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大正公紀  作者: 葵依 澪
第三章 「金の蝶」
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第三章 「金の蝶」

結構今回長いです。1話完結の独立章です。

それは、ひらひらと飛ぶ金色の蝶だった。


「え……これって……金の蝶?」


思わず声が零れる。


「えこれって金の蝶!?」


(嘘!?これ!?)


二度見し鈴芽は驚きの声をあげた。


「これが……金の蝶、なんだ……」


金の蝶は体全体が金色に光っていて大きさはアゲハ蝶と同じくらいか。見た目も似ている。


「これを捕まえればいいの?でもどうやって……」


虫は嫌いなはずだが、何故だかこの蝶は嫌悪感も気持ち悪さもなく無意識に手を伸ばしていた。


「どうしよ……とりあえず触ってみる……?」


消えていたはずの細やかな模様の蝶の痣が何故か左手に再び発現していた。


そして触ろうと左手を伸ばすと……


「わ!眩しっ」


突然蝶が目の前で光った。


(うぅ……眩し……)


光が止みふと目を落とすと目の前には一本のペンがあった。


「あ!これ!前に壊れちゃったお気に入りのペン!買おうとしたらもう売って無かったんだよね……てか何でここに?」


鈴芽は思わず拾ってから疑問を口にする。


目の前には金の蝶が飛んでいる。


「これってまさか……願いを叶えるってこと?私が、これを欲しがっていたから?」


どうやら、金の蝶は本当に願いを叶えてくれるらしい。


(でも……)



ー呉々も金の蝶の誘いに乗ってはいけないぞ。そうやって皆金の蝶の虜になり依存していくのだから……



脳内に先程の椛の忠告が響く。


「折角出してくれたのはいいけど、私はあなたを回収しないといけないから。」


金の蝶に聞こえてるかは分からないが、罪悪感を少し減らそうと思ったのか思わず鈴芽はそう呟いていた。


「わっ……」


すると金の蝶はまた光った。また何か出すつもりなのか。しかし鈴芽は迷わず手を伸ばした、はずだった。


鈴芽の手は途中で止まっていた。目の前を見て固まっていた。


「え……嘘何で……」


だって、そこに居たのは……




「鈴芽、久しぶりだな。」




「なんで……おじいちゃん……?」


目の前にはいるはずない人。もう、この世にはいないはずの人。


「どうしておじいちゃん……だっておじいちゃんは四年前に……」


「久しぶりだな。もうすっかり大きくなって。べっぴんさんだなぁ」


鈴芽の困惑など気にしないように祖父は呑気に話す。


「どう、して、何で……」


間違いなく、金の蝶の仕業だ。鈴芽の心の中の願いを具現化したのだ。しかし鈴芽の頭の中にそんなこと無かった。


「ほら……あれだ。芽衣は元気か?今度また会いたいな。」


祖父の声は生前とどこも変わらない。話し方も、雰囲気も、見た目だって、あの時の、そのまま。


「芽衣は、芽衣は……」


まともに頭が回らない。何故、祖父がここに。


「何か変わったことはあったか?ばあちゃんは元気か?」


ああ、この人は、やっぱり今も優しい。


(だめだ、だめだでも!)


「おじいちゃん……おじいちゃんっ!」


思い出を、止められなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

祖父の死は突然だった。夏休みが終わろうかと言う頃、突然祖父が亡くなったと聞かされた。


「どういうこと?」


「だからね、おじいちゃんが亡くなったの。」


「なくなった?」


まだ幼かった鈴芽にはその意味が理解出来なかった。


母親は表情をより暗くし言った。


「死んじゃったの。」


「しんじゃった……?もういないの?」


「……そうよ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後恙無く葬儀と通夜は身内だけで済まされた。


葬儀の夜、鈴芽は棺桶をじっと眺めていた。まだ五歳の芽衣は状況も理解できず途中で眠ってしまったので父親が会場の外に連れていった。他の親戚は食事会場に移動している。だから今ここには鈴芽しかいない。


