表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/41

生まれ変わったら君に好きになってほしい

夜が明けると朝が来る。


時間の流れは決して乱れることはない。


豪雨の日の記憶を、それから彼が少しの間、存在したことを誰も思い出せないまま、今日が始まる。




────かつて過ごした部屋の机には、家出の書き置きが残され、その家の者たちはしばらく不安定な日々を過ごした。


兄が家出した少年は、春休みに止めたはずの訪問をまた再開して、その家の犬を愛でる。

一緒に散歩したり、ブラッシングする時だけ少年は自分が何者なのか忘れることができた。


事情も知らないまま、犬の飼い主の女性はただ少年を見守る。

孫を早く助けられなかった罪ほろぼしのように。


その家の青年は大事な少女の為に化粧をし、橋の下へ迎えに行く。


心の中に自分以外の心を宿した少女は、家出をした少年の友人から幾度目かの勝負を申し込まれていた。


しかし、少女は今日も断り橋を目指す。


橋の下で座り、川の流れを睨む。


ずっとずっと永遠に目の前の川の流れを睨む。


やがて、夕暮れが濃くなると女装をした青年が少女を迎えに来る。


少女の心の中のもう一人になりすまして。


永遠は途切れ、少女は青年と家路についた。


そして、夜が来る。


皆、同じことを繰り返し毎日は過ぎて行く。


しかし、変化は訪れて犬を愛でる少年は、犬が亡くなると兄を模倣し家出した。


少年の親は別れ、いがみ合うこともない。


少女は青年の愛をようやく受け入れ、やがて結婚する。


子供を授かり、青年は妻と娘を何よりも愛した。


かつて少女だった青年の妻は病に倒れた。


まだ幼い娘を心配していたが、青年を信じて最期は心穏やかに目を閉じた。


天使と悪魔が少女をここへ連れて来た。


「こんなとこにいたんだね」


見慣れた制服姿で少女は嘘の笑顔を浮かべる。


「……ずっと見てた」


久しぶりに出す声は掠れてか細い。


大切にそばに置いていた輝く星を手に取り、少女の口へそっと入れた。


少女はコロコロと口のなかで星を転がし、涙を流す。


「時雨くん……」


少女は近くへ寄ってきて星を口移ししてくる。


星はパチパチと口のなかで弾け、次々と俺に思い出させた。


「つばめ……」


俺はつばめを力一杯抱き締める。

つばめも同じくらい俺を抱き締める。


「やっと、思い出せた」


どっちが言った言葉だっただろう。


確かめる頃には俺もつばめも消えていた。




───雨音がドカドカと橋を叩き続ける。


俺は必死に這いずり、橋脚に上半身をもたれさせた。


座っているつもりだが、身体にうまく力が入らない。


寝そべっていると死にそうで怖かった。


掛上は立ち上がり、俺を見下ろす。


「サイレンの音、聞こえるのに!まだ来ない!」


掛上が突然、叫んだ。


ヒステリックな声は橋の下で響き渡る。


頭を抱えた掛上が稲光と雷の轟音と暴れる。


「……へ、へーきへーき……」


まだしゃべれた。


「っ!岸辺くん!」


掛上が俺に飛びかからんばかりに寄ってくる。


「お、落ち着け……」


俺は血で汚れた手を上げて見せた。


「……うん……」


掛上の顔が真っ黒だ。


もう夜なのか?


「岸辺くん、目を開けてて、心配するから。目を……」


掛上が俺の髪を手で撫で付けながら震えた声を出す。


「……なら……話し掛け続けろ……よ……」


「わ、分かった!えーと、ええと……岸辺くんお元気ですか?」


「……くっ……やめろ……くだらな……言うな……」


笑いそうになって傷が痛みを思い出す。


少し、意識が回復した気がした。


「ご、ごめん!ええと、うーんと……き、岸辺くんは覚えてますか?入試の日のこと」


「………」


「私は覚えてます。岸辺くんは階段をのぼってきて、私を驚いたように見て顔を真っ赤にして、私もつられて真っ赤になって、桃果さんが知恵熱か?って言ってきて……高校でまた再会した時は岸辺くんはもう私を驚いたようにも、顔を真っ赤にしても見てくれなくて、覚えてないのかなって、でも、岸辺くんは私を時々見てたよね。怒ったみたいに。だよね、私は、変だし……自分でもよくわかってる。でも、あんまり変だと思わないようにしてる。だってさ、そうでしょ?私のなかの私がかわいそうだし……あれ?岸辺くん、目を閉じないで、目を開けて!」


頬に何かが数回当たる。


「目を開けて!岸辺くん!岸辺くん!私、岸辺くんが好きー!」


はっとして目を開ける。


「……え……」


「す、好き!好き!好き!岸辺くんは大人っぽくて、私を気に入ってないだろうけど、私は大好き!文化祭の買い出し押し付けられた時も一緒に行ってくれて、いつも挨拶してくれて、大好き!好き!」


「………」


マジで?


「でも、今の私は恋なんてできる状態じゃないんだって……病気なんだって。心の。それに、桃果さんは私がいないとダメだから……岸辺くんはもっと可愛くて優しくて、強い女の子と恋人になるから!死んだらだめだよ!」


「………」


「私は生まれ変わったら岸辺くんに好きになってもらうから!」


なんだ?こいつ、言ってることめちゃくちゃだな……


「生まれ変わって、ちゃんと愛をもらって育って、岸辺くんをちゃんと大切にできる人になるから、そしたら好きになってくれるよね……記念日はちゃんと覚えるし、キスもするよ。もちろん毎晩電話もするし、優しくするし、笑ってもらえる話もする!大事にする、大切にする、好きって毎日言う……」


こいつはやっぱり変なやつだ。

生まれ変わったら好きになってほしいって、訳わかんねーよ……


でも


でもさ、おまえの話し、ずっと聞いていたい。


おまえが一生懸命、俺に話す言葉がいじらしいよ。


「岸辺くん、岸辺くん、好きだよ、大好きだよ。大好きだから、死なないで……」


まったく、生まれ変わったら好きになってほしいって、俺が使うに相応しいと思うけれど、そんな軽口もどうやらもう言えないらしい。


どんどん視界が暗くなる。


死ぬときにこんなに好きと言われるやつも滅多にいないだろう。


俺は少しだけ得意気な気分になり、暗くなった視界から滲む光に向かって引き寄せられた。





〈おわり〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