プロローグ
プロローグ
登り切った崖から地上を見下ろすと、八五三年後の東京が眼下に広がっていた。
折れたスカイツリー、その麓にある大きな宮殿。魔物の巣窟だった東京ドームも遥か彼方に見える。宮殿の麓には木造の素朴な建物が立ち並び、素朴ながらも立派な街を形成していた。
「信じられるか、ミコナ。俺が生きてた八百年前はここら一帯雪に埋もれてたんだ。こんな照りつけるような陽の光もなくて、食うもんもなくて、次々に友だちが死んでいった。魔物とか魔法とか嘘みたいなもんで溢れてて危険も多いけど、この世界の方が心地良いや」
足を止めた俺に気づいたミコナ――ネコ科の獣耳にしなやかな尻尾を生やした『亜人』の少女が振り返り、俺の横に並び立つと同じように下界を見下ろした。
「ママに拾われてからはずっとこの街にいたから、雪って見たことないの。すごく冷たくて口に入れると溶けるってのは知ってるけど」
「旅の途中でいずれ目にするかもな。でもばっちぃから食べるのはよしなさい」
「ばっちぃんだ。了解、覚えとく」
「しかし、いいんだな? あの街はお前の心の拠り所で、そこに住むみんなはお前の家族だったんだろ? 目的地が分からない以上、一体何年旅をすることになるのか分かったものじゃない。引き返すなら今のうちだ」
ミコナはハァとため息を吐き、「何度目よ」と呟いた。
顔を上げた彼女は俺の目を真っ直ぐ見据えた。迷いや不安の色は一切見えなかった。
「私たちは互いに『隷属』する関係。そして私とあなたの肉体は混ざり合った。もう一心同体でしょ。あなたの妹さんを見つけるまで――いえ、その先もずっと一緒よ」
ミコナが俺の手を取り握らせてきたのは、ハンドマイクのような機械――『隷属機』。人間がミコナたち『亜人』を従わせ、場合によっては死に至らしめる悍ましい機械だ。
だが、その『隷属機』が俺たちを生かし、未来を切り開いた。
「そっか。じゃあもうこの話は今後一切しない。改めてよろしく頼む、ミコナ」
「うん、よろしくね。どこまでも、どこまででも、私はあなたとともに行くわ」
純真無垢なミコナの笑顔は澄み切っていて、美しかった。
見惚れていると頬を風が撫で、現実に引き戻される。
そういや今何月なんだろう……というか人間時代の暦は残っているのか聞くのを忘れていたが、頬を撫でるそよ風の爽やかさは、この時代に復活した『春』であることを想像させた。




