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蒸気機関少女  作者: コスミ
四章 当ててごらん
24/35

毒をもって

※今話は、5月10日更新分(旧第24話)の前半部分です。内容に変更はないよう。※5月12日、旧24話を前後に分割。

 クルミで得たエネルギーを一気に燃やし尽くす気合いで頭を回転させる。

 ――が、そう悩むまでもない。事態は明白だ。思考は同じところを反復して進展しない。


 アサヒは、里のことを知っている。

 どこまで、どのくらい知っている?

 どこから、どのように知ったのか?


 周の表情を見ると、どうやら初耳のようだ。ロッコは、そもそも表情が読めない。

 大丈夫……だろうか。

 この状況は……。

 ――考えてもわからない。やはり本人に聞くしかない……か。

 なるべく平静を装って、乾いた口を開く。


「あの、アサヒさんは……」

「ん?」

 軽い反応だ。しかしそれは表面のこと、どこまで信じていいかわからない。

 ――この人は、たぶん知謀で出し抜けるような相手ではない。


「――アサヒさんたちは、里の関係者ですか?」

「んにゃ、私は灯の書き置きで初めて知ったの。周も初耳かな」

 とまた軽く返した。周は上目遣いで頷いている。


「え……書き置き……」


 これも書き置きか……何でもかんでも書いてあるなぁおい。


「そ。あっさりした情報量だっただけに、気になるんだ。ね……せっかくだしさ」

 せっかく、当の里の人間が目の前にいるから――と、眼差しの強さが物語っている。


「ちょっと待ってください、その前に、何で俺が里から来たってわかったんですか?」


「なんとなく思ってた。周から、竜くんの発見報告を聞いた時からかな」


「え……じゃもう、相当最初から……?」


 さっきの戸籍質問がカマ掛けかとも思ったが、とんでもない、アサヒは午頃に俺が森の中で見つかったと連絡を受けた時から(あ、里とかいう所から来た人かな)と考えていたのか。まあ確かに、普通の田舎の人間だったら、あんな装備で、山で単独遭難なんてしないだろう。


 ――くそ……なんだよ最初からバレてたってのか。なら早く言ってくれよ人が悪いな……。


「そだね、んで会ってすぐ確信に変わった。雰囲気違うもん。書き置きだと大まかな場所とか普通の村落とは違うってことが書かれてる程度だったからさ、生の声を聞きたいなって」


「俺は……でも、そんな詳しくは知りませんよ。ただそこで育ったって程度ですから……」

 駆け引きでもなんでもない。世間との距離感とか違いとか、そういうことを教わって最低限の注意を受けている立場なんだ。聞かれて人に上手く説明できるほど、システマチックには把握していない。せいぜい、一問一答形式なら何とか答えられるか……? といったレベルだ。


「そう……? んまぁ別にそれでも、ね……」

 と、アサヒは妙に声のトーンを落とした。


 なんだ、失望された……? そんなに詳しく知りたかったのだろうか。

「とりあえずざっくり言うと、里は、現在の日本の統治システムからは色々と逸脱したコミュニティだそうです」

 爆弾級のジャブだ。すこしは眠気も醒めるだろう。


「ん、そごいよね……」


 そこで甘嚙みされるとは思わなかった! しかも本当にちょっと眠そう!

 むう……アカリの書き置きは、思ったより多く情報が記されていたのか……まぁ、いきなり戸籍の件で切り込んできたしな……。


「あー……えっと、でですね、全体の割合は知りませんけど、戸籍がないって人も確かにたくさんいます。特に長子以外の人は。で……表向きには限界集落みたいな感じなんですが、俺とかが育った中心部には、結構人が固まって暮らしてて、子供も多いですよ。あと俺の里以外にも、そういう集落は各地にいくつかあるらしいです」


