総州香取神宮前平忠常本陣・藤原則明、大活躍の事
奇声と共に二重三重に連なった刃が一斉に少年を襲う。少年武者|藤原則明は自分に向かって来る凶刃に怯みもせず、またヒラリと高く跳躍した。
「おおっ!!」
思わず傍観していた頼信は少年の見事な跳躍に思わず驚嘆の声を上げた。高波に乗って大きくせり上がった船首の勢いを利用して則明少年は高く飛び上がり、丁度高波の根元にいた隣の船へ、その高低差を利用して飛び移ったのだった。
完全に必殺のつもりで打ち込んだ八束小脛たちは、相手が予想だにしない方向へ離脱したのを見て驚愕した。一瞬のうちに安全圏まで逃げおおせた少年は、事もあろうにお尻を小脛たちに向けてペンペンと叩いて挑発する。
「おっ、おのれ小癪な、我らを虚仮にしおって!!」
忿怒に駆られて小脛たちの何人かが則明と同じように船首から飛び移ろうと跳ね上がった。しかしその頃にはすでに高波は破潮して元の水面の高さに戻っている。小脛たちは船に届かず無様にも次々と冷たい内海へ落下して行った。
「わーっはっはっは。ザマあ見やがれ土蜘蛛どもめ!ほら、デッカいお兄ちゃんもボケっとしてないで戦え!」
頼信同様、突然の珍客に思わず戦闘の手を止めていた金平の向う脛を少年が蹴たぐる。
「イテッ!何しやがんだこのガキ!!」
思わず大人気ない反応で金平は怒鳴りつけたが、その時にはもうすでに例の少年の姿は無く、同じく呆気に取られていた八束小脛の面々と目を合わせるばかりだった。
「ああもうチクショーっ!!なんだってんだまったく!!」
金平は半ばヤケクソになりながら手にした櫂を力任せに振るいまくった。則明の活躍(?)で一先ずは危機を脱した頼信と頼義は、こちらも混乱と呆れ顔とが綯い交ぜになった妙ちくりんな表情になって金平たちの戦闘を眺めていた。
「お前、あの少年の事を存じておるか?」
父が頼義に問う。
「いえ、存じませぬ。ですが、上野国を脱する折にもかの者に助勢を受けました」
「ふむ。差し当たっては『味方』と思って良いということか」
頼義は「知らぬ」と答えたが、その実あの少年の正体について心当たりがないでもなかった。まさかとは思っていたのだが、先ほど再び相見えてその声を間近で聞き、疑念は確信に変わっていた。
(ああ、それって……もう、なんて事なの……!?)
頼義は頭の中で何やら自問自答しては己の頭をポカポカと叩く。その奇行に頼信が顔をしかめていると、再び何者かが船外から飛び込んで来た。
「あ痛ったあーっ!!」
尻を強かに打って転げ回っている人物をよく見ると、それは「船奉行」眞髪高文だった。
「眞髪どの!?どのようにしてここへ!?」
「どのようにもありませんや全く!舟漕いでたら変なガキが飛び込んで来やがって俺っちの襟首掴んだかと思ったらそのままポーンと放り投げやがってよう!?どうなってやがんだこりゃあ!?」
眞髪高文も自分の身に何が起こったのか理解できず慌てふためいている。その彼の頭の上に再び例の少年が飛び降りてきた。
「むぎゅ」
「あ、ゴメン。降りるとこ間違えちゃったや。てへっ☆」
勢い余って高文の真上へ落下してきてそのまま彼を踏みつけにしてしまった少年は、覆面の向こうで可愛らしく片目をつむる。
「さあ、オジさんここら一帯で一番の船乗りなんだろう。急いでこの船を向こう岸まで走らせておくれ。オジさんがやられちゃあダメだぜ、なんとしてもこの船だけは生きてあっち側へ渡しておくれよ。頼んだよっ!!」
そこまでを一息で言い切ると、則明少年はまた船から船へとまるで猿のように軽々と飛び移って行った。
「ああもう、こうなったらヤケだ、大殿、この眞髪高文が責任持ってこの船を向こう岸まで漕いで見せまさあ!!だから、その……守ってね」
やけっぱちになりながら高文は周囲の漕ぎ手を指揮しながら自らも船首に立って櫂を漕ぎ始めた。頼義たちを乗せた船は見る見る速度を増し、あっという間に戦闘海域を抜け出して常陸国側である鹿島神宮岸に向かって行った。
頼義は思わずさっきまで自分たちがいた海域の方へ顔を向ける。その方向ではまだ戦闘による剣戟の音が響いていた。上空でもあの少年の相棒らしき鳶が勇敢にも鳥に化生した小脛たちと空中戦を繰り広げている鳴き声が聞こえる。
途中何人かの八束小脛たちの空襲を受けたものの、とうとう大将船は無事に鹿島側にたどり着くことができた。その後に一艘、二艘と次々に船がこちら側に流れ着いて来る。あれ程激しく鳴り響いていた戦闘の音も止み、日が沈みかけてきた頃にようやく金平たちの乗った小舟が到着し、それを見届けた八束小脛たちはこれ以上の深追いは禁物と判断したのか、嬌声を一声上げて下総国香取神宮側の岸へと舞い戻って行った。
戦闘は終わった。当初二千の兵でもって進軍した常陸・相模連合軍はその数を半分以下にまで減らしていた。通常、集団戦においてその総員の四割を損耗すれば「全滅」と判断して撤退をするのが戦の定石である。さらに客将である碓井貞光公も失った。そのことを考えれば今回の下総遠征は頼信軍の「完敗」と言っていい。
頼信軍の兵士たちも、生き残った喜びよりも敗戦の屈辱に意気消沈していた。
そんな打ち沈んだ空気を知ってか知らずか、金平と一緒に最後の船に乗っていた藤原則明少年は船が岸に着くや否や
「とーっう!!」
と叫んでクルリと宙を一回転しながら見事な着地をしてみせた。同時に上空を飛んでいた鳶がバサリ、と音を立てて少年の鹿革の巻かれた左腕に舞い降りる。
「よしよし。残雪、今日も良く働いてくれたね」
少年は「残雪」と呼ばれた鳶をあやしながら巾着から取り出した餌を小分けにして与えている。一同が皆疲れ切っている中、少年一人だけがあれほどの大暴れをしてみせた後もケロリとした風でカラカラと陽気な笑い声を上げている。
そんな少年の元に頼義が静かに歩を進めて近づいて行く。彼女の存在に気づいた則明らはなぜか慌ててその場を立ち去ろうとするが、隣にいた金平にむんずと腕を掴まれる。
「うわっ、何するんだよう、離せってば!」
「あ、いや、悪い。反射的につい、なんとなく、な」
そう言いながらも金平は悪びれもせずに少年の腕を掴んで離さない。慌てふためく少年の目の前にまで、とうとう頼義が近づいて来て、彼女は深々と頭を下げた。
「まずは、先だっての上野国においての、また此度のご助勢に感謝申し上げる。そなたの尽力無ければ今日の窮地も切り抜けられませなんだ。我が父常陸介に代わって御礼申し上げる」
名前を呼ばれた少年は目を逸らしながら口笛を吹こうとしているがヘタクソなのか音色は響かずただ空気の抜ける間抜けな音が響くだけだった。
「さて、それでは此度のこのご所業、何故にそのようなお姿で我らの前にお立ちか、ご説明いただけますか。藤原則明どの、いえ……」
頼義は呆れたような顔をして言った。
「穂多流の君」




