嵐の前の
※今話は、5月10日更新分(第24話)の後半部分です。内容に変更はありません。※5月12日、旧24話を前後に分割。
ふぅ……肩を回して深呼吸すると、すこし気分が良くなった。時間にすれば車内にそう長く居たわけではないが、なんだかんだで肩が凝っていた。
空気を胸一杯に吸い込む。
――あれ?
そう言えば……周、ダウンベスト着てる時はわからなかったけど、ほんのすこしだけ、その……あれが……。
胸が、あったような……気が……。
なんだろう、女装モードのまま外し忘れたのかな? てか、やばくないか……?
大丈夫かな……。電話して教えたほうがいいかな……。いやでも、見間違いか気のせいだったかも知れない……。
うわー……そんな見てないし思い出すとすごい微妙なところだな色んな意味で……。
……あぁ、どうしよう。もうワンコールしちゃったしなぁ……立て続けにもう一回コールしていきなり胸のこと言うのもキツいよなあ……。
『おい、もう行くぞ』
「んぁ、あぁ……」
ロッコは、カップを手に持ったまま歩き出していた。……なんで例の場所に仕舞わないのか気にはなるが、聞かないでおく。触らぬなんとやらになんとやらだ。
足音は控えめながら、歩くペースが速い。その足の着地技術など、こうやって後ろからロッコの歩くところを見ていると、なんというか、飽きない。
無言のまま歩き、やがてロッコが森の中にいきなり入っていった。
「あぁ、こっちか……」
アサヒが言っていたのを思い出す。確かに、これは勇気が要る。タイヤの痕がうっすら残っているが、こうして歩いていて見ても、わかりやすいというほどではない。雨が降ったりした後なら別だろうが。
サンダルの足下に、柔らかい土の感触……しばらく木々を縫って歩くと、唐突に舗装路の先端が現れた。
と、ロッコが立ち止まって、半身でこちらを見る。
『おい竜、先歩いて』
「え、なんで」
『いいから』
「なんで」
『いいから』
「いやなんでって」
『……六子が竜の視界に入っていたくないのと、六子が竜を視界に入れておきたいから』
「……それって……なに、監視?」
『後者はそう』
「後者……」
じゃあ前者は一体なんなんだ。……とは言わないで、前に出て歩く。
舗装路に入ると、かすかに、重苦しい足音が背後から……。
監視……なるほど。
……足下がサンダルじゃなかったら、確かに走って逃げたくなっていただろう。
やっぱり脱いで裸足で逃げようかな……。
こうして――まるで、殺傷性拷問器具が後ろからぴったりついてくるような、重く長い時間が始まった。
「あぁ、やっと着いた……すげえ長く感じたな」
ガクンと両膝に手をついて、ログハウスを見上げる。まだそこまで陽は傾いていないが、最初に見たときよりも建物の壁面に光が当たる角度になっているようだ。要はよく見えた。
やはり新しい建物らしい。どうだろう、築二~三年くらいだろうか。
もしかして、ロッコを隠しておくための場所として建てたのか……? あり得そうだ。
と、ロッコが横を追い抜いていくところへ、声をかける。
「なあ、聞いていい?」
『なに?』
「えっと……何から聞いたもんか……」
森の中のうねうねした道を歩きながら、アサヒから聞いた話について色々考えていた。
「あのさ……まず、記憶ないって、ほんと?」
『うん、基本事項以外は、五日前までの記憶しかない』
「基本事項……?」
『自己の機能について、灯、旭、周の三人の事と、その重要性』
「はぁ……なんか知らないけど、三人の事だけ知ってる状態か。初期設定っていうか……主従関係みたいなこと?」
『たぶんそうかな』
なんとなくロボっぽい話だな。
「あのさ、五日前までの記憶しかないって、なんで……?」
色々まんべんなく謎だ。もうひたすら、――なんで? と半日くらい繰り返していたい。
『なんで……?』
小首を傾げるロッコ。――お前が不思議がるなよ……!
「あれ、確かアカリとかいう人がここに居たって? 五日前……だっけ」
『そうらしいけど、六子は会った記憶がない』
「え、なんで?」
『知らない。起動したら、部屋で独りだった』
「……それ、たぶんだけどさ、アカリって人が記憶消していったんじゃない?」
『うん、その可能性は高そう』
「あっさりしてんな……。でもどうやって?」
『方法? 知らない。消去したか、または他へ移したか、だろうけど』
「他に移す……? どこかにUSBでも挿すとこあんのか?」
『うわ……引くわ』
「いや意味わかんない引くとか。なんでだよ……」
『竜は、やっぱり機器類に対して異常性癖の持ち主……』
「――うん、今のは聞こえなかった……聞こえなかったぞ……。もう一回言おう、どうやって記憶飛ばしたのか、わかる?」
『具体的な方法はわからないって。たぶん六子自身だけで勝手に扱えない部分だと思う』
「あのさ……ずっと思ってたんだけど」
『うわ、何か引くわ、その前置き……』
やめろよ、もう……。引きすぎだ。
「そう、ほんと色々さ、AIっぽくないじゃんか、ロッコってさ。たぶんとかだろうとか言っちゃってさ、すごい人間臭いっつうか、機械っぽい感じ全然しないんだけど……」
『それは、そういう仕様だから』
「え…………それで片付く話?」
『うん。人間らしくファジーで、狭い制限内で、という設計思想みたい』
ん……? とにかく人間っぽくしようとした、ってことなのか。――まぁ、ロマン的には理解できる発想だな。
「でも、制限って……?」
『あまり言いたくないけど、六子にはそんなにハイスペックな賢さはないということ』
「いや……充分すごいと思うけどな。こうして人と普通に会話できてる時点で」
『……逆に竜と普通に会話できてしまうのが駄目な意味での証明かも……』
湯気を出しながら、ひどい皮肉を言われた……。遠くの緑を見て気を落ちつける。
『――それに、そこまで賢い人格にしすぎると、色々と危ないと思うし』
「え? あー……人類滅ぼそうかな、とか思うようになるって?」
こいつは既に軽く、そういう対人兵器っぽくなってるけどな……。
『いや、それこそ自害する可能性が高まるんじゃないかな』
な、自害……確かAIもそんなようなことになったって話だったな。賢すぎて、この世に絶望した……? なら、生きてる俺らは皆バカってか……腹立つな。
あ――そうか、こいつの人格も、そのAIとやらが遺した設計図を元にしてるんだっけ?
