上州多胡郡羊太夫邸・羊太夫、多胡氏の由来を語るの事(その三)
羊太夫の言葉を聞いて一堂に凍りついたような沈黙の間が流れた。
「今、なんと……?忠常どのの中にもう一人、将門公の魂がいると?」
光圀が身体を震わせながら言う。
「そうだ。将門公は死してその御霊を孫に当たる忠常の体内に転生させた。すなわち、忠常の身体を通じて将門公の御霊が顕現した姿こそ『千葉小次郎』の正体よ」
「ばっ、バカなこと言うな!?そんな事が現実に……」
「あるであろう?現に今目の前にその良い例がおるではないか」
ハッと気づいて光圀は後ろを振り返る。確かにそこには今羊太夫が説明したような、自分の肉体を通して「八幡神」を顕現させた頼義がいた。
「将門公の側近に『肉芝仙』と名乗る軍師がおった。其奴は仙道や方術の類に長じておってな。自らも『尸解』を経て不死の仙人となったと嘯いておった。奴は将門公の御霊を七つに分けてその分身とし、影武者として戦場で使い敵を翻弄しておった」
「分身……影武者?」
「左様。その肉芝仙はその他にももう一つ将門公に仙術を施した。それが『七星転生』の術であった」
「七星転生……?」
「そうだ。天弓七星の魔力でもって自らの魂を血の中に溶け込ませ、その血脈の中で眠り続け、いつか己の『魂』に合う身体を持つ子孫が現れた時、その血の中より魂が復活するのだという」
「なるほど、受け継がれる血脈の中に己の『存在』を情報化して組み込んでおったわけか。子孫が続く限りいつかは見合う身体の持ち主も現れるというものだ。に、しても随分と早かったな適合者が現れるのが」
「八幡神」が感心したようにうなずく。
「将門公は別名として『相馬小次郎』と名乗っておられた。千葉小次郎という名もそこから取ったのであろう。忠常の中に転生した将門公はその身体を使って生前果たせなかった覇業をもう一度達成させようとしておる。再び奪った『鉄妙見』を使ってな」
「……忠常は、そのことを知っておるのか?その、自分の身体が将門公の魂に乗っ取られていると?」
「そこまではわからん。『千葉小次郎』として動いておる時に果たして『平忠常』としての自意識があるのか否か……あるいは夢の中の出来事のように思っておるやもしれん」
「むう……」
金平はそこまで話を聞いて口をへの字に曲げて天井を見上げる。
「ふん、そこまで聞けば『私』は十分だな。さて、息長の坊主がうるさいからそろそろ『彼方』に引っ込むとするか」
「八幡神」が欠伸をしながらはしたなく背伸びをする。それを見て金平がまた「八幡神」を睨みつける。
「八幡の神よ……今はあえてそう呼ぼう。そなた、これからいかがなされるおつもりか」
羊太夫が顔をうつむかせて「八幡神」に問うた。
「別に。『私』は何もせぬよ。選ぶのはこの娘の役目じゃ。『私』はその選択を眺めて笑うか、それとも嗤うかするだけよ」
「どっちにしろ笑うんじゃねえか」
金平が反射的につっこむ。
「ふん、貴様の聞きたいことは察するぞ。『私』が『鉄妙見』を手にした時、それを『私』がどうするつもりかを恐れておるのだろう?」
「…………」
「聞くまでもない。この大地に眠る金銀鉄銅、全て我が物、我が宝よ。異界から金を運ぶ仏像とて、最終的には『私』の所有物として大地に帰る。それだけよ」
「……左様か」
「もう一つ、聞きたい事がある」
光圀が頃合いを見計らって間を割ってきた。どうやら二人が会話をしている間ずっと聞いておきたい事があったようだ。
「我が父を殺し、妻を攫ったのが千葉小次郎……将門だとして、その千葉小次郎を斬れば、将門は再び『死ぬ』のか?」
