表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/90

上州多胡郡羊太夫邸・羊太夫、多胡氏の由来を語るの事

「その碑はの、『多胡(たご)碑』と言って、今を遡る事三百年前の昔、我が一族がこの国で初めて国産の銅を産出することに成功した功績に際してお上より賜ったものなのだよ、頼義どの」



羊太夫(ひつじだゆう)」を名乗る老人は顔を歪ませながら語る。皺に埋もれてその面相はまるで伺えないがどうやら笑っているものらしい。羊太夫の後ろには馬を繋いで休ませてきた大宅光圀(おおやけのみつくに)が立っている。どうやら無事に目的の屋敷を発見し、主人をここに連れてきたようだった。



「それまでこの国では金属の鉱床を見つけ、管理し、精錬する技術がまだまだ未成熟でな、京都で使われる銭貨も大陸より輸入したものを利用し、自前の貨幣を持っておらなかった。我が『多胡』の一族が初めて秩父の奥山で大規模な銅鉱床を発見し、そこで精錬した銅を上貢したものが『和銅(にぎのあかがね)』であり、それを元に作られたのが本朝初の自国貨幣『和同開珎(わどうかいちん)』じゃった」



「へー」



珍しく金平が素直に感心する。いつも賭け事の種銭に使うジャラ銭の大元を作ったのがこの人物の祖先に当たるというわけだ。



「多胡って名前に聞き覚えがあると思ったが、確か出雲にも『多胡』という名の氏族がいたな。あっちも青銅や鉄の産出を生業としていたはずだ」



羊太夫が意外そうな顔をした。



「大きな人、詳しいの。お前さんも()()()系のお人であるか」



老人は興味深げに尋ねる。金平は黙って鎌倉でして見せたように自前の剣鉾を地面に突き立てて砂鉄の集まった刀身を見せる。



「ほうほう、『磁鉄』であるか。近江のものと見たが。さすれば『伊吹(いぶき)』か『息長(おきなが)』の者であるか」


「息長の方だ。ここのお隣の国にもウチの一族がいたと聞くぜ。ついでに言うと俺の名前は『下毛野(しもつけぬの)公平(きみひら)』ってえんだ」



金平が自分の公式の名を名乗ると、老人は落ち窪んだ眼窩(がんか)の下から目を丸く見開いた。



「おうおう、下毛野(しもつけの)の者であったか。なるほどなるほど」



なぜか老人は嬉しそうに見える。何か金平の一族に思い入れでもあるのかもしれない。



「まあ、こんなところで立ち話もなんだ、屋敷へまいられよ。そこでゆっくりお話しいたそう。『鉄妙見(くろがねみょうけん)』の事が知りたいのであろう?」


「!?」


「話は長くなるでな、まずは茶でも飲んでゆっくりいたそう」



老人は年寄りらしからぬ軽快な足取りでスタスタと頼義たちを屋敷へ案内し始めた。



「羊太夫」の屋敷は川に面した山あいの斜面に建てられていた。増水対策のためなのか石垣で高床に造られたその建物は屋敷というより「城塁」と言っていいような堅牢さを備えていた。


老人は頼義たちを奥の間に招き入れる。人の気配は多くするが誰一人取り顔を出す様子もない。どうやらそれぞれに与えられた仕事に没頭しており客人をもてなす余裕もないのだろう。



「ほほほ、不調法はご勘弁くだされ、なにぶん人里離れた田舎集落でな。さて……」



羊太夫は縄編みの丸い座布団に腰を下ろして一つ大きく息を吐く。



「結論から先に言うとじゃな、確かにあの『鉄妙見』を作ったのは我が一族であるよ」


「!?」



それを聞いて座がどよめき立つ。



「本当かよ!?そいつは一体なんなんだ!?本当に将門(まさかど)の隠し財宝の手がかりとか言うんじゃねえだろうな?」



金平が焦って詰め寄る。その巨体を頼義と光圀が同時に襟首をつかんで引き戻す。



「順を追って話すから落ち着きやれ大きい人。ちゃんとお前さんの聞きたいことも後で説明してやるのであるよ」



羊太夫は薬湯を一口すすってから話し始める。



「そもそも『()』とは大陸において唐国よりさらに西方に住まう民族を指すことばでな。元は『あごひげ』と言う意味だそうな。その名の通り男子は皆豊かな髭を蓄えるのが習慣だったそうな、それこそ羊のようにな。ふぉっふぉっふぉ」



