ハートも肺も
本当に……。機械。
ははははは――。
いや、何で可笑しかったんだろう今……。怖い、自分が。
そして、ロッコ。
目の前で今も、フルメタルな佇まい。
ロッコは、その世界観は――本物、だった?
はははは――。
やっぱり可笑しい、狂ってる。
高い鼓動を意識する。喉まで動いているんじゃないかと思うほど、強く、早い。
アンドロイド。ロボット。人工知能。『人じゃないから』――
リアリティのない語句が、リズムに連動して浮かんでくる。
はは、ウソでしょ――でも、本当に、少なくとも生きた人ではない。
あの胸部の空間を見れば、それは確かだ。
――引きつったように息を吐き、また肺に戻す。
そう、この呼吸のための器官が、ロッコには無かった。
胸内の大部分は機械類に置き換わり、心臓のあたりに至っては、カップが入るほどえぐれていた。本当に、空虚だった。
さすがに、もう笑えない。
……怖いわー。
すごすぎるし、意味わからんすぎて怖いわー。
『ああもう、こぼれちゃったじゃんか――って、いつまでこっち見てんだよ!』
しかも何か、怒られてる。
「ひっ――、え、えー……?」
「竜さんどうしたんですか、急にそんなに驚いて……」
不思議そうな表情の周は、中途半端に手を差し伸べようとしている姿勢で固まっている。
「いや、驚くって――そら、驚くよっ!」
裏返ったりめちゃくちゃな声が出てちょっと恥ずかしい。
ってそれどころじゃない!
「機械じゃん! ロッコの胸んとこ! どうなってんだそれCG!? 特殊メイク!?」
口走った直後にそんなことはあり得ないと自覚している。ただ大声を出していないと自分が保てない気がして勢いに全てを委ねていた。
「おっ、おかしいだろその胸! 胸ん中っ!」
と、ロッコの湯気が増えた。
『ちょっ胸とか……引くわ』
「はあ!?」
引かれた!? このタイミングで!? こっちが引くわ!
「竜さん……胸っていうのは、ちょっと……」
おい周、なんだそれは。てかお前も見てたろ! しかもじっと!
嗚呼――理不尽ここに極まれり!
『もういいから早く出てって向こう行ってろよクソ覗きが……』
逆に低圧で言われた。これは実に効果的に傷つきます。
しかも罪悪感が喚起される――なんで俺が加害者的に虐げられてんの……。
『おら行けよ!』
と顎をダイニングの方へ振って――一瞬、人体ではあり得ないところまで首が回っていた。
「ひゃいっ」
手を突き、立ち上がりきる前にわたわたとキッチンの外へ向かって身体を転じて進む。
ソファのところまで退避。手榴弾を投げた直後のようにカーペットに半身で倒れ込み、つい背後を見る。
ロッコと目が合った。
『見んなよこらぁ!』
「すみません!」
謝って伏せ。と瞬間的に反応したあとで、その屈辱的な状況に気が狂いそうになる。毛足の長いカーペットに顔を埋めて、このまま泣くにはちょうどいい。
「ちょっとロッコ、そんな怒鳴っちゃだめだよ……」
『ええ? だって、だって覗かれたんですよ……』
ちょ、しおらしく言うなよ。本格的な犯行だったみたいじゃんか……。てかそんなに見ちゃいけないものだったのか? まあ、ある意味そうかも……。でもロッコのあのエキサイトぶりは、それとは違った意味で見ちゃいけない感じをものすごく匂わせる。ほんと困るわ……。
とにかく、あんなのは、事故だ。事故なんだからねっ!
「いや、覗かれたって言い方はどうかと……」
『覗かれたんですよ!』
「や、だからちょっと……。んー、たぶんロッコがそこを開けてるって知らなかったんだよ。あんなに驚いてたしさ」
『そうだとしても、覗きに来たんですよアレは絶対!』
もう、やめてよぅ……。
「んんーきっと知らなかったんだからさ、しかたないよ……」
『しかたない? そんなぁ……六子は許せません。それに絶対知ってて覗きに来たんですよ』
「やぁ、ボクはそうは見えなかったけどな……」
『では本人の身体に直接聞いて来ましょう――』
あ、拷問される。そしてその後たぶん死ぬ。
「待って待って! だめ! ボクが聞いてくるから、ロッコはここに居てよ!」
『ええー?』
「ええーって……ロッコ落ち着いてよ。なんか今朝から、っていうか竜さん来てからちょっとテンションおかしいよ……」
『むぅ、今日は確かに、蒸気圧の推移が少し不安定です……』
「でしょ? だからお願い、ちゃんとここに居て。ラテ作っててよ」
ラテ……?
ああ、さっきまでそういう平和な時間だったっけ。遥か古の出来事に感じる……。
『ふぁあい……わぁかぁりまぁしぃたぁあー……』
どんだけダルそうに言うんだ。
と、こうしていつまでも伏せのポーズをしてはいられない。周が静かに歩いて来ている。
ゆっくり上体を起こし、あぐらをかいて、キッチンと反対――窓の方を向く。
そこに周の姿が、ほんのり映っていた。
なかなか怯えている顔だ……。切ない。