なるほど……そりゃ腹立つわけだ。
『――たとえば、自己の存在意義やその目的が達成不能だと決定的に判断できた場合、自己の存在を終わらせようとするかもしれない』
「えっと……やるべきことが無くなったり出来なくなったら、ってことか。でも、そういうさ……自害とかって、それこそ勝手に出来ないようになってんじゃないの?」
『そこまで厳重に禁止していなかったのかもしれない。実際に出来たというなら、そういうことなんだと思う。たぶん、色々と自由にしてあげてたんじゃないかな』
「自由に、か……」
『なるべく人間に近づけよう、というコンセプトだったのなら、そんな感じかも知れない』
「そんな感じ、とかさ……人だとしても適当すぎるだろそんな言い方」
『そう、だからだいぶ上手くいったみたいだね』
「ほんとかよ……だって死なれてんじゃねえか」
『わからないよ。それが狙い通りのゴールだった可能性だってある』
「え……」
こいつ……なんだその発想は。
恐ろしすぎるだろ……。仮にも自分と似たような存在であるAIが、自殺に追い込まれるために生まれたかも知れないって……?
確かに……最初からそういう実験だったのかも……いや、さすがに嫌悪感がひどい。考えたくないな……。俺って、やっぱ機械類ちょっと好きなんだなぁ……こいつ以外の。
『人間にできることを一通りトレースさせようとしたのかも……まあ、知らないけど』
「お前の親みたいな――そのアカリって人が関わってたんだろ。本当にそんなエグい真相だったらどうすんだよ……」
『どうもしない。灯はどうあれ灯だし、六子にとって大切な人物であることに変わりはない』
「……会った記憶もないのに?」
『うん』
不動――まったく揺るがない忠誠心だ。
悲しいほどロボっぽい。でも同時に人間臭くもあるような……なんなんだこいつは。
『では、もういいかな?』
「あ、んん……また何か思いついたら質問する」
『そうじゃなく、もう帰れって』
「えっ! いや、なんで!?」
『服も乾いただろうし……』
「いやウソつけ! ここから見てもわかるよ――ほら色からして湿ってるわ!」
『いいから、とにかく帰ればいいから』
「おい面倒くさくなるなよ……。もうちょい乾くまで、って言うか、もうそんな簡単に帰ったりできない感じじゃねえの?」
『ええー? なんで』
「いや……だってもう少し話し合わないと、みたいな感じだったじゃんか」
『それは電話でいいでしょ』
「そんなお手軽かよ……どっちにしろ、アサヒさんの具合良くなるの待たせてくれよ」
『チッ――とにかく言ってみれば勢いで帰ってくれるかと思ったのに……』
「聞こえてるって……」
腹の底に響くように、な……。
『では、洗濯物と一緒に干されながら待つ?』
「ううん――」
テンションゼロで首を振る。
「――でもまあ、その辺の近くで適当に座って待ってるよ」
洗濯物の方へ向かって歩き出す。
『いや座ったら今着てる服が汚れるだろ。立ってろよ』
ひど……何でそんなひどいんだ……。
「……じゃ、あのリゾートっぽい椅子貸してくれ」
『チッ――めんどくせえないいよもう使え』
すごくやさぐれながら顎を椅子の方へ振って、ロッコは裏口へ向かっていった。
ぶら下がっている洗濯物の手前には、色々な持ち物が置かれている。飯盒や水筒、小さめのヒップバッグ、その中身が少々……と、ナイフがない。
そう言えば、色々武器っぽいものは没収されてるじゃんか。
「あ、おい! 弓とか返してくんない?」
声を飛ばすと、ロッコはデッキの下で立ち止まってこちらを見た。
『……なんで?』
なんでなんで言うなよ――むしろ俺が言いたいんだよ!
「いや、てかなんで取り上げたの?」
そんなに危ない奴に見えたのだろうか……。まあ、そうなんだろうな。
『またすぐ撃たれたりしたら危ないから』
あぁ、危ないね……お前には負けるけどな。
「はあ……人に撃つわけねえだろ熊対策で持ってるんだから」
『人に? では六子には撃つの?』
うわ、めんどくせ……撃ちてえな。
あ、もしかしてさっきスプーン投げたから警戒されてんのかな……? それも向こうが先に投げて来たんだけどな。なんだろう……にしても、何かが引っかかる――。
「撃ーたーなーい。そんなに撃って欲しいんだったら熊でも連れてこいよ……」
『くま……そうか。わかった』
と、妙にすんなり頷いたと思ったら、たちまちロッコは奥へ消えていった。
ドアの開閉音。中に入ったらしい。
「なんだよ……不気味な素直さだな……」
胸騒ぎ――見える限りの枝葉を揺らして風が吹き渡っていく。