髭も生えていない羊太夫が笑いながら言う。



「彼らは三千年という長い年月をかけて少しずつ西の故国から移動を続けてな、その土地その土地に根付きながら自分たちの文化を伝え、また土着の文化を吸収しつつ、遙か東の果てのこの国にまでたどり着いたのよ。彼らの持つ技術は多くあったが、中でも最も重宝されたのが製鉄の技術だった。それまでこの国には独自の精錬技術もなく、大陸から輸入した青銅を加工する程度のものじゃった。そこで我が一族が初めて秩父において銅鉱床を整備し、国産銅の安定した産出を可能にしたのだ」



羊太夫は落ち窪んだ眼窩で遠くを見つめるように語る。これもまた代々語り継がれる一族の誇りある歴史なのだろう。



「その功績を祝って帝は元号をそれまでの『慶雲(きょううん)』から『和銅』へと改元なされ、我らには褒美として上野国(かみつけのくに)のこの地域を所領としてお与えくださった。その事を記念して作られたのがあの『多胡碑』と『鉄妙見』だった。それ以来この土地には『鉄妙見』に導かれるように大陸からの『胡人』が多く集まるようになったのだよ」



頼義たちは黙って老人の話を聞く。



「それから後も、我ら『多胡』の一族は各地へ赴いて鉱山の開発や製鉄の技術の普及に努めておった。それ、そこな息長の一族の者よ、お前さんの一族とも地方の採掘権やらを巡って色々と対立をした事もあったろう。そのあたりの話は記紀にも記されておるよ。のう()()()()()()の一族よ?」



金平は面白くもない、と言った顔で横を向く。確かに金平の先祖である「息長氏」は多胡氏と同じく製鉄技術を各地に広める事で多くの勢力を獲得した一族である。彼らの進んだ行跡は「ヤマトタケル」の伝説として各地で人々の口に語り継がれている。



「そうして長い年月をかけて我らは莫大な財力を各地の金鉱からかき集め、蓄えた。それこそ一国を動かすほどにのう。そこに目をつけたのが当時下総において叔父と対立を深めておった平将門公でな」



「将門」の名が出た事で座に緊張した空気が走る。



「将門公は親類の平良文(たいらのよしふみ)公を通じて我らに協力を求めた。どのような約定があったのかは言えぬがとにかく儂は将門公に協力してその資金を提供した」


「儂はって、まるでアンタが自分で将門と交渉したみてえなこと言うな」


「そりゃそうじゃ、実際儂が直接将門公と約束事を決めたでな」


「はあ!?そんなわけあるかよ、じゃあアンタ七十年も前からここの親分やってたって事かい!?一体幾つだよ爺さん」


「さあて、齢など百八を越えてからは数える事もなくなってしもうたわい」



歯のない口を大きく開けてふぁっふぁっふぁと老人は笑う。金平もあんぐりと口を開けて押し黙ってしまった。




「さて、我らは将門軍に資金を提供すると約束したわけなのだが、その証として、我ら多胡一族が奉じる守護神像の『鉄妙見』をかの者に預けたのだ」


「……つまり『鉄妙見』ってのはアンタらが将門に協力するという証文みてえなもんだったという事かい?」



金平が聞く。



「まあ、有り体に言えばそういう事じゃな。言わば我らの守護神を人質に取って身代を支払う、と言った体裁で我らは資金を流した。あくまでも中央には『将門公に脅されて嫌々ながら協力した』という言い訳のためのおためごかしであったわけだが」



「なるほど」



金平は納得する。



「なにを感心しておるのだ息長の小僧。此奴(こやつ)、肝心な事を何一つ語ってはおらぬぞ」



金平の後ろで唐突に威圧的な声が響く。声の主に気づいた金平が怒りの目で振り向く。そこには青く輝く瞳を開かせた頼義が「八幡神」の声で口を開いた。



「上手い事(とぼ)けようとしてもこの『私』は誤魔化せぬぞ羊太夫(ハットゥシャ)。遠くより海を渡って鉄をもたらした『ハッティ』の末裔よ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