「竜くんは、戸籍あるの?」

「ないですね。うちは家系ごと全員無いタイプです」

「へえ……」


「…………」

 順当に絶句している周はともかく、話しながらアサヒの反応を見ると、どうやらすべて既知の情報だったらしい。少なくとも驚く様子はない。


 それにしても、わからない。

 アカリは里とどういう関係があるのか……そして何より、友好的なのか。

 それを聞くべきだ。早く知るべきだ。

 ……しかし、すぐには切り出せない。勇気がチャージされるまで時間がかかるようだ。


「そっかぁ、んん……」

「あれあさひねぇ、どうしたの?」

 と周が心配そうな声を上げた。それを聞くと急にアサヒの具合が悪そうに見えてくる。

「なんだろう……ちょっと身体が変」

 舌の回りが鈍くなっているようだ。眉間に手首をあてて、疲れた吐息。

『竜のせいですね』

「なっ、なんで!?」

「大丈夫? 風邪? 寒気とかする?」

「寒気……んにゃー……なんかじわじわするだけ。なんだろこれ……ふぇえ、変だなぁ」

「ちょっと戻って横になったほうがいいよ、あさひねぇ」


 探るように深く呼吸して、アサヒは作り笑いを浮かべる。

「そだねぇ……。くぅ……まずったかなぁ、体調管理。ったく――急にきたぜ」

「どうしよう、じゃクルマで中入れてもらおっか?」

「んにゃ、歩ける……と思う」

『無理しないでください。六子はここで降りますから』


 降りる? ……あ、そうか、他の人に見られちゃまずいんだよなこいつは。

 あれ、でも俺は、ばっちり見ちゃってるけど……。あれ?


「悪いね六子……」

 シートにだらりと座って口を開けているアサヒ。ぼーっとしている感じだ。幸い、そこまでしんどそうな様子ではない。寝不足がたたってエネルギー切れを起こしたのか。そんなような程度だといいけど……。


『ちょうどいい機会です、ゆっくり休んでください』

「ん……そだね」

 皮肉な笑みを見せるが、アサヒはもういちいち振り向いたりはしない。じっとしている。

『では、六子は歩いてログハウスに戻りますので』

「あ、じゃあ俺も……」

「えっ、竜さんも中入れてもらいませんか?」

「そだよー……せっかく来たんだしさ」

「いや、俺も他の人と会うとややこしいし……。歩いて戻ってますから」

「まぁそっか……でも歩いて大丈夫なの? 身体」

 今のアサヒさんにそう言われて「大丈夫じゃないです」なんて言えるわけがない。まあ実際歩くくらいなら問題ない。むしろ周のドライブの方が身体に堪えるだろうし……。


「大丈夫です……あ、そうだ。ひとつお願いしないと」

「ん、なに?」

「なんでしょう?」

「あの……里の事は全面的に秘密にしておいてください。結構その……やばい情報ですから」


 まぁ……言い触らしても信じてもらえるか怪しいし、メリットはないだろう。けど言い触らした結果、耳にした人たちから変な目で見られたりするのは忍びない。この人たちはそんなクチではなさそうだけど、念のためだ。

 それに万一、不利益や危険が及ぶ恐れもあるし……。だからそもそも、できることなら知らないほうが良かった。もう言っちゃったけどね……けど、まぁ書き置きもあったわけだし、いずれは知られたはずだ。とにかくここは里の者として、全力で真面目な顔を作り口止めする。


「えっと……わかりました……」

 周は困惑顔で頷いた。

「ははは……やばい情報って――」 

 と、アサヒが笑いながら、バックミラー越しにこちらを見た。

 真っ直ぐな眼差し――以前見た、罠にかかっているシカの眼を思い出した。


「そりゃ、お互い様だよ――」

 不思議な、防ぎようのない光。

「――だって竜くんもさ、六子をよーく見たんでしょ? ならお互いに今後ともよろしくね」


 そう、か……。

 もう……そういうことなんだ。

「あぁ……はい……」

 虚ろな返事だ。情けない。


 ――やられた……。

 どおりで、ぐいぐい押し込むように情報を流してくるもんだと思ったら、きっちり口封じの効果もセットで含まれていたんだ。

 まさに一杯食わされて、そのすべてが毒だったってわけだ……。

 あの分岐点……やはり、ロッコのラテは断っておくべきだったか……。そうすれば、もしかしたら……。

 いや――なんにせよ、もう遅い。


「意味伝わった?」

 アサヒからの確認。

 背中に固いものを押し当てながら、「銃って知ってる?」と問うような不敵さ……。

 本人はそんな意図はないんだろうが――恐らくこれでも、相当軽くあしらわれている。そう思わせるような隔絶感がある。


「はい……たぶん」

 お互い様……か。どうも、そんな対等な気はしない。


 アサヒが漏らしたくない情報――ロッコの事。俺が見て知った限りでは、そこまで重みのある事だとは思えなかった。しかしたっぷり説明を受けた今となっては、とんでもなく重い。

