まとも
ゆっくり歩いていると、店の扉が開いた。
ワイワイと騒がしい人のかたまりが扉から次々と押し出される。
「じゃーね、ママ!」
「はいはい。ありがとうございました」
客であろうご機嫌に酔った年配の人達が、最後に店から出てきた女性に手を振る。
後ろからでも分かるくらい大きなため息をついて、女性が店に戻ろうとする。
「おばーちゃん!」
掛上の声が商店街に響き渡る。
振り返った女性はとてもおばあちゃんとは思えない若さだった。
「つばめ」
振り返ったおばあさんは俺を見て、寂しそうに微笑む。
「彼氏?」
腕を組んだままだった。
「え?う、うん。同じクラスの岸辺時雨くん」
俺の方を不安気に見ながらも、掛上は俺を彼氏と認めた。
「こ、こんばんは……」
「はい、こんばんは。あんた達、ご飯は?」
「食べてない」
「もう、店閉めるから中に入りなさい」
黒いひらひらした服をひるがえし、おばあさんは店に入る。
「時雨くん、家は大丈夫?もう遅いけど……」
時雨くん、か。
「大丈夫」
「じゃあ、行こう」
掛上が……つばめが俺の腕を引っ張る。
チョコレートの板みたいな店の扉を開くと、中は案外広かった。
ソファー席が五組ほどフロアにあり、カウンター席も十席くらいある。
小さなミラーボールが白い光の粒を店全体に泳がせて、カラオケセットがあるステージにはクリスマスのイルミネーションのような飾り付けがされていた。
「ちっ……」
桃果がこちらを睨みながらテーブルの上の皿やグラスを男の格好で片づけている。
エプロン姿でどうやら働いているらしい。
てっきり、スナックで飲んだくれているのかと思っていた。
「桃果さん、お疲れさまです」
するりと俺の腕を離して、つばめが深々とお辞儀をする。
「尊我、二人にオムライス」
カウンターの中で酒瓶を整理していたおばあさんが命令する。
「ばばあ!その名前で呼ぶな!」
「ああ、ごめん。トーカちゃん」
無表情でおばあさんは言い直す。
「ちっ!」
持てるだけ皿やグラスを抱えると、桃果はカウンター奥の暖簾の向こうに消えた。
「時雨くん、そこ座って。私、桃果さん手伝ってくる」
カウンターの一席を指さし、つばめはテーブルに残った食器を持って桃果の後を追った。
「ええと、し、しぐれだっけ?家の電話番号」
「え?」
席につきながら俺は聞き返す。
「もういい時間だから、私が家に連絡するから、早く」
電話の子機を持って、おばあさんはやっぱり無表情で特に迷惑そうでもなく言う。
「す、すみません……」
俺は電話番号を言うと、おばあさんは素早く押して子機を耳に当てる。
「あ、夜分遅くにすみません。柊と申しますが、時雨くん、うちの孫と同級生で今まで一緒に遊んでたみたいで……いえいえ、こちらは大丈夫です。はい……はい……ふふふ……軽くご飯食べてもらってから責任を持って家まで送りますので……はい、すみません。失礼いたします……」
うちの親が切るのを待ってからおばあさんは子機のボタンを押した。
「ありがとうございます……」
「完全に酔ってた。連絡して損した」
おばあさんは素っ気なく言うと、カウンターから出て来て俺の隣に座る。
テーブルに頬杖をつき、俺をじろじろと遠慮なく上から下まで眺め回した。
「つばめはまともじゃないからやめときな」
「唐突ですね」
「唐突と言うからにはますますやめときな。少しでもつばめを理解してるならそんなこと思わないはずだよ」
「……まともじゃないとは思ってますよ。でも、つばめさんだけじゃない、俺もまともじゃないですから」
殺されて、殺しそうになって、お互い好き同士だったなんてスパイ映画じゃあるまいし。
「やれやれ、ややこしいことはごめんだから、私は忠告したからね」
おばあさんは席を立つとカウンターの中で洗い物を始めた。
俺もまともじゃない……か。
認めてしまえばなるほど、楽になった。
壮みたいにはならない、なれないと思っていたけれど、俺は種類が違っていただけか。




