」
「いいえ……」
「ふーん。まあいいや。んじゃ、行くか」
と何事も無かったように下山の準備を始めた。頼義はそんな彼の姿を呆れたように笑う。
「なんだよ気持ち悪いなあ。人の顔見て笑うんじゃねえよ」
彼女に笑われて金平はなんとなくバツが悪くなって話題を変えようとする。
「……ところでよ、結局俺たちが倒したのは『平忠常』だったのか?それとも『平良門』の方だったのか?」
「さあ、果たしてどちらだったのか。そもそも、どちらがどちらであったかなどは、意味のない事だったのかもしれません」
「あん?どう言う意味だ?」
「……滝夜叉姫は光圀どのの奥方の中に転生し、その身体を使っていくうちに自分の記憶が、その思いが果たして滝夜叉姫自身のものなのか、それとも取り憑かれたお小夜どののものなのかわからなくなっていた。もしかしたら、そのどちらでもなく、どちらでもあったのかもしれない」
「はーん、一緒に一つの身体を使ってるうちに魂までゴッチャになっちまったってか?」
「そういう事。『彼』もまた自分の記憶が『良門』のものなのか『忠常』のものであるのかわからなくなっていたのでしょう。あるいは自分が『良門』と思い込んで本体である『忠常』が話していたり、逆に分身である『良門』の方が自分を『忠常』だと思い込んでいたり……」
「……焼け跡に死体が残ってたんだろ?『鬼』だったら死体なんざ残らねえよなあ。理屈は知らんがアイツらは死ぬと真っ黒な炭の粉になる」
「ええ。だからつまりあの死体は……人間だったって事。では今下総で療養している『彼』は『誰』?……という事に」
「…………」
「よしましょう。『彼』が何者であれ、これ以上事を大きくしないのであれば今我らが手を出すいわれもないでしょう」
「もし、またあの野郎が良からぬ事を企んだなら?」
「言うまでもありません。斬ります」
事もなげにそう言って莞爾と笑う彼女に、金平は頼もしくも背筋の寒くなる思いを感じた。
「あとは『鉄妙見』か……うまく見つけられりゃあいいが、もう一度アレを探すとなるとコトだぞ。ったく、あの羊のジジイもロクなことしてくれねえよなあ。あんなものを作ってまで黄金が欲しかったのかねえ」
金平は死んだ渡来人の長である羊太夫の皺くちゃになった顔を思い出して毒づいた。
「……彼は、願ったのでしょう、遠い自分の故郷である王国の再興を。どこであっても、どのような形でもいい、かつて祖先が築いた繁栄の都市を、この地上のどこかに築こうと。どのような手段を用いてでももう一度と」
「へっ、それで最期があのザマじゃあ野望もクソもねえな。長生きした分だけ哀れなもんだ。最後の最後まで『アレは儂のもんだ』って喚き散らしながらおっ死んじまいやがって、救われねえ」
「そうね……ただ、彼は知らなかったのよ」
「何をだ?」
「彼らの一族、『ハッティ』と呼ばれた人々は自分たちの王国が滅んだあと、長い……本当に長い年月をかけて少しずつ少しずつ世界に散らばって行った。それこそ何千年という時間をかけて」
「おう」
「その中にはね、羊太夫の多胡氏たちよりも先にこの国に辿り着いた人たちもいたのよ。彼らもまたこの地の人々に機織りを教え、牧畜を教え、製鉄を教えてこの国の発展に貢献したの。そして彼らはその功績によって朝廷より『氏名』を与えられたわ」
「氏名を?」
「そう……『秦』という氏名をね」
「はあ!?なんだと!?」
話半分に聞いていた金平はその名を聞いて急に真顔になった。顎が外れんばかりに大口を開け、目を見開いて驚いている。
「秦って……あの『秦氏』ってことかあ!?」
「そう」
「……マジか……」
