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総州香取神宮前平忠常本陣・頼義隊、孤軍奮闘するの事

平忠常(たいらのただつね)軍の夜衛隊一軍が松明を並べて蛇のように細長い隊列を組んでこちらに迫ってくる。金平は迷う事なくその隊列に飛び込み、先頭の兵士に()()()()()奇襲をかけた。



「なにっ!?」



金平の剣鉾(けんほこ)が松明の持ち手を斬り落とし、燃え盛る篝火(かがりび)が地面に落ちる。暗闇から突然不意打ちされた忠常軍は一瞬進みを止めた。敵が自分を捕捉する前に金平は次々と松明を持つ兵士を狙ってその手首を片っ端からはたき落としていくと、すぐさままた闇の中に隠れた。手元の明かりを失って混乱した兵士たちの間に怒号が飛び交う。



「敵襲、敵襲だ!!明かりを灯せ、大軍だぞ!!」


「盾を構えよ、矢が飛んでくるぞ!!」



忠常軍の兵士たちは行軍をやめて隊伍を組んで敵の再来襲に備えて一塊りとなってじっと動きを固める。それを暗中から見ながら金平はほくそ笑む。



(よしよしいいぞ。そのまましばらく亀の子よろしく固まっていやがれ)



首を取る必要はない、とにかく足止めをして少しでも友軍が合流する時間を稼げればいい。金平は初めからそのつもりでヒット&アウェイのゲリラ戦法に徹することに決めていた。金平は獲物を狙う獣のように息を潜めて相手の出方を待つ。



「おかしい、攻撃が来ないぞ。先程のは何だったのだ?」


「まさか、単騎駆けだったのか?」


「バカな、この人数だぞ、我ら精鋭がそのような遅れを取るものか」


(取られてるじゃねえかよマヌケ)



金平は心の中でそう呟きながら次の手に打って出る。矢盾を並び立てて亀のように防御に徹していた隊列の後ろから無防備な背中を襲撃する。正面に気を取られているうちに後ろから一薙ぎすれば混乱に拍車がかかるだろう。卑怯と言われようが、こちらは少数、体裁なぞ取り繕ってはいられない。



「後ろ、後ろだ!!背後を狙われているぞ!!」



奇襲を仕掛けた金平の後ろから篝火の明かりが当てられる。第二軍の隊列がすでに押し寄せてきていて、金平の存在に気づいたのだった。



(ちっ、露見するのが早かったか。こいつはしくじったぜ……!)



その存在が露わになったからにはこれ以上ここで奇襲戦法を続けて足止めをする事もかなわない。金平は後ろを振り向いた先行隊の兵士たちを押し退けてもう一度闇の中に紛れ込もうと走る。その後を松明の明かりが照らし、矢やら投石やらが雨あられと金平目掛けて殺到する。



(仕方ねえ、一旦戻って本隊と合流すっか)



追いすがる兵士たちを剣鉾で牽制しながら金平は船着き場まで走って逃げる。奇襲をかけて敵を足止めさせるつもりが、逆に敵軍を味方が隠れている場所まで案内する形になってしまった自分の不手際に金平は歯軋(はぎし)りする。


金平の肩口に投石がかすり、腕や足に飛んで来た矢が皮膚をえぐる。



「金平、伏せて!!」



金平の逃げる先から声が聞こえる。金平は反射的に頭から滑り込みその巨体を低くかがめる。その頭上を一条の線を引いて矢が飛んでいき、先頭の兵士の胴の真ん中に命中した。



「こちらへ、早く!」



先程金平が倒した二十人乗りの平船の陰から頼義が半身を出して金平に呼びかける。飛来した矢を船影に隠れてやり過ごすと、頼義はもう一度忠常軍に向けて今度は()()()()()連続して矢を打ち込んだ。


頼義の放った矢は一本残らず正確に殺到する忠常軍の兵士を貫き、その動きを止める。その隙を逃さず金平は反転して剣鉾を横薙ぎにふるって、動きを止めた残りの兵士の脛を斬り飛ばした。



「バッカヤロウお前、指揮官が最前線に立ってどうすんだコラ!大将ってのは一番後ろで偉そうに踏ん反り返ってりゃあそれでいいんだよ!!」



助けてもらったくせに金平は頼義に向かって大声で怒鳴りつける。いや、これが彼なりの感謝のつもりなのかもしれない。それにしても、金平は改めて頼義の弓矢の腕に驚嘆した。元より名手という評判は知っていたが、目の見えぬ身でよくあそこまで正確に敵の存在を察知して打ち込むことができるものだ。



(まさにその腕前、神妙に至るってか……それも『八幡さま』のご加護ってやつかよ……)



「金平、敵勢はいかほどですか」


「まだたいして多くはねえ。こちらと同数ぐれえってとこか。こちらは地の利はあるが武器がねえ。何とかここで耐えるしかねえなあ!」


「皆の者、打って出る必要は無い、とにかく敵を狭い場所へ誘い込め。二人一組で互いの背中を守れ、少しでも長く時を稼げ!!」



敵もまだこちらを包囲できるほどの人数を揃えられていないようだった。頼義は味方を巧みに指揮して敵兵を上手く少数に分けて誘い込み、少しずつ戦力を削る事に成功している。このまま敵がまんまと少人数で攻勢を繰り返してくれれば、この即席でこしらえた船の「砦」でも何とかしのげそうな勢いにまで盛り返していた。


部下たちも、最前線で矢面に立って自ら手傷を追いながらもおじける事なく勇敢に声を枯らして指示を続ける指揮官に応えるべく、文字通りの「背水の陣」で必死になって抵抗した。攻防が四半刻も続いた頃、ようやく敵陣の猛攻が止み、敵兵たちが退いた。



「お、やっこさん方ようやく諦めたかあ?」


「そんなわけないでしょ!次は人を揃えて数で圧倒してくるでしょう。皆の者備えよ!!ここが正念場ぞ!!」



頼義の鼓舞をかき消すかのように忠常軍の本隊が頼義たち目掛けて襲来して来た。それまで愚直に先着した分の兵数だけ攻めて来た連中だったが、本隊が合流した事によって本格的に大掛かりな陣形を組んで攻め込んで来た。こうなっては装備もろくに無いこちら側としてはなす(すべ)もない。


あの潮の流れを乗り切るために振るった決断が、最後の最後で大きな仇となってしまった。味方の兵が一人また一人と討ち取られていく。頼義は金平に引かれて奥へ奥へと後退して行く。その間にも兵士たちは頼義を守るためにその身を投げ出し、盾となって敵襲を押し留める。



(すまぬ……!!)



頼義は唇を固く噛んで顔を伏せる。



「ビービー泣くな!!大将なら最後まで生き残って笑いやがれ!あいつらのためにもな!!」


「泣いてなんかいないっ!!」



矢筒にはもう予備の矢は残されていなかった。頼義は大弓を投げ捨てて懐の懐剣を抜く。かくなる上は……!



「そいつあまだ早えな。おう」



金平が頼義の肩に手を置いて内海の方へ顔を向けさせる。その沖には


南無八幡(なむはちまん)大菩薩(だいぼさつ)


墨痕(ぼっこん)黒々と染め上げられた頼信軍の(のぼり)を立てた船団が、登りかけた朝日を真横に受けながら頼義たちのいる香取の岸に向けて到着する姿が見えた。

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