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蒸気機関少女  作者: コスミ
二章 君に出会いたくなかった
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合体! そして、抽出!



 しばらく、キッチンから様々な準備の音が聞こえていた。

 と、かすかに《ぷしゅう》と蒸気の音……。

あまねぇ……』

 ロッコが突然、コーヒー豆をグリグリ挽く手を止めて振り向いた。妙に弱々しい声だ。

「なに、どしたの」

 携帯をしまいながら、周もキッチンに入っていく。

『あのぉ……やっぱり周のぶんも作っていいですか?』

「え、なんで」

『なんかぁ、周のために作るんじゃないとぉ、蒸気圧モチベーションがぁ、全然上がりませぇん』

 安定のひどさ。しかもなんか急にキャラ崩壊してんぞ……ちゃんとしろって。

 ていうか、いつまでそのアーマー着てる気だよ……。

 着るならずっとキャラ守れ! キャラ崩すならとっとと脱げ! ――変な標語ができた。

「ええ? でも僕はもう朝いただいたしさ……また飲んじゃったら、カフェイン過多で夜眠れなくなっちゃうよ」

『だいじょぶですよ、エスプレッソはカフェイン含有量が少なめなんです』

 エスプレッソ……? それって、すげえニガニガなやつじゃなかったっけ……もう不安。

「そう聞くけどさ、少なめって言っても入ってることには変わらないじゃん。実際飲むとカフェイン効いてる感じするしさ……僕、まだそんなに慣れてないんだよ、カフェインに」

『そうですか……。もしかして六子は、カフェインが生体に与える影響を軽視しすぎていたのでしょうか……? すみません……六子は、カフェインの薬理効果を身を以て体感したことがないもので……』

「いや、そんな謝らなくていいけど……それにカフェインってぜんぜん、二杯ぶんくらいなら平気だしさ。言っても、カフェインだし」

 カフェインカフェイン言いすぎだろ……反復催眠で逆に眠くなるわ。

『そうですか……? では、周のぶんの作っていいですか?』

「え、うーんどうしよっかな……」

 いや、渋るのかそこで。作らせてやれって……もし飲みきれなかったら俺が二杯飲むわ。

『まあ仮に、蒸気圧モチベが足りなくて適当なクオリティになっても、六子は一向に構わないのですけどね……飲む奴はアレですし』

 聞こえてるんだよ。ねえ、聞こえてるんだよ。

 なぜだろう、じっと見つめている時計がほんのちょっぴりぼやけてきた。

「えー? それは困るなあ……あっ! そーうだ」

 と周の明るい声。ちょっと癒される。

「いいこと思いついちゃった。ロッコいいよ、二杯ぶん作って」

『え、やっぱり周も飲んでくれるんですか?』

「違うの、一杯分は水筒に入れて、旭に持って行ってあげればいいんだよ」

『おぉ、旭に……その手がありましたか』

「ふふん――名案でしょ」

『周、水筒ってなんですか?』

 えっ?

 また違った角度から時空が歪みそうなこと言い出したな、あいつ。マジか……?

「飲み物を入れて、温度をある程度保ったまま密封して運べる容器」

 と周はすぐにさらりと答えている。驚いた様子はない。

『なるほど、それは便利ですね。六子にも似た機能を持った部分がありますよ』

 ……どうやら冗談ではなくマジらしい。クレイジーすぎる会話だ。しかし、水筒を知らないなんてことあるか? 普通の幼少期を送ってくれば自ずと遭遇する物だろ水筒なんて……。

「あれ、もしかして水筒この家にない?」

『ないですね。この家の中で、もっとも似た機能を有している物体は、六子です』

「あ、そうなの……。いやさすがにロッコを水筒代わりにはしないけど……んん無いのかぁ」

「あの……水筒なら俺持って――」

『ここは普通にカップに入れてラップで密封していけばだいじょぶですよ』

「あ、そうだね。ちょっと運ぶだけだしそれでいいか」

 ……俺の発言は、鮮やかに、そして意図的に遮られ、完全に密封されたようだ。もはや封殺と言った方が近い。

 浮かせた腰を、またソファに深々と沈める――やらかい。

 俺も、そろそろ本格的に凹んでいます。

『では、旭とアレの分で二杯作りますね』

「あ、やっぱり僕の分もお願い。計三杯ね」

 結局飲むんかい! 何のための輸送計画だったんだ!

