窓辺の二人
高校に入学してすぐの頃だ。
俺は掛上つばめの姿を探していた。
中学の時から知っていた、と言ってもいいが、少し違うと自分の中では思っている。
なぜならば、掛上つばめに初めて会ったのは入試の日だったからだ。
自分の未来を決める日、俺はどこにも属していない気分だったのだ。
合格圏内とは分かっていても試験とは緊張するもので、試験会場の教室へ俺はうつむいて階段を上っていた。
何人かに追い越され、あと三、四段くらいの所で俺は顔を上げた。
廊下と窓が見える。
階段の正面だけ廊下が少し奥まっていて、その窓の前に人影が二つ並んで立っていた。
男と少女だった。
写真のシャッターをきるように、その光景は俺の脳裏に一瞬で焼き付く。
二人は黙って窓の外を眺めていた。
ただそれだけなのに、二人の中の感情が分かってしまいそうな危うい光景。
影の一つが俺を向く。
今より少し長い髪を、おさげに結んだ掛上つばめだった。
俺は目が合う瞬間に視線をずらす。
内心ドギマギとして足が不自然に教室へ方向を曲げた。
視界の隅で掛上とその隣の男をとらえる。
男は垢抜けたスーツを着ていて父親というには若すぎな、兄というには違和感を感じる佇まいだった。
しかし、試験会場の教室へ入った頃には脳裏に焼き付いた光景も、掛上つばめの視線も、男のことも緊張で忘れてしまう。
──そのまま忘れていたほうがよかった。
しかし、試験の帰り道で再び掛上つばめを見つけてしまった。
彼女は一人、住宅街の道を歩いていた。
身に付けている制服は、この辺の中学の物ではないようだった。
俺は一気に記憶がよみがえり、少しだけドキドキしてしまう。
掛上つばめは時々立ち止まっては標識や看板、特徴のある家をじっと見て再び歩き出す。
俺は自宅への曲がり角を通り過ぎ、掛上つばめの後に続いた。
入試だったので、高揚していた。
そう思わなければ俺がこんな行動をするはずがない。
こんな、壮みたいな……
「あ………」
掛上つばめが急に立ち止まる。
俺はとっさに電信柱の影へ身を潜めた。
「……すみません」
掛上つばめがここからは見えない路地に向かって謝っていた。
誰かいるのか?
パチン!
破裂音が辺りに響き、俺は思わず顔を電信柱から出した。
掛上つばめが額を押さえてよろめき、さっきの男が路地から現れて、おさげを引っ張っり彼女のバランスを取り戻させていた。
「………」
男は無言のままおさげを離し、掛上つばめの前を歩く。
掛上つばめも額を押さえながら歩き出した。
「………」
俺は言葉を失い、しばらく二人の後ろ姿を電信柱の影から見ていた。
合格発表の日、掛上つばめの姿はなかった。
ほっとしていた。
入学式の日、だから、俺は必死に掛上つばめを探した。
彼女がこの高校にいなければ、俺は………
「よろしく!」
明るい声が弾ける。
斜め前方、新しい俺の教室の中で、掛上つばめが誰彼構わず声をかけていた。
張り付いたような笑顔で、肩のくらいの長さまで切った髪を揺らして。
入試の日に見た掛上つばめとまるで別人みたいに。
俺は衝撃を受けて……こっそりと誰にも知られないよう衝撃を受けて………
「………」
ゆっくりとまばたきをして、暗闇の間だけ俺は俺を許して微笑んだ。
目を開き、微笑みを消して教室に入る。
「よろしく!」
掛上が寸分違わぬ笑顔を俺に向けた。
しかし、その目が本当には俺を見ていないのが分かる。
「……どうも……」
俺は他のクラスメイトになる者同様に気後れして、掛上の横を通り過ぎながら小さい声で返事をする。
種明かしを知ってしまった後のように俺は心底がっかりしていた。
入試の日、彼女は一切笑っていなかった。
どうしてか掛上つばめという少女がひどくみっともない存在に感じる。
入学して一ヶ月も経たない内に掛上つばめは明るいが、特に目立つ行動をしない位置に場所を落ち着け、数人の女子グループの中で毎日笑っていた。
張り付いた笑顔を横目で見ながら、俺は窓辺にいた掛上つばめを、額を押さえていた掛上つばめを、どうしても忘れられなかった。
その内に、噂がどこからともなくやってくる。
掛上つばめは男と同棲している
明るいが目立つ存在ではなかった彼女のその噂は、地味に広がっていった。
騒ぎ立てる者もなく、真意を探るようなこともなく、その噂はいつの間にか消えていた。
しかし、男と住んでいるかもしれないレッテルは掛上つばめを薄い性的な膜が包んでしまっているようで、皆の見る目が少し変わったようだった。




