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ゆっくり歩こう

「帰るよ……」


「お、送る!」


俺は一旦、家の中へ戻った掛上を待ちながらわんさんを小屋につなぐ。


肌寒い夜の冷気が、まだ季節が変わるのを拒んでいるようだ。


「お待たせ」


掛上は膝たけのワンピースに着替えてきた。


無地で真っ黒なワンピースは掛上にあまり似合っていない。


「わんさん、待っててね」


軽くわんさんの頭を撫でて掛上は俺の後に続いて歩きだす。


「寒くないか?」


ブレザーを着ている俺でも肌寒いくらいなのに、掛上のワンピースは薄手に思う。


「……ひっついていい?」


「………」


キョロキョロと目をせわしなく動かしながら、掛上は俺の返事を待たずに腕にしがみついてきた。


俺の左腕を自分の身体でくるむようにして、肩に頭を預けてくる。


「歩きにくい……」


「うん、ゆっくり歩こう」


今、何時頃なんだろうか。


国道沿いに出たが、車も人もいない道に俺と掛上の足音だけが響く。


黄色と赤の点滅信号と、街灯の柔らかいオレンジ色が静かに夜を照らしていた。


温度を共有しながら歩みを進めると、寒さはだんだんと消えていく。


「どうして橋の下に来たの?」


掛上が呟くように訊いてきた。


「……そっちこそ、朝、家に戻ったと思ってた。ずっと居たのか?」


「うん」


八時間近く橋の下で居たことになる。


濡れた制服のままずっと橋の下で座って、掛上は………


「家に帰りたくなかったのか?」


質問されたのに質問し返す。


「………考え事してたらいつの間にか岸辺くんが来たの」


「時間の感覚がなくなる考え事ってなに?」


「………さあ、分からない……何も考えていなかったのかも……」


冷たい声。


───岸辺くん、生きてるじゃない。



今朝、言われた言葉がよみがえる。


「リュック、届けてくれてありがとう」


掛上が俺を見上げる。


いつもの作り笑顔で。


「あ、あっちがおばあちゃんの店」


シャッターがほとんど下りた商店街にいつの間にか入っていて、ぽつんと紫色に光る看板を掛上が指さす。


白い字で、柊、と浮かび上がっていた。


「俺が橋の下に行ったのは、そこで昨日、俺が死んだからだ」


立ち止まり、そう言うと掛上が腕を離して俺の前に対峙した。


「時雨くん。私は信じない。だって、時雨くん、生きてるじゃない」


まるで動揺しないつばめは奇妙な表情を見せた。


微笑んではいない、優しい顔。


嘘か本当か見抜けない。


また俺の腕に絡みついた掛上は、おばあさんの店へ俺と歩きだす。





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