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蒸気機関少女  作者: コスミ
三章 ところでなんなんだ君は
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パンダに乗って



 クラシックとまではいかないが、だいぶ古そうなクルマだ。そして変わっている。

 半分屋内・半分デッキ下の空間には、二台分の駐車スペースがあった。今は一台しかなかったので、そのクルマの横をゆうゆう歩きながら、改めて観察する。

 色は、くたびれた白。下側だけは少し褪せた黒い樹脂製だ。ここまでは珍しい要素はない。

 ただなにより形が、見たことないくらい個性的だ。

 一口に言えば、カクカクっとしてコロンとまとまっている普通乗用車的なフォルム。

 ただ詳しく見るとすごかった。まずガラスが全て平面で、一切カーブしていない。これにはびっくりした。ボディも平面ばかりだから、まるでペーパークラフトを巨大化したみたいだ。

 なんとなく車高が上がっているような感じがする。UFOの下部の出っ張りみたいに、タイヤが下にぴょこんと突き出しているような印象。そのせいか、こうもカクカクして無機質的な造型ながらも、どことなく血の通った不思議な愛嬌があった。キャラが濃い、とも言える。

「ふうん……何かいいな」

 ――けどこいつ、ロッコみたいに急に喋り出したりしないだろうな……?

 フロント側まで来た。エンブレムが見あたらずメーカーがわからないが、例によってフラットなフロントガラスを透かし見ると、左ハンドルだった。外車なのか――なるほど納得だ。

『……じろじろ見るの好きなんだね』

「うわっ――」

 ロッコも裏口から出てきたらしい。クルマの横を通ってゆっくり向かってくる。

「なんだよその言い草……」

『竜には、どうしても機械類をじろじろ見てしまう性質があるような気がしたから』

 こいつが何をイメージして言っているかは悲しいかな伝わっていたが、そんなよこしまで歪な意を酌むほど俺はピュアじゃない。さらりと流そう。

「……なんで」

 あ、間違えた。短い返しでも、そう聞いちゃったら絶好のパスだろ……。

『いえ……別に。六子の統計的にそう思ったまでです』

 あれ、意外と大丈夫だった……薄ーく仄めかしてきたけど。

 と、新しそうなスニーカーを履いた周が玄関ドアから出てきた。手にはキーを握っている。まず真っ直ぐ進んで板張りのエリアから数段降り、そこからこちらへ向かって歩いてくる。

 と、周とこちらとの中間に、俺の衣服が干されているのが見えた。

 マント、裏起毛のトレーナー、ミリタリーパンツ、ヒートテック、ブーツはご丁寧に紐を外して別々に干している。オーバーホールといった感じだ。

 う……しかし下着が干されているのを見ると、なんか辛い……そして恥ずい。

 恥だ。恥が干してある。……別に普通の無地のニットトランクスだけど。

 周はその側を通ったが、気づきもせずにクルマだけを真っ直ぐ見つめ続けている様子。鼻歌が聞こえてきそうな歩き方だ。

 そしてすぐそこまで近づいて来て、

「お待たせしました。えーと――あ、そうか……」

 こちらとクルマを見比べ何やら思案顔で固まる。またすぐ口を開くが、やや声を落とし、

「一応、あまり僕以外は見つからない方がいいので、二人とも後部座席に座ってください」

 いきなり不安を煽るようなことを言った。

「え、見つかるって……?」

 姉以外の人物が近くにいる場所にこれから行く……ということか。誰だ、家族か?

「まず無いでしょうけど、他の人が建物の中からこちらのほうを見ちゃうかも知れないので。念のためです」 

 ロッコが、こちらを横目で睨んできた。……おそらく(こういう奴がな)とでも思っているのだろうさ。へっ……。

「で……ちなみにどういう建物なの?」

 まだ何も知らないので、ざっくりと聞くしかない。

「えっと、まだ別荘ですかね……この春から研究施設として使い始めるみたいです」

「へえ、なんかすごいね」

「でも姉が言うにはサークル程度の規模だそうです。それで、姉もそこを拠点のひとつとして使うそうで、その準備のためにここへ来てて……あ、ボクもそれで一緒について来たんです」

