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上州多胡郡羊太夫邸・羊太夫、多胡氏の由来を語るの事(その二)

羊太夫(ひつじだゆう)は後ろに座っていた盲目の少女が突然憑き物がついたように豹変(ひょうへん)し、ガラリと雰囲気も言葉使いも変わった姿を見て驚いた様子だった。



「そうであろう?ハットゥシャ、古代ハッティ(Hittites)族の族長。この国の言葉に合わせて転訛(てんか)して『羊太夫』とは、下手な語呂合わせもあったものだ。もっとも『応神(オーディン)』などという(おくりな)を与えられた『私』も大概だがな」


「……これは驚いた。『道』を開きし者をこのような所で目にしようとは!?しかもその(おくりな)、さては中にいるのは『誉田別命(ほむたわけのみこと)』の祖霊か……!」


「テメエ!何しゃしゃり出てきてんだよコノヤロウ!!テメエの出る幕なんざねえ、とっとと『彼方』にでもどこにでも帰っちまえ!!」



金平が頼義の襟首をつかんで叫ぶ。頼義……「八幡神」を宿した彼女は悪びれもせず



「そう怒るな。あの時は確かに『私』も少し調子に乗ってはしゃぎすぎた。もうこの娘の身体に負担をかけるようなことはせぬよ。『私』とてせっかく開いたこの『道』を無下にはしたくないからな」



「八幡神」はゆっくりと金平の腕を離す。



「さて羊太夫よ。察しの通り『私』は『誉田別命(ほむたわけのみこと)』……『八幡」と称される者よ。他人事ではあるまい。この『多胡(たご)郡』も元は『八幡(やはた)』と呼ばれておったのだから」


「…………」


()()()には全てこの『私』がいる。そなたらがここに来るはるか昔より、この地は我が庭ぞ。だから包み隠さず申せ、あの『鉄妙見(くろがねみょうけん)』こそが黄金、まさしく自ら金を生み出す『滴金宝輪(ドラウプニル)』なのであろう」



羊太夫が初めて見せる表情をする。驚愕と、恐怖と、怒りと、あらゆる感情がないまぜになった顔で頼義を凝視する。



「古き時代、まだ周囲が青銅を主に使用していた頃に、突如としてそれまでに無かった『鉄』を武器にした民族が勃興した。青銅より重く、硬く、頑丈な鉄器を使った彼らは瞬く間に近隣の文明圏を席巻し一大帝国を築き上げた。その中の一つの都市国家を『ハットゥシリ』といい、王の名を『ハットゥシャ一世』と言った」


「…………」


「帝国亡き後彼らは東西に散り散りになり、一方はこの東の果てまで、他方は西の果ての斯干的揶瓦(スカンジナヴィア)にまで到達した。そこでもやはり彼らは鉄と黄金を求めて様々な伝説を残した。その一つが『九日ごとに八つの分身を生む黄金の腕輪』、そうだな。お前らの奉ずる『鉄妙見』もまた幾夜を経て己が自身と同じ物を無限に複製する黄金なのであろう?」


「き、きさま……なぜ、そのようなことを……」


「舐めるでないぞ。『私』は『彼方』より世界を見通す者。『彼方』においては西も東もあろうものか、全ては我が視界の内よ」



干からびた羊太夫の肌にドロリとした脂汗が流れる。金平も光圀(みつくに)も、今の「八幡神」の指摘した「事実」に信じられぬといった顔をした。



「じゃ、じゃあ『鉄妙見』ってのは将門の隠し財宝のありかを示す手がかりなんかじゃあ無くて……」


「そうだ、その『鉄妙見』自体が莫大な富を生み出す財宝そのものなのだよ」


「し、しかし(にわ)かには信じられん。そのようなものがこの世に存在するなど……」



光圀も頭では理解しているものの、到底現実感を伴うものでは無かった。だが金平にはある推測が成り立っていた。他ならぬ「鬼狩り」である彼だからこそ至った結論である。



「まさか、そうなのか?もしかしたらその『鉄妙見』が……」


「そうだ。自ら金を生み出す黄金の正体。それはその黄金の中に異界へ通ずる『道』が開かれているという事だ。すなわち、黄金自体が『鬼』という事よ」



金平が目を見開く。鬼!まさか黄金それ自身が「鬼」だというのか!?だがその事実は金平を大いに納得させた。異界の膨大な霊力(エネルギー)を糧として際限なく黄金を生み出す、人間の欲望の極致。そのようなものがこの世に存在していてはそれを巡って血みどろの奪い合いが起こるのは当然の事だ。



「……いやはや。そこまで看破されてはお手上げだな。そこな神様の申す通りだ。あの『鉄妙見』こそが我らの財力の根源。あれぞ正しく我らに富と繁栄をもたらす『ラインの黄金』であったのだ」



羊太夫が観念したかのように頭を垂れる。



「そして、それを将門に奪われたと」


「左様、そしてその覇業の途中で将門公もまた盟友であった良文(よしふみ)公に裏切られ『鉄妙見』を奪い取られた。資金源を失った将門公はみるみる勢力が先細りとなり、ついには滅んだ。そして我らも一度は良文公から『鉄妙見』を奪い返し、秩父の『妙見山』に隠したのだが、また良文公に奪われ、そのまま行方知れずとなっておった。よもや相模国(さがみのくに)に流れ着いておったとはな……」


「良文ってのは鎌倉にいた平忠通(たいらのただみち)碓井貞光(うすいのさだみつ)のとっつぁんの爺さんに当たるやつだろう。黄金目当てに将門を裏切るとはいい性格してるぜ」


「良文公の真意は知れぬ。元々引間(ひきま)七星山(しちせいざん)から『鉄妙見』を盗み出したのは良文公であったからな。そもそも自分の物と思い込んでおったのやもしれぬ。だとすれば浅ましい限りよ」



金平は考える。黄金を生み出す仏像を手にしていたのなら、それを保管していた平忠通ら「鎌倉党」の連中がそれを知らないはずがない。ということは彼らもまた「鉄妙見」によって生み出された莫大な量の黄金をどこかに蓄えているのかもしれない。



「そして今は『鉄妙見』は千葉小次郎(ちばのこじろう)の元に渡っておるという事か。因果なものよのう、巡り巡って将門公の血筋の元に帰ったか」


「千葉小次郎について何か知っているのか?」


「……あれは前の上総介(かずさのすけ)平忠常(たいらのただつね)であるとお前らは思っておるのだろう?」


「そうだ。……違うのか?」


「いや、あの男は正しく平忠常よ。しかしあれは忠常であって忠常ではない」


「どういう事だ?」


「あの者の中にはな、もう一人の魂を宿しておるのよ」


「もう一人?もう一人とは?」


「あの肉体には二つの魂がせめぎ合って宿っておる。即ち、平忠常本人のものともう一人……『平新皇将門』という魔王の魂がな」

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