 もともと喋って回りたいような事でもなかったが、もうこの重さ故に、他へ広めようとは一切思えない。気体か液体かといったものだったのが、巨大な岩の塊になったような質の変化。

 その上最後には、迂遠ながらも釘まで刺された……重さを、最後に一気に自覚させようとしたのか。子泣きじじぃかよ……。

 アサヒさん……計算か? だとしたら恐ろしいけど……とにかく、最初から向こうにやたら強いカードがあったというのが大きかった。こっちは最初から負けているのにそうとは気づくことさえ出来ない……最悪にひどいワンサイドゲームだった。

 ジョーカーみたいなアカリという人物。そこからもたらされたという、里のこと……。


「ごめんね竜くん……そんなわけだから、今度また話そう」

 う、今度、か……耳にはものすごく優しい言い方だが、骨まで食い込む拘束力だ。

 ――と、そうだ、これだけは聞かないと……。

 覚悟をもって、祈るように声を送る。


「あ……あの、そのアカリさんって、里とは友好的ですよね?」


 言い方に願望が表れ過ぎてしまった。

 ――なにしろ、もしも最悪アカリが里を潰したがっているような思想の持ち主だったとしたら、今後、とても嫌な展開にならざるを得ない。

 どうか、友好的であってほしい……この人たちとは、敵対したくない。

「んん、どっちかって言やぁ、友好的だろね。ちょっと世話になったことがあるーとか書いてあったし」

「それ、ほんとですか?」

「うん。やっぱ現在進行形だったかな、まだ何か繋がりあるんでしょ」

「はぁあ、良かった安心しました……」

「……竜くん、構えがほぐれてきたね……その方がいいよ」

 な――弱ってるくせに、なんだその鋭い感じは……。


『では、もう降りますよ』

 たぶん俺を急かす意味でロッコは言った。と、周が振り向き、

「あ、待って、竜さん一応電話番号教えておきます。えっとー書くものは……」

「これ、使っていいよ」

 アサヒがペンと、剥がしたデコ冷やシートを差し出す。

 本当に、デコ冷やシートをなんだと思ってるんだ……。今は便利だけど。

「あ、うん――ふふふ」

「竜くんさ……灯の事、知らなかったの?」

「え……?」

「にゃ、里の人ならもしかしたら知ってるのかなーって。どんな繋がりがあるのか、気になったの。知らないならいいよ……」

「えっと、アカリさんてどんな人物ですか? 背格好とか……」

「背は低めかな。けど変装とか自由自在だから意味ないよ。そう……その上で心当たりは?」

「そうですね……そもそも外から来る人っていうと、まず俺は見ないですし」

「そ……うん、わかった」

「……すみません力になれなくて」

「ははは……いいよいいよお互い様ー」

「ボクも、ネコっぽい口元になる特殊メイクやってもらったことありますよ――はい、どぞ」

 と周が書き終えて、こちらに手渡してきた。ぶよぶよして体温が残ったメモだ……。

「何かあったら連絡ください」

 言いながら、周はドアを開けて外に出る。座席がバコンと起きあがった。

 そうか……ツードアのクルマだから、こうしないと後ろの席から出られないんだった。

 ってそんなことより、

「俺の番号は――いや、すぐワンコールしとくから、もし何かあったらそちらからもどうぞ」

「あ、わかりました……それじゃすみません、またあとで」

『おら早く出ろよ』

「わかってるよ……」

 後ろから圧力がかけられ、クルマの外に出る。

「またね竜くん……ごめんね」

「いえ、そんな……」

 なんだかこの人に謝られると、妙に心にくるものがあるな……。

「六子も、また」

『はい。休めばすぐ良くなりますから、安心してください』

「だってさ。ほんとあさひねぇなのに、珍しいね――」

 周が運転席に戻って、ドアを閉めた。

「――それじゃ、失礼します」

「あ、うん」

『いってらっしゃい』

 エンジン音の高まるクルマから離れて、坂を登っていくその後ろ姿を見届けた。



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