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弱くて、ずれてる

「ワン!」


ガリガリと玄関の戸を引っ掻く音が響く。


「わ、わんさん……」


息も絶え絶えに掛上が俺の唇から逃れる。


わんさんめ……


自分の袖口で掛上の口を拭ってやり、乱れた髪も手櫛で整える。


されるがままの掛上はまるで子供だ。


「……うう、びっくりした……」


頬を上気させた掛上が困ったように呟いた。


「何が?」


前髪が汗で額にへばりついているのを横に流してやりながら、少し意地悪に訊く。



「え……初めてのキスがベロチューなんて……はわわわ!」


自分で言って恥ずかしくなったのか、掛上は唇を手で隠す。


初めてだったのか……


俺は掛上の唇を隠した手を握って少し下ろした。


「……恥ずかしいよぉ……」


俺がじっと見ていることに耐えられないのか、掛上は目をぎゅっと閉じて、さらに顔を赤くした。


「じゃあ、やり直し……」


顔を近づけ、そっと触れるだけのキスをした。



目を開けたままにしていたら、掛上の目もそっと開いて、これ以上ないくらい目が合う。



握ったままだった手を指を絡めて、優しくつなぐ。



掛上もつなぎ返してくれた。


わんさんがキューンと鼻で鳴き出した。


「「ふふ……」」


キスをしたまま二人で笑ってしまう。


唇を離し、座ったまま玄関の戸を開けるとわんさんが飛び込んでくる。



「もー、わんさん、首輪抜けしないでください」


俺と掛上の間に腹を見せて寝転び、撫でろ撫でろとわんさんは伸びた。


二人で存分に撫で回してやる。



「なあ……」


「ん?」


「俺のこと好きか?」


わんさんの腹を見たままの格好で訊く。


緊張していた。


怖かった。



俺の唇に応えてくれて、手も握り返してくれたけれど、心は心はどうなんだろう。


「……岸辺くん……」



掛上のわんさんを撫でていた手が止まる。



「彼女になってくれなんて言わない」


言えない。


俺は死んでいるから。



「でも、掛上の、掛上つばめの気持ちが知りたい」



俺は顔を上げた。



「……掛上……」



つばめは泣いていた。



さっきより、大粒の涙が頬をひっきりなしに滑り落ちる。


嗚咽を堪えようと唇は噛まれ、わなわなと震えて真っ赤だった。


「どうして泣くの?」


俺は指で掛上の涙を拭おうとしたが、それじゃ追いつかない。



「うっ……うっ……」



掛上が涙を拭う俺の手を、両手で上から自分の頬に押し付ける。



「ごめ……今頃になって……怖くなっちゃった……ごめ…ん……私、弱いね……」


「……っ!ごめん!」


俺はさっと血の気が引く。


そうだ、俺は掛上を殺そうとした。


怖いのは当たり前だ。


その上キスまでして、さらに好きかどうか訊かれても混乱するしかないだろう。



自己嫌悪に奥歯を噛み締める。


今すぐここから立ち去ったほうがいいのだけれど、掛上が俺の手を解放しようとしない。



傾けた首にはうっすらと赤く俺の手のあとが残っていた。


掛上を捨てた両親も殺そうとした、と言っていた。


俺は同じことをしたのだ。



掛上がこんな俺のこと好きなわけない。


そもそも、気持ちなんて訊いてはいけなかった。


訊く資格もない。


泣き続ける掛上を慰めたいけれど、俺がしてはいけない。


どうしたらいい。


どうすれば掛上を……



「好き」



「………」



「時雨くんが好きなの」





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