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蒸気機関少女  作者: コスミ
四章 当ててごらん
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クゥ・ムァ

※5月13日更新分、1話目です。(本日は2話同時更新です)

       *


 草を嚙む。

 草を嚙む。

 ひたすら顎を動かして嚙んでいる。

 顎が動いているのだから、たぶん、嚙んでいるのは草だろう。

 ……ここのところ、草以外に咀嚼した記憶がほとんどない。

 そのうち、前歯や犬歯まで、草をすり潰す為の臼歯に進化してしまいそうだ。

 草を嚙んでいる。

 何か嚙んでいるのなら、それは草だ。草しか無い。

 咀嚼、咀嚼、咀嚼咀嚼、咀嚼…………。

 ――草――草――草草――草…………。

 森の中だ。薄暗い森。

 今日は暖かいようだ。

 そう――そうだ……。

 暖かいのなら、何か、しないと。

 こんなに暖かい――もはや少し暑いとさえ感じるほどだ。

 だから、あれをするんだ。

 少し暑いな。暑い。

 暑い――暑いと、えっと、なんなんだっけ……?

『――竜』

 声。

 近い。

 全てが、ぶるっと振動した。

 なんだろう――怖い? 天使? あれ……?

『おい、起きろよこら……』

 お怒りだ。熱いな。

 黒いシルエット、燃える二つの眼。

 暗黒なイメージに包まれる。

 ここは地獄か魔界だろうか……。

 森の中で寝ている――のでは、ない。

 なんだこれ……ベッド……? いや、でも、外だよな。

 あ、そうか椅子に寝そべってちょっと眼を閉じたら、眠っちゃってたんだな……。

『せっかく弓とか持って来たのに……おい起きろ!』

「――おぁ、ロッコ……」

 なんか身体でかくなったな……。

 って毛皮着てるじゃん。しかも一見して作り物ではない、本物だ。すごい爪。

『ったく……テーブルに置いといたから』

「お……………………」

 ロッコの頭が動き、お馴染みの小首を傾げた状態。

 その下は――頭から下は…………。

『これ、似合う?』

 と一歩後ずさり、その全身を見せる。

 ほぼ黒一色。そして唯一白い弧を描く、胸の月。

 ――と、

 パーカーのフードのように垂れ下がっていたらしい、獣の頭部を背中側から引き上げて、頭にすっぽりと被せた。

 完成――ツキノワグマである。

「おお――ツキノワグマですな」

『つきのわ……?』

 小首を傾げるツキノワグマ。

「うん、ツキノワ」

『あ、もしかして、この模様があるから?』

 かくんと俯き、胸元にそっと熊手を重ねるツキノワグマ。

「そうそう、なんつーか、まんまだよな。あははは……」

『まんまだね。月の輪か――でも、輪ではないよね』

 ぱっと顔を上げ、一言で己のトレードマークを一刀両断するツキノワグマ。

「ああ、そうだな、輪ではないな」

『月の輪、というと……土星の環みたいなのをイメージしちゃうな』

 宇宙を見上げてファンタジーなことを言うツキノワグマ。

「月の、環か……ファンタジーなことを言うねぇ」

『もしくは、月食? でも、月食で輪っか状になることってあるのかな……?』

「うーん。知らなーい」

『…………なんか、リアクション来ないな(ボソッ)…………おい、竜』

「なに?」

『矢、撃ったでしょ』

「矢――?」

『その、ここに……』

「どこに」

『ここに!』

「……胸?」

『……そう、胸とか引くわ。穴開いちゃったんだから……』

「胸に?」

『違う引くわ! 六子の胸の強度なめんな。この着ぐるみに、だよ』

「着ぐるみか」

 えーと。えー……と。

『いきなり撃つなんて……』

 え、え、え、え……。

「熊、熊って、く……おま、熊、おまっ……」

『しかも毒矢だし……』


 カーン――――と、熊の胸に突き立った時の、あの固い金属音が脳裏に響く。

 ……あ、そうか、わかっ


「……ぅぉおおおお前だったのかぁぁぁぁぁあああああああ――――――――――っ!!! くまぁああああああああああ――――っ!!」


 椅子から転げ落ちて絶叫! 酸欠! 目眩!