棺桶を眺めたまま鈴芽は何もせず立っていた。


まだ状況が飲み込めない。現実感がない。あの祖父が、亡くなっただなんて。


葬儀の時、母親が鈴芽を抱きしめこう言った。


「鈴芽という名前はね、おじいちゃんがつけてくれたの。だからその名前はおじいちゃんの形見。鈴芽の芽を継ぐ芽衣もよ。大事にしなさい。」


意味はよく分からなかったけど、もう祖父は戻ってこないということは分かった。


でも、だって、あの時はとても死ぬようには見えなかった。二週間前は、夏祭りの時は。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

暑かったが、いい天気だった。


「鈴芽、次は何したい?」


「くじ引き!」


「くじ引きか。良いぞ。芽衣は何したい?」


「めいクレープたべたい。」


「よし!クレープも買ってやろう!」


祖父は笑顔をこちらに向けた。


『やったぁ!』


鈴芽と芽衣は喜びの声を上げた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日は暮れ、空には濃紺の夜空が広がっていた。


「そろそろ花火だな。花火が終わったらこの祭りも終わりだ。よし、最後にじいちゃんと相撲で勝ったらなんでも好きなの買ってやるぞ!」


祖父はそう豪快に言った。


「ほんと!?いくよ、めい!」


「うん!」


二人で祖父に突っ込み、祖父は後ろに手をついた。


「わたしたちの勝ち!」


「かち!」


二人でピースを作り喜び、祖父は笑顔を浮かべていた。


今思えばわざと負けてくれたのだろう。そんな所も優しい人だった。


「こりゃ負けた。強くなったなぁ。よし、買ってやる!」


「じゃあねじゃあね、めいあのわたあめ欲しい!」


「良いぞ。鈴芽は何がいい?」


「えっと、わたしは……」


いざ聞かれると答えられなくて、鈴芽はしばらく悩んだ。


「うーんそうだな……おじいちゃんはどれがいいと思う?」


「そうだな……あのペンダントとかどうだ?」


祖父が指さしたのは一つのペンダント。高くは無いだろうが、おもちゃとは違って本物だったから、鈴芽はすぐに気に入った。


「あれがいい!あれにする!」


「よし!」



ヒュー……バン!


「綺麗だなぁ。」


「きれいだねぇ。」


「きれいきれい!」


そして三人で花火を見た。美しかった。幸せだった。


こんな幸せな日常が、ずっとずっと、続いていくと思ってた。


祖父と共に見た、最後の花火だった。




その二週間後、祖父は死んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ああ……ああ……)


四年たっても引き摺っていた。何か言うことがあったんじゃないか。何故もっと祖父との時間を大切にしなかったのか。悔やんでも悔やんでも、過去は戻らない。

もうとっくに、あの時のペンダントは壊れてしまっている。安物だったし、仕方ない。でも、どうしても捨てられなかった。


思い出す度、心に引っかかり、洗い流せない。本当に良い人だった。明るくて面白くて優しくて、沢山のことを自分に教えてくれて、仕事で忙しかった父親の代わりに限りない愛を注いでくれた。芽衣も鈴芽も、対等にめいっぱい可愛がり愛してくれた。


だからこそ、失うとは思わなかった。日常は、ある日突然途切れてしまうものだと、知らなかった。


幸せとはなんとも尊く、脆いものだと知った。


その幸せは、薄い薄い透明なガラスの上に不安定に立てられた、とても美しく繊細なものだと。


(でも、でももしもう一度、おじいちゃんが、戻ってきてくれるなら……)


「あれ?」


いつの間にか温かいものが頬を伝っていた。


(だめだよ、泣いちゃ。おじいちゃんを不安にさせちゃうよ。)


なのに思い出さないようにすればする程涙は止まらなかった。視界が滲み、一歩、一歩と前に踏み出していた。


ねぇ、鈴芽。


心の中で自分自身へ声をかける。


(いいかな?私、おじいちゃんが戻ってきてくれるなら、何があったっていいんだよ。)


ねぇ、鈴芽。あなただって、望んでいるでしょう?


手を伸ばす。そして祖父に触れた。


(はぁ……!)


