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コランダム商会の設立経緯~婚約解消したら、元婚約者の『心から愛する人』が土下座しに来たんですけど~  作者: 晩夏ノ空


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33 コランダム商会の設立


 数日後。

 青蚕の絹織物の試作が仕上がったとの連絡を受け、私とウェンディはエイベル工房へ出向いた。


「お待たせ!」


 とても明るい表情のカミラが、美しい白木の木箱をテーブルに載せる。

 急いた足取りとは裏腹に、木箱を置く動作はとても丁寧だ。


「いやあ、久しぶりに良い仕事ができたよ! ──さ、じっくり見とくれ!」


 挨拶を完全に省略し、カミラが木箱の蓋を開けた。

 瞬間、私は思わず息を呑む。


「これは…」

「…すごい」


 ウェンディも言葉を失い、木箱の中の絹織物を見詰めている。


 全体に薄っすらと青の色彩を纏った、美しい白絹。色もさることながら、艶が段違いだ。控えめな室内灯の明かりでも、それ自体が光を放っているようにきらきらと輝いている。

 挨拶の言葉が吹っ飛ぶのも道理。こんな絹、見たことがない。


「これは、青蚕の糸の比率が一番低いやつだね」


 カミラが解説し、そっとその布を持ち上げてテーブルの上に置く。

 その下から現れたのは、さらに一段、青の色彩が濃い絹布だった。


「で、これが中間。一番下が、青蚕のみで織った布だ」


 テーブルの上に、3つの異なる青が並ぶ。

 生糸の太さは同じだというが、見た目、色艶、そして質感、全て異なっていた。


「触ってみとくれ」

「い、良いんですか?」

「勿論さ!」


 ウェンディが恐る恐る、一番青の薄い布を手に取る。

 私も、思い切って青蚕のみで作られた布を持ち上げた。


 薄い布だが、かなり張りがある。かといって、『硬い』わけではない。

 表面はあくまで滑らかで、絹というよりは金属のような独特の光沢がある。触れると一瞬冷たく感じるのは、上等な普通の絹と同じ。それがかえって不思議だ。


 ウェンディと交替で3種類の絹布を一通り触り、青蚕の比率が高ければ高いほど張りのある生地になることが分かった。…などと冷静に考えようとしているが、


「これすごい…ずっと触りたくなっちゃう…」

「分かるわ…」


 ウェンディは完全に顔が笑み崩れているし、多分私も似たようなものだろう。

 とにかく、手触りが良い。腕に巻いてみても暑く感じないし、汗ばむ様子もない。といって、冷たいわけでもない。最初に触れた時のひやりとした感触を越えると、とにかく心地良いのだ。


「気持ちは分かるが、冷静になっとくれ、2人とも」


 カミラに苦笑され、私たちは何とか気を取り直してテーブルに絹布を戻す。


 聞けば、これを織った職人たちも、仕上がった布を手に取ってしばらく動けなかったのだという。

 青蚕だけの布を織ったカミラ自身も1時間ほど呆然としていたらしいから、この青蚕の絹布のすごさが分かる。

 彼女たちは貴族も好んで使う高級絹布の織職人、普通の絹布には慣れているはずなのだ。


「──見ての通り、青蚕の生糸を使った布は明らかに普通の絹布と格が違う」


 カミラが真剣な目で布を眺め、断言する。


「光沢、感触、肌当たり、どれを取っても一級品──いや、それ以上だ。何より、この色彩。これは間違いなく、貴族、それも上の方の身分の方々が飛びつくだろう」


 金属のような、薄い青。青銀と言い換えてもいい。

 この色は、かつてこの国で多く採れた魔法金属、ミスリル銀に限りなく近い。

 今ではすっかり資源が枯渇し、全鉱山が閉山してしまったが、隆盛(りゅうせい)を誇った頃に作られていたミスリル細工は今でもこの国を代表する細工物として知られ、貴族や平民の裕福層の間で珍重されている。そのため、似たような色彩の物も好まれるのだ。


