本番、危機、そして完結。
ピゅルルルルルルーーー
例のグリフォンは崖の向こうから姿を現すと、迷わずこちらに視線を向けた。
「なんだあいつ。やる気満々じゃん」
碧斗は悠々と刀を抜いて肩に担いだ。
それを聞いて、三人もゆっくりと立ち上がった。
「碧斗さんも十分やる気のようで」
「懲らしめてやりましょう」
「お前、あいつに舐められてるぞ」
「なんだと!?」
また一際甲高く鳴いたグリフォンに、碧斗はガルルルルと威嚇して見せた。馬鹿っぽいので止めなさい、とミーシェにチョップを食らい大人しくなる。
ちょうど太陽は真上に上がり、そこにグリフォンの影が重なって神秘的な光景が浮かんでいる。その迫力はちっぽけな碧斗をより小さく思わせた。
碧斗は自ら待機し、グリフォンの到来を待ち受けていたのだ。それもかなり早い時間から。
回りがその忙しなさに苛立つほどだった。
碧斗さん、といつものようにミーシェに呼ばれて振り返る。
「とても張り切っているようですが、いけそうなのですか?」
「ふははは、いけるいけるっ!」
「では!何か策が?」
目をキラキラさせて腕にしがみついてきたサーラに晴れやかな笑顔を向け、
「無い!」
「「えっ」」
「なんとかなるって!絶対!」
何故絶対だと言い切れるのか。
ふはははと胸を張って笑う碧斗をパチクリと瞬きしながら見て、二人は顔を見合わせた。
そして、くすりと笑う。
なんともこの人らしい。
「いや、笑ってる場合じゃねぇぞ」
自分だって励ましに行くくらい碧斗様のこと大好きなくせに、とサーラがからかおうとした時、聞き慣れた鳴き声と共に大気がかき混ぜられる音がした。
もう間近に迫っている。
作戦もくそもなく、ミーシェ、サーラ、ティアラの三人がグリフォンに向かって駆け出した。
この間と同じように対応する。
残念ながら目は完治しており視界は良好のよう、さらに警戒されていて、サーラが目を狙って放った矢は翼でことごとく跳ね返された。
しかし動きに慣れてきたのはお互い様。
三人は見事に応戦した。
碧斗はそれを見て一つ息を吐くと、アラクネにみっちりと習った発動に必須の動きに入った。
健を利き手である右手に持つと、柄の部分が目の前にくるよう刃先を上にして真っ直ぐに立てる。
背中に回した左手でバランスをとりながら一度上に突き刺す。そのまま連続で右足を出しながら前へ突く。
刀を動かさないようにしながら体を反転させ、左手で握った刀を体を軸に大きく振り回し、一周させた流れで地面に突き刺す。
すぐに抜いて方膝を着くと、横凪ぎに地面に曲線を描く。
その線に両足を揃えて立ち上がりながら刀を真横にして目線の高さに持ち上げる。
再び上空に突き上げ、ゆっくりと体の前に下ろして……終わり。
一見何かの儀式か舞のようにも見える動きだ。
簡単に思えるが、なめらかに力強く、優雅に俊敏に、真っ直ぐに曲線に、というような数えきれない注意点を全てこなそうと思えば難関だ。
しかしアラクネの特訓のおかげか、元々持っていた運動能力の力も借りて、碧斗は見事にこの動作を終えた。
準備は整ったわけだ。
碧斗は一歩踏み込むと同時に力強く叫んだ。
「いくぞ!」
碧斗の動作に三人が合わせてくれているのが分かった。
心強い。
グリフォンは碧斗の突撃に気が付いて意識をそちらに向けた。
前回一度刺されているのだ。警戒して当たり前だろう。
三人の攻撃は実に邪魔してくれ、危険なものではあったが致命傷はない。
だからあの人間の刀だけは避けようと思っていた。
しかし次の瞬間。
ふとその人間が姿を消したのだ。
動揺したグリフォンの隙を、三人は見逃さなかった。
グリフォンは動きを封じられ、焦る。だってすぐそこにはあの人間が……
「おらぁっ!!!」
鷹と獅子の境界、胸にはぐっさりと刀が刺さっていた。
既にリャオによる魔法は解かれ、碧斗の姿は見えている。
それを見て、近くにいたミーシェとティアラはすぐさま離れる。
巻き込まれては敵わない。
碧斗を襲おうとしたグリフォンの嘴は、間に合わなかった。
『その方、肉を焦がし骨を散らせ!』
碧斗の声が高々と響き渡る。
刀は薄く輝きを放ち、この世界の住民は確かに魔力を感じた。
思いを乗せるのはドラゴンの心。
ドラゴンなんて知らないが、自分の身を守る為に全力で戦ったはず。
そう、自然の中で生きるための思い!
俺はここにきて学んだ!
「いけぇっ!」
刀の輝きは徐々に増し、心なしか赤い炎が見える気もする。
心は一つだった。
燃えろ、燃えろ、燃えろ!
