カップの中と再会
「あの、竜さん……」
「ん、なに……?」
できるだけソフトな発声を心がけた。そういうケアがされるべきは俺の方だろうとは思う。
「えっと……なんて言いますか、どうしよう……困ったな」
いや困るなって。こちらこそなんだよ……。
そう……こっちこそ聞きたいんだ。
「あの、ロッコってさ――ロボ?」
「あ、はい」
あ、はい。
……ん?
返事、もう終わったの?
「え! ロボなの?」
思わず振り向いて、キッチンが視界に入ってしまい慌てて九〇度ほど戻し、部屋の角のほうを向いた。こんなに落ちつけない空間だったっけ、ここって……。
「ロボっていうか……ロッコはロッコですが」
周の冷静な声。哲学的な言い回しだ。
「いやロッコって、マジなんなの? だってあんなの、どういう……」
対話者から視線を外している為、自問するみたいになってしまった。内容もまとまらない。
『六子は蒸気機関駆動型人造美少女です。という説明がそういやまだでしたね。ドンマーイ』
「え、ねぇ周、本当なの? ロッコって、その……人じゃないの?」
自分の発言ながらとんでもないセリフだ。言ってて限りなくウソくさい。
けど……、この目で見て、今も鮮明に思い浮かぶ。その記憶は、ウソでも錯覚でもなさそうだった。視力2.0はあるんだ俺は……。
『周を呼び捨て――! おい……しかもシカトすんなよ竜の分際でこら』
「えっ、竜さんは人だと思ってたんですか?」
「いや、ええ? びっくりしたいのはこっちだけど……え? 周はずっと知ってた……ていうかわかったの、最初見たときから? いや君ら二人いつ知り合ったか知らないけどさ……」
「いや、直接会ったのは最近で、先週くらいですけど」
「え、先週!?」
って今何曜日かわからんからピンとこないけど……。でもなんにせよ意外と日が浅いな。
「でも……ロッコですよ? ロッコって、え、どう見ても人じゃないじゃないですか」
「いやっ、そりゃ見た目はそうだけどさ……! 中に人が入ってるって思わない? 普通」
「ええ……? 思いませんでした。ロッコって細いじゃないですか」
「いやでも! 細いっつってもなんとかなりそうな細さじゃん! 人入ってると思うって!」
『おい竜こら。おい……タコこら』
「そっか……普通はそうかもしれませんね」
さっきからすげえ悠長だな周……。騒いでる俺がおかしいのか? んなことないよな……。
「あそっか、ボクは会う前からロッコのこと色々聞いて知ってましたから、それで竜さんの受けた印象とはだいぶ違うんだと思います」
えー……それで収まる? この子やっぱり相当独特だわ……。
「いや待って周、あいつあんな人っぽいのに、そんな簡単に機械って信じられるか?」
巨大な熱源反応。思わずチラッとキッチンへ横目を飛ばして――
死と、目が合った。
『また呼び捨て。またこっち見た。まだシカト』
やばい――逆に軽い口調だ。感情がない。
……ふと、スリーストライク法、という言葉が頭に浮かんだ。
そこから導かれる判決は――
『うん、死刑だね。今から分解して炉に焼べてやるよ』
白い布巾を下に叩きつけてロッコが歩き出す。
蒸気を纏いしターミネーター、キッチンよりいざ出撃。――の図。
おっとこれは死ぬな俺。そして死刑執行後即火葬か。うわぁーい。
「ちょっとロッコ、ストップストップ!」
とキッチンへ急行する周……天使の仲裁!
『周……六子は限界です。やらせてください』
しかし悪魔の決意は固い。目が、溶けた鉄みたいに強烈に光っている……。
『――って何見てんだよ!』
ガツッ――と、近くの床にコーヒースプーンが斜めに突き立った。ビィンと振動している。
「うぁあっ!」
「ちょっとロッコだめ! 物投げちゃ! 危ないでしょもう!」
『だってあのタコまたロッコの内部を――』
「そんなの早く閉じればいいじゃん、もう!」
『あ、そうですね』
カチ――と、ようやくロッコの胸は閉じられた。と音だけで推測。見てたら死んでます。
「はぁ……はぁあ――アホか……なんでこんな深く刺さってんの?」
三日月型の穴の真ん中から、ほぼ軸だけが生えているような状態だった。
こ、怖えぇぇ……スプーンでも殺人ってできるんだな。ってこれほんとにスプーンか……?
「まったくもう……今日は本当ロッコ調子変だね……怖いなあ――」
超絶同感です。
「――わ、もうラテ出来てるじゃん! なにもーちょっと言ってよロッコもー」
うわ、急に平和な感じ……ついていけません。
『すみません、シカトされながら完成させてました』
「えっと、どれが竜さんの分?」
『あ、これです。六子がここから投げて渡しますよ』
「だめでしょ何言ってんの。ボクが持ってくよ……」
ローテーブルに向かって、にこやかな表情の周がカップを運んでくる光景――数秒前までの地獄とのギャップがあり得ないレベルです。時空間か俺が狂いそう。
「はーい、どうぞ竜さん」
毒入ってんじゃねえだろうな……? こちとらこんな短いスパンで毒食らいたくねえんだ。
「ありがとう……」
それでも思いとは裏腹に、優しく感謝を述べられるほど、俺は汚い大人に近づいています。
やや厚手の白いコーヒーカップの中を覗き込む。
クリーミィな泡が覆っている。全体的には、茶色だ。
しかし絵が描かれている。
妙に見覚えがあった。
「……熊」
言って、周の顔を見上げてみる。
「……ええ。すごい上手ですよね。でもよりによってそのモチーフかな……とは思います」
と微妙な苦笑い。
もう一度、コーヒーの表面を見る。
セピアの写真かと思うほどリアルな、熊の顔のドアップ……。
『クマって言うんですか? それ、かわいいですよね……ぷっ、ぷぷーっ』
……コーヒー――いやこれって、ラテって言うの?
ふうん……そんな興味ないけどさ……。
でもさ……、
これは……、ちょっと、これだけは……っ、
飲む前から死んでも忘れない一杯になりそうだぜうぉおおお……!