金平は絶句するのも無理はない。秦氏はこの国において最も古くから入植してきた渡来人の部族であり、山背国を中心に強大な財力と権力を手中にしていた彼らは今もなお中央政権にまで深く入り込んでいる、言わば朝廷最古の一大勢力である。古くは「聖徳太子」と呼ばれた厩戸皇子に仕えた秦河勝など、朝廷の中枢を担った人物を数多く輩出している。また左大臣道長の家流である「藤原北家」は秦氏の母を持つ藤原葛野麻呂始め、秦氏と婚姻による結びつきが強い一族でもあった。
そもそも、村上帝が記した日記である「天暦御記」に書かれている事が事実であるならば、今の平安京の大内裏は秦河勝の邸宅地跡に建てられているのだ。
「秦……ハッティ……って事は、アレかあ……」
「そう、『ハッティ』はとうに築いていたのよ、自分たちが望み、求めた『王道楽土』の故郷を」
「そっか、そうかあ……」
金平は呆然と遠くを見るような仕草で呆然としていたが、突然我に反り、
「で、なんでお前はそんな事を知ってるんだオイ?」
「そりゃあ……彼らの祖である『弓月君』を大陸から招いて手引きしたのが『私』だからに決まってるではないか」
そう言って頼義が目を開き、「八幡神」のその青白く光る目で金平を見つめた。
「わあっ!っと、テメエま〜た性懲りも無く出てきやがってこの野郎!……あ?テメエが手引きしただとお!?」
「そうだ、『私』が彼らを招き入れ、技術と文明の伝播の手助けをしたのだ。『私』が人間の姿で、この国の帝として統治していた時にな」
「か〜っ、まったく、どこにでも顔出してきやがるなテメエは!?ヒマなのか?ヒマ人なのかテメエは!?」
「曲がりなりにも『神』である『私』に向かってそこまで言う阿呆はお前くらいのものだぞ小僧。まったく、我が子孫ながら嘆かわしい事よ」
「ああ?なに言ってんだテメエ、テメエは『源氏』のご先祖さまなんだろうがよ?なんで『息長氏』が関係あんだよバーカ脳みそ沸いてんのか」
相変わらず金平はこの「神様」に対して辛辣である。多分に私情が混ざっている。
「ふん、まあ聞け。『私』が『八幡神』として最初に祀られていたのは豊前国……ここは最初に『秦氏』が入植した土地でもあるがな……そこの『宇佐八幡』というお社だった。だがな、豊前には宇佐ともう一つ、一ノ宮ではないが同格に扱われている神社があってな。『香春神社』と呼ばれているその社には『私』の母にあたるお方が祀られている。そのお名はな……『息長帯比売命』という」
「な……!?」
「ふふん、その『香春神社』は三つの霊山からなる聖域だがな、そのお山のうちの一つはその名も『採銅所』というのだ。いかにも鉄打ちの息長氏らしい、良い地名ではないか。というわけだから、つまりお前も『私』の遠い子孫の一人という事よ」
「…………」
「……だ、そうです」
目を閉じて『源頼義』に戻った彼女の頭を、金平がパコーンと音を立てて叩いた。
「いったあーーーーーい!!!!何するんですかバカー!!主君の頭を叩くとは言語道断、手打ちにしてやるそこに直りなさい金平!!」
「うるせーバカー!!そんなに簡単に乗っ取られてんじゃねえよこのガキんちょが!!」
「乗っ取られたわけじゃないもん!!ちゃんとお話ししてお譲りしたんだもん!!なによまた人のことガキんちょ呼ばわりしてこのうすらデカちん!!」
「なんだとー!?」
「なによー!?」
二人の喧嘩声が比叡山……かつて伝教大師が天台の総本山として開山する前までは「山背秦氏」の聖地として信仰されていた山に響き渡る。森にこだまする怒鳴り声に答えるように、木々の中に隠れている巣の中から雛鳥たちが
「やすかた、やすかた」
と鳴いている声が聞こえた。