光圀の目は復讐の炎を燃やしてギラつかせている。かれは千葉小次郎を父と妻の「仇」として認定したようだ。
「死なぬ、死なぬであろうよ。忠常の肉体は滅んでも、またいつか将門公の血筋の中から新たに『千葉小次郎』として蘇るであろう」
「なんだとう!?それじゃあ、あいつを殺すことはできねえのか!?」
「そうさな……かの者の肉ではなく『魂』を斬る手立てがあればあるいは……」
「魂を……斬る?」
頼義が聞き返す。いつの間にか「八幡神」は姿を消し、いつもの彼女が戻っていた。
「それは、例えば『鬼斬り』の剣ではいかがでしょうか?」
「……!」
「……おそらく、できるであろうな。『鬼斬り』とは言わば鬼界と人との『道』を斬る技。将門公の魂と忠常の肉体を結ぶ『道』を斬り離す事ができれば、あるいは将門公の御霊を黄泉路に送り返すこともできよう」
「そ、そうか!鬼斬りの武器さえあれば。それならおい、お前の……あ」
喜び勇んだ金平だったが、頼義の顔を見て思い出した。
「そうね金平……今の私は、鬼斬りの聖剣を持っていない」
頼義が残念そうに顔を沈める。
かつて、都を鬼の王酒呑童子が大軍でもって攻め入ろうとした時、頼義は太政官より鬼狩り討伐隊の指揮官として「不動将軍」という名を与えられてその迎撃に臨んだ。その時に叔父である美濃守源頼光公より源氏の宝刀である「童子切安綱」の大太刀を授けられた。酒呑童子始め数多の鬼や魔物を斬り続けた聖剣は地上最強の「追儺」の武器としていかなる悪鬼羅刹をも斬りふせるほどの魔力を宿していた。
だが、その聖剣はもうすでに頼義の手元にはない。都を出て東下する途中、一行は美濃国に寄って叔父頼光と対面をした。無事酒呑童子を退治する事ができたことの報告と、度重なる助力への礼と共に、預かっていた童子切安綱の太刀を頼光に返却したのだった。
頼光は「菜切り包丁が一つダメになったところだったので丁度良かった」などと不穏な台詞を吐いてその太刀を受け取り、代わりに自分の佩刀である同じ安綱の小刀を頼義に授けた。
以来、彼女は太刀を帯びず、その小刀のみを懐に挿して携行していた。今の彼女に「鬼」を斬るすべはない。金平の持つ剣鉾もまた魔物との幾多の先頭を経て「鬼斬り」の魔力を得るに至った業物ではあるが、将門ほどの大怨霊を黄泉に送り返すには、いささか力不足といった不安があった。
「まいったな。将門を斬る手立てはありそうなんだが、肝心の斬る手段がねえか……」
金平がまた天井を仰ぐ。
「それならば、いっそ肉芝仙本人に掛け合ってみるがよい」
「は?」
金平が羊太夫の顔を見る。
「聞くがよいって、その肉なんちゃらってのは、今も生きてるのかよ?」
「言うたであろう、あれは既に不死の仙人と化しておると。アレに直接聞き糺せばあるいは仙術を解く他の手段が見出せるやもしれぬ」
「なるほど……って言ったってそのなんちゃら仙とやらの居場所はどこなんだよ?」
「肉芝仙じゃ……それならば儂の配下の者に案内させよう」
「ご存知なのですか、その仙人の居場所を?」
「知っておる。うちの者に案内させればすぐさまにでもたどり着けようぞ。なにせ足の速さが自慢の者たちなのでな。良き者たちよ。この『八束城』においても良う働いてくれておる」
頼義たちの動きが止まる。
「八束……だと?」
「そうだ。紹介しようぞ、儂の可愛い配下の者たちじゃ。名を……『小脛』と言う!!」
四方の御簾が引き倒され、その向こうには武装した「八束小脛」たちが刃を震わせて立っていた。その一番奥から一人の男が前に出て来る。
「また会うたな、鬼狩り紅蓮隊」
仮面を外した千葉小次郎が不敵な笑みを浮かべて言った。