「なんでだぁぁああぁあああああ――――――――――――――っ!! なぁんでだよぉおおおお――――――――――――――――――!!!!!」


『うっさ……うわ、半泣きだ……』

「言ってよぉおおおおおお――――っ!! そんなんっ! 早く言ってよぉおおぉぅっ!!」

『うるっさ……思ってたよりすごい……』

 ちゃんと熊の耳を押さえるロッコ。

 ――ロッコ! そうロッコ!

 熊は、熊はロッコだった!

 なにそれ! なんだよそれ!

 うわぁあああん!

「ばかぁぁぁぁあああああ――――――――――――!! ロッコのばかぁぁああああああああ――――――――っ! くまぁぁぁあああ――――っ!!」

『くまぁ、ってなんだよ……』


「くぅうぅぅぅむぁあああああああああ――――――――っっ!!!」


『うるっさいなぁ……! マイク壊れちゃうよ……』

「ロボなのにぃぃぃいいいいひぃ――――っ!!」

『ロボじゃない、六子だよ』

「ロボのぐせに着ぐるみがよぉぉぉぉぉおおおお――――――っ!!!」

『いいじゃん、着ぐるみ。森にぴったりなコスプレでしょ』

「フッ――――フルメタルコスプレイヤーァァァァアアアアアアア――――――ッ!!!」

『……え、なにそのカッコいいやつ……』


「ふぅぅあぁぁぁああああ――――っっ!!! っ………………はぁ……」


『あ、燃え尽きた……』

「熊……まじ熊…………」

『う、うん……。ちょっとそんな――そんな危ない目つきでじろじろ見ないで……』

「よぉうし、熊ぁ――」

 すっ――と跳ねるように立ち上がる。

 そして軽くジャンプ、ジャンプ。

「――いっちょ、相撲とろうぜっ」

 ビシッと構え。はっけよい。

『え……ええー……?』

「相撲だよ相撲レッツはっけよい」

『なんか怖い……色々ついて行けない……』

「えっまさか相撲知らない? なんで知らないの? 熊だから?」

『いや知ってるよ……六子だから』

「あ知ってる? じゃあ相撲だろ。熊と人間が出遭ったら、それすなわち相撲だぜ常識!」

『いや竜……森でソッコー毒矢撃って来たでしょ……。あとキャラ戻せよ怖いから』

「矢とか引くわーあり得ないわー。今の俺はもう爽やか相撲少年だから」

『ちょっと……いいから、とりあえずそのポーズやめて、いったん座って……ね?』

「爽やか相撲少年だから!」

『聞いたよ知ってるよ……。いいから座ろ――』

「どすこいどすこーい!」

『――あ、じゃあほら、この熊の頭は見てほら、かぶり物だよー。中身は六子だよーほら!』

「よしこいどすこいロッコ! むしろどすこーい!」

『うわ……本格的なやつかこれ……。どうしよ……』

「――さぁ迎えました千秋楽の大一番、この一戦の為に永きに渡る過酷な食事制限と減量を敢行してまいりました竜選手、ここで横綱熊六甲を倒し見事大金星となるかどすこい!」

『減量って……どんな力士だよ』

「見合って見合ってー……」

『うわ、どうしよ、なんかもう始まりそう――えっとえっと、あっそうだ確か、壊れかけのものって、程よい衝撃を外部から与えると直ったりするよね……機械類だと』

「カーン! さぁ運命のゴング! 残った残った!」

『ゴングって……もうめちゃくちゃだ――』

 竜選手の突進。熊はだらりとノーガードで立ったままだ。

 両者の距離は一気に詰まって、

「上手貰ったぁああ――――!」

『――えっと、どれくらいかな力加減……えい』

 ――刹那、

 黒い手が、視界の半分を覆う。

 顎のいい位置に、いい角度から掌打を食らい――竜選手、脳しんとうを起こす。

 意識はこの瞬間、消失した。

 そして身体は宙を行く。

 柵を越え、土の地面に、やる気の無いメンコの如くベタンと俯せで着地。

 ……あとに残るのは――佇む熊と、静寂ばかり。

 満員の客に代わって、木々の枝がさらさらとそよぐ――春の午後の穏やかな静けさ。

『もし死じゃったら……えっと――ドンマイ』


 竜選手、敗北。

 勝者、熊六甲。

 決まり手――――鉄芯熊張手アイアンベアクロー



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