ピークに達したように見える刀の光。
そして━━━……消えた。
「……失敗?うぐっ」
翼が叩きつけられ、碧斗は軽々と吹っ飛んだ。
グリフォンは胸から血を流しているが、動きの切れに衰えは見えない。
それを見て、三人は再び攻撃に出た。
予想していたことだ。
むしろ失敗する可能性の方が高かったのだ。
それを知っていても、理解していても残念でならない。
失敗した。
もう切り札はない。
これは半分諦めだった。グリフォンに対抗できる力はないのだ。
しかしここで戦うことを止めれば真っ先に餌食となるのは自分達だ。
それに、巻き込まれる形になった碧斗が元の世界に帰れなくなる。それは不本意だ。
あいつは逃がさなければならない。
誰ともなく叫ぼうとしたとき、
「おいっ」
攻撃の合間に見ると、碧斗がゆっくりと立ち上がるところだった。
やっぱこの服は特注品だな。痛いけど……痛くねぇ。
くっそ、ダメだったか。
ブツブツと何やら呟きながら立ち上がった碧斗は晴れ晴れとした顔つきで頭を上げると、刀を持っていない方の腕を真っ直ぐに前に伸ばして人差し指を立てた。
「もう一回!」
くっそ~~~、ドラゴンの気持ちはこれじゃないのか?それともドラゴンじゃなくて製作者の気持ちか?
「何言ってるの!!」
草影からリャオが姿を現した。どうやら怒っているようだ。
「無理だったじゃん!駄目だったじゃん!また危険な思いして突っ込む意味なんて無いよ!逃げなきゃ!」
皆が思っていることを代弁してくれたリャオに対して、碧斗は一瞬圧されたがふと笑みを溢した。
「なぁ。うちの世界は人間が支配してるんだ。こんな何の能力もないひ弱な人間がだ。何故だか分かるか?」
リャオは答えない。
戦っている側も答える余裕など無いが、分からない。質問の意味も今一分かっていなかった。
碧斗は堂々と胸を張って立つと、人差し指を立て腕を真っ直ぐに上に伸ばした。
「それは失敗に失敗を重ね、何度も試行錯誤をした後に人間が強くなれる道具を次々に生み出したからだ!」
「数打ちゃいつか当たる!何回でもやってやるさ!」
「失敗が死じゃないうちは、まだまだ終わらないぜ!!」
ポカーンとしているリャオの反面、戦っている三人はニタリと笑った。
本当にこの男は。
時間稼ぎをして持ちこたえなければはならないのはこちらだと分かっているのだろうか。
もちろんそれがわかっていながらの発言である。
信じているし、頼っている。
最初から、儲けさせてやる代わりにとことん付き合ってもらうつもりでいたのだ。
これが終われば必ずや自分に感謝することになるのだから━━━と言い聞かせて。
「さぁ、二回目いくぞ!」
ドラゴンの気持ち。etc.
製作者の気持ち。etc.
使う側の気持ち。etc.……
「ぐはぁっ」
「お前ぇぇえ!いい加減に決めろやぁぁあ!」
「んなことわかっとるわぁぁあ!」
何度目かの失敗を終え、とうとうティアラが壊れた。
数回前にキレて女性陣もそれに乗っかっていたはいいが、今は声が裏返って悶絶している。女性陣は声を出す気力も失ったようだ。
が、それはこっちも同じ気持ちだ!
そろそろネタが無くなってきた。もうどこの誰のどんな気持ちを思い込めばいいのか分からない。
ちくしょう、と唇を噛み締めながら再び体を起こした。
ここまで来て引くわけにはいかない。
グリフォンも相当疲れているのが丸分かりのフラフラとした動きをしている。しかしこちらも疲れているのは同じで、どっこいどっこいだ。
ここで逃げられればまたも面倒臭いことになる。出来れば今、そろそろ決めてしまいたい。
だからどうすれば!?
失敗したなかでも惜しいと思うようなものはあった。だがやはり決定打に欠けるようで。
碧斗は無心で発動に繋げる一連の動きを行い、駆け出した。
サポートを受けながら渾身の力を込め、グリフォンの首もとへと突き刺し唱える。
するとここで、プツンと何かが切れた。
無心だ。なんのことも考えることができない。集中力が途切れてしまったのだ。
それに伴い刀の輝きは薄れていく。
まずい、と思いながらもどうすることも出来ない。
グリフォンが大きく足を振りかぶった時だった。
「あなたの今の本心は!」
もうすっかり親しみの感じるアルトとソプラノの中間の声。
以外とよく響くそれはしっかりと碧斗の耳に届いた。
俺の、今の本心?
