準備5
「そうは言ったって何が足りないのか分からないんじゃどうしようもねーんじゃねーか?」
「おい」
「動作は完璧ってことは……やっぱ気持ちか?ハート?世界のために命を投げ打つみたいな……」
「おいっ」
「いやでもそんなん普通に無理やろ。そこまで大層な男ちゃうで」
「何語だそれは。」
「どーすっかなー、感覚が大事なんじゃね?ティアラらへんで試し切りでもしてみるか」
「てめぇ絶対聞こえてんだろ!?ふざけんなよ!!」
「ん?よー、ティアラ。あ、今の聞いてた?」
「ああああ、お前がそのおかしな役割でも背負ってなきゃブッ飛ばしてぇ」
いやん、と体を抱いて上目遣いに見上げてくる碧斗を本気で殴ろうかと考えたティアラだったが、その異常なテンションに本の少し違和感を感じた。
碧斗は至って普通に、むしろ機嫌よさそうに見える。
しかし昨日の出来事を知っていれば感じる空回り感。
無理しているのだとティアラには分かった。
このとてつもなく分かりにくい態度にティアラはため息をつく。
向こうの世界がどんなものであるかは全く知らないし興味もないが、こいつはこの変な癖のせいで苦労したんだろうなと思ったのである。
それは事実的を得ていた。
「で、何だっけ?」
碧斗は何も面白いものは無いというのにヘラヘラと笑っている。
「……そろそろ寝ろ」
素っ気なくそれだけ言った。
既に辺りは暗闇に包まれていた。
碧斗が一人で瞑想している間にかなりの時間が経っていたのだ。
皆はもう寝ていて、「あいつは放っておけ」というアラクネの言葉を最後に意識を手放した。
そこには蜘蛛と猫と馬と少女が一緒に寝ている異様な光景があった。
かなり疲れていたのは当たり前で、珍しく全員が熟睡している。
もちろんティアラも例外ではなく、すぐにでも眠りにつきたいのだが、この面倒くさい人間のせいで寝付けずにいたのだ。
妹がいるせいか、実はかなり面倒見のいいやつなのである。
「ん?あぁ……寝る寝るー」
こいつは不器用か!とティアラは内心驚いた。
どこのどいつが「寝る」という言葉をそんな明るいテンションで言うのだ。
よく今までそれでやってこれたな。
寝ると言いつつも碧斗は体を横にしない。
いつまでもヘラヘラと笑っている。
━━気にくわない。
「おい」
一層低くなった声に反応して頭をあげた碧斗はティアラの眉間のしわが濃くなったことに気が付いた。
そして相変わらずの表情で「どうした?」と首を傾げる。
ティアラの苛立ちはピークに達した。
「ヘラヘラしてんじゃねぇよ」
その発言に多少は驚いたようだが、碧斗はすぐにまた笑った。
それはもう、感情を素直すぎるくらい真っ直ぐに表すティアラにしてみれば気持ち悪かった。
言い方に少し語弊がある。いっそ不気味だったのだ。
気がつけば、ティアラは碧斗の胸ぐらを掴んでいた。
無理矢理に立たせ、顔を付き合わせる。
今度はさっきの比にならないくらい驚いていた。パチクリと瞬きし、ティアラを真っ直ぐに見つめている。
「うぜぇんだよ。お前、救世主にでもなったつもりか?別にお前が失敗したってグリフォンをどうにかする方法なんざいくらでもあるんだよ!」
これは半分本当で半分は嘘だ。
碧斗が失敗をすれば少なからずこのテリトリーでは犠牲がでるし、食物連鎖も崩れるかもしれない。
しかしそれら全ては人間には全く関係のないことであり、もしそうなったとしても、それも自然の流れの一部であるから仕方ないことなのである。
最悪、シェルもいる。
他にも力を持ったものはいるし、本当になんとかなる可能性もある。
「誰もお前にそこまで期待してねぇよ。ただ成功したら儲けもん、くらいだ。お前が刀ぶっ刺すまでは俺らが引き受けるんだし死ぬこともないだろ。あんま考えんなよ」
手を離しても、碧斗はずっとティアラを見続けていた。
何故か居たたまれなくなったティアラは視線を反らし、皆のもとへ戻ろうとした。
「ははっ」
「……なんだよ。笑うなっつってんだろうが」
「いやいや」
ムッと来て振り返ると、どうやら碧斗は今度は本気で笑っているらしかった。
ケラケラと子供のように笑っている。
「いやー、ティアラは優しいなーと思って」
「キモい」
「ひどっ」
またケラケラと笑う。
ティアラは一層不機嫌そうな顔をしたが、それもまた笑えてきた。
お前はツンデレかっ!
先程の一見暴言に聞こえるものも、ティアラなりの優しさなのだと思う。自分が必要以上に気負わないように、もし失敗しても元の世界に帰れるように。
こいつも面倒見良すぎて苦労してるなぁと碧斗はまた笑った。
怒りを通り越して呆れた様子で、ティアラはまた背を向けて離れていった。
救世主じゃない、期待してない、それらは本年だと思う。事実自分でもそう思う。
だが確かに成功すれば「儲けもん」だ。
その「儲け」をさせるためにシェルは自分をここに送ったのだろう。本当に確実に成功させるために送るなら、使い方を教えてから送るはずだ。
最悪ここで逃げ出すことも出来るのだ。
寂しいことに誰も止めないだろう。
「なあ」
ティアラは無言で振り返る。普段は短期で怒りっぽいのに、こういうときには無視しないところがこいつらしい。
「俺を舐めんなよ。お前らにたっぷり儲けさせてやるよ」
自信満々に言い切った━━ように見えたはずだ。
本当は不安で仕方ない。なんせ解決方法は見つかっていないのだから。
しかしここで引いては男が廃るぜ!というのを方針に強がってみたのだった。
気持ちで負けていては話にならないのだから。
ティアラは一瞬驚いたようだったが、珍しく笑み(馬鹿にしたようだが)なんか浮かべて、また離れていった。
「期待せずに待っててやるよ」
「大いに期待しろよ!」
ヒラヒラと手を振って歩いていく背中に向かって盛大に突っ込み、また笑った。
こんな会話をするのはいつぶりだろうか。
ティアラのことは気にくわない、と最初は思っていたが、今は大分そうでもない。
向こうはどうか知らないが。
そう言えばさっきキモいとか言われたな。それはあまりにも酷くないか。
などと考えながら、碧斗はゆっくりとまぶたを閉じた。
やってやるしかない。
さっき自分で言ったではないか。気持ちで負けていては話にならないと。
俺は炎を出す!そしてあいつを丸焼きにする!
そもそも考えてみるか?
この刀の素材となった竜は自分を守るために魔法を使ったはずだから、炎もその目的を持てば出るはずだ。
それとも製作者の気持ちで考えてみるか。
作った奴の目的は何だ。あの動作はセオリー的なもので決まったとして、今足りないものは製作者の心だ。
そいつは何を目的にこの刀を使っていたのだろう。
碧斗の意識は深く落ちていった。