温かかった。生きているように。いや、生きているのか。金の蝶は願いを叶えてくれるのだ。祖父を、生き返らせてくれたのではないか。


もう鈴芽を止めるものはない。


このまま、祖父に抱きついたい。


「おじいちゃん、おじいちゃん!」


理性なんて失ったように、ただ祖父を呼び駆け寄る。


そして祖父を連れていこうとした瞬間、



「何やってんだよ、お前。」


「は……?」


大雅が来た。


一瞬で祖父の姿が消え失せ、目の前には金の蝶が飛んでいた。


「大、雅……?おじいちゃんは……?」


頭が追いつかない。祖父は、祖父はどこに行った。


「はあ?祖父?知るかよ。てか何お前金の蝶に惑わされてるんだよ。お前仮にも蝶者だろ?」


その一言で、全て思い出す。


蝶者。金の蝶。そうだ。自分は蝶者だ。そして祖父は……もういない。


(やっぱり、おじいちゃんは……)


「おじいちゃんが、おじいちゃんが……」


「じいちゃん?」


「亡くなったおじいちゃんが……いたの……」


しゃくりあげながら嗚咽を漏らし必死に話す。


すると大雅ははぁー、と大きな溜息を着いた。


「大方金の蝶がお前に死んだじいちゃんの幻像見せたんだろ。」


そうに決まってる。そんなのわかってる。


「うん。そうだね……」


でも、でも今はそんなことを言って欲しいのではない。


大雅が更に涙を(こぼ)す鈴芽を見て困惑する。


「何泣いてんだよ。あれは偽物だ。まさか本気で連れていこうだなんて思わなかったよな?」


それはーー


「……うん。」


思っていた。これが金の蝶の仕業ということも、自分が蝶者だったということも忘れていた。


でも、忘れていたでは済まない。


(私は……)


こんなの、蝶者失格だ。


「ごめん、ごめんね。」


誰に謝っているのかも分からずただ謝る。祖父に、大雅に、金の蝶に。全てに謝っているのかもしれない。


だけど、かけて欲しい言葉はある。


(わかってるよ、そんなの、そんなの全部)


大雅が正しい。正論だ。正論だけども……


すると、大雅が小さく声を出した。


「……金の蝶が見せるものはみんな偽物だ。たとえ実体があろうが周りから見れば何も無い。幻像みたいなものだ。よく模倣した、偽物。お前は、偽物のじいちゃんと過ごしたかったのか?」


「いや、違う、違うに決まってんじゃん!でも……でもごめん、本当にごめん……」


なんていえば分からない。もう、やけくそだ。


すると大雅が居心地悪そうに目を泳がす。


「ああわかったからもう謝んなよ……こっちまで居心地悪くなる。」


「だから……あれだ。申し訳ないなら早く回収しろ。もう惑わされないだろ?」


「あ……うん。」


結局大雅は鈴芽の心を理解してない。いや、理解して欲しかった訳では無いが、でも、理屈に合わないことだってある。


(別に、期待してたわけではないけどさ、)


今度こそ、金の蝶に歩み寄り手を伸ばす。もう、惑わされないよう、心をしっかり決めて。


すると、急に大雅が話し始めた。


「あー……あれだ、待て、お前。」


鈴芽は手を降ろし振り返る。


「何?」


大雅は鈴芽の横に立った。


「お前が惑わされたのだって、仕方ないと、思う。」


「大事な相手を失う苦しみは、俺も痛いほど知ってる。」


「え……?」


「いや、あれだから……お前にとってじいちゃんは、すげえ大事な人だったんだろ、だから……そんな相手を失う辛さも、苦しみも、痛みも、わかる。でも、じいちゃんは、偽物の自分に縋られるより、自分をきっかけに前を向いて成長してくれた方が、喜ぶと思うぜ。お前が、じいちゃん喜ばせたいならな。」


「大雅……」


急に何を話し出すと思ったら。とても話し方もぎこちない。でもそれが、鈴芽が言って欲しかったことだ。


背伸びしたくて、人に頼らないようにもしてみた。


でも、誰かに背中を押して欲しかった。


厳しくたって、成長させてくれる、一歩踏み出させてくれる言葉が欲しかった。


「ありがとう、大雅。」


涙を拭く。


あれは偽物で、祖父は戻らない。


でも、会えただけでも十分だった。偽物なんて、欲しくない。


再び手を伸ばす。


そして金の蝶に触れる瞬間、鈴芽は分かった。


この蝶は、なにでもないのだと。


良いものでも悪いものでもない。ただ願いを叶えるだけ。そこに金の蝶の意思はない。


だからこそ、たちが悪く、危険な代物。全て使用者の使い方次第。でもそれはとても人間なんかが使いこなせるものではない。だからこそ、封印しないといけない。


そう思った、感じ取った。だから、蝶者がいる。私がいる。これこそが、私の存在理由だ。私の意味だ。


力が湧くような気がした。


左手が触れ、金の蝶が輝く。


さようなら、おじいちゃん。


鈴芽は心でそっと呟く。寂しいし、悲しいし、後悔もある。でも……


(その思いの分だけ、きっと私は成長出来るから。)


