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常州鹿島神宮前・藤原則明、覆面を取るの事

「なん……だと……?」



金平が()()()()と大口を開けて呆然とした表情を見せる。 覆面の少年(?)はいたたまれないのか、モジモジと身をよじって金平の拘束から逃れようともがく。



「別にあなたを叱ったりはしませんよ。むしろあなたは我々の命の恩人、感謝しこそすれ、あなたを咎め立てる理由もいわれもありません。ほら……」



そう頼義が促すと、金平がようやくその手を離した。ばつが悪そうな溜息をついた藤原則明(ふじわらののりあきら)と名乗った少年(?)は仕方なしに頭巾と覆面を脱いだ。その素顔は紛れも無く鎌倉で別れの挨拶をした平直方(たいらのなおかた)卿の娘御、穂多流の君の()()だった。


金平はいまだ呆然とした表情から戻ることができず、無意識のうちに少年……穂多流の君の頬を軽くつねってみる。



「ふぁふぇふぇふらふぁい(やめてください)」



金平は無意識のうちに穂多流の君の胸元をペタペタと触ってみる。



「だからやめてくださいってばあ」



金平は無意識のうちに穂多流の君の股間を……



「いい加減にしろってばこの助平野郎!!」



則明少年、いや穂多流の君が……ややこしくなるので「穂多流の君」で統一することにしよう……金平の頭をコツンと叩いた。金平は痛がる様子もなくまだ呆然としながら



「ない……ある……あるところになくて、ないところにある……」



などと意味不明の独り言を繰り返していた。



「……お、おま、お前、男かああああ!!!!????」



金平がようやく正気に返って絶叫した。



「えへっ☆十二単の中身はケダモノでした♡」



金平が自分の理解を超える事実を突きつけられて再び硬直した。後ろにいた頼信もただでさえ小さい目をさらに点にして言葉を失っている。



「お、おいっ、オメエは気づいてたのかよ!?」


「……モチロン、キヅイテマシタヨー」



頼義が棒読みで答えながらそっぽを向く。こいつ絶対気づいてなかったろう。


穂多流が無邪気に笑いながら自分の出自について語り出した。


なんでも直方卿には穂多流の前に男子を二人もうけていたらしいのだが、流行り病により立て続けに早逝してしまったのだそうだ。その後三人目の男子が生まれたのだが、三度我が子を早くに失うことを恐れた直方は京の陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)に相談を持ちかけた。


晴明が言うには「病魔は男子に取り憑く。よって病魔から遠ざけるためには生まれた子供を女児として育てるが良い」との事だったので、直方夫妻は生まれた息子に女の子の名前を与え、女の子の衣服を着せ、女の子として育ててきたのだという。



「はあ、で、その甲斐あって無事立派に成長なされたが、その後も……」


「うん、このまんま〜」



穂多流の君が可愛らしくクルリと一回転して着物の裾をなびかせる。今の自分の格好が男装であることはすっかり忘れているらしい。



「藤原則明という名前は?」


「晴明様がつけてくれたの。お母様が藤原氏なんだ。平氏姓ダセーもん」



父上涙目な言い草である。



「あの、クソじじいめえ……ま〜たロクでもねえことしでかしやがってえ〜!!」



金平はこの場にいない安倍晴明を散々に罵倒する。頼義は顔を合わせたことはなかったが、紅蓮隊が京に屯所を構えていた頃は陰陽寮の一角を間借りしていた、というか勝手に居座っていたこともあって、金平はかの稀代の大陰陽師と面識があったらしい。もっともその様子を見る限りロクでもない間柄であるようだが。


頼義は呆れた表情で天を仰ぐ。つくづく思い返してみれば、確かに初めて会った時から彼女(?)に対して「妙」な所はそこかしこにあった……気がしてきた。酒呑童子の(おり)から命からがら逃げおおせて行き倒れていた所を救助し、介抱している時も、彼女(?)は自分の事を「ボク」と呼んでいたような記憶がある。


そもそも、目の合った女性を無条件で(とりこ)にし、意のままに操るという邪眼の持ち主であった酒呑童子の魔の手から逃れられた理由が、つまり「そういうこと」だったのではないのか?


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「でもね、ボク、頼義様とお別れして寂しかったの。だから、お父様にお願いしてお許しを得てここに参上しました。だって、少しでも頼義様のお側にいたかったんだもん。きゃーはずかしー!」



そう言って穂多流は恥ずかしそうにモジモジと身をくねらせる。少し冷静さを取り戻した金平はその言葉を聞いて()()()()とした。それにしても、目の中に入れても痛くないほど我が子を溺愛していた直方卿がよくもまあ娘(?)の旅立ちを許したものだった。



「そんなの簡単だよう。お父様、ボクがちょっと涙を見せたらすぐにオロオロしてなんでもいうこと聞いてくれるから。チョロいもんだよう、あははは」



大口を開けて穂多流が笑う。とんでもない悪ガキである。



「もしかして、我々が鎌倉を出てから、ずっと後を追っておられたのですか?」


「ううん、追いついたのは豊島に入った辺りくらい。『残雪』が見つけてくれたんだ、えへへ」



穂多流は肩に止まった鳶の喉元を優しく撫でる。残雪は心地よさげに目を瞑って穂多流の指を甘噛みする。今は小さく収められているその羽根だが、いざ全開に羽根を広げれば頼義の背丈よりも広がるその姿は中々に迫力がある。薄茶色い全身の、閉じた羽根の丁度一番外側に一枚だけ真っ白な羽が美しい曲線を描いている。なるほど、確かに春まで解け残った最後の根雪のように見える。おそらく「残雪」という名はそこから取られているのだろう。



「それにしても、あの見事な軽業(かるわざ)といい、鳥を操る怪しげな……失礼、不思議な技といい、どこでそのような修行をなされたのですか?姫君の(たしな)みとはとても思えませぬが……」


「ああ、あれね」



穂多流がなんの気構えも無しに気軽に答える。



「生まれつきなんだ。ボク、昔から自然にああいうことができるの」

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