総州香取神宮前平忠常本陣・頼信本隊、香取に到着するの事
船は繋留している停泊船の腹にぶつかるように押し寄せて停止した。その勢いのままに鎧兜で武装した頼信軍が怒号をあげながら次々と上陸して即席の「砦」になだれ込む。一方的な殺戮の場になりかけていた戦場は一気に均衡を取り戻した。
「まだ打って出る必要はねえ、まずは船着き場にいる連中を追い出せ!!」
金平の号令で頼信軍の兵士たちは槍や杭、舫綱などを駆使して忠常軍を押し返して行く。ようやく船着き場の制領権を確保すると、今度は逆に船着き場の地形を利用して再び「砦」として立てこもった。その間にも後続の友軍は続々と到着して来る。
「若様よう、ご無事で!?」
臨時の舟奉行に任ぜられた眞髪高文が野暮ったいあごひげを揺らしながら一人乗りの平船で川岸に着く。頼義が彼に船を往復して兵士の輸送を命じてからまだ半刻も経っていない。金平はこの船乗りがどんな手品を使ってたった一人でこの早業をやってのけたのか不思議がった。
「へっ、川ってのは上から下へ流れるもんでさあ旦那。まああっしも上手く行くかは賭けだったがねえ」
眞髪高文が得意げに鼻をすする。いきなり船で向こう岸の兵士を連れて来いと無茶振りを受けた高文は、まず顔見知りの船乗り仲間をかき集め、直接向こう岸に向かうことはせずにまずは上流を目指して駆け出した。普段なら鹿島側の岸に繋留させてあるはずの船も、今は全部こちら側に集められている。当然全ての船が船着き場に泊められるわけでもなく、繋ぎきれなかった船は上流下流の空き地にぞんざいに繋ぎ止められてあった。
高文はその内の上流部分に繋留している船に目をつけ、そこにあった小舟の舫綱を次々と切り離していった。綱を切られた小舟は衣川の流れに乗って次々と下流へ流されて行く。その先には、依然細長く伸びた浅瀬を伝って四苦八苦している頼信軍の兵士たちがいた。兵士たちは突然流れて来た船の存在に驚かされながらも、文字通り「渡りに船」とばかりに次々とその船に乗り込んだ。普段なら船を座礁させる難所として地元の漁師を悩ませていた「竜宮門」の浅瀬だったが、今に限ってはそのおかげで流れた小舟が丁度よく兵士たちのところで浅瀬に乗り上げ速度を落としてくれた。
こちらの意図が兵士たちに伝わったことを確認した高文はその後大船に乗り換え、自ら船頭となって向こう岸に待機している頼信軍本隊の兵士のピストン輸送を始めたのだった。
頼義もまた高文のその機転に感心し、謝意を述べた。この高文の予想以上の活躍がなければ、先行していた頼義軍は本体が到着する前に全滅していた可能性は高かった。
横倒しにされた大船の隙間からハリネズミのように槍衾で閉じこもった先行部隊の元に、ようやく大将頼信が乗る本陣を乗せた船が到着した。それを見た忠常軍は、ここでは落としきれぬと判断し、兵を引き上げ再び香取神宮に寄生した本陣に戻って行った。
「父上!!」
重臣たちとともに船から降りた頼信の元に頼義はすぐさま馳せ参じ、その場に跪いた。
「父上、申し訳ございませぬ。私の不手際によって多くの兵を失うことに相成りました。「沢鷹」の鎧も……」
頼信は悔しさに震えながらそう報告する「息子」に対して
「先遣隊の功、大儀であった。鎧はまた打ち直せば良いだけの事、そなたの無事が父には何よりの果報である」
「は……」
頼義はそれだけ声を発するだけでそれ以上のことは口にできず、静かに父の前から下がった。その様子を遠くで眺めながら金平が一人呟く。
「どうも良くわかんねえなあ、大殿とウチの殿さまはよう。冷たいかと思いきやそれだけってわけでもねえし、アイツはアイツで別段親父さんに対して含む所もなさそうだしよう」
「おうおう、お前さんもまだまだ若いねえ。親と子の間の結びつきなんてのは言葉一つで簡単に説明できるようなもんでもねえのさ。それこそ『うとうやすかた』ってヤツよ」
碓井貞光が金平の頭をペチペチと叩きながら言った。金平はいつものように貞光に悪態をつこうと口を開きかけたが、その表情を見て思わず言葉に詰まってしまい、そのまま黙ってしまった。貞光にとって大事な跡取り息子であった嫡男貞景は先の酒呑童子との激戦の末に命を落としている。いくら羨んでも彼にはあの二人のようなやりとりをする事ももう二度と叶わないのだった。
「さて、そんじゃあいよいよ元祖『四天王』の本領を発揮と行きましょうかいね。こっちが朝日を背負っているうちにカタ着けようや大将よう」
頼信が頷く。その合図とともに伝令使が法螺貝を吹く。その鈍い響きに従って兵士たちは機敏な動きでキビキビと動きながら瞬く間に隊列を組み、方陣の体勢を整えた。今日この場に率いて来たのは常陸国土着の兵士たちである。とても辺境の寄せ集め軍団とは思えないほどの練度の高さだった。都の瀧口の武士団でもここまで徹底した訓練ぶりは見られないだろう。しかも指揮官は着任後ひと月と立っていない人物である。そのような者の指揮においても全く動揺も舐めたそぶりも見せず忠実に従う坂東武者たちのその意外なほどの精強ぶりに、頼義も金平も思わず舌を巻いた。いかに常時からこの地域が絶えず戦に明け暮れていたのかが良くわかる。
「こいつは、田舎兵士だなどと侮っていたらとんだ痛い目にあうぜ。正直これほどのもんだとは思っても見なかった。へへ、ちったあ頼みになりそうじゃねえか」
金平が不敵に笑う。が、そんな金平を頼義がたしなめる。
「油断は禁物ですよ金平。我らの軍が屈強な坂東武者であるならば、向こうの敵もまた同じ坂東武者。その強さは向こうも同じ事でしょう」
「おう、なるほどな。そいつは……楽しみだなあ」
金平は頼義の忠言にも平気な顔で香取神宮の奥に待つ敵軍の存在に腕を震わせた。その精強さを早く目にしたくてたまらないと言った風だ。頼義は呆れながらもその豪胆さにいつもながらの頼もしさを感じた。
再び法螺貝の音が鳴り響き、頼信軍本隊がゆっくりと香取神宮を目指して進軍を始めた。




