盗人4
ちょっと勇気を出すことで
新しい発見がある
決め付けで全てを避けてしまうのは
あまりにももったいない
「……ん、んんっ……」
「お、起きたか?」
「!?なっ!!!っ、……」
「……だ、大丈夫か?」
辺りは既に暗い。ポルターガイストだという少年はやっと起きたと思ったら、驚いて後退り、木に頭をぶつけた。
「な、なんっ!えぃっ、つぉらふっ」
「お、おい……」
「えわぁぁあぁわぅ!!ちょちょちょ、」
「おおお落ち着け!!」
「二人とも落ち着いて下さい」
「どぅあっしゃべ!?」
さっきからもう、なんなんだその擬音は。危うくこっちまで噛みそうになった。少年が頭をぶつけた木の上で、ミーシェが呆れたように二本の尻尾を降っている。
「にゃ、な、なんなんだよぉっ!!」
「いや、それこっちのセリフ……」
「ひぃっ!!!」
俺はなにもしていない……。完全に俺が悪者になってしまっている。被疑者が被害者になるのはよくあることだ。このままではいけない。早く落ち着かせないと……
「まぁその……悪かったよ。結構思いっきりぶん投げて……」
「ひぃっ!ひっ!ひぃっ!!」
「……リュック盗られたくらいで気絶させることはないよな、うん……」
「ひぃっ!ひっひっひっひっ……」
「いや、お前が思った以上に強かったからつい、こう……」
「ひぃぃぃぃぃぃぃいいい……」
「うるせぇえっっ!!!」
ゴツンっ
「うっ……」
「なんなんだよ、さっきから!?」
ひーひーひーひーわめきやがって!こっちは懸命になだめようとしてプライド捨てて、悪かったとかこいつのことを強いだとか言ってんのに。いや、まぁビックリしたのは本当だけど。でも俺が必死になるほどでもなかった!……あ、結局また殴ってしまった。
「『火』ですよ」
「ん?」
「あなたが炊いた火が怖いのでは?」
「……あぁ、そういうこと……」
少年から取り返したリュックの中にチャッカマンがあったので、木を集めて薪をしているのだ。だからひーひー言っていたのかと分かると同時に分かりにくいわ!と心の中で突っ込んだ。
「火は自然の中で脅威。この世界の者なら当たり前に怖いものですと言ったのに」
「そんなこと言ったってなぁ。まぁ願ったり叶ったりじゃないか。これで何も寄ってこないんだから」
「私たちも避けられてます」
「うむ、慣れてくれ」
「無理無理無理無理無理無理!!!」
少し正気に戻ったと思われる少年が叫んだ。顔を真っ青にしてぷるぷると首を振る。
「消すのが無理」
「……うっ、ううっ」
はんべそになっている。ミーシェも木の上から降りてこないし、火の脅威はかなり強力なようだ。
「…………」
「え?なんて?」
「どうして僕を殺さないんだ?」
……この子は何を言ってるんだろうなー、急に。
「何のメリットがあるんだ?囮にでも使うのか?非常食か?それともいたぶってから瀕死のところを……」
「まてまてまてまてまてまて!!!じゃあ聞くが、殺して何のメリットがあるんだ?」
「……?」
「……?」
「はぁ?」
「あぁ?」
こいつ何言ってんだ、みたいな目で見るな。俺だって同じ気持ちだよ。
「私は、碧斗さんが変わっているんだと思いましたよ」
「え、俺……?えー。」
「ほらみろ」
「うるせぇ」
近頃のガキはクソ生意気だな。……ミーシェの馬鹿!