 間違いなく、売れる。

 ただ、


「問題は、これをどう流通させるか…ね」


 私が呟くと、ウェンディとカミラが難しい顔で頷いた。


「平民の間で流行ったら、絶対貴族社会での心証が悪くなりますよね」

「かといって、下手な身分の貴族に売り込んでも、囲い込まれる可能性があるんじゃないかい? ハーミット男爵家って肩書があるといってもね…」

「ええ、貴族社会での我が家の立ち位置はそれこそ底辺の底辺、領主様からお情けで荘園管理を任されているようなものですから」


 貴族と一口に言っても、その権力には明確な差がある。

 ハーミット男爵家は、領主様から直轄地の荘園の一つを任されている、と言えば聞こえは良いが、要するに領主様が直接管理するまでもない場所を代理で管理しているに過ぎない。


 そんな立場の家が、誰がどう見ても高い価値があると分かる青い絹布を見出した。

 これを下手な家に知られたら、私、もしくは兄が婚姻で無理矢理身内として囲い込まれるか、どさくさに紛れて家自体が乗っ取られる可能性もある。


「…いっそ兄から、領主様に直接相談してもらおうかしら」

「え、そんなことできるんですか?」

「ええ。元々あの荘園は領主様の持ち物だし、定期的に報告も上げているから。今回の件もいずれは報告書として領主様に届くでしょうけれど、情報を回すのは早ければ早いほど良いと思うわ」


 最終手段として、ブランに頼むという手もある。

 ブランは領主直轄の行政局特務班に所属する内偵員。完全な裏ルートだが、確実に情報を届けられる。これはカミラには秘密だが。

 なるほどねと頷いたカミラが、でも、と眉を寄せる。


「そうすると、最悪、商会の出る幕がなくなっちまうんじゃないかい?」


 領主様がこの絹布に価値を見出した場合、取引を強制的にもっと有力な大商会に回される恐れがある。


「ええ。なので──」


 私はテーブルの上に書類を並べた。


「現時点で、正式な取引契約書を作ろうと思います。契約書を取り交わしてしまえば、たとえ領主様といえど、全てなかったことにはできません」

「アレクシア様、やる気ですね。良いと思います!」


 ウェンディが好戦的に笑う。私は敢えて、涼しい顔を作った。


「蚕たちを飼育しているのは荘園の皆、この繭を見付けたのはウェンディ、価値を見出したのは私たち、そして普通の生糸とは明らかに性質が違うこの生糸を布に仕立ててくれたのはカミラさんたちです。その功績と労力は評価されて然るべきでしょう」


 これは誰か一人の功績ではない。皆の力が集まって、はじめて形を成したものだ。横取りされてなるものか。


 それに何より──私自身が、この青蚕の絹布に、これからも関わっていきたい。

 ハーミット男爵家の人間だからとかそういう理由ではなく、単に、この布に魅了された一人の人間として。


 私たちは頷き合い、まっさらな紙に新しい契約を書き綴(つづ)っていく。

 通常の生糸の契約書と、青蚕の生糸の契約書、それぞれ別々に。


「納入量と単価はその都度決めることにしましょう。お互い独占はナシ、ただし、新しい取引先を参入させる場合はきちんと話し合いを持つこと。青蚕の絹布の納入先については、別途相談ということで」

「ああ、それが良いね」

「トラブルが起きた場合の対応方法も書いておきましょう!」


 そうして──最後に、お互いの工房名と商会名を書く段になり、カミラが首を傾げた。


「そういえば、商会の名前は決まったのかい?」

「ええ」


 私とウェンディは視線を交わし、笑顔で頷く。


 レトラ商会のデズモンドとの話し合いの翌日、私たちは商会設立の申請書類を行政局に提出した。

 そしてつい昨日、認可の書面が届いた。


 そこに記された、商会の名前は。



「──私たちは、コランダム商会。商会長は私、アレクシア・ハーミット」

「副商会長は、私、ウェンディ・ロレンスが務めます」


 背筋を伸ばし、私たちは揃って笑顔で一礼する。



「「これからどうぞ、御贔屓(ごひいき)に」」





 後にこの国の主要輸出品として脚光を浴びる、ミスリル絹布。


 その価値を見出し、増産と発展に寄与したとしてその名を轟かすことになる『コランダム商会』は、こうして誕生した。









…というわけで、『コランダム商会の設立経緯』、これにて完結です。

みなさま、お楽しみいただけましたでしょうか?