金の蝶は、小さな蝶の結晶となって鈴芽の手に落ちた。


鈴芽はそれを掴み陽に透かして見た。


「これが金の蝶?」


「俺も初めて見た。」


大雅が横から覗き込んできた。


それは光に照らされるととても美しかった。


(金の蝶自体は、こんなに綺麗なのにね……)


人がそれを汚してしまう。無自覚に。それだけ、欲が深いのだ。


「帰るぞ。」


「あ、待って。」


大雅が直ぐに帰ろうとする。でも鈴芽は仲良くなろうと何とか引き止める。


「んだよ。」


「どうして私の場所わかったの?」


「その鈴が鳴ってた。」


「あこれ!」


椛がくれたものだ。


「耳いいの?」

「普通の人間よりはな。」

「他の感覚も?」

「耳、目、鼻は普通の人間より良い。逆に味覚は普通の人間より鈍い。」


へぇ、面白い。意外に色々教えてくれる。


「へぇ……虎だから?というか猫みたい……」


「ああ?誰が猫だこのクソアマ!」

「はぁ!?クソアマ!?何よこの猫!」

「るっせえ泣いたくせに!」

「そっちがうるさい!」


馬鹿みたいな喧嘩を繰り広げながら鈴芽はそっと思う。


「てか、いい加減名前呼んでよ!お前とかてめぇとかやめて!」


変な名前だとしても、この名前は祖父がつけてくれた大切な名前だ。ちゃんと呼んで欲しい。


「はぁ?」


「やめないなら……こうする!」


そして鈴芽は背伸びし大雅の虎の耳を触る。


「ふぁ!」


想像と違った声が大雅から出た。


「……え?」


直ぐに大雅は顔を真っ赤にして怒る。


「何しやがんだてめぇ!触んじゃねぇ!」


「そこ弱いの?」


「驚いただけだ!」


「くすぐったいんでしょそこ。」


「るっせえ!」


「じゃあちゃんと鈴芽って呼んで!」


大雅は不服そうに一度舌打ちしてから小さく呟いた。


「チッ……わーったよ。……鈴芽。」


「よろしく、大雅。あとありがとう。」


「てかお前鳥みたいな名前してんな。変なの。」


「はぁ!?おじいちゃんに言ってよ!大雅だって伸ばしたらタイガーじゃん!Tigerって英語で虎だから!まんまじゃん!」


「これは(こう)に言え!」


(こう)(こう)って誰?」


「あ……言わねぇ。お前には関係ない。」


「ふーん。ま、いっか。」


幸せとは限りあるものだ。いつかは失うし壊れるしとても脆い。でも、その限りある時間の中精一杯楽しめば、いつか失った時も、思い出をバネに前を向いて進んでいける。なら……


(今からでも、後悔しないようにしないと。)


それから、


鈴芽は心の中でそっと思う。絶対言ってやんないけど。


大雅も結構、良い奴かも。


今回一度金の蝶に惑わされその恐ろしさを学んだことは後々必ず役に立つと思う。今も役に立った。失敗するほど成長出来る。後悔は成長のバネになる。それが学べた。やはり、蝶者は続けたい。それに……


(大雅に興味が湧いた。)


隣の少年を見上げる。明るい金髪、裸足の足、金色の目。全てが異質。そして横に立つと、意外と鈴芽より背が高い。でも見た目の年頃はほとんど一緒。なのにさっきは妙に悟ったように話した。不思議が多い少年だ。


この先パートナーとなり相棒となる大雅のことについて、気になってきた。


鈴芽少し(本当に少しだけど)大雅と仲良くなりたいと思った。


「ほら帰るぞ!もっと速く歩けよ!」


「はーい。」


大正公紀 第三章 「金の蝶」 [完]

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