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蒸気機関少女  作者: コスミ
三章 ところでなんなんだ君は
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カップの中と再会


「あの、竜さん……」

「ん、なに……?」

 できるだけソフトな発声を心がけた。そういうケアがされるべきは俺の方だろうとは思う。

「えっと……なんて言いますか、どうしよう……困ったな」

 いや困るなって。こちらこそなんだよ……。

 そう……こっちこそ聞きたいんだ。

「あの、ロッコってさ――ロボ?」

「あ、はい」

 あ、はい。

 ……ん?

 返事、もう終わったの?

「え! ロボなの?」

 思わず振り向いて、キッチンが視界に入ってしまい慌てて九〇度ほど戻し、部屋の角のほうを向いた。こんなに落ちつけない空間だったっけ、ここって……。

「ロボっていうか……ロッコはロッコですが」

 周の冷静な声。哲学的な言い回しだ。

「いやロッコって、マジなんなの? だってあんなの、どういう……」

 対話者から視線を外している為、自問するみたいになってしまった。内容もまとまらない。

『六子は蒸気機関駆動型人造美少女スチーム・ロコモーティブ・アイドルです。という説明がそういやまだでしたね。ドンマーイ』

「え、ねぇ周、本当なの? ロッコって、その……人じゃないの?」

 自分の発言ながらとんでもないセリフだ。言ってて限りなくウソくさい。

 けど……、この目で見て、今も鮮明に思い浮かぶ。その記憶は、ウソでも錯覚でもなさそうだった。視力2.0はあるんだ俺は……。

『周を呼び捨て――! おい……しかもシカトすんなよ竜の分際でこら』

「えっ、竜さんは人だと思ってたんですか?」

「いや、ええ? びっくりしたいのはこっちだけど……え? 周はずっと知ってた……ていうかわかったの、最初見たときから? いや君ら二人いつ知り合ったか知らないけどさ……」

「いや、直接会ったのは最近で、先週くらいですけど」

「え、先週!?」

 って今何曜日かわからんからピンとこないけど……。でもなんにせよ意外と日が浅いな。

「でも……ロッコですよ? ロッコって、え、どう見ても人じゃないじゃないですか」

「いやっ、そりゃ見た目はそうだけどさ……! 中に人が入ってるって思わない? 普通」

「ええ……? 思いませんでした。ロッコって細いじゃないですか」

「いやでも! 細いっつってもなんとかなりそうな細さじゃん! 人入ってると思うって!」

『おい竜こら。おい……タコこら』

「そっか……普通はそうかもしれませんね」

 さっきからすげえ悠長だな周……。騒いでる俺がおかしいのか? んなことないよな……。

「あそっか、ボクは会う前からロッコのこと色々聞いて知ってましたから、それで竜さんの受けた印象とはだいぶ違うんだと思います」

 えー……それで収まる? この子やっぱり相当独特だわ……。

「いや待って周、あいつあんな人っぽいのに、そんな簡単に機械って信じられるか?」

 巨大な熱源反応。思わずチラッとキッチンへ横目を飛ばして――

 死と、目が合った。

『また呼び捨て。またこっち見た。まだシカト』

 やばい――逆に軽い口調だ。感情がない。

 ……ふと、スリーストライク法、という言葉が頭に浮かんだ。

 そこから導かれる判決は――

『うん、死刑だね。今から分解バラして炉にべてやるよ』

 白い布巾を下に叩きつけてロッコが歩き出す。

 蒸気を纏いしターミネーター、キッチンよりいざ出撃。――の図。

 おっとこれは死ぬな俺。そして死刑執行後即火葬か。うわぁーい。

「ちょっとロッコ、ストップストップ!」

 とキッチンへ急行する周……天使の仲裁!

『周……六子は限界です。やらせてください』

 しかし悪魔の決意は固い。目が、溶けた鉄みたいに強烈に光っている……。

『――って何見てんだよ!』

 ガツッ――と、近くの床にコーヒースプーンが斜めに突き立った。ビィンと振動している。

「うぁあっ!」

「ちょっとロッコだめ! 物投げちゃ! 危ないでしょもう!」

『だってあのタコまたロッコの内部を――』

「そんなの早く閉じればいいじゃん、もう!」

『あ、そうですね』

 カチ――と、ようやくロッコの胸は閉じられた。と音だけで推測。見てたら死んでます。

「はぁ……はぁあ――アホか……なんでこんな深く刺さってんの?」

 三日月型の穴の真ん中から、ほぼ軸だけが生えているような状態だった。

 こ、怖えぇぇ……スプーンでも殺人ってできるんだな。ってこれほんとにスプーンか……?

「まったくもう……今日は本当ロッコ調子変だね……怖いなあ――」

 超絶同感です。

「――わ、もうラテ出来てるじゃん! なにもーちょっと言ってよロッコもー」

 うわ、急に平和な感じ……ついていけません。

『すみません、シカトされながら完成させてました』

「えっと、どれが竜さんの分?」

『あ、これです。六子がここから投げて渡しますよ』

「だめでしょ何言ってんの。ボクが持ってくよ……」

 ローテーブルに向かって、にこやかな表情の周がカップを運んでくる光景――数秒前までの地獄とのギャップがあり得ないレベルです。時空間か俺が狂いそう。

「はーい、どうぞ竜さん」

 毒入ってんじゃねえだろうな……? こちとらこんな短いスパンで毒食らいたくねえんだ。

「ありがとう……」

 それでも思いとは裏腹に、優しく感謝を述べられるほど、俺は汚い大人に近づいています。

 やや厚手の白いコーヒーカップの中を覗き込む。

 クリーミィな泡が覆っている。全体的には、茶色だ。

 しかし絵が描かれている。

 妙に見覚えがあった。

「……熊」

 言って、周の顔を見上げてみる。

「……ええ。すごい上手ですよね。でもよりによってそのモチーフかな……とは思います」

 と微妙な苦笑い。

 もう一度、コーヒーの表面を見る。

 セピアの写真かと思うほどリアルな、熊の顔のドアップ……。

『クマって言うんですか? それ、かわいいですよね……ぷっ、ぷぷーっ』

 ……コーヒー――いやこれって、ラテって言うの?

 ふうん……そんな興味ないけどさ……。

 でもさ……、

 これは……、ちょっと、これだけは……っ、

 飲む前から死んでも忘れない一杯になりそうだぜうぉおおお……!



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