「そろそろ、時間じゃないか」
そう呟いた拍子に、刀はみるみる輝きを取り戻した。一気に赤も見え始め、グリフォンは動きを止める。
碧斗は残った力全てを全力で吐き出しながら、刀に力を込めた。
「腹減ったんじゃあぁぁぁあ!!!」
内側からの熱に、グリフォンは苦しみの鳴き声をあげる。羽ばたこうとするもそれも出来ないほど、熱い。
そしてうっすらといい匂いがした━━━ように碧斗には感じられた。
それを引き金にさらに力を込めて刀を突き上げる。
「うおおおおおおおお」
喉が焼ききれ、声が出ない。
体を動かすとどこもかしこも痛く、だんだんと意識は遠退いていった。
翼を広げながらも、とうとうグリフォンは横倒しに倒れた。それを見て、碧斗を含めた皆はストンと座り込む。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは碧斗だった。
「俺、やったか?」
グリフォンはピクリとも動かない。
パッと見は変わり無いが、本当に内側から焼かれてしまったらしい。
「碧斗さまぁぁぁあ!!!」
「うおっ」
サーラが背中から抱きついてきて倒れこみそうになりながらも、笑顔を向けて頭を撫でてやった。
「お前、とことん決まらねぇなあ。なんだよ、腹減ったって」
「仕方ねぇだろうが、本心だったんだから」
「お前らしいけどな」
サーラを引き剥がしながら笑うティアラ。互いの顔を見ながら、ニタッと笑った。
「やりましたね」
ミーシェは始めに会った猫の姿になっていた。
咄嗟に抱き上げ、ギュッと抱き締める。
「お前のおかげ。ありがと、ミーシェ」
「……苦しいですよ」
そう言いながらも照れたように言うミーシェはペロッと碧斗の頬を舐めた。
それがきっかけだっただろうか。後になってみれば分からなかったが、ふとミーシェにチュッと口付けをした。
ミーシェは猫だから表情はわからない。ただ黄色い瞳を名一杯開いていた気がする。
何を思っていたか確認出来なかったのは、そのキスの直後に背後にあの空間の裂け目が現れて碧斗を吸い込みだしたからだ。
「うえ!?なんじゃこ……うわぁぁぁあ!」
「碧斗さん(様)!?」
「おおおおすげぇな」
しばらく抵抗していたものの、吸い込まれるのは早かった。
「くっそ、このっ」
いきなりすぎる!
そう思うも、対抗する術は無し。
体が浮いたかと思うと、一気にあの世界が遠くなった。回りには変な色のグニャグニャが見える。
裂け目が閉じかけた時、
「碧斗!」
ティアラの声だけが届いた。
「まだ願い言ってなかったよな!」
今それどころじゃねぇよ!と答える前に、ティアラの声は続いた。
「また絶対に来い!」
それを聞いたとたん、自然と笑みが漏れた。
「勘違いすんなよ、妹の為だ!」
「碧斗様!」
「碧斗さん!」
あー、そういや、きっかけはミーシェだったか。この世界に来たのも、皆に会えたのも全部……
「また必ずどこかで!」
気がつけば、目の前には白い壁。否、天井があった。
母親に「心配かけて!」と殴られる三秒前のことである。
「くそ、わしを残してどうなっ……」
アラクネが駆けつけた時には、一点を見つめて呆然としている四人と横たわるグリフォンが居るだけだった。
それだけで全てを語るには十分だった。
あいつ、やったのか……
その一点の下には刀やら何やらが弾き出されたように散乱している。
ふと、四人は一斉に立ち上がるとそれらをかき集め、どこかに歩き始めた。
「おい、お主ら」と声を掛けようかと思ったが、それも止めた。これはアイツが悪い。
そもそもアラクネは無理矢理戦おうとしたところをリャオに眠らされていた。アラクネもリャオがあそこまで力をつけているとは思わず、油断したのだ。
それはそうと、碧斗を強制送還したのはシェルであろう。
もともとそのつもりだったに違いない。ここに居たいなどと言われるのが、あいつにとっては一番面倒なことだろうから。
そして四人は物をシェルに返すということを名目にシェルに文句を言いにでも行ったのだろう。
助けてもらっといてなんだが、シェルを庇う気には一切なれなかった。
アラクネはしばしまた平和になるだろう空を見て、大きく伸びをした。
━━━このまましばらくは平穏であってくれればのう。
そう思った矢先の話である。
サラサラと砂が擦れるような音に反応してグリフォンの方に目を向けた。
凝視するアラクネの目の前で、グリフォンの体は砂のように分解して風に乗って舞っていく。
刀の魔法による副作用かと思った。
しかし、しばらく見ているうちにそうではないと嫌でも悟ることになった。
グリフォンが居た場所には、人間が横たわっていたからだ。
「また、忙しなくなりそうじゃのぉ」
本編完結です。
ありがとうございました!
うやむやにして終わるのが好きなので、なんだかすみません。
後のことはご想像にお任せします。
読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
番外編で、シェルとアラクネの過去を書く予定です。興味も持って頂けた方は是非そちらもどうぞ。