「普通はハントに負ければ殺され、勝てば自分のすきなように出来る弱肉強食です。あなたのように放っておき、親しく話しかける者などいませんよ」
「そういうもんなのか?酷い世界だな」
「厳しい世界と言って下さい」
俺の行動は普通じゃないらしいが、こいつを殺して得するわけでもないし。殺すとか……そんな簡単なもんじゃないし。
「まぁいいじゃないか、なんでも。でもやっぱ火は我慢してくれ。いろいろ役立つことがあるんだ。ほれ、食えよ」
「……?」
「ミーシェも降りてこーい」
小さく縮こまった少年と、火からかなり離れたところに降りてきたミーシェに手渡したのは、肉。俺が少年と戯れている間に、ミーシェが切っておいてくれた巨大猪に塩をかけ、こんがりと焼いたものだ。料理なんてしたこともなかったからよくわからないけが、こいつらも分かっていないだろうし良しとしよう。
「いただきます」
枝に刺さった大きな肉にかぶりつくと、肉汁がボタボタと垂れた。ふむ、なかなか美味しい。ふと見ると、ミーシェも少年も不思議そうにじっと肉を見つめている。
「なんだ、二人とも食べないのか?」
「猪の肉は食べたことがありません。それにこれは火で……」
「猪肉なんて臭くてグロくて食べたことない」
「んー、とりあえず食べてみろよ。騙されたと思って」
「騙されたと分かっていて食べるのですか?ということはやはり不味いのでは……」
「だ、騙されないぞ。僕は騙されない!」
「……いいから食え」
それから数分、肉とにらめっこをし、先に口を着けたのは少年だった。漂う食欲をそそる香りに耐えられなかったのだろう。ゆっくりゆっくりと肉を口元に寄せ、小さくかぶる。
「……」
「どうだ?」
俺の質問には答えなず、一心不乱に食べ初めた。なんだか俺が嬉しい。それを見て、ミーシェもようやく食べようとする。くんくんと近くで匂いを嗅いで口をつけるが……
「……っ!!」
「大丈夫か!?」
これはネコ科特有のねこじたというやつか!!リアルな猫舌に会えるとは!!一瞬にして興奮しかけた俺だが、ミーシェの機嫌の悪さに思わず黙る。
「……も、もうちょっと冷めてからにしろ、な?」
「…………」
それからはひたすらじーっと肉を見つめ、やっと食べれると判断したときには脇目も降らず食べ初めた。それはまさに……獣。かぶりつく度に鋭い犬歯が上唇から覗く。
……よほど旨かったらしい。二人とも食べ終えると、火のことなど忘れてのんびりとくつろぎ初めた。このまま寝る勢いだ。いや、駄目だろう少年。
「そういや名前聞いてなかったな」
「……リャオミセンド・アゲストラーチ」
「長っ!じゃあリャオな」
「……それでいい」
いちいち偉そうな奴だな。イラッとする。
「俺は久坂 碧斗」
「ミーシェです」
「さぁ、紹介は終わった。そこでだ、お前これからどうするつもりなんだ?」
当たり前のようにちゃっかり居るけども。一応そこんとこははっきりさせておこう。
「俺達、ちょっと行く場所があってさ。結構危なかったりするから……」
「僕も行ってやらんこともない……」
「いや、帰れ」
しまった、ついきつい言葉を……リャオがあんまりにも偉そうに生意気なことを言うから。
「帰る場所は特にない。ここらへんに住んでるからな」
「そんなもんなのか。じゃあまぁ、さよなら?」
手をひらひらと振ると、リャオは俯いてしまった。とぼとぼと俺のそばへ来ると、ぎゅっとズボンを掴む。
「じゃあ、それくれ」
「ん?」
リャオが指差す方を見ると、取り返したばかりのリュックが置いてある。いや、無理だろ。
「あれは駄目」
「……嫌だ」
「いや、嫌だっていわれても……」
「背負いたいんだ!!」
よほど気に入ってしまったらしい。まるで駄々をこねる子供のようにズボンを握りしめ、上目使いで俺を見る。どうしたものか……
「悪いけど、本当に駄目だ」
「…………」
「な、諦めて……」
「じゃあ着いていく」
「はぁ?」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。駄目だ。これはもう駄目だ。完全に心に決めてますって顔をしている。困った。非常に困った。助けを求めてミーシェを見ると、腹が膨れてご機嫌なのか、どたーんと寝転んでいた。おいおい。
俺の視線に気がつき、反動をつけてふせの状態へ転がる。あ、可愛い。
「まぁ、いいんじゃないですか。連れていっても」
「そうはいっても」
「あなたの好きなようにすればいいですよ」
聞こえはいいが、丸投げだ。考えるのもめんどくさいからあとは任せましたということだろう。その証拠に、もう寝転んでいる。
うーーん、まぁいっか。
「よし、リャオ!」
「?」
「お前をリュック背負い係に任命する!常にこのリュックを背負い、何事からも守り抜くのだ!!」
ちょっとかっこよくそう言うと、リャオは目を輝かせた。やっぱり子供だなぁと思いつつも、嬉しい。きっといざというときは助けてくれるだろう。説得するのがめんどくさいというのももちろんある。
リュックを背負い、ピョンピョン跳び跳ねたり回ったりしながらはしゃぐリャオを見て、なんだか兄のような気持ちになる。一人っ子だが、弟がいればこんな気持ちなんだろうか。
「でもホント、危ないかもしれないから大人しくしててくれよ」
「……さっきから思ってたんだが、お前俺のことをガキ扱いしてないか?」
「あー悪い悪い」
お年頃なのだろうか。俺にもガキ扱いされるのが異様に嫌で反発した頃があったものだ。こういうときは周りが気を使ってやらなくてはいけないのだろう。
笑顔を向けた俺に不機嫌な表情をして、少年はさらりとこんなことを口走った。
「言っとくが、僕は200歳超えてるからな」
「……えっ」
「おそらくお前より年上だろう?ガキ扱いするな!」
「……えぇえっ!?」
おそらくっていうかぶっちぎりで年上ですね!いやぁ……見えないっていうかおかしいって言うか。200って!めっちゃおじいちゃんやん。今までガキ扱いしてたのが本当に失礼だったのだとわかったが、申し訳なくは思わないな。扱いは今までどおりでいいだろ。
でもまぁ、こいつが200だ?としたら、ミーシェはいったい……怖いから聞かないけど。