え、これだけ?と思った方、もう一度タイトルをじっくり見てみてください。

『設立経緯』なんです。つまり、設立されるまでの話、なんです(笑)

ですので、この物語はこれで完結。小話を追加することはあるかも知れませんが、本格的な続きを書くとしたら別タイトルになりますね。


小話や続きを読んでみたい!と思ってくださいましたら、この作品に評価の☆とかブックマークとかレビューとか感想とかをつけていただけますと嬉しいです。

きっと作者が調子に乗って続きを書き始めます(笑)


…さて。

それでは以下、毎回恒例、読んでも読まなくても良い蛇足です。




拙作にしては珍しく、転生者でも召喚ものでもチートでもなかった今作。

いやまあ、ウェンディの性格と行動力はある意味チートな気もしますが…それは置いといて。


まず、この商会の名前について。

『サファイアとルビー』と例えられていたのにどうして『コランダム』なのか。

ご存知の方も多いと思いますが、サファイアとルビーは鉱物学的には同じものでして、その鉱物名が『コランダム』なんです。アレクシアはそのことを知っていたんですね。

ファンタジー世界でその名前が認知されてるのは何でだとか問い詰めてはいけません。

まあ極めて単純に、この世界にも転生者がいるんですよ。ご都合主義万歳。


実はこの話、晩夏ノ空の他作品とこっそり繋がりがあります。

青銀色の絹、という時点でピンときた方もいらっしゃることでしょう。

そう、2026年8月に完結した『セラフィナ・アッカルドは魔鉱細工師である』第3章でヒーローの実家に挨拶に行く時に主人公(セラフィナ)が着ていたジャケットと、ヒーローが着ていたジャケットの縁取りとシルクスカーフ。あれがこの『ミスリル絹布』でした。

第4章最終話でも地味に使われておりますが、あっちは比率的には白絹メインですね。ウェディングドレスに近い扱いなので。


といっても今作、同じ国ではありませんし、時系列もちょっと違います。

同じ世界の別の国の、ちょっと前の話。それがこの『コランダム商会の設立経緯』です。

コランダム商会はその後ミスリル絹布を主要商材として発展を遂げ、他国への輸出にも関わるようになります。

そこで初めて、他国=セラフィナたちが住むクラペイロン公国にもミスリル絹布が届くようになるんですね。…気の遠くなるような話ですが(笑)


ご興味を抱いていただけましたら、『セラフィナ・アッカルドは魔鉱細工師である』もお読みいただけると嬉しいです。

転生もの・チートあり・恋愛要素あり・戦う女性主人公と、『コランダム商会の設立経緯』とは真逆の要素ばかりですが(笑)、目標に向かって頑張る主人公&それを見守るケットシー(※超重要)という点は共通しておりますので! ぜひ!!

URLはこちらです↓(後書きにリンクは貼れないので、お手数ですがコピペして使ってください)

https://ncode.syosetu.com/n7466lo/



…コホン。宣伝はこれくらいにして。


改めまして、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

作品作りを続けられるのは、読んでくださるみなさま、反応をしてくださるみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。

これからもどうか、お付き合いくださいませ。


それではまた、どこかでお会いできることを願って!




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― 新着の感想 ―
あら、完結?と思いはしましたが、作者様のおっしゃる通り、 あ、そうだ、タイトルがそうだった!と。 活き活きと先を進むふたりの生命力溢れる女性のおはなし。 先も読んでみたい気もしますが、きっとこのふた…
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