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蒸気機関少女  作者: コスミ
三章 ところでなんなんだ君は
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是非もなし


 怒り。

 過去最大級の怒りが、まさかこんな形で、こんなシュチュエーションで沸き上がってくるとは思わなかった……。不思議なものですね。


 クソ熊ロッコォオオ……!


 どっちにどれだけ怒りを向けていいか混乱する。だめだ。理性がギリギリだ。バーサーカーモードに入ってる。見境が無い。

 拳がぶるぶる震えている。

 視線を動かすことができない。ちょっとでも動かしたら、決壊しそうだ。

 じっと熊の顔を見つめる。

 余計に固くなる握り拳。

 ……だめだ悪循環だ! 逃れられぬ負のスパイラル!

「冷めないうちに、どうぞ……」

 こちらの心境を知ってか知らずか、そっと促してくる周。この子がもしここに居なかったらとっくにキレているだろう。

「ぎ……いただぎまつ」

 やべえな俺。怒りやべえな。

『――ぅぷーっ!』

「笑うなクソがぁあーっ!」

 弾けた。

 伝説の剣の如くガッチガチに突き刺さっていたスプーンを引っこ抜いて投擲!

 風切り音を鳴らしてロッコへ一直線に飛ぶスプーン――

 それをロッコは手を振りガキンとキャッチ!

 て――キャッチ!?

『おうタコこら……やるか?』

 だめだ――勝てない。こいつ、バケモンだ……。

 ここはとりあえず、くいっと肩をすくめて、

「何言ってんですかロッコさんちょっと笑うのやめてくださいよ、あとスプーン床に刺さってると危ないんで抜いときましたよ、しまっといてください」

『はあ? うざ……』

 そんな感じで、ソファに座る。逃げちゃいない逃げちゃいない逃げちゃいない……。

「竜さん……スプーンは投げちゃだめですよ」

 周は意外と落ち着いていた。何より先に言うことが、それって……。

「……あ、うん、ごめん」

『許すかバーカ』

 クッソ腹立つぅううう! お前関係ねぇだろ! ガキか! 

「――っと竜さん、もう時間そろそろなので、早めにお召し上がりください」

「あ、そうか……」

 時計を見ると、もうすぐあれから二〇分経過しそうだった。

 二〇分か――思えばひどい時間の過ごし方をした……。語り継げるほどの地獄だった。

 全然誰にも語りたくないけど。

 はぁ……、ていうかこのラテも飲みたくねえな……。

 そういや、これをいただくって返事しちゃったから、色々大変なことになったんだよな……。

 これが、ラテか――。

 ロッコという諸悪の根源から出てきた、諸悪の根源みたいにドス黒い液体――エスプレッソを、汚れなき純白のあわあわミルクで割ったやーつ。

 ――とか考えちゃうと、やけに壮絶な飲み物だな……。

 まったく……あの時いらないって断っときゃよかったか、そしたらロッコも俺の認識の中ではコスプレイヤーのまま――いや、クレイジーフルメタルサイコレイヤーのままで居続けたわけで……けどそれって良いのか悪いのか……いや、どっちにしろ悪いな。全ルートが地獄にしか行き着かないような気はしている。

「……ふーっ」

 とりあえず息を吹きつけて、不愉快な熊をぐにゃぐにゃにしてやった。実物の熊も、これくらい軽くあしらえたらいいけどなぁ。

 周の姿は視界に入っている。が、その顔を今は見られない――こんな吐息による熊退治の後では、なんとなく恥ずかしいから。

 ともあれ、コーヒー表面を覆っていた熊がマーブルに帰したので、少しは心理的に飲みやすくなった。

 カップの持ち手に指をかけ、持ち上げる。香りはおだやかだった。どうやらカップから発散されるより、制作行程によっていま部屋に満ちている香りの方が多く、濃いみたいだ。

 一口すする――飲みやすい熱さだ。味もわかりやすく、ちょうどいい温度。

 ぐ。

 う、美味い――猛烈に憎たらしいことに、美味い。

 ……いや、違う、だめだ、美味くない。美味いわけがない。

 断固、美味くないということにする。美味くなんか、ない。

 ゆっくりと、鼻から息を抜く。

 ――くそ、飲んだ後の香りすげえな……後味も。

「いかがですか……?」

 周が感想を急かしてくる。その顔を見ると、やはり期待感たっぷりの様子だった。

「ん、うん……なかなか――」

「なかなか?」

 しかし、美味いと言うわけにはいかない。決して。

「なかなか――よござんすな」

 ふと抹茶を飲んだ後のばあちゃんのことを思い浮かべたら、そんな感想になってしまった。

 恥っず――。

 なんだよ、よござんすなって……なんなんだよ、ばあちゃん……。しかもこれちょっと褒める感じだよな? あぁもう色々だめだ……。

「よござんすか……」

 うわ周……静かにノッてきた。うぅ余計恥ずかしいわ……。

 くなる上は、黙々と杯を干すばかりなり。



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