『はい。わかりました』

 ……意味わからん、こいつらほんと意味わからんわ。

 再びハンドルを回してグリグリと豆を挽いているロッコを、周が側で見守っている。黙ってれば平和なんだよなぁ……。

 そんな二人の背中を、ぼんやりカウンター越しに眺めている。手元は見えない。肘の高さくらいから下はカウンターで隠れてしまっている。

 ――とまたグリグリ音が止まった。

『あ、先にミルクからだった』

「そうなの? 出そうか」

『いえ六子が――ああ、ありがとうございます』

「そっか、スチーム出ないから先に豆挽いてたの?」

『いえ、ただのうっかりです』

「あ、そう……でもそんなに順番大事なんだ」

『ええ。豆は挽いた瞬間からひどく酸化が進みますので……。できれば、内部を無酸素状態にできるミルを搭載したいところです』

「そんな物々しいもの搭載しなくても充分美味しいよ……」

『妥協は禁物なのです。――とりあえず、この挽いちゃった分はアレの分にしよっと……』

 ボソッと言うわりにはよく聞こえますね。てかそれも妥協だろ……。

 ガチャ――と、なにやら金属パーツが接続されたような音がして、間もなく蒸気の噴出するプシュッ、シューッという音が続けて響いた。今のは試しといった感じか。

 あれ、でも空気圧縮機コンプレッサーとかの音してないよな?

 ブジュウウウ――と、今度は籠った、水中で空気が噴出されているような音。

 思わず立って、ロッコの手元を覗き込もうと試みる。するとなんとか、銀色の太った水差しみたいなものの上部が見えた。

 ロッコはそれを斜めに傾けて持ち、内部に空気を送り込んでいるらしい。

 なんだろう……あ、ミルクを泡立てているのか。なんか思ったよりすごい作り方だな。

 銀のミルク差しが脇に置かれる。と、そこからうっすら湯気が上がった。いつの間に温めたのか……。一方ロッコはまた豆をグリグリ挽く。迷いのない手つきだ。

 香りが一瞬、ここまで届いた。

 世にも大人な香りだった。

 数歩、ダイニングテーブルの近くまで進む。まだ手元は見えない。

 と、静かになった。挽き終わったらしい。続いてまた何か重そうな器具――棒状の持ち手を掴んで、その先の部分に、挽いた豆の粉を移している。

 次にスタンプみたいなもので、その粉を上から押し込み始めた。

 ……ほんと色々、器具といい動作といい、やけに物々しいコーヒー制作だ。

 もう一歩、近づく。

 棒状の取手のついた器具は、見ると鈍器になりそうなほど重厚で機械的だった。

 そうか……エスプレッソ――思い出した、圧力をかけて抽出する作り方のコーヒーだ。

 へえ、こんなふうにして作るのか……。メカメカしいな。ちょっとロマンを感じるぞ。

 ガチャ――ゴト

 ……ん?

 今、ロッコどこから外して置いた……? そのノズルっぽいパーツ。

 その細いパーツには、ミルクがついていた。空気を噴き出してたパーツか。

 カチャ――ガコッ

 ……あれ?

 ロッコが手に握っていた、粉を詰めた器具が消えていた。いきなりマジック?

 さらに一歩。キッチンの入り口近くまできた。

 ブジュジュジュ――

 と、何か、蒸気が立てているらしい湿っぽい音。……どこからだ?

 作業台の上は片付いていて物が少ない。今鳴ってる音の発生源はない。

 それにさっきの器具も、どこにも――、

 あ、取手が、え、

 なんでそんなとこから突き出て、え――

「んん、それなんか格好いいよね」

 周が、ロッコの胸元を覗くようにして言う。

「――合体! そして、発射! って感じでさ」

『ちょっと周、あまりじっと見ないでください……』

 その視線から逃れるように、ロッコが身体をよじる。

 よじって、見えた。

 

 あれ。

 

 開いてる。


 クルマのボンネットのように……、

 ロッコの胸元が、

 上に開いて、その内部に――

 さっきの器具が――

 刺さって――いや、

『きゃ! 何覗いてんだてめぇ!』

「う――うわぁ!」

 後ろへ蹴つまずき、尻餅。

 同時に背中を冷蔵庫に打ちつける。――痛い。

 頭の上を、ぶつかった衝撃で開いた冷蔵庫の扉が通っていった。

 ロッコは、エスプレッソの雫を散らしながらギュルンと身体を回し背を向けていた。

 そしてものすごい横目で肩越しにこちらを睨んでいる。

 恐怖とともに、どうしようもなく脳裏に浮かぶ――

 内部。

 一瞬だけ正視した、ロッコの胸部の内部構造――

 配管のうねり。明るい金属光沢。緻密なその隙間。

 その中央には、例の器具が深く、接続されていた。

 その下部には、えぐれた空間が、カップを納めるためにあった。

 ロッコは、そのカップを自分で持っていた。器具の下部から滴り落ちる、蒸気の圧力で抽出されたであろう、茶色のゆるいクリ―ムみたいな液体を、そのカップで受け止めていた。 

「わ――竜さん、ちょっ大丈夫ですか!」

 ――人ではない。人では、こんなのは、あり得ない。


 震える。


 冷蔵庫から溢れた冷気が、首筋を伝い降りていた。




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