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第2章 第1話 【 システムハック・領主降臨 】

深夜のオフィス。フロアには俺の荒い呼吸と、PCのファンが唸る音だけが響いていた。三日連続の徹夜。過労で視界が歪むなか、ようやく提出資料の最終確認が終わる。達成感というよりは、ただの空虚だ。「こんなものか……」。俺の人生をすり潰して捻り出した数字は、誰の命も救わない。画面のカーソルが点滅するたび、俺の意識は深い泥の中へと沈んでいった。


意識が浮上したとき、そこはコンクリートの壁ではなく、古ぼけた石造りの屋敷の一室だった。


「……夢か?」


頭に流れ込んでくる膨大な記憶。ここは辺境伯領。大陸の片隅にある、資源も魅力もない貧しい土地だ。この肉体の主は、無能な地方貴族の次男坊。領地は腐敗しきった領主──俺の兄が、農民から法外な税を巻き上げて私腹を肥やしているせいで、餓死者が出る寸前だった。


俺は自分の手を見た。指先に微かな光が宿る。脳内に浮かぶのは、この世界の「ことわり」を書き換えるためのコマンドラインだ。

「――事象ハック能力。なるほど、これなら。」


俺は立ち上がり、窓の外を見下ろした。領民たちがわずかな配給を求めて行列を作っている。その列の先には、ふくよかな体躯の領主が、冷笑を浮かべながら偽りの慈悲を振りまいていた。


俺は思考を加速させる。脳内のコンソールにコマンドを入力する。「領主の徴税台帳」という広大なデータベースへ侵入し、その論理構造をハックする。領主が積み上げてきた「正当な税収」という概念を、「不正な横領」というバグへ書き換える。


指先をスナップさせた。


広場に、突如として奇妙なノイズが響き渡った。領主の持っていた重厚な徴税台帳が、青白い光の粒子となって空中に分解される。そして、そのデータが広場の巨大な掲示板へと転写された。


『徴税額の内訳:隠し資産8000万ゴールド。内訳:農民の命を糧とした奢侈の記録』


一瞬の静寂。次いで、広場が轟音のような怒りに包まれた。


「なんだこれは!?」と叫ぶ領主の首根っこを、俺は屋敷のバルコニーから見下ろす。彼の背後に控える護衛たちが狼狽する。彼らの持っている剣のステータスまでも、俺は「錆」へと書き換えた。


「兄上、数字は嘘をつかないといいますからね。」


俺は静かに歩みを進める。警備兵たちが突撃してくるが、彼らが一歩踏み出すたびに足元の床が崩落し、あるいは彼らの靴紐が勝手に結ばれる。物理法則を弄ぶ俺にとって、彼らは止まっているも同然だった。


領主の足元まで歩み寄る。彼は恐怖で失禁し、ガタガタと震えていた。俺は彼の手から印章を奪い取る。それは領主の正統性を証明するものだが、俺の手にかかればただの重りに過ぎない。


「貴族の義務を忘れ、民の血を啜った代償だ。」


俺が指を弾くと、彼の屋敷の地下に隠されていた莫大な隠し金庫の扉が、空中で開かれた。溢れ出る金貨が、広場の農民たちの足元へ降り注ぐ。金貨は偽物ではない。彼が奪い去ったものだ。


「さあ、攻略の続きを始めようか。」


広場が歓声に包まれる。俺は不敵に微笑んだ。権力という名の強固なシステムは、意外なほどあっさりとバグによって崩壊した。

兄の顔は絶望に染まっている。だが、俺の心は驚くほど冷えていた。これは爽快な復讐劇か? それとも、ただのパズルを解いたに過ぎないのか。


屋敷の影から、一人の少女が見上げていた。彼女の瞳には、俺のハック能力への恐れと、わずかな希望が混ざり合っている。

俺は彼女と目を合わせ、ふと我に返る。

システムの改竄は成功した。領主は失脚し、金は民に戻る。しかし、この土地を動かすはずだった「税」というシステムが消えれば、明日の食糧はどうなる?

俺は気づきかけていた。悪をハックするのは簡単だ。だが、その後の空洞を埋めるのは、能力ではどうにもならない現実だということに。


バルコニーから広場を見下ろす俺の影が、夕闇に長く伸びる。民は歓喜している。しかし、その先の未来は、まだ誰にも見えていない。

俺はコマンドラインを閉じる。この物語の攻略は、始まったばかりだ。


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