「あぁ、そういうストーリーだったんだ……。にしても研究ってことは、ロッコと何か関係ありそうだけど……どんな研究?」

「人工知能関係だそうです」

 うわ、何気なく聞いたらドンピシャじゃないか……マジか。

「えっ、じゃあロッコもそこで?」

「やぁそんな、設備もまだありませんし」

「あ、そうだったね……」

 そりゃそうか……突然話がリンクしたもんだから、つい先走った。

「さ、乗りましょう」

 周はフロント前から回りこみ、左側のドアにキーを挿し込んで開けた。颯爽と乗り込む。

 見るとツードアタイプだったので、後部座席用のドアがない。なので俺は右側に回ってドアを開けようとした。

「――あれ、これどうやって開けんの?」

「鍵穴のところを押してください」

 引いても動かない取手を握ったとき、親指が触れるあたりに鍵穴があった。そこをボタンのように押しこむ。

「お、開いた」

 ロックが外れてガチャリと取手が引けるようになり、ドアが開いた。この仕組みはちょっと面白いけど、初見じゃわからないだろうな……でも製造国ではこれがスタンダードなのかな。

 と、乗ろうにも助手席が邪魔で、後部座席に行けそうもない。

「そこにある持ち手を引き上げてください」

 エンジンをスタートさせた周が、こちらへ身体を倒しながら手で示す。

 座面と外との隙間あたりにあった――リクライニングの調整レバーか?

 言われた通りすると、

「おお」

 助手席がバコンと座面ごと起き上がり、フロントガラス側へと前のめりになった。一瞬事故かと思った。予想以上に大きく開いたな……。

『おい、今なんで一瞬こっち見た』

「見てませんすみません」

「どうぞ、ちょっと固いシートですけど」

「あ、はい……」

 思わず敬語で返事しつつ、後部座席へ乗り込んだ。黒いベンチのような、これまたフラットな造りだった。独特の座り心地。

 内装を見回すと、やはりなんとなく外国っぽい。昔の電化製品的な素っ気なさがあるが、それもまた外国人の濃い見た目や陽気さを包む容器としては相応しく、バランスが取れそうな気もしてくる。日本人からすれば、軽く非日常空間だ。

 と、ロッコがゆっくりした動作で乗り込んでくる。座席の端に寄ってスペースを空けた。

 クルマもロッコもじろじろ見ているとまた何か言われそうなので、目の前、周の後頭部に向けて話しかける。

「このクルマって、どこのメーカー?」

「フィアットです」

 あぁ、そういやFIATという四文字がボタンのとことか色々あった。そう読むんだ。

「なんか聞いたことある気がするな……どこの国だっけ?」

「国はイタリアですね。面白いのはこれ、名前、パンダっていうんですよ」

「え、それって車種の名前? ほんとに?」

「はい。ニックネームじゃないですよ――ふふ」

 ニックネームて……でもどっちにしろ変なネーミングだな。なんでパンダ……? 謎だ。

『見直しました。パンダって、ちょっと変形するんですね』

 と隣に座るロッコが、目の前でガチャッと元に戻った助手席のシートを見て言う。なんだか語弊があるような……。

 身を乗り出してドアを締めた周は、座り直してシートベルトを引っ張り出しつつ、またすこし笑った。

「やぁ、まあ変形っていうか……オープンカーならそう言えるかも」

『へぇ……オープン化……』

 何気なく隣の、今は変形していないロッコを見ると、ふと何か忘れてるような違和感……。

 あ、そうだ、

「おい、そういやあれ持って来てる? 手土産のラテ」

 ロッコも周も持っていなかった。忘れて来たのか?

『ありますよ。六子が持って来ています』

「え……あっ――」

 気づいて、あとは黙って他所を向いた。どうやら、恐らく中に入れてらっしゃる……。

 だからここまで動きがゆっくりだったのか……。

「――で、でも何て言うの、このガラス平らなのってすごいね。なんか曲がってるのが普通だし見慣れてるから、こうも真っ平らだと、もう逆にちょっと凹んでるようにすら見えるね」

 などと取り繕うべく喋って間を埋めると、

「や、平らですよ。それじゃ行っきますねー」

 周が悪意なく斬り捨てて、ガココッと右手でギアを操作した――うお、マニュアル車だ。

 エンジンが一度やや軽めの音で吹き上がり、クルマが動き